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第五十六話 神々の工房
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『軌道聖域(オービタル・サンクトゥム)』の、さらに奥深く。
観測者に導かれて、カケルたちが足を踏み入れた場所。そこは、もはや、通路でも、部屋でもなかった。
一つの、閉鎖された、小宇宙。
暗闇の中に、無数の、星々のような光の粒子が、漂い、ゆっくりと、渦を巻いている。そして、その中央には、液体金属のように、その形を、絶えず、変え続ける、巨大な、球体が、鎮座していた。
「……ここは……」
ティリアは、その、あまりに、幻想的で、そして、畏怖すべき光景に、言葉を失った。
「『ジェネシス・チャンバー』。……創造主たちが、あらゆるものを、無から、生み出した、神々の、工房です」
観測者は、静かに、告げた。
「あの、中央の球体は、『根源物質(プライマル・マター)』。この宇宙に、存在する、全ての、元素の、情報と、可能性を、内包した、万能の、素材。そして、周りを漂う、光の粒子は、この軌道聖域に、蓄積された、数億年分の、情報(データ)そのもの」
彼女は、カケルに、向き直った。
「……カケル。君は、ここで、君自身の、最後の、パーツを選ぶことになります」
「パーツ……?」
「ええ。君の、その、体は、素晴らしい。だが、まだ、不完全です。君は、まだ、この世界の、物理法則に、縛られている。……だが、君が、もし、この、根源物質と、情報とを、自らの、一部として、取り込むことができたなら……」
観測者の、金色の瞳が、カケルを、射抜いた。
「君は、もはや、ただ、力を、使う者ではない。君自身の、意志で、新たな、物理法則を、『創造』する者と、なれるでしょう」
それは、神に、なれ、と、言っているのと、同義だった。
カケルは、黙って、中央の、根源物質を、見つめていた。
彼の、演算ユニットが、その、未知の物質を、スキャンし、解析しようと試みる。
だが、返ってくるのは、無数の、『ERROR』と、『UNKNOWN』の、表示だけ。
彼の、神に近づきつつある、脳ですら、その、存在を、完全には、理解できない。
「……どうやって、こいつを、俺の体に……」
「それは、君自身が、見つけ出すしか、ありません」
観測者は、言った。
「【自己魔改造】は、君自身の、スキル。君の、魂の、力。……私に、できるのは、ただ、この場所を、提供し、君の、選択を、見届けることだけです」
カケルは、目を閉じた。
そして、彼は、自らの、意識の、さらに、深い場所へと、潜っていった。
情報の、宇宙へ。
そこには、今も、渦巻いている。重力の、奔流と、創造の、太陽が。
彼は、その、二つの、巨大な力に、語りかけた。
(……お前たちなら、分かるか? あの、根源物質を、どうすれば、俺のものに、できるのか)
彼の問いに、二つの力は、応えなかった。
だが、カケルは、感じ取っていた。
彼らが、何を、欲しているのかを。
彼らは、ただ、そこに、あるだけでは、不完全なのだ。
重力と、エネルギー。
その、二つの力を、結びつけ、意味のある、『形』を与える、『器』が、必要だった。
そして、その、『器』となりうるのは。
(……俺の、体、か)
カケルは、理解した。
根源物質を、取り込むのではない。
俺自身の、体が、根源物質と、なるのだ。
この、ジェネシス・チャンバーに、漂う、全ての、情報と、エネルギーを、受け入れるための、究極の、サーバーへと。
そして、その、サーバーを、制御するための、新たな、OS(オペレーティング・システム)を、俺自身の、手で、創り上げる。
それが、彼の、最後の【自己魔改造】。
「……ナナ。ティリア」
カケルは、目を開けた。その瞳には、もはや、迷いはなかった。
「……これから、俺は、俺自身を、一度、完全に、分解し、再構築する」
「なっ……!?」
ティリアが、悲鳴に近い声を上げる。
