曲がり角でぶつかった少女に回復魔法を使ったら不治の病と盲目なのを治してしまってめちゃくちゃ懐かれてた

夏見ナイ

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第54話 他国の王子を完全スルー

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パーティー会場の華やかな喧騒に、俺は少しずつ慣れてきていた。
アルフォンス公爵による地獄の特訓のおかげで、貴族たちの複雑な挨拶の作法や当たり障りのない会話術も、なんとかこなすことができている。
俺はルナを伴って、彼女の知人である貴族令嬢たちに挨拶をして回っていた。

「まあ、ルナリア様! お久しぶりですわ! そのドレス、なんてお美しい…!」
「ユウキ様も、初めまして。噂はかねがね伺っておりますわ」

令嬢たちは、ルナの回復した姿と、その隣にいる俺に興味津々といった様子だ。
その好奇の視線をルナは完璧な笑顔で受け流し、俺のことを「私の、何よりも大切な方ですの」と紹介して回る。
その度に令嬢たちは「まあ!」と頬を赤らめ、俺たちの間に流れる甘い空気に当てられていくのだった。

俺たちの周りには、自然と小さな人だかりができていた。
誰もが今、王都で最も注目を集めるカップルを一目見ようと、遠巻きにこちらを窺っている。
その視線の中には、明らかにルナの美貌に惹かれた若い貴族たちの熱烈なものが含まれていた。
彼らはなんとか彼女に声をかける機会はないかと、虎視眈々とチャンスを狙っているのが見て取れた。

そして、その時は訪れた。
一人のひときわ華やかなオーラを放つ青年が、人垣を分けて俺たちの前へと進み出てきたのだ。
金糸で豪華な刺繍が施された真紅の軍服。腰には宝石が散りばめられた儀礼剣。
その顔立ちは彫刻のように整っており、自信に満ちた笑みを浮かべている。
彼の周りだけ空気が違う。生まれながらの王族だけが持つ特別な気配。

「これはこれは、美しき夜の女神よ。貴女の輝きは、この会場のどんな宝石よりも眩しく輝いておりますな」
彼は芝居がかった口調でそう言うと、ルナの前に跪き、その手に優雅に口づけをしようとした。
周囲から小さなどよめきが起こる。
彼は友好国である隣国の第二王子、カイン・フォン・エルドラド。
女好きとして有名だが、その家柄と容姿から数多の令嬢たちを虜にしてきたプレイボーイだった。

カイン王子は、俺の存在などまるで目に入っていないかのように、ルナだけを見つめ熱烈な視線を送っている。
俺は少しだけ眉をひそめた。
だが、騒ぎを起こすわけにはいかない。俺はただ黙ってルナの対応を見守ることにした。

ルナは、カイン王子が自分の手に口づけしようとしたその寸前、すっとあまりにも自然な動作でその手を引いた。
そして何事もなかったかのように、その手で俺の腕をぎゅっと愛おしそうに掴んだのだ。

カイン王子の唇は空を切った。
その自信に満ちた笑顔が、一瞬だけぴしりと固まる。

ルナはそんな彼に、完璧な淑女の笑みを向けた。
それは社交辞令としての、何の感情もこもっていない美しい仮面のような笑顔だった。

「過分なお言葉、痛み入ります、カイン殿下。ですが、わたくしの手は、この方以外の殿方に触れられることをひどく嫌うのです。申し訳ありません」

その言葉はどこまでも丁寧で穏やかだった。
だがその内容は、カイン王子のプライドを木っ端微塵に打ち砕くには十分すぎるほど辛辣なものだった。
「この方以外には、触れられたくもない」
そう暗に、しかしはっきりと告げているのだ。

会場の空気が凍りついた。
誰もがシルフィード家の令嬢の、あまりにも大胆不敵な返答に息を呑んでいる。
カイン王子の顔は、みるみるうちに赤く染まっていった。
怒りか、あるいはこれまでに経験したことのない完全な拒絶への屈辱か。

「…ほう。面白いことをおっしゃる」
彼はかろうじて平静を装い、立ち上がった。
そして初めて、俺の方へとその鋭い視線を向けた。
「貴殿が噂のユウキ・アスカワ殿ですかな。なるほど、確かにただの平民とは思えぬ凛とした佇まいだ。だが姫君。この私とこの男、どちらが貴女にふさわしいかなど火を見るよりも明らかではありませんかな?」

彼は俺と自分を比べるように、せせら笑った。
王族である自分と、どこの馬の骨とも知れぬ平民の男。
その圧倒的な身分の差を見せつけようとしているのだ。

だが、そんな彼の幼稚な挑発にルナは全く動じなかった。
彼女は俺の腕を掴む力をさらに強めた。
そして、うっとりとした熱に浮かされたような瞳で俺の横顔を見上げると、カイン王子にではなく、まるで俺自身に語りかけるかのように言ったのだ。

「ふさわしいかどうかなどと、そのような些細なことを考えたこともございませんわ」
その声は、とろけるように甘かった。
「わたくしにとって、この世界に存在する殿方はユウキ、ただ一人だけなのですから。他の殿方は、わたくしの目には道端の石ころと何ら変わりなく映りますの」

それは完全なノックアウト宣言だった。
石ころ。
一国の王子に向かって、面と向かって「お前は石ころだ」と言い放ったのだ。
しかも悪意など微塵もない、ただひたすらに純粋な恋する乙女の表情で。

カイン王子は完全に言葉を失っていた。
その顔は赤を通り越して青くなっている。
周囲の貴族たちも、もはや見ていられないといった様子でそっと視線を逸らし始めた。
これ以上の公開処刑はあまりにも惨すぎる。

「ユウキ…」
ルナはもうカイン王子のことなど完全に忘れてしまったかのように、俺の胸にこてんと甘えるように頭を預けてきた。
「少し疲れましたわ。あちらで少しだけ休んでもよろしいでしょうか」
その仕草は、完全に俺たちの世界に閉じこもることを示していた。

俺はそんな彼女の髪を優しく撫でた。
そして完全にフリーズしているカイン王子を一瞥し、少しだけ同情するような声で言った。
「…というわけですので、殿下。失礼いたします」

俺はルナの肩を抱き、その場を後にした。
残されたのは、魂が抜け殻になったかのように立ち尽くす一人の哀れな王子と、気まずい沈黙だけだった。

こうして、俺たちの前に現れた最大級の恋敵(?)は、ルナの宇宙規模の愛情表現の前に戦うことすらできずに完全に粉砕された。
彼女の心の中には、俺以外の男が存在するスペースなど一ミクロンも存在しない。
そのあまりにも重く、そしてあまりにも甘い事実を、俺は改めて思い知らされるのだった。
俺たちの愛の前では王族の身分さえも、道端の石ころほどの価値も持たないらしい。
そのことに少しだけ恐怖と、それ以上のどうしようもないほどの愛おしさを感じながら、俺は彼女を連れてバルコニーの涼しい夜風へと向かうのだった。
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