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第51話:白昼の襲撃
しおりを挟むシュヴァルツ領に潜入した刺客たちは、完璧な計画に絶対の自信を持っていた。彼らは麓町で数日を過ごし、リリアンナが時折、侍女と二人だけで砦の近くのハーブ園へ向かうという情報を掴んだ。
砦の警備は厳重だ。しかし、彼女自身はまだ危機感が薄いらしい。侍女を一人連れているとはいえ、屈強な男五人にかかれば、攫うことなど造作もない。
「決行は明日の昼だ。彼女がハーブ園に着いた瞬間を狙う。決して騒ぎを起こすな。音もなく、迅速に任務を遂行する」
頭領は、宿屋の一室で仲間に最後の指示を出した。
翌日、空は雲一つなく晴れ渡っていた。
リリアンナは、マーサの代わりに付き添ってくれた若い侍女と共に、小さな籠を手にハーブ園へと向かっていた。砦の周囲に漂う緊張感を肌で感じてはいたが、ギルバートに「心配するな」と言われた手前、彼女はいつも通りに振る舞おうと努めていた。
ハーブ園は、砦から歩いて十分ほどの、日当たりの良い斜面にあった。私が薬草作りのために開墾した、ささやかな畑だ。
「まあ、カモミールが綺麗に咲いていますわね」
侍女と和やかに言葉を交わしながら、リリアンナはハーブを摘み始めた。その無防備な背中を、近くの茂みから五対の冷たい目が狙っていることに、彼女は気づいていない。
「…今だ」
頭領の合図と共に、五人の男たちが音もなく茂みから飛び出した。風のように、リリアンナへと駆け寄る。
侍女が、最初に異変に気づいた。
「きゃあっ!」
短い悲鳴を上げ、リリアンナを庇うように前に立ちはだかる。しかし、そんなか弱い抵抗など、何の役にも立たない。
刺客の一人が、侍女の首筋に手刀を打ち込み、気絶させた。そして、残りの四人が、驚きに目を見開くリリアンナを取り囲む。
「リリアンナ様、大人しく我々と来ていただきましょうか」
頭領が、にやりと汚い笑みを浮かべた。
絶体絶命。
リリアンナは、恐怖に体が凍りつくのを感じた。声が出ない。足が動かない。
(誰か…助けて…ギルバート様…!)
心の中で、必死に彼の名を叫んだ。
頭領の手が、リリアンナの腕を掴もうとした、その瞬間だった。
ヒュンッ、という鋭い風切り音と共に、頭領の目の前を何かが通り過ぎ、背後の木に突き刺さった。それは、一本の投げナイフだった。もし、あと数センチずれていれば、彼の眉間を貫いていただろう。
「なっ…!?」
刺客たちが、驚愕に周囲を見回す。
次の瞬間、彼らの背後の森から、黒い疾風が巻き起こった。
それは、一人の騎士だった。漆黒の鎧を纏い、抜き身の長剣を構えている。その金の瞳は、この世の全ての怒りを凝縮したかのように、燃え盛っていた。
「ギルバート…様…!」
リリアンナは、その姿を認め、安堵と驚きに声を震わせた。
「…汚い手で、彼女に触れるな」
地獄の底から響くような、低い声。それは、彼がこれまでにないほど激怒していることを示していた。
刺客たちは、一瞬怯んだ。しかし、すぐに気を取り直す。相手は一人。こちらは四人。数では、こちらが有利だ。
「小僧一人に何ができる!やれ!」
頭領の号令で、四人の刺客が同時にギルバートへと襲いかかった。四方からの、連携の取れた完璧な攻撃。常人ならば、一瞬で肉塊に変えられていただろう。
しかし、彼らが対峙しているのは、常人ではない。
帝国最強と謳われる、『鬼神』だ。
ギルバートの姿が、霞んだ。
そう見えた次の瞬間、刺客たちの一人が、悲鳴を上げる間もなく吹き飛んでいた。鎧ごと、胸を蹴り砕かれたのだ。
残りの三人が、反応するよりも速く、ギルバートの剣が閃いた。
それは、舞うように美しく、そして死のように正確な剣閃だった。
キン、キン、キン!
金属がぶつかり合う甲高い音が、三度響く。
そして、静寂。
三人の刺客は、武器を握ったまま、その場に呆然と立ち尽くしていた。彼らの手にした剣は、全て中ほどからぽっきりと折られていた。そして、その首筋には、一筋の赤い線が浮かんでいる。皮膚一枚で繋がっているだけの、致命的な斬撃。
彼らが、自分がすでに死んでいることを理解する前に、ギルバートは踵を返し、リリアンナの元へと歩み寄っていた。
彼は、震えるリリアンナの体を、そのたくましい腕で強く、強く抱きしめた。
「すまない…。怖い思いをさせた」
その声は、怒りから一転し、深い後悔と安堵に震えていた。
「ギルバート様…」
リリアンナは、彼の胸に顔をうずめ、ただ彼の名前を呼ぶことしかできなかった。
背後で、どさどさ、と刺客たちが崩れ落ちる音がした。
その光景を、少し離れた場所から見ていたハンス率いる騎士団は、誰一人として動かなかった。出る幕が、なかったのだ。
主の怒りが、どれほど恐ろしいものか。
そして、主にとって、あの銀髪の少女が、どれほどかけがえのない存在なのか。
彼らは、その事実を、改めて骨の髄まで思い知らされた。
エルミール王国の愚かな試みは、黒騎士の逆鱗に触れ、最悪の形で、その幕を閉じたのだった。
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