曲がり角でぶつかった少女に回復魔法を使ったら不治の病と盲目なのを治してしまってめちゃくちゃ懐かれてた

夏見ナイ

文字の大きさ
32 / 100

第32話 恋敵は現れない

しおりを挟む
俺たちのダンスが終わった後、ダンスパーティーは本格的な盛り上がりを見せ始めた。
他の生徒たちも次々とフロアへと繰り出し、思い思いの相手とワルツを踊っている。
その光景は華やかで、そしてどこか甘酸っぱい青春の一ページのようだった。

俺とルナリアはフロアの喧騒から少し離れ、壁際に用意されたテーブルで休憩を取っていた。
俺が持ってきたフルーツジュースを、彼女は「ありがとうございます」と嬉しそうに受け取る。
その頬はまだダンスの興奮でほんのりと上気していた。

「ユウキ様、本当に、お上手でしたわ。まるでずっと練習なさっていたかのようでした」
「君の教え方が良かったんだよ。最高の先生だった」
俺たちがそんな風にお互いを褒め合っていると、ふと周囲の視線が少しだけ変わったことに気がついた。
何人かの男子生徒がこちらを窺うように、そわそわと落ち着かない様子で立ち尽くしているのだ。

その中の一人、いかにも高位貴族の子息といった風情の金髪の青年が、意を決したように俺たちのテーブルへと近づいてきた。
その手には一杯のシャンパンが握られている。
彼の狙いは明らかだった。

(来たか…)

俺は少しだけ身構えた。
これだけ美しいドレス姿のルナリアが、他の男たちの注目を集めないはずがない。
ダンスパーティーは男女の出会いの場でもある。彼女をダンスに誘おうとする者が現れるのは当然のことだった。
恋敵と呼ぶにはまだ早いが、少なくとも俺たちの穏やかな時間に割って入ろうとする存在だ。

青年は俺の存在を意図的に無視するようにルナリアの前に立つと、練習してきたであろう優雅なお辞儀をした。
「ごきげんよう、シルフィード公爵令嬢。素晴らしいダンス、拝見いたしました。もしよろしければ、この私と次の一曲をご一緒していただけませんでしょうか?」
その態度は自信に満ち溢れていた。
彼はこの学園でも有数の伯爵家の嫡男で、その容姿と家柄から女子生徒たちの間でも人気が高いと聞く。
おそらくこれまで女性から誘いを断られたことなど一度もないのだろう。

会場の空気が少しだけ緊張する。
誰もがルナリアの返答に注目していた。
この状況で高位貴族からの誘いを断るのは、相手の顔に泥を塗ることにもなりかねない。社交界の常識で言えば、受けるのが礼儀というものだろう。

俺はただ黙ってその様子を見守っていた。
少しだけ胸がちくりと痛む。
嫉妬という感情だろうか。
だが俺はルナリアを信じていた。彼女がどんな答えを出すのか分かっていたからだ。

ルナリアは誘ってきた青年を一瞥すると、ふわりと完璧な淑女の笑みを浮かべた。
それは天使のように愛らしいが、同時に決して越えることのできない壁を感じさせる絶対的な微笑みだった。

「まあ、光栄なお誘いですわ。ありがとうございます」
その丁寧な言葉に、青年の顔がぱっと明るくなる。
だがその希望は、次の瞬間には無残に打ち砕かれた。

「ですが、大変申し訳ありません」
ルナリアはきっぱりとした、しかしどこまでも穏やかな声で言った。
「今宵、私が踊るお相手はただ一人。こちらのユウキ様だけと心に決めておりますので」

その言葉は静かに、しかし会場の隅々にまで響き渡った。
彼女はそう言うと俺の方に向き直り、先ほどよりもずっと甘く、そして愛おしさに満ちた瞳で俺を見つめて微笑んだ。
その笑顔は明確に告げていた。
「私の心も、体も、全てはこの人のものです」と。

