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第7話 登校初日の洗礼
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あれから一夜が明けた。
俺の人生が激変した、嵐のような一日から。
「ユウキ様。朝のご準備が整っております」
アパートの質素な扉の外から、控えめだがよく通る声がした。
シルフィード公爵家から派遣された、俺専属の執事だという初老の男性の声だ。名前はセバスチャン。あまりにもテンプレすぎて逆に驚いた。
俺はベッドから重い体を起こし、深いため息をついた。
昨夜、公爵邸から解放された後、俺のアパートには山のような贈り物が運び込まれた。高級な家具、上質な衣服、使い切れないほどの金貨。
そして今朝は、夜明けと共に迎えの馬車がやってきた。
俺が望んだスローライフとは、何もかもが正反対のVIP待遇だ。
部屋の隅に置かれた姿見には、見慣れない格好の自分が映っていた。
王立魔法学園の制服だ。白を基調としたジャケットに、金糸の刺繍が施された気品のあるデザイン。生地の質感が、俺が今まで着ていたどんな服とも違う。
正直、全く似合っている気がしなかった。
まるで、農民が王様の衣装を拝借したような、滑稽なチグハグさを感じる。
「はあ…」
本日何度目か分からないため息をつき、俺は扉を開けた。
セバスチャンが完璧な角度でお辞儀をする。
「おはようございます、ユウキ様。馬車のご用意ができております」
「おはようございます。いつもすみません」
「滅相もございません。ユウキ様のお世話をさせていただくこと、このセバスチャン、生涯の誉れにございますれば」
大袈裟な忠誠の言葉に、俺は乾いた笑いを浮かべるしかない。
アパートの階段を降りると、そこには昨日見たものと同じ、シルフィード家の紋章が入った豪華な馬車が停まっていた。近所の住民たちが、何事かと遠巻きにこちらを窺っている。
やめてくれ、そんな珍獣を見るような目で見ないでくれ。
胃が、きりりと痛んだ。
この胃痛は、これから俺の親友になるのかもしれない。
◇
馬車に揺られることしばし。
やがて、目的地である王立魔法学園の壮麗な姿が見えてきた。
公爵邸ほどではないが、それでも一つの城と言っていいほどの規模を誇る建造物だ。歴史と伝統を感じさせる石造りの校舎が、朝日を浴びて輝いている。
馬車が巨大な正門の前で停まる。
俺が降りると、周囲の空気が一瞬で凍りついた。
登校してきた生徒たちが、一斉にこちらに視線を向ける。
無理もない。
シルフィード公爵家の馬車から降りてきたのは、誰も見たことのない、黒髪黒目の東洋風の顔立ちをした青年なのだから。
「誰だ、あいつ…」
「なぜ公爵家の馬車に?」
そんな囁きが、あちこちから聞こえてくる。
突き刺さるような視線に耐えながら、俺はとりあえず校舎へ向かおうとした。
その時だった。
「ユウキ様!」
鈴を転がすような、しかし弾むような明るい声が、俺の名前を呼んだ。
声のした方へ顔を向けると、そこに彼女はいた。
校門の脇に立つ桜の木の下で、天使が微笑んでいた。
俺と同じ学園の制服に身を包んだ、ルナリア・フォン・シルフィード。
彼女の銀髪が、朝の柔らかな光を受けてキラキラと輝いている。スカートの裾を軽く揺らしながら、彼女は満面の笑みで俺に駆け寄ってきた。
その姿は、登校してきた生徒たちの視線を独り占めにするには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。
「おはようございます、ユウキ様! お待ちしておりましたわ!」
「おはよう、ルナリアさん。わざわざ待っていてくれたのか」
「もちろんです! ユウキ様とご一緒に登校するのが、私の夢だったのですから!」
そう言って、彼女は屈託なく笑う。
その笑顔を見ていると、俺のささくれだった心も少しだけ癒やされるような気がした。
そう、少しだけ。
癒やされた時間は、次の瞬間には終わりを告げた。
ルナリアはごく自然な動作で、俺の右腕に自分の腕を絡めてきたのだ。
ふわりとした柔らかい感触と、甘い花の香りが俺を包む。
「え、ちょ、ルナリアさん!?」
「さあ、参りましょう! 私たちの教室へ!」
俺の狼狽などまるで意に介さず、ルナリアは嬉しそうに俺の腕を引いて歩き始めた。
その瞬間、周囲の空気が再び凍りつき、そして次の瞬間、爆発した。
「なっ…!?」
「ルナリア様が、男と腕を組んで…!?」
「嘘だろ!? あのルナリア様だぞ!?」
驚愕、嫉妬、羨望、好奇。
ありとあらゆる感情が込められた視線が、槍のように俺に突き刺さる。
それだけではない。生徒たちの驚きは、別の方向にも向いていた。
「待て…それより、ルナリア様が普通に歩いて…目が見えている…?」