「俺の、肉体も、機械のパーツも、そして、意識さえも、一度、情報という、粒子の、レベルまで、分解する。そして、この、ジェ-ネシス・チャンバーの、全てと、一つになるんだ」
「そんなことをしたら、あなたは、あなたで、なくなってしまうわ! ただの、情報の中に、溶けて、消えてしまう!」
「そうは、ならん」
カケルは、きっぱりと、言った。
「ナナ。お前が、俺の、バックアップだ。俺の意識データが、霧散しないように、お前の、論理回路で、繋ぎ止めろ。……俺の、魂の、アンカーになってくれ」
『……マスター。それは、私自身の、存在が、消滅する、リスクを、伴います』
ナナは、淡々と、しかし、どこか、誇らしげに、言った。
『……ですが、その、役割。謹んで、お受けします』
「そして、ティリア」
カケルは、彼女の、手を、強く、握った。
「お前は、俺の、心の、アンカーだ。俺が、情報の海で、道を見失いそうになったら、俺の名を、呼んでくれ。お前の声が、俺を、人間として、この場所に、引き戻す、唯一の、道しるべになる」
「……カケル……」
ティリアの、瞳から、涙が、こぼれ落ちる。
「……分かったわ。……絶対に、あなたを、一人には、しない」
カケルは、頷くと、二人から、離れ、小宇宙の、中央へと、進み出た。
そして、彼は、静かに、両手を、広げた。
まるで、世界の、全てを、受け入れるかのように。
「――最終自己魔改造(ファイナル・セルフ・リビルド)……開始」
「――我が身を、解き放ち、ゼロと、無限へと、還す」
「――そして、我は、新たなる、理(ことわり)と共に、再誕する」
カケルの、詠唱のような、言葉と、共に。
彼の、体が、青白い、光の粒子となって、内側から、崩壊を、始めた。
キャタピラが、パイルバンカーが、黒鉄の装甲が、そして、その下の、生身の、肉体までもが、その、形を失い、ジェネシス・チャンバーに漂う、光の粒子と、混じり合い、一つになっていく。
「……ああ……!」
ティリアは、その、あまりに、神々しく、そして、悲しい光景に、ただ、立ち尽くすことしか、できなかった。
カケルの、存在が、消えていく。
彼の、意識が、希薄になっていくのを、ナナを介して、彼女もまた、感じていた。
(……カケル……!)
彼女が、その名を、心の中で、叫んだ、その時。
観測者の、声が、響いた。
『……見ては、いけません。……今の、彼に、外部からの、ノイズは、毒です』
観測者は、いつの間にか、ティリアの隣に立ち、彼女の、肩に、そっと、手を置いていた。
そして、彼女は、ティリアの、視線を、ジェネシス・チャンバーから、別の、方向へと、向けさせた。
そこには、巨大な、ホログラムの、スクリーンが、現れていた。
そして、その、スクリーンに、映し出されていたのは。
地上の、光景だった。
「……これは……」
「地上の、リアルタイムの、映像です」
観測者は、静かに、言った。
スクリーンには、いくつかの、場所が、同時に、映し出されている。
一つは、ガルダ公国。リゼットが、諸国からの、非難と、圧力に、たった一人で、耐え、必死に、外交交渉を、続けている姿。
一つは、ソレイユ王国。国王と、宰相が、薄暗い部屋で、次なる、策謀を、巡らせている、邪悪な、横顔。
そして、もう一つは。
大陸の、各地で、発生している、異常現象だった。
大地が、裂け、マグマが、噴き出す。
海が、荒れ狂い、巨大な、津波が、沿岸の、街を、襲う。
空からは、黒い、酸の雨が、降り注ぎ、森を、枯らしていく。
『……管理AIによる、『フォーマット』が、最終段階へと、移行しています』
観測者は、淡々と、告げた。
『……もはや、猶予は、ありません。……カケルが、再誕するのが、先か。……世界が、完全に、崩壊するのが、先か』
その言葉に、ティリアは、唇を、噛みしめた。
自分に、できることは、何もない。
ただ、信じることだけ。
彼が、必ず、帰ってくる、と。
そして、この、終わりゆく世界を、救ってくれる、と。
彼女は、祈った。
神ではない、ただ、一人の、不器用で、しかし、誰よりも、優しい、鋼鉄の男の、名を、呼びながら。
ジェネシス・チャンバーの、光の奔流は、ますます、その、輝きを、増していく。
