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第58話:教団の目的
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翌朝リリアーナが目を覚ました時、部屋にはいつもと変わらない穏やかな空気が流れていた。
マーサが運んできた朝食も、窓から差し込む光も全てが平和そのものだった。昨夜自分の寝室が死闘の舞台となったことなど、彼女は知る由もなかった。
アシュレイの徹底した情報統制により、暗殺未遂事件はごく一部の人間を除いて完全に秘匿されていたのだ。
しかし城の地下にある薄暗い牢獄では、その静けさとは無縁の光景が繰り広げられていた。
アシュレイはレオナルドだけを伴い、一人の男の前に立っていた。
男は昨夜リリアーナを襲った暗殺者の生き残りだった。アシュレイは情報を引き出すためにあえて一人だけ生け捕りにしていたのだ。男は頑丈な鎖で壁に磔にされ、その体には拷問の跡が生々しく残っていたが、その瞳はまだ狂信的な光を失っていなかった。
「……口を割る気になったか」
アシュレイの低い声が湿った牢獄に響く。
暗殺者は血の混じった唾を床に吐き捨て、歪んだ笑みを浮かべた。
「殺せ……。我らが教団の栄光のために死ぬことに一片の悔いもない」
「そうか。ならばもっと時間をかけて、死ぬよりも辛い苦しみを味わわせてやるまでだ」
アシュレイの声は氷のように冷たかった。その瞳には慈悲などという感情は欠片も存在しない。
レオナルドが男の前に進み出た。
「殿下の手を煩わせるまでもない。こいつは俺が必ず……」
「待て」
アシュレイはレオナルドを手で制した。そして暗殺者に向き直ると、意外な言葉を口にした。
「お前たちの目的は聖女の暗殺。そして帝都の混乱。違うか?」
暗殺者は何も答えなかった。
アシュレイは構わずに続けた。
「聖女の存在がお前たちの計画の最大の障害となっている。彼女の浄化の力は、お前たちが崇める魔瘴の力を根源から打ち消す。だから彼女を排除しようとした。そうだろう?」
男の瞳がわずかに揺らいだ。アシュレイが自分たちの計画の核心にいとも容易くたどり着いたことに動揺しているのだ。
アシュレイはその微かな動揺を見逃さなかった。
「くだらん思想だ。魔瘴による世界の浄化だと? それは浄化ではない。ただの破壊だ。生命に対する冒涜に過ぎん」
彼はゆっくりと男に近づいた。その青い瞳が暗殺者の心の奥底まで見透かすように鋭く光る。
「お前たちの『神』とは一体何だ。古の邪神か、あるいはただの狂人の妄想か。どちらにせよ、お前たちがやっていることはただの大陸全土を巻き込んだ壮大な自殺行為だ」
その言葉に、暗殺者の顔色が初めて変わった。
「だ、黙れ……! 貴様のような光に守られた者に、我らの大いなる理想が分かってたまるか!」
男は狂ったように叫んだ。
「この世界は腐っている! 偽りの平和と欺瞞に満ちた秩序! 一度全てを無に帰し、真なる混沌の中から新たな世界を創造するのだ! それこそが我らが神の御心!」
やはり狂信者の集団か。
アシュレイは内心で舌打ちした。このような相手に論理は通用しない。
だが男の言葉の中に、聞き逃せない一節があった。
『光に守られた者』。
アシュレイは一つの仮説に思い至った。
「……なるほどな」
彼はふっと氷のような笑みを浮かべた。
「お前たちの真の目的は聖女の暗殺だけではないな。聖女の『力』そのものが欲しいのではないか?」
その指摘に、暗殺者は息をのんだ。完全に意表を突かれたという顔だった。
アシュレイは確信を持って続けた。
「聖女の浄化の力。あれは生命を与える力と邪悪を滅する力の表裏一体。もしその力の性質を反転させることができれば……」
彼はそこで一度言葉を切った。
「……最強の破壊兵器と成りうる。大陸全土を一瞬で魔瘴の海に沈めることも可能だろう。それこそがお前たちの最終目的。聖女を捕らえ、その力を奪い、自分たちの『神』の降臨のための生贄とする。違うか?」
暗殺者はがくがくと震え始めた。
恐怖。そして自分たちの神聖な計画が、この男の前では赤子の戯言のように全て見透かされているという絶望。
彼の狂信はアシュレイの絶対的な知性の前に、脆くも崩れ去った。
「……そうか。それが答えか」
アシュレイは男の反応を見て全てを悟った。
彼はもう男には興味がないというように踵を返した。
「レオナルド。あとは任せる。必要な情報を全て引き出せ。教団の規模、幹部の名、そして……本拠地の場所を」
「御意」
レオナルドは深く一礼した。
牢獄を出て地上へと続く階段を上りながら、アシュレイは思考を巡らせていた。
敵の目的はリリアーナの命、そしてその力。
もはや城に籠もって守りを固めているだけでは不十分だ。敵が再び行動を起こす前に、こちらから仕掛ける必要がある。
そのためには敵の本拠地を突き止め、その中枢を叩くしかない。
彼の胸の奥で冷たい決意が固まっていく。
リリアーナを守る。
