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第20話:封印の先に眠るもの
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苔むした岩壁に刻まれた古代文字。それは、リオとリリアナが以前訪れた小さな遺跡で見た「星詠みの民」の文字と酷似していた。そして、その壁から放たれる、古く、強く、そしてどこか物悲しい気配。目の前の光景は、ここが単なるゴブリンのねぐらではなく、古代の秘密が眠る場所であることを示唆していた。
「封印……。やはり、ここにも……」
リオは壁に手を触れたまま、呟いた。【言語魔法】で読み取った言葉――『穢れ近づき、目覚め近い』――が、不吉な予感と共に頭の中で反響する。ゴブリンたちがこの場所に住み着いたことが、意図せずして封印を弱める原因となってしまったのだろうか。
「この文字……間違いないわ。『星詠みの民』のものよ。でも、彼らがなぜこんな場所に封印を? 一体、何を封じているのかしら……」
リリアナは興奮と不安が入り混じった表情で壁を観察している。彼女の指先が、特定の文字の連なりを慎重になぞる。
「問題は、これからどうするかだ」
グレイが冷静な声で言った。彼は警戒を解くことなく、周囲の気配と、そして目の前の不気味な壁に注意を払っている。
「このまま放置しておけば、本当に『目覚め』とやらが起きてしまうかもしれん。かといって、下手に手を出せば、何を呼び覚ますか分からんぞ」
グレイの指摘はもっともだった。封印されているものが、必ずしも友好的な存在とは限らない。むしろ、危険なものである可能性の方が高いだろう。
「ですが、このままにしておくわけにもいきません。封印が弱まっているのなら、いずれ破られる可能性が高い。それが、もし本当に危険なものなら……フロンティアの街にも被害が及ぶかもしれません」
リオは、エルナを苦しめていた原因不明の病のことを思い出していた。あれが、この封印の弱まりと全く無関係だと言い切れるだろうか? もし、この封印の先にあるものが、何らかの悪影響を周囲に撒き散らしているとしたら……。
「リオさんの言う通りね。それに、この封印について、もっと詳しく知る必要があるわ。『星詠みの民』が何を封じ、何を伝えようとしているのか……。もしかしたら、私たちが探している『災厄』に関する手がかりがあるかもしれない」
リリアナも、危険を承知の上で、調査を進めるべきだと考えているようだった。
「……ふん。結局、首を突っ込むことになるわけか」グレイは溜息をついたが、反対はしなかった。「だが、慎重に行けよ。少しでも危険を感じたら、すぐに退くぞ」
どうやら、彼もこのまま放置しておくことのリスクを感じているらしい。そして、リオとリリアナの判断を、ある程度は信頼してくれているようだった。
「ありがとうございます、グレイさん」
リオは礼を言った。三人の意見は一致した。この封印の謎に挑むことに。
「まずは、この封印がどういう性質のものか、そして解除する方法があるのかどうか、調べてみましょう」
リリアナが提案した。リオは再び壁に向き合い、【言語魔法】を集中させた。壁に刻まれた古代文字、そして壁そのものから発せられる微弱な魔力の流れ、エネルギーの構造を読み解こうと試みる。
『……守護……石像……眠り……契約……言葉……』
『……真名(マナ)……捧げ……主(アルジ)……示す……』
『……星々……配置……合致……時……開く……』
断片的な情報が、リオの頭の中に流れ込んでくる。どうやら、この封印は物理的なものではなく、魔法的な契約によって維持されているらしい。そして、その契約の中心には、「守護の石像」――おそらくゴーレムのような存在――が関わっているようだ。封印を解くには、特定の「言葉」(真名)を捧げ、「主」たる資格を示し、さらに「星々の配置」という条件も満たす必要があるらしい。
「複雑な封印ですね……。ゴーレムのような守護者が眠っていて、特定の言葉と資格、そして天文学的な条件が必要みたいです」
リオは読み取った情報を二人に伝えた。
「ゴーレム……! 古代のゴーレムは、現代のものとは比較にならないほど強力で、自律的な思考を持つものもいたと聞くわ。それが守護者……」リリアナは息を呑んだ。「星々の配置、という条件も気になるわね。特定の時期にしか開かないということかしら……」
「だとしたら、今ここで無理に開けようとするのは危険だな。条件が揃っていなければ、封印が暴走する可能性もある」
グレイが冷静に指摘する。
「そうですね……。ですが、この言葉、『穢れ近づき、目覚め近い』という部分が気になります。もしかしたら、ゴブリンたちの存在が、封印の条件を歪め、意図しない形で『目覚め』を引き起こそうとしているのでは……?」
リオは懸念を口にした。もしそうだとしたら、悠長に星の配置を待っているわけにはいかないかもしれない。
「……確かに、その可能性はあるな」グレイも同意した。「だとすれば、封印を解くのではなく、強化するという手はないのか?」
「封印の強化……。原理が分かれば、可能かもしれません」リリアナは考え込んだ。「でも、それにはこの封印に使われている古代魔法の術式を正確に理解する必要があるわ。この文字だけでは情報が足りない……」
三人は再び壁を見つめ、考えあぐねた。打つ手がないように思えた、その時だった。
リオが、壁に刻まれた文字の中に、ひときわ異質なエネルギーを放つ一点があることに気づいた。【言語魔法】でその部分に意識を集中させると、他の文字とは違う、まるで鍵穴のような役割を持つ構造が見えてきた。
(これは……『真名』を捧げる場所……? ここに特定の言葉を語りかければ、封印に干渉できるかもしれない……)
そして、リオの脳裏に、ふと一つの古代語の単語が閃いた。それは、「星詠みの民」の書物の中で、「守護」や「眠り」といった言葉と共に、繰り返し現れていた単語だった。
(もしかしたら、これが……?)