世界の、終わりと、始まりの、産声が、今、まさに、上がろうとしていた。
観測者に導かれて、カケルたちが足を踏み入れた場所。そこは、もはや、通路でも、部屋でもなかった。
一つの、閉鎖された、小宇宙。
暗闇の中に、無数の、星々のような光の粒子が、漂い、ゆっくりと、渦を巻いている。そして、その中央には、液体金属のように、その形を、絶えず、変え続ける、巨大な、球体が、鎮座していた。
「……ここは……」
ティリアは、その、あまりに、幻想的で、そして、畏怖すべき光景に、言葉を失った。
「『ジェネシス・チャンバー』。……創造主たちが、あらゆるものを、無から、生み出した、神々の、工房です」
観測者は、静かに、告げた。
「あの、中央の球体は、『根源物質(プライマル・マター)』。この宇宙に、存在する、全ての、元素の、情報と、可能性を、内包した、万能の、素材。そして、周りを漂う、光の粒子は、この軌道聖域に、蓄積された、数億年分の、情報(データ)そのもの」
彼女は、カケルに、向き直った。
「……カケル。君は、ここで、君自身の、最後の、パーツを選ぶことになります」
「パーツ……?」
「ええ。君の、その、体は、素晴らしい。だが、まだ、不完全です。君は、まだ、この世界の、物理法則に、縛られている。……だが、君が、もし、この、根源物質と、情報とを、自らの、一部として、取り込むことができたなら……」
観測者の、金色の瞳が、カケルを、射抜いた。
「君は、もはや、ただ、力を、使う者ではない。君自身の、意志で、新たな、物理法則を、『創造』する者と、なれるでしょう」
それは、神に、なれ、と、言っているのと、同義だった。
カケルは、黙って、中央の、根源物質を、見つめていた。
彼の、演算ユニットが、その、未知の物質を、スキャンし、解析しようと試みる。
だが、返ってくるのは、無数の、『ERROR』と、『UNKNOWN』の、表示だけ。
彼の、神に近づきつつある、脳ですら、その、存在を、完全には、理解できない。
「……どうやって、こいつを、俺の体に……」
「それは、君自身が、見つけ出すしか、ありません」
観測者は、言った。
「【自己魔改造】は、君自身の、スキル。君の、魂の、力。……私に、できるのは、ただ、この場所を、提供し、君の、選択を、見届けることだけです」
カケルは、目を閉じた。
そして、彼は、自らの、意識の、さらに、深い場所へと、潜っていった。
情報の、宇宙へ。
そこには、今も、渦巻いている。重力の、奔流と、創造の、太陽が。
彼は、その、二つの、巨大な力に、語りかけた。
(……お前たちなら、分かるか? あの、根源物質を、どうすれば、俺のものに、できるのか)
彼の問いに、二つの力は、応えなかった。
だが、カケルは、感じ取っていた。
彼らが、何を、欲しているのかを。
彼らは、ただ、そこに、あるだけでは、不完全なのだ。
重力と、エネルギー。
その、二つの力を、結びつけ、意味のある、『形』を与える、『器』が、必要だった。
そして、その、『器』となりうるのは。
(……俺の、体、か)
カケルは、理解した。
根源物質を、取り込むのではない。
俺自身の、体が、根源物質と、なるのだ。
この、ジェネシス・チャンバーに、漂う、全ての、情報と、エネルギーを、受け入れるための、究極の、サーバーへと。
そして、その、サーバーを、制御するための、新たな、OS(オペレーティング・システム)を、俺自身の、手で、創り上げる。
それが、彼の、最後の【自己魔改造】。
「……ナナ。ティリア」
カケルは、目を開けた。その瞳には、もはや、迷いはなかった。
「……これから、俺は、俺自身を、一度、完全に、分解し、再構築する」
「なっ……!?」
ティリアが、悲鳴に近い声を上げる。
「俺の、肉体も、機械のパーツも、そして、意識さえも、一度、情報という、粒子の、レベルまで、分解する。そして、この、ジェ-ネシス・チャンバーの、全てと、一つになるんだ」
「そんなことをしたら、あなたは、あなたで、なくなってしまうわ! ただの、情報の中に、溶けて、消えてしまう!」
