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第17話 初めてのクレープ
手を繋いで歩く休日の大通りは、活気と笑顔に満ち溢れていた。
行き交う人々、色とりどりの店の看板、馬車の軽快な蹄の音。その全てが、俺たちの門出を祝福してくれているかのようだ。
「まあ…! すごいですわ、ユウキ様!」
俺の隣で、ルナリアは子供のように目を輝かせていた。
彼女の視線は、道端で大道芸を披露するピエロに釘付けになったり、ショーウィンドウに飾られた美しいガラス細工に心を奪われたり、めまぐるしく動いている。
これまで彼女が見てきたのは、屋敷の窓から見える、切り取られた空と庭だけだった。
自分の足で歩く賑やかな街並みは、彼女にとって何もかもが新鮮で、刺激的なのだろう。
その純粋な好奇心に満ちた横顔を見ているだけで、俺の心は温かいもので満たされていく。
彼女がこれから経験するであろう、たくさんの「初めて」の瞬間に、俺が立ち会える。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
「ユウキ様、あれは…?」
不意に、ルナリアが足を止めて、ある一点を指さした。
彼女の視線の先には、甘く香ばしい匂いを漂わせる小さな屋台があった。
屋台の前には数人の子供たちが集まり、嬉しそうに何かを頬張っている。
屋台の看板には「焼きたてクレープ」と書かれていた。
薄く焼いた生地に、生クリームや果物をたっぷりと乗せた、この世界でも人気のスイーツだ。
「クレープの屋台だよ。食べたこと、ないか?」
俺が尋ねると、ルナリアはこくりと首を横に振った。
「はい、初めて見ました。とても…甘くて、良い香りがしますわね」
くんくんと鼻をひくつかせる彼女の仕草が、小動物のようで可愛らしい。
その瞳は、屋台で作られていくクレープに釘付けだった。
屋台の主人が、手際よく鉄板の上で生地を薄く伸ばしていく。
焼き上がった生地の上に、雪のような生クリームと、真っ赤なイチゴ、黄色いバナナが手早く乗せられていく。
最後にチョコレートソースがかけられ、くるりと器用に巻かれれば、美味しそうなクレープの完成だ。
その一連の流れを、ルナリアは魔法でも見るかのように、食い入るように見つめていた。
その瞳に、隠しきれない憧れの色が浮かんでいるのを見て、俺は微笑んだ。
「よかったら、一つ食べてみるか?」
「えっ!? よろしいのですか!?」
彼女は、まるで夢のような提案をされたかのように、目を丸くして俺を見た。
「もちろんだよ。俺も食べたくなってきたし」
俺たちは屋台の列に並んだ。
自分の番が来て、俺が「イチゴチョコクリームを二つください」と注文する。
ルナリアは、俺とお揃いのものを頼んだことが嬉しいのか、隣でそわそわと落ち着かない様子だ。
「はい、お待ちどうさま!」
屋台の主人から、温かいクレープを手渡される。
ずっしりとした重みと、甘い香りが食欲をそそる。
「わあ…!」
自分の手にクレープを受け取ったルナリアは、感嘆の声を上げた。
「これが、クレープ…。綺麗で、温かくて、なんだか夢のようですわ」
彼女は食べるのがもったいないとでも言うように、しばらくうっとりとそれを眺めていた。
「冷めないうちに食べた方が美味しいよ」
俺がそう促すと、彼女はこくりと頷き、おずおずと、そしてとても大切そうに、クレープの先端を小さく一口、かじった。
その瞬間。
ルナリアの空色の瞳が、これ以上ないというくらい、大きく見開かれた。
「んっ…!」
彼女の口から、驚きと感動が入り混じった声が漏れる。
そして、次の瞬間には、その顔が至上の幸福でとろりと蕩けた。
頬はほんのりと赤く染まり、その瞳は潤んでいる。
「おいしい…! なんて、なんて美味しいのでしょう…!」
震える声で、彼女は呟いた。