危険な賭けかもしれない。だが、試してみる価値はある。リオは意を決し、壁のその一点に右手を触れ、静かに、しかし明確な意志を込めて、その古代語を口にした。
「**――クゥイエス**」(静寂、眠り、安らぎの意)
その言葉が紡がれた瞬間、壁が微かに振動し、古代文字全体が淡い光を放ち始めた。そして、リオの手が触れていた鍵穴のような部分から、カチリ、という小さな、しかし確かな手応えが伝わってきた。
壁から放たれていた異質な気配が、ふっと和らぐのを感じる。同時に、壁の向こう側から、ゴゴゴ……という重い何かが動くような、地響きにも似た音が微かに聞こえてきた。
「リオさん!?」
「おい、何をした!?」
リリアナとグレイが驚いて声を上げる。
「分かりません……でも、封印に何らかの変化が……。そして、奥で何かが……」
リオが言い終える前に、岩壁が、まるで巨大な扉のように、ゆっくりと内側へと開き始めたのだ。条件を満たしたわけではないはずなのに。おそらく、リオが唱えた「クゥイエス」という言葉が、封印の安定化、あるいは一時的な沈静化を促し、同時に、内部の守護者との繋がりを部分的に回復させたのかもしれない。
開いた扉の向こうには、広大な空間が広がっていた。そこは、自然の洞窟ではなく、明らかに人の手によって作られた石造りの広間だった。天井は高く、壁にはやはり古代文字や幾何学模様が刻まれている。そして、広間の中央に鎮座していたのは……。
「……ゴーレム……!」
リリアナが息を呑んで呟いた。
そこに立っていたのは、高さ5メートルはあろうかという巨大な人型の石像だった。全身が滑らかな黒曜石のような素材で作られており、そのフォルムは力強さと同時に、どこか洗練された美しさも感じさせる。目にあたる部分には、青白い宝石のようなものが嵌め込まれており、今は光を失っているが、かつては輝いていたであろうことが想像できた。両腕は力強く、その手は何かの武器を握っていたのかもしれないが、今は何も持っていない。
それは、明らかに戦闘用に作られた古代のゴーレムだった。しかし、今はまるで深い眠りについているかのように、静かに佇んでいるだけだ。その姿は、脅威というよりは、むしろ悠久の時を生きてきた孤高の守護者といった風格を漂わせていた。
「これが……封印されていた『守護の石像』……」
リオは、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。もしこれが動き出したら、今の自分たちでは到底太刀打ちできないだろう。
「幸い、まだ動く気配はないようだな」グレイが安堵とも警戒ともつかない声で言った。「だが、油断はするな」
三人は慎重に広間へと足を踏み入れた。ゴーレムの周囲には、他にもいくつかの石碑や、祭壇のようなものが設置されている。そこには、やはり「星詠みの民」のものと思われる文字が刻まれていた。
リオは【言語魔法】でそれらの文字を読み解いていく。そこには、このゴーレムの成り立ち、役割、そして制御方法に関する情報が記されていた。
『……星の力……宿りし……守り手……名は『アストライオス』……』
『……主の……声(コトバ)……従う……契約……結ぶ……』
『……起動……真言……『アウェイクン・ステラ』……』
『……停止……真言……『レクイエム・サイレンス』……』
このゴーレムの名は「アストライオス」。星の力を宿し、主と定めた者の「声(言葉)」に従うように設計されているらしい。そして、起動と停止のための「真言」も記されていた。
「アストライオス……。星の力を宿すゴーレム……」リリアナは興奮を隠せない様子だった。「しかも、言葉で命令できるですって!? 現代のゴーレムは、魔力で直接操作するか、事前にプログラムされた単純な命令しか受け付けないのに……!」
これは、とてつもない発見だった。古代の超技術が、目の前に眠っているのだ。
「起動させてみますか?」
リオは、少しだけ期待を込めて尋ねた。もし、この強力なゴーレムを味方にできれば、これほど心強いことはない。
「待て、早まるな」グレイが制止した。「制御方法が分かったとはいえ、こいつが本当に我々に従う保証はない。それに、起動させた途端、暴走する可能性もある。古代の遺物は、我々の想像を超える危険を孕んでいることが多い」