青年はその笑顔の前に、完全に凍りついていた。
彼の自信に満ちていた顔は、みるみるうちに赤くなり、そして青くなっていく。
彼は戦う前に、完璧な敗北を喫したのだ。
ルナリアが俺にだけ向けるあの特別な笑顔。
その前ではどんな家柄も、どんな容姿も何の意味もなさない。
二人の間には誰一人として入り込むことのできない絶対的な絆が存在する。
それを会場にいる誰もが改めて思い知らされた瞬間だった。

「そ…そう、でしたか…。これは、失礼を…」
青年はかろうじてそれだけを絞り出すと、逃げるようにその場を去っていった。
その後も何人かの男子生徒が遠巻きにチャンスを窺っていたが、彼の無残な敗北を見て戦わずして撤退していく。

こうして俺の前に恋敵が現れるというイベントは、発生することなく完全に鎮圧された。
ルナリアという最強の防壁によって。

「…よかったのか?」
俺が少しだけ意地悪く尋ねると、彼女はきょとんとした顔で小首を傾げた。
「何がですの?」
「いや、あんな風に断ったら角が立つんじゃないかと思って」
「角?」
彼女は本気で意味が分からないという顔をしていた。
「ユウキ様以外の殿方と踊るなど、私にとっては空が明日から緑色になるのと同じくらいありえないことですわ。何を気にする必要がありましょう?」

そのあまりにも真っ直ぐで、一点の曇りもない言葉。
俺はもう何も言えなかった。
ただ胸の奥から込み上げてくるこの愛おしい気持ちを、どう表現すればいいのか分からなかった。

俺はそっと彼女の手を取った。
そしてその甲にごく自然に唇を寄せた。
騎士が姫君に誓いを立てるように、優しく、そして敬虔に。

「ありがとう」

俺がそう囁くと、彼女は顔を真っ赤にして幸せそうに俯いた。
その光景を見ていた周囲の生徒たちからは、もはや嫉妬の声すら上がらない。
ただうっとりとしたため息が、あちこちから漏れるだけだった。

「あーあ、もう勝てねえよ」
「次元が違うわ、あの二人は」
「なんかもう、見てるだけでお腹いっぱい…尊い…」

そんな声が俺たちの周りを優しく包み込んでいた。
俺の学園生活にはどうやら、ありがちな恋のライバルとのいざこざという展開は用意されていないらしい。
なぜなら俺の隣には、他のどんな男の存在も許さない、最強で最高のパートナーがいるのだから。
俺は改めて彼女の存在の大きさを感じながら、その小さな手をもう一度強く握りしめた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

【完結】不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。 日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。 フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ! フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。 美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。 しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。 最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

異世界転移したら、神の力と無敵の天使軍団を授かったんだが。

猫正宗
ファンタジー
白羽明星は気付けば異世界転移しており、背に純白の六翼を生やした熾天使となっていた。 もともと現世に未練などなかった明星は、大喜びで異世界の大空を飛び回る。 すると遥か空の彼方、誰も到達できないほどの高度に存在する、巨大な空獣に守られた天空城にたどり着く。 主人不在らしきその城に入ると頭の中にダイレクトに声が流れてきた。 ――霊子力パターン、熾天使《セラフ》と認識。天界の座マスター登録します。……ああ、お帰りなさいルシフェル様。お戻りをお待ち申し上げておりました―― 風景が目まぐるしく移り変わる。 天空城に封じられていた七つの天国が解放されていく。 移り変わる景色こそは、 第一天 ヴィロン。 第二天 ラキア。 第三天 シャハクィム。 第四天 ゼブル。 第五天 マオン。 第六天 マコン。 それらはかつて天界を構成していた七つの天国を再現したものだ。 気付けば明星は、玉座に座っていた。 そこは天の最高位。 第七天 アラボト。 そして玉座の前には、明星に絶対の忠誠を誓う超常なる存在《七元徳の守護天使たち》が膝をついていたのだった。 ――これは異世界で神なる権能と無敵の天使軍団を手にした明星が、調子に乗ったエセ強者を相手に無双したり、のんびりスローライフを満喫したりする物語。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

処理中です...