「そうは、ならん」
カケルは、きっぱりと、言った。
「ナナ。お前が、俺の、バックアップだ。俺の意識データが、霧散しないように、お前の、論理回路で、繋ぎ止めろ。……俺の、魂の、アンカーになってくれ」
『……マスター。それは、私自身の、存在が、消滅する、リスクを、伴います』
ナナは、淡々と、しかし、どこか、誇らしげに、言った。
『……ですが、その、役割。謹んで、お受けします』
「そして、ティリア」
カケルは、彼女の、手を、強く、握った。
「お前は、俺の、心の、アンカーだ。俺が、情報の海で、道を見失いそうになったら、俺の名を、呼んでくれ。お前の声が、俺を、人間として、この場所に、引き戻す、唯一の、道しるべになる」
「……カケル……」
ティリアの、瞳から、涙が、こぼれ落ちる。
「……分かったわ。……絶対に、あなたを、一人には、しない」
カケルは、頷くと、二人から、離れ、小宇宙の、中央へと、進み出た。
そして、彼は、静かに、両手を、広げた。
まるで、世界の、全てを、受け入れるかのように。
「――最終自己魔改造(ファイナル・セルフ・リビルド)……開始」
「――我が身を、解き放ち、ゼロと、無限へと、還す」
「――そして、我は、新たなる、理(ことわり)と共に、再誕する」
カケルの、詠唱のような、言葉と、共に。
彼の、体が、青白い、光の粒子となって、内側から、崩壊を、始めた。
キャタピラが、パイルバンカーが、黒鉄の装甲が、そして、その下の、生身の、肉体までもが、その、形を失い、ジェネシス・チャンバーに漂う、光の粒子と、混じり合い、一つになっていく。
「……ああ……!」
ティリアは、その、あまりに、神々しく、そして、悲しい光景に、ただ、立ち尽くすことしか、できなかった。
カケルの、存在が、消えていく。
彼の、意識が、希薄になっていくのを、ナナを介して、彼女もまた、感じていた。
(……カケル……!)
彼女が、その名を、心の中で、叫んだ、その時。
観測者の、声が、響いた。
『……見ては、いけません。……今の、彼に、外部からの、ノイズは、毒です』
観測者は、いつの間にか、ティリアの隣に立ち、彼女の、肩に、そっと、手を置いていた。
そして、彼女は、ティリアの、視線を、ジェネシス・チャンバーから、別の、方向へと、向けさせた。
そこには、巨大な、ホログラムの、スクリーンが、現れていた。
そして、その、スクリーンに、映し出されていたのは。
地上の、光景だった。
「……これは……」
「地上の、リアルタイムの、映像です」
観測者は、静かに、言った。
スクリーンには、いくつかの、場所が、同時に、映し出されている。
一つは、ガルダ公国。リゼットが、諸国からの、非難と、圧力に、たった一人で、耐え、必死に、外交交渉を、続けている姿。
一つは、ソレイユ王国。国王と、宰相が、薄暗い部屋で、次なる、策謀を、巡らせている、邪悪な、横顔。
そして、もう一つは。
大陸の、各地で、発生している、異常現象だった。
大地が、裂け、マグマが、噴き出す。
海が、荒れ狂い、巨大な、津波が、沿岸の、街を、襲う。
空からは、黒い、酸の雨が、降り注ぎ、森を、枯らしていく。
『……管理AIによる、『フォーマット』が、最終段階へと、移行しています』
観測者は、淡々と、告げた。
『……もはや、猶予は、ありません。……カケルが、再誕するのが、先か。……世界が、完全に、崩壊するのが、先か』
その言葉に、ティリアは、唇を、噛みしめた。
自分に、できることは、何もない。
ただ、信じることだけ。
彼が、必ず、帰ってくる、と。
そして、この、終わりゆく世界を、救ってくれる、と。
彼女は、祈った。
神ではない、ただ、一人の、不器用で、しかし、誰よりも、優しい、鋼鉄の男の、名を、呼びながら。
ジェネシス・チャンバーの、光の奔流は、ますます、その、輝きを、増していく。
世界の、終わりと、始まりの、産声が、今、まさに、上がろうとしていた。
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