「ふわふわの生地と、とろけるようなクリームの甘さ…イチゴの甘酸っぱさが、口の中で踊っていますわ…! こんなに美味しいものが、この世にあったなんて…!」
その感動の仕方は、まるで最高の食レポを聞いているかのようだ。
大袈裟だと笑う者もいるかもしれない。だが、俺には彼女の感動が本物だと分かった。
生まれて初めて食べる、庶民の甘いお菓子。
その味が、彼女の世界に新たな彩りを加えたのだ。
「よかったな」
俺がそう言って微笑むと、彼女は満面の笑みで何度も頷いた。
そして、よほど気に入ったのか、夢中になってクレープを頬張り始めた。
その姿は、警戒心を解いて餌を食べるリスのように、無防備で、そしてとてつもなく愛おしかった。
幸せそうにクレープを食べる彼女の姿を、俺は自分のことのように嬉しく思いながら眺めていた。
その時、俺はあることに気がついた。
夢中で食べたせいで、彼女の口の端に、ぽつりと白い生クリームが付着していたのだ。
その小さな白い点は、彼女の桜色の唇のすぐ隣で、甘い存在感を主張していた。
「あ…」
俺は、ほとんど無意識だった。
考えるより先に、ごく自然な動作で、右手の親指を伸ばしていた。
そして、その指先で、彼女の口元についたクリームを、そっと拭ってやったのだ。
ぴたっ。
俺の指が、彼女の柔らかい肌に触れた、その瞬間。
ルナリアの体が、びくりと大きく跳ねた。
彼女は、自分が何をされたのか理解できないといった様子で、ぱちくりと目を瞬かせている。
そして、俺の指先に付いた白いクリームと、俺の顔を交互に見比べた。
数秒の沈黙。
やがて、事態を完全に理解した彼女の顔が、ぼんっ、と音を立てるかのような勢いで、首筋まで真っ赤に染め上がった。
「ひゃ、ひゃいっ…!?」
彼女の口から、裏返ったカエルのような奇妙な声が飛び出す。
その空色の瞳は、驚きと羞恥で潤み、ゆらゆらと揺れていた。
心臓の音が、隣にいる俺にまで聞こえてきそうなほど、大きく高鳴っているのが分かった。
俺は、自分が何気なくしてしまった行動の破壊力に、ここでようやく気がついた。
そして、拭ったクリームが付いたままの自分の親指を見て、同じように顔が熱くなるのを感じた。
「あ、いや、ごめん! なんか、つい…!」
慌てて謝る俺に、ルナリアはぶんぶんと、ちぎれんばかりに首を横に振った。
「い、いえ! とんでもないです! ありがとうございます…! その…あの…えっと…」
彼女は完全にパニックに陥り、言葉にならない言葉を繰り返している。
その姿は、あまりにも初々しくて、あまりにも可愛らしくて、俺は心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような気分になった。
気まずいような、でも、どこか甘酸っぱい空気が、俺たちの間に流れる。
道行く人々は、顔を真っ赤にして固まっている美男美女を、不思議そうな顔で見ていた。
「…その指、どうするんだ?」
俺が、クリームの付いた親指を持て余していると、ルナリアが何かを思いついたように、はっと顔を上げた。
そして、信じられないようなことを、か細い声で言ったのだ。
「わ、私が…いただいても、よろしいでしょうか…?」
「ぶっ!?」
俺は思わずむせ返った。
彼女は一体何を言っているんだ。
彼女の顔は、もはや羞恥心で爆発寸前だ。それでも、潤んだ瞳は真剣に俺を見つめている。
冗談で言っているのではない。本気だ。
このままでは、往来の真ん中でとんでもない光景が繰り広げられてしまう。
俺は慌てて、近くにあったハンカチで指を拭った。
「いや! 大丈夫! 大丈夫だから!」
「あ…うぅ…」
ルナリアは、心底残念そうな顔で、しょんぼりと肩を落とした。
俺たちは、しばらくの間、顔を見合わせることもできずに、黙って残りのクレープを食べた。
その味は、先ほどよりも、ずっとずっと甘く感じられた。
