婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第65話:帝都への召喚

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皇帝からの召喚命令は絶対だった。
ギルバートはすぐさま帝都へ向かうための準備を始めた。それは、これまでで最も大規模で物々しい旅支度となった。

「ハンス。俺が留守の間、砦の守りはお前に一任する。エルミールの残党が再び小細工を弄してくる可能性も捨てきれん。警備を怠るな」
「御意。ですが閣下、帝都へはどなたを…?」
「俺とリリアンナ。そして護衛として近衛騎士の中から最も腕の立つ者だけを十名選抜する。それ以外は不要だ」

少数精鋭。それは機動性を重視した人選であると同時に、皇帝に対して余計な警戒心を抱かせないための配慮でもあった。

この決定に、砦中が揺れた。
「閣下とリリアンナ様が二人で帝都へ!?」
「皇帝陛下に謁見なさるそうだ!」

騎士たちも領民たちも、心配と期待が入り混じった複雑な表情でその報せを受け止めた。
「リリアンナ様が皇帝陛下に認められれば、この領地も安泰だ」
「だが、帝都は伏魔殿だ。聖女様のお心が汚されなければよいが…」

リリアンナ自身もまた、大きな不安を抱えていた。
皇帝陛下。雲の上の伝説の中の存在。そんな偉大な方が、なぜ私のような者に会いたいなどと?
彼女はまだ、自分がエルミール王国とガルヴァニア帝国の間の重要な外交カードになっているという自覚がなかった。

「本当に、私が行っても大丈夫なのでしょうか。粗相をしてギルバート様にご迷惑をおかけしてしまうのでは…」
出発の前日、彼女は不安げにマーサに打ち明けた。

マーサは、そんな彼女の手を優しく握りしめた。
「大丈夫ですわ、リリア-ンナ様。あなたはあなたのままでいらっしゃればよいのです。それに、あの方-がついております。あの方-はたとえ皇帝陛下が相手であろうと、決してあなた様をお一人にはいたしませんよ」

その言葉に、リリアン-ナは少しだけ勇気づけられた。
そうだ。彼がそばにいてくれる。それだけで、何も怖くはないはずだ。

出発の日の朝。
砦の中庭には選抜された十名の近衛騎士たちが、馬上で整列していた。彼らは皆シュヴァルツ騎士団の中でも百戦錬磨の猛者ばかりだ。その引き締まった表情からは、これから始まる任務の重要性を理解していることが窺えた。

ギルバートは旅装を整えたリリアンナの前に立つと、分厚い旅用のマントを彼女の肩にかけた。
「帝都はここよりは暖かいが、道中は冷える。体を冷やすな」
その不器用な優しさが、リリアンナの不安な心を温めてくれた。

用意されたのは、二人乗りの頑丈な馬車だった。長旅でも疲れないよう、内部にはクッションや毛布がふんだんに用意されている。
「さあ、乗れ」
ギルバートに促され、リリアンナは馬車に乗り込んだ。

「閣下、リリアンナ様、どうかご道中お気をつけて!」
「我らが聖女様に神のご加護のあらんことを!」
見送りのために集まった騎士たちや領民たちから温かい声援が飛ぶ。リリアンナは窓から顔を出し、彼らににこやかに手を振った。その光景は、まるで戦地へ赴く夫を見送る妻のようだと誰もが思った。

ギルバートも馬車に乗り込み、リリアンナの隣に腰を下ろす。彼の号令と共に、馬車はゆっくりと動き出した。
「出発する!」

重厚な城門が開き、一行は雪景色の中を帝都へと向かって進み始めた。
それはリリアンナにとって初めて体験する長旅だった。追放された時の絶望に満ちた孤独な旅とは全く違う。隣には絶対的な安心感を与えてくれる彼がいる。

シュヴァルツ砦から帝都までは、馬車でおよそ二週間の道のりだ。
厳しい冬の山道を越え、凍てついた平原を抜け、いくつもの町を通り過ぎていく。
長い長い旅の始まりだった。

ギルバートは、これから始まる皇帝との静かな戦いに神経を研ぎ澄ませていた。
リリアンナは、まだ見ぬ帝都という場所にほんの少しの好奇心と大きな不安を抱いていた。

二人の運命は今、帝都という巨大な舞台の中心へと確かに向かっていた。
そこで彼らを待ち受けるものが光なのか、それとも影なのか。
それは、まだ誰にも分からなかった。
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