「本当だ! あの『呪われた姫君』が…! 病は完治されたというのか!?」
「なんてことだ…しかも、噂以上に美しい…!」
そうか。
彼らにとって、ルナリアは「病弱で盲目の令嬢」というイメージだったのだ。
その彼女が健康な姿で現れ、しかも見ず知らずの男と親密にしている。
その衝撃は、俺が想像していた以上だったらしい。
俺は、もはや生きた心地がしなかった。
全校生徒から注目を浴びる中、絶世の美少女と腕を組んで歩く。
普通の男なら、これ以上ないほどの名誉なのだろう。
だが、平穏を愛する俺にとっては、地獄の責め苦以外の何物でもなかった。
「あの、ルナリアさん…腕、離してもらえませんか…? すごく、目立ってる…」
俺は小声で懇願した。
すると、ルナリアはきょとんとした顔で俺を見上げた。
「目立つ? なぜですの? 恋人同士が腕を組んで歩くのは、普通のことではありませんか?」
「俺たち恋人じゃないから!」
思わずツッコミを入れてしまった。
「あら、そうですの? てっきり、昨日の時点でユウキ様もそのおつもりかと…」
彼女は少し残念そうに唇を尖らせた。
その仕草がまた、とんでもなく可愛い。だが、今はそれどころではない。
「とにかく! 周りの目があるから!」
「ユウキ様は、私と腕を組むのがお嫌いですか…?」
またその目だ。
潤んだ瞳で、不安そうにこちらを見上げてくる、反則技。
そんな顔をされたら、俺に勝ち目などあるはずがなかった。
「…嫌、では、ないです…」
俺が力なくそう答えると、ルナリアは再び花が咲くように微笑んだ。
「よかったですわ! では、このまま参りましょう!」
ダメだ。この少女には、何を言っても無駄だ。
彼女の世界には、俺と彼女しか存在していないらしい。
周囲の視線も、生徒たちの囁きも、彼女の耳には一切届いていないのだ。
俺は諦めて、されるがままに腕を組まれ、校舎へと歩を進めた。
背中に突き刺さる視線の数は、歩くたびに増えていく。
教室までの道のりが、これほど長く感じたことはない。
胃が、また一つ、悲鳴を上げた。
俺の穏やかだった日常は、もうどこにもない。
代わりに始まったのは、全校生徒の視線という名のスポットライトを浴び続ける、胃痛だらけの学園生活。
ようやくたどり着いた教室の扉を前にして、俺は天を仰いだ。
扉の向こうに広がっているのは、安息の地などではない。
新たな舞台。新たな視線の集中砲火が待つ、戦場なのだ。
俺の胃は、果たして卒業まで持ちこたえられるのだろうか。
答えは、きっとノーだ。
俺の人生が激変した、嵐のような一日から。
「ユウキ様。朝のご準備が整っております」
アパートの質素な扉の外から、控えめだがよく通る声がした。
シルフィード公爵家から派遣された、俺専属の執事だという初老の男性の声だ。名前はセバスチャン。あまりにもテンプレすぎて逆に驚いた。
俺はベッドから重い体を起こし、深いため息をついた。
昨夜、公爵邸から解放された後、俺のアパートには山のような贈り物が運び込まれた。高級な家具、上質な衣服、使い切れないほどの金貨。
そして今朝は、夜明けと共に迎えの馬車がやってきた。
俺が望んだスローライフとは、何もかもが正反対のVIP待遇だ。
部屋の隅に置かれた姿見には、見慣れない格好の自分が映っていた。
王立魔法学園の制服だ。白を基調としたジャケットに、金糸の刺繍が施された気品のあるデザイン。生地の質感が、俺が今まで着ていたどんな服とも違う。
正直、全く似合っている気がしなかった。
まるで、農民が王様の衣装を拝借したような、滑稽なチグハグさを感じる。
「はあ…」
本日何度目か分からないため息をつき、俺は扉を開けた。
セバスチャンが完璧な角度でお辞儀をする。
「おはようございます、ユウキ様。馬車のご用意ができております」
「おはようございます。いつもすみません」
「滅相もございません。ユウキ様のお世話をさせていただくこと、このセバスチャン、生涯の誉れにございますれば」
大袈裟な忠誠の言葉に、俺は乾いた笑いを浮かべるしかない。
アパートの階段を降りると、そこには昨日見たものと同じ、シルフィード家の紋章が入った豪華な馬車が停まっていた。近所の住民たちが、何事かと遠巻きにこちらを窺っている。
やめてくれ、そんな珍獣を見るような目で見ないでくれ。
胃が、きりりと痛んだ。
この胃痛は、これから俺の親友になるのかもしれない。
◇
馬車に揺られることしばし。
やがて、目的地である王立魔法学園の壮麗な姿が見えてきた。
公爵邸ほどではないが、それでも一つの城と言っていいほどの規模を誇る建造物だ。歴史と伝統を感じさせる石造りの校舎が、朝日を浴びて輝いている。
馬車が巨大な正門の前で停まる。
俺が降りると、周囲の空気が一瞬で凍りついた。
登校してきた生徒たちが、一斉にこちらに視線を向ける。