初めてのデートは、始まったばかりだというのに、すでに俺の心臓は限界を迎えようとしていた。
この甘すぎるハプニングは、きっと一生忘れられないだろう。
行き交う人々、色とりどりの店の看板、馬車の軽快な蹄の音。その全てが、俺たちの門出を祝福してくれているかのようだ。
「まあ…! すごいですわ、ユウキ様!」
俺の隣で、ルナリアは子供のように目を輝かせていた。
彼女の視線は、道端で大道芸を披露するピエロに釘付けになったり、ショーウィンドウに飾られた美しいガラス細工に心を奪われたり、めまぐるしく動いている。
これまで彼女が見てきたのは、屋敷の窓から見える、切り取られた空と庭だけだった。
自分の足で歩く賑やかな街並みは、彼女にとって何もかもが新鮮で、刺激的なのだろう。
その純粋な好奇心に満ちた横顔を見ているだけで、俺の心は温かいもので満たされていく。
彼女がこれから経験するであろう、たくさんの「初めて」の瞬間に、俺が立ち会える。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
「ユウキ様、あれは…?」
不意に、ルナリアが足を止めて、ある一点を指さした。
彼女の視線の先には、甘く香ばしい匂いを漂わせる小さな屋台があった。
屋台の前には数人の子供たちが集まり、嬉しそうに何かを頬張っている。
屋台の看板には「焼きたてクレープ」と書かれていた。
薄く焼いた生地に、生クリームや果物をたっぷりと乗せた、この世界でも人気のスイーツだ。
「クレープの屋台だよ。食べたこと、ないか?」
俺が尋ねると、ルナリアはこくりと首を横に振った。
「はい、初めて見ました。とても…甘くて、良い香りがしますわね」
くんくんと鼻をひくつかせる彼女の仕草が、小動物のようで可愛らしい。
その瞳は、屋台で作られていくクレープに釘付けだった。
屋台の主人が、手際よく鉄板の上で生地を薄く伸ばしていく。
焼き上がった生地の上に、雪のような生クリームと、真っ赤なイチゴ、黄色いバナナが手早く乗せられていく。
最後にチョコレートソースがかけられ、くるりと器用に巻かれれば、美味しそうなクレープの完成だ。
その一連の流れを、ルナリアは魔法でも見るかのように、食い入るように見つめていた。
その瞳に、隠しきれない憧れの色が浮かんでいるのを見て、俺は微笑んだ。
「よかったら、一つ食べてみるか?」
「えっ!? よろしいのですか!?」
彼女は、まるで夢のような提案をされたかのように、目を丸くして俺を見た。
「もちろんだよ。俺も食べたくなってきたし」
俺たちは屋台の列に並んだ。
自分の番が来て、俺が「イチゴチョコクリームを二つください」と注文する。
ルナリアは、俺とお揃いのものを頼んだことが嬉しいのか、隣でそわそわと落ち着かない様子だ。
「はい、お待ちどうさま!」
屋台の主人から、温かいクレープを手渡される。
ずっしりとした重みと、甘い香りが食欲をそそる。
「わあ…!」
自分の手にクレープを受け取ったルナリアは、感嘆の声を上げた。
「これが、クレープ…。綺麗で、温かくて、なんだか夢のようですわ」
彼女は食べるのがもったいないとでも言うように、しばらくうっとりとそれを眺めていた。
「冷めないうちに食べた方が美味しいよ」
俺がそう促すと、彼女はこくりと頷き、おずおずと、そしてとても大切そうに、クレープの先端を小さく一口、かじった。
その瞬間。
ルナリアの空色の瞳が、これ以上ないというくらい、大きく見開かれた。
「んっ…!」
彼女の口から、驚きと感動が入り混じった声が漏れる。
そして、次の瞬間には、その顔が至上の幸福でとろりと蕩けた。
頬はほんのりと赤く染まり、その瞳は潤んでいる。
「おいしい…! なんて、なんて美味しいのでしょう…!」
震える声で、彼女は呟いた。
「ふわふわの生地と、とろけるようなクリームの甘さ…イチゴの甘酸っぱさが、口の中で踊っていますわ…! こんなに美味しいものが、この世にあったなんて…!」