そのただ一つの目的のために、氷の皇子は自ら闇の中へと踏み込んでいくことを決意した。
それは帝国全土を巻き込む、光と闇の全面戦争の始まりを告げる静かな決断だった。
マーサが運んできた朝食も、窓から差し込む光も全てが平和そのものだった。昨夜自分の寝室が死闘の舞台となったことなど、彼女は知る由もなかった。
アシュレイの徹底した情報統制により、暗殺未遂事件はごく一部の人間を除いて完全に秘匿されていたのだ。
しかし城の地下にある薄暗い牢獄では、その静けさとは無縁の光景が繰り広げられていた。
アシュレイはレオナルドだけを伴い、一人の男の前に立っていた。
男は昨夜リリアーナを襲った暗殺者の生き残りだった。アシュレイは情報を引き出すためにあえて一人だけ生け捕りにしていたのだ。男は頑丈な鎖で壁に磔にされ、その体には拷問の跡が生々しく残っていたが、その瞳はまだ狂信的な光を失っていなかった。
「……口を割る気になったか」
アシュレイの低い声が湿った牢獄に響く。
暗殺者は血の混じった唾を床に吐き捨て、歪んだ笑みを浮かべた。
「殺せ……。我らが教団の栄光のために死ぬことに一片の悔いもない」
「そうか。ならばもっと時間をかけて、死ぬよりも辛い苦しみを味わわせてやるまでだ」
アシュレイの声は氷のように冷たかった。その瞳には慈悲などという感情は欠片も存在しない。
レオナルドが男の前に進み出た。
「殿下の手を煩わせるまでもない。こいつは俺が必ず……」
「待て」
アシュレイはレオナルドを手で制した。そして暗殺者に向き直ると、意外な言葉を口にした。
「お前たちの目的は聖女の暗殺。そして帝都の混乱。違うか?」
暗殺者は何も答えなかった。
アシュレイは構わずに続けた。
「聖女の存在がお前たちの計画の最大の障害となっている。彼女の浄化の力は、お前たちが崇める魔瘴の力を根源から打ち消す。だから彼女を排除しようとした。そうだろう?」
男の瞳がわずかに揺らいだ。アシュレイが自分たちの計画の核心にいとも容易くたどり着いたことに動揺しているのだ。
アシュレイはその微かな動揺を見逃さなかった。
「くだらん思想だ。魔瘴による世界の浄化だと? それは浄化ではない。ただの破壊だ。生命に対する冒涜に過ぎん」
彼はゆっくりと男に近づいた。その青い瞳が暗殺者の心の奥底まで見透かすように鋭く光る。
「お前たちの『神』とは一体何だ。古の邪神か、あるいはただの狂人の妄想か。どちらにせよ、お前たちがやっていることはただの大陸全土を巻き込んだ壮大な自殺行為だ」
その言葉に、暗殺者の顔色が初めて変わった。
「だ、黙れ……! 貴様のような光に守られた者に、我らの大いなる理想が分かってたまるか!」
男は狂ったように叫んだ。
「この世界は腐っている! 偽りの平和と欺瞞に満ちた秩序! 一度全てを無に帰し、真なる混沌の中から新たな世界を創造するのだ! それこそが我らが神の御心!」
やはり狂信者の集団か。
アシュレイは内心で舌打ちした。このような相手に論理は通用しない。
だが男の言葉の中に、聞き逃せない一節があった。
『光に守られた者』。
アシュレイは一つの仮説に思い至った。
「……なるほどな」
彼はふっと氷のような笑みを浮かべた。
「お前たちの真の目的は聖女の暗殺だけではないな。聖女の『力』そのものが欲しいのではないか?」
その指摘に、暗殺者は息をのんだ。完全に意表を突かれたという顔だった。
アシュレイは確信を持って続けた。
「聖女の浄化の力。あれは生命を与える力と邪悪を滅する力の表裏一体。もしその力の性質を反転させることができれば……」
彼はそこで一度言葉を切った。
「……最強の破壊兵器と成りうる。大陸全土を一瞬で魔瘴の海に沈めることも可能だろう。それこそがお前たちの最終目的。聖女を捕らえ、その力を奪い、自分たちの『神』の降臨のための生贄とする。違うか?」
暗殺者はがくがくと震え始めた。
恐怖。そして自分たちの神聖な計画が、この男の前では赤子の戯言のように全て見透かされているという絶望。
彼の狂信はアシュレイの絶対的な知性の前に、脆くも崩れ去った。
「……そうか。それが答えか」
アシュレイは男の反応を見て全てを悟った。
彼はもう男には興味がないというように踵を返した。
「レオナルド。あとは任せる。必要な情報を全て引き出せ。教団の規模、幹部の名、そして……本拠地の場所を」
「御意」
レオナルドは深く一礼した。
牢獄を出て地上へと続く階段を上りながら、アシュレイは思考を巡らせていた。
敵の目的はリリアーナの命、そしてその力。
もはや城に籠もって守りを固めているだけでは不十分だ。敵が再び行動を起こす前に、こちらから仕掛ける必要がある。
そのためには敵の本拠地を突き止め、その中枢を叩くしかない。
彼の胸の奥で冷たい決意が固まっていく。
リリアーナを守る。
そのただ一つの目的のために、氷の皇子は自ら闇の中へと踏み込んでいくことを決意した。
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