無理もない。
シルフィード公爵家の馬車から降りてきたのは、誰も見たことのない、黒髪黒目の東洋風の顔立ちをした青年なのだから。
「誰だ、あいつ…」
「なぜ公爵家の馬車に?」
そんな囁きが、あちこちから聞こえてくる。
突き刺さるような視線に耐えながら、俺はとりあえず校舎へ向かおうとした。
その時だった。
「ユウキ様!」
鈴を転がすような、しかし弾むような明るい声が、俺の名前を呼んだ。
声のした方へ顔を向けると、そこに彼女はいた。
校門の脇に立つ桜の木の下で、天使が微笑んでいた。
俺と同じ学園の制服に身を包んだ、ルナリア・フォン・シルフィード。
彼女の銀髪が、朝の柔らかな光を受けてキラキラと輝いている。スカートの裾を軽く揺らしながら、彼女は満面の笑みで俺に駆け寄ってきた。
その姿は、登校してきた生徒たちの視線を独り占めにするには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。
「おはようございます、ユウキ様! お待ちしておりましたわ!」
「おはよう、ルナリアさん。わざわざ待っていてくれたのか」
「もちろんです! ユウキ様とご一緒に登校するのが、私の夢だったのですから!」
そう言って、彼女は屈託なく笑う。
その笑顔を見ていると、俺のささくれだった心も少しだけ癒やされるような気がした。
そう、少しだけ。
癒やされた時間は、次の瞬間には終わりを告げた。
ルナリアはごく自然な動作で、俺の右腕に自分の腕を絡めてきたのだ。
ふわりとした柔らかい感触と、甘い花の香りが俺を包む。
「え、ちょ、ルナリアさん!?」
「さあ、参りましょう! 私たちの教室へ!」
俺の狼狽などまるで意に介さず、ルナリアは嬉しそうに俺の腕を引いて歩き始めた。
その瞬間、周囲の空気が再び凍りつき、そして次の瞬間、爆発した。
「なっ…!?」
「ルナリア様が、男と腕を組んで…!?」
「嘘だろ!? あのルナリア様だぞ!?」
驚愕、嫉妬、羨望、好奇。
ありとあらゆる感情が込められた視線が、槍のように俺に突き刺さる。
それだけではない。生徒たちの驚きは、別の方向にも向いていた。
「待て…それより、ルナリア様が普通に歩いて…目が見えている…?」
「本当だ! あの『呪われた姫君』が…! 病は完治されたというのか!?」
「なんてことだ…しかも、噂以上に美しい…!」
そうか。
彼らにとって、ルナリアは「病弱で盲目の令嬢」というイメージだったのだ。
その彼女が健康な姿で現れ、しかも見ず知らずの男と親密にしている。
その衝撃は、俺が想像していた以上だったらしい。
俺は、もはや生きた心地がしなかった。
全校生徒から注目を浴びる中、絶世の美少女と腕を組んで歩く。
普通の男なら、これ以上ないほどの名誉なのだろう。
だが、平穏を愛する俺にとっては、地獄の責め苦以外の何物でもなかった。
「あの、ルナリアさん…腕、離してもらえませんか…? すごく、目立ってる…」
俺は小声で懇願した。
すると、ルナリアはきょとんとした顔で俺を見上げた。
「目立つ? なぜですの? 恋人同士が腕を組んで歩くのは、普通のことではありませんか?」
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思わずツッコミを入れてしまった。
「あら、そうですの? てっきり、昨日の時点でユウキ様もそのおつもりかと…」
彼女は少し残念そうに唇を尖らせた。
その仕草がまた、とんでもなく可愛い。だが、今はそれどころではない。
「とにかく! 周りの目があるから!」
「ユウキ様は、私と腕を組むのがお嫌いですか…?」
またその目だ。
潤んだ瞳で、不安そうにこちらを見上げてくる、反則技。
そんな顔をされたら、俺に勝ち目などあるはずがなかった。
「…嫌、では、ないです…」
俺が力なくそう答えると、ルナリアは再び花が咲くように微笑んだ。
「よかったですわ! では、このまま参りましょう!」
ダメだ。この少女には、何を言っても無駄だ。
彼女の世界には、俺と彼女しか存在していないらしい。
周囲の視線も、生徒たちの囁きも、彼女の耳には一切届いていないのだ。
俺は諦めて、されるがままに腕を組まれ、校舎へと歩を進めた。
背中に突き刺さる視線の数は、歩くたびに増えていく。
教室までの道のりが、これほど長く感じたことはない。
胃が、また一つ、悲鳴を上げた。
俺の穏やかだった日常は、もうどこにもない。
代わりに始まったのは、全校生徒の視線という名のスポットライトを浴び続ける、胃痛だらけの学園生活。
ようやくたどり着いた教室の扉を前にして、俺は天を仰いだ。
扉の向こうに広がっているのは、安息の地などではない。
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