グレイの言葉は冷静で、的確だった。リオもリリアナも、興奮で少しばかり浮かれていたことに気づき、反省した。
「そうね……。まずは、この情報を持ち帰り、ギルドに報告するのが賢明かもしれないわ。そして、もっと慎重に調査を進めるべきね」
リリアナも同意した。
「分かりました。今は、アストライオスを眠らせたままにしておきましょう」
リオは、起動の真言を唱えたい衝動を抑え、石碑に記された情報を記憶に刻み込んだ。
三人は、眠れる巨人アストライオスに背を向け、広間を後にした。開いた岩壁の扉は、彼らが外に出ると、再びゆっくりと閉じていき、元の封印された状態に戻った。ただし、以前感じられた不穏な気配は、かなり和らいでいるように感じられた。リオが唱えた「クゥイエス」の言葉が、一時的ながらも封印を安定させたのだろう。
ゴブリンの集落に戻り、気絶したゴブリンたちを改めて確認する。幸い、目覚めた者はいなかった。
「さて、こいつらをどうするか……。ギルドに引き渡すにしても、この数を運ぶのは骨だな」
グレイがため息をついた。
「それなら、俺に考えがあります」
リオはそう言うと、気絶しているゴブリンたちに向けて、【言語魔法】で簡単な命令を送った。
『立て……歩け……ついてこい……』
すると、ゴブリンたちは、まだ意識が朦朧としている様子ながらも、のろのろと立ち上がり、リオの後をふらふらとついて歩き始めたのだ。まるで、操り人形のように。
「なっ……!?」
「ゴブリンを操っているの!?」
グレイもリリアナも、信じられないものを見る目でリオを見た。
「いえ、操っているというよりは、簡単な命令を刷り込んでいるだけです。気絶していて抵抗できないからできる芸当ですよ。意識がはっきりすれば、すぐに解けてしまうでしょうけど」
リオは少し照れながら説明した。これも【言語魔法】の応用の一つだった。
「……お前のその力、底が知れんな……」
グレイは呆れたように呟いたが、その声には、もはや以前のような警戒心は薄れ、むしろ感嘆の色が混じっているようだった。
三人は、ゾンビのようにぞろぞろと後をついてくるゴブリンたちを引き連れ、フロンティアへの帰路についた。ゴブリン討伐という当初の目的は達成された。しかし、それ以上に大きな、古代ゴーレム「アストライオス」という発見と、それに伴う新たな謎。
リオ、リリアナ、そしてグレイ。出自も能力も異なる三人の関係は、この共同作業を通じて、確実に変化し始めていた。互いの力を認め、頼り、そして共に未知の脅威に立ち向かう。それは、まだ始まったばかりの、不確かだが希望に満ちた「パーティ」の萌芽なのかもしれない。フロンティアの森を抜ける彼らの足取りは、疲労の中にも、確かな達成感と、未来への期待を帯びていた。
「封印……。やはり、ここにも……」
リオは壁に手を触れたまま、呟いた。【言語魔法】で読み取った言葉――『穢れ近づき、目覚め近い』――が、不吉な予感と共に頭の中で反響する。ゴブリンたちがこの場所に住み着いたことが、意図せずして封印を弱める原因となってしまったのだろうか。
「この文字……間違いないわ。『星詠みの民』のものよ。でも、彼らがなぜこんな場所に封印を? 一体、何を封じているのかしら……」
リリアナは興奮と不安が入り混じった表情で壁を観察している。彼女の指先が、特定の文字の連なりを慎重になぞる。
「問題は、これからどうするかだ」
グレイが冷静な声で言った。彼は警戒を解くことなく、周囲の気配と、そして目の前の不気味な壁に注意を払っている。
「このまま放置しておけば、本当に『目覚め』とやらが起きてしまうかもしれん。かといって、下手に手を出せば、何を呼び覚ますか分からんぞ」
グレイの指摘はもっともだった。封印されているものが、必ずしも友好的な存在とは限らない。むしろ、危険なものである可能性の方が高いだろう。
「ですが、このままにしておくわけにもいきません。封印が弱まっているのなら、いずれ破られる可能性が高い。それが、もし本当に危険なものなら……フロンティアの街にも被害が及ぶかもしれません」
リオは、エルナを苦しめていた原因不明