お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ

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第94話:次代への継承

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アシュレイがバークレイ王国の統治に道筋をつけ帝都に帰還したのは、初雪が舞い始めた冬の日のことだった。
リリアーナは彼の不在の間、一日千秋の思いでその帰りを待っていた。彼から届く短い手紙だけが、彼女の不安を和らげる唯一の慰めだった。

アシュレイが乗った馬が皇城の中庭に姿を現した時、リリアーナはマーサの制止も聞かず離宮から駆け出していた。
長い不在でわずかに逞しさを増したように見えるアシュレイ。彼は馬から降りると、真っ直ぐに彼女の元へと歩み寄った。
人々の視線など、もはや二人にとっては存在しないも同然だった。
アシュレイはリリアーナの華奢な体を、壊れ物を扱うように、しかし力強く抱きしめた。
「……ただいま、リリアーナ」
「おかえりなさいませ、アシュレイ様」
彼の胸に顔をうずめ、リリアーナは心の底から安堵のため息をついた。彼の匂い、彼の温もり、彼の心音。全てが彼女の心を穏やかに満たしていく。

短い再会の後、アシュレイは休む間もなく父である皇帝アルフォンスの元へと報告に向かった。
執務室には宰相やレオナルドなど、帝国の重臣たちが集まっていた。
アシュレイはバークレイ王国の現状と彼が下した裁きについて、冷静かつ的確に報告を行った。その報告を聞きながら、皇帝と重臣たちは彼の為政者としての成長ぶりに目を見張っていた。
かつての彼は、ただ冷徹で完璧なだけの皇太子だった。しかし今の彼には、民を思いやる慈悲と、罪を憎んで人を憎まずという公正さを兼ね備えた、真の王者の風格が備わっていた。

全ての報告が終わった時、皇帝アルフォンスは満足げに深く頷いた。
そしてその場で、誰もが予想していなかった言葉を口にした。

「……アシュレイよ」
皇帝は玉座からゆっくりと立ち上がった。その声はいつになく厳粛で、そして晴れやかだった。
「そなたは、もはや次期皇帝の器ではない」

その言葉に、その場にいた全員が息をのんだ。アシュレイでさえ驚きに目を見開く。
皇帝はそんな彼らの動揺を楽しんでいるかのように、静かに続けた。

「そなたはすでに、皇帝そのものの器となった」

彼は玉座の前に進み出ると、高らかに宣言した。
「よって本日をもって、私、アルフォンス・フォン・エルミートは皇帝の座を退く! そして我が息子アシュレイに、この帝国の全てを譲位することを、ここに宣言する!」

譲位。
そのあまりにも重い言葉が、執務室の空気を震わせた。
宰相もレオナルドも、驚愕のあまり言葉を失っている。

「父上……! なぜ、今……」
アシュレイがようやく声を絞り出した。
皇帝はそんな息子の肩に、力強く手を置いた。
「今だからだ、アシュレイ。お前は呪いという最大の枷から解放された。闇の教団という巨悪を打ち破り、大陸に平和をもたらした。そして何より……」
皇帝の瞳が優しく和らぐ。
「リリアーナ殿という、国を、いや世界を照らす光を、生涯の伴侶として得た。これ以上、何を待つ必要がある? 新しい時代は、新しい皇帝が築くべきだ」

その言葉は、アシュレイの胸に深く、そして重く響いた。
父は全てを見ていた。そして最高のタイミングで、自分に全てを託そうとしてくれている。
その絶大な信頼が、アシュレイの心を奮わせた。

彼は迷いを振り払うように、父の目を真っ直ぐに見つめ返した。
そして深く、深く頭を垂れた。
「……謹んで、お受けいたします。父上が築き上げてこられたこの偉大な帝国を、必ずや守り抜いてみせると、この魂に誓って」
それは新たな皇帝の誕生を告げる、力強い誓いの言葉だった。

その日の夜。
アシュレイはリリアーナの部屋を訪れた。
彼は昼間の出来事を、静かに彼女に語って聞かせた。
自分が次期皇帝となること。
そして彼女が次期皇后となることを。

リリアーナはそのあまりにも大きな運命の宣告に、一瞬言葉を失った。
皇后。
かつて灰色の牢獄で息を潜めていた自分が、この偉大な帝国の母となる。その重責に思わず身がすくむようだった。
そんな彼女の不安を、アシュレイは優しく包み込んだ。
彼は彼女の前に跪くと、その手を取った。
「怖いか?」
「……少しだけ」
「俺もだ」
アシュレイは正直に告白した。
「皇帝という重圧は計り知れない。だが、お前が隣にいてくれるなら俺は何も怖くない。お前が俺の光でいてくれる限り、俺は決して道を見失わない」

その言葉が、リリアーナの最後の不安を綺麗に消し去った。
彼女は彼の手の上に、自分の手を重ねた。
「はい。わたくしもあなた様のお隣で、共に歩ませていただきます。あなたが皇帝としてこの国を導くなら、わたくしは皇后としてその道を照らす光となります」
それは彼女の新たな、そして最も気高い覚悟の言葉だった。

二人は見つめ合った。
その瞳には、これから始まる未来への期待と揺るぎない覚悟が、同じように輝いていた。
皇帝と皇后。
彼らの物語は今、個人の愛の物語から国と民を背負う壮大な叙事詩へと、その幕を開けようとしていた。
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