その感動の仕方は、まるで最高の食レポを聞いているかのようだ。
大袈裟だと笑う者もいるかもしれない。だが、俺には彼女の感動が本物だと分かった。
生まれて初めて食べる、庶民の甘いお菓子。
その味が、彼女の世界に新たな彩りを加えたのだ。
「よかったな」
俺がそう言って微笑むと、彼女は満面の笑みで何度も頷いた。
そして、よほど気に入ったのか、夢中になってクレープを頬張り始めた。
その姿は、警戒心を解いて餌を食べるリスのように、無防備で、そしてとてつもなく愛おしかった。
幸せそうにクレープを食べる彼女の姿を、俺は自分のことのように嬉しく思いながら眺めていた。
その時、俺はあることに気がついた。
夢中で食べたせいで、彼女の口の端に、ぽつりと白い生クリームが付着していたのだ。
その小さな白い点は、彼女の桜色の唇のすぐ隣で、甘い存在感を主張していた。
「あ…」
俺は、ほとんど無意識だった。
考えるより先に、ごく自然な動作で、右手の親指を伸ばしていた。
そして、その指先で、彼女の口元についたクリームを、そっと拭ってやったのだ。
ぴたっ。
俺の指が、彼女の柔らかい肌に触れた、その瞬間。
ルナリアの体が、びくりと大きく跳ねた。
彼女は、自分が何をされたのか理解できないといった様子で、ぱちくりと目を瞬かせている。
そして、俺の指先に付いた白いクリームと、俺の顔を交互に見比べた。
数秒の沈黙。
やがて、事態を完全に理解した彼女の顔が、ぼんっ、と音を立てるかのような勢いで、首筋まで真っ赤に染め上がった。
「ひゃ、ひゃいっ…!?」
彼女の口から、裏返ったカエルのような奇妙な声が飛び出す。
その空色の瞳は、驚きと羞恥で潤み、ゆらゆらと揺れていた。
心臓の音が、隣にいる俺にまで聞こえてきそうなほど、大きく高鳴っているのが分かった。
俺は、自分が何気なくしてしまった行動の破壊力に、ここでようやく気がついた。
そして、拭ったクリームが付いたままの自分の親指を見て、同じように顔が熱くなるのを感じた。
「あ、いや、ごめん! なんか、つい…!」
慌てて謝る俺に、ルナリアはぶんぶんと、ちぎれんばかりに首を横に振った。
「い、いえ! とんでもないです! ありがとうございます…! その…あの…えっと…」
彼女は完全にパニックに陥り、言葉にならない言葉を繰り返している。
その姿は、あまりにも初々しくて、あまりにも可愛らしくて、俺は心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような気分になった。
気まずいような、でも、どこか甘酸っぱい空気が、俺たちの間に流れる。
道行く人々は、顔を真っ赤にして固まっている美男美女を、不思議そうな顔で見ていた。
「…その指、どうするんだ?」
俺が、クリームの付いた親指を持て余していると、ルナリアが何かを思いついたように、はっと顔を上げた。
そして、信じられないようなことを、か細い声で言ったのだ。
「わ、私が…いただいても、よろしいでしょうか…?」
「ぶっ!?」
俺は思わずむせ返った。
彼女は一体何を言っているんだ。
彼女の顔は、もはや羞恥心で爆発寸前だ。それでも、潤んだ瞳は真剣に俺を見つめている。
冗談で言っているのではない。本気だ。
このままでは、往来の真ん中でとんでもない光景が繰り広げられてしまう。
俺は慌てて、近くにあったハンカチで指を拭った。
「いや! 大丈夫! 大丈夫だから!」
「あ…うぅ…」
ルナリアは、心底残念そうな顔で、しょんぼりと肩を落とした。
俺たちは、しばらくの間、顔を見合わせることもできずに、黙って残りのクレープを食べた。
その味は、先ほどよりも、ずっとずっと甘く感じられた。
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