お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ

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第95話:始まりの庭園で

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皇帝の譲位宣言から数ヶ月が過ぎ、帝国は新しい時代の幕開けに向けて静かで荘厳な準備を進めていた。
アシュレイの戴冠式とリリアーナとの結婚式。その二つの歴史的な儀式が春の訪れと共に執り行われることが布告され、帝都は祝祭への期待感に満ちていた。

リリアーナの体力も今や完全に回復していた。
彼女は未来の皇后としての教育をマーサから受けながら、時折アシュレイと共にバークレイ王国から届く報告書に目を通し、復興のための助言をすることもあった。彼女の薬草の知識と土地の浄化に関する知見は、荒廃した故郷を再生させるための大きな力となった。

そんなある夜。
アシュレイは公務を終えると、リリアーナの部屋を訪れた。
「少し、付き合え」
彼はいつもよりどこか緊張した面持ちで、そう言って彼女に手を差し伸べた。
「どこへ行かれるのですか?」
「……始まりの場所だ」

彼がリリアーナを連れて向かったのは、皇城の中庭だった。
かつて彼が初めて彼女を二人きりの散策に誘った、あの思い出の庭園。
季節は巡り、今は春の訪れを告げる月下香(げっかこう)の花が、甘く清らかな香りを夜の空気に放っていた。
空には満天の星が、手の届きそうなほど近くに輝いている。

二人は言葉を交わすことなく、ゆっくりと庭園を歩いた。
敷石の小道、清らかな水を湛えた噴水、そして彼がその名を教えてくれた白い薔薇『氷の涙』。
全てが、二人の想いが静かに育まれていった大切な記憶のひとかけらだった。

やがて二人は庭園の中心にある、白い大理石のベンチの前で足を止めた。
初めて二人で並んで腰掛けた、あの場所。

アシュレイはリリアーナに向き直った。
その青い瞳は夜空の星々を全て映し込んだかのように、深く、そして真摯な光を宿している。
リリアーナは彼のただならぬ雰囲気に、心臓が大きく高鳴るのを感じた。

次の瞬間、アシュレイは何の前触れもなく、彼女の前に静かに跪いた。
「……! アシュレイ様!?」
リリアーナは驚き、慌てて彼を立たせようとした。次期皇帝が自分の前で跪くなど、あってはならないことだ。
しかしアシュレイは彼女の手を優しく制し、その場から動かなかった。

彼は懐から小さなベルベットの箱を取り出した。
そしてその箱を、ゆっくりと開く。

箱の中にあったのは一つの指輪だった。
帝国の夜空をそのまま切り取って閉じ込めたかのような、深く澄み切った青色の大粒のサファイア。その周りを星々のように輝く小さなダイヤモンドが取り囲んでいる。
それはエルミート帝国の皇室に代々伝わる至宝。未来の皇后にのみ受け継がれることを許された、誓いの指輪だった。

アシュレイはその指輪を手に取り、リリアーナの潤んだ瞳を真っ直ぐに見上げた。
その声は震えていた。
十七年間、感情を殺してきた男が、その生涯の全てを懸けて紡ぎ出す魂の言葉だった。

「リリアーナ・グレイフィールド」

彼は初めて彼女のフルネームを呼んだ。
それは彼女が一人の人間として、その全ての過去と未来を受け入れるという誓いの響きを持っていた。

「俺は、お前に出会って初めて生きていることを知った。お前が俺の凍てついた世界に、光と愛と生きる意味を与えてくれた」
「俺の生涯は、もうお前なしでは成り立たない。俺の魂は、お前のものだ」

彼の言葉の一つ一つが、リリアーナの心の奥深くに温かい光となって染み込んでいく。

「だから……どうか」
彼は一世一代の願いをその瞳に込めて、彼女に告げた。
「俺の妻になってほしい。そしてこの国の皇后として、俺の隣で永遠に微笑んでいてほしい。俺の生涯の全てをお前に捧げる」

それは世界で一番不器用で、
そして世界で一番誠実なプロポーズだった。
リリアーナの目から大粒の涙が止めどなくこぼれ落ちた。
しかしそれは悲しみの涙ではない。
言葉にできないほどの幸福と愛しさに満ちた、輝く雫だった。

彼女は涙に濡れた笑顔で、何度も、何度も深く頷いた。
「……はい」
ようやく絞り出した声は、喜びで震えていた。
「喜んで……。あなた様の妻に、そしてこの国の皇后にならせてください。わたくしの生涯も、全てあなた様に捧げます」

その答えを聞いたアシュレイの顔に、安堵と、そして今まで誰も見たことのない心の底からの、少年のような幸せな笑顔が浮かんだ。
彼は震える手でリリアーナの左手の薬指に、誓いの指輪をそっとはめた。
指輪はまるで最初からそこにあったかのように、彼女の指にぴったりと収まった。

始まりの庭園で、二人の運命は永遠に結ばれた。
満天の星空と月下香の甘い香りが、その神聖な誓いの唯一の証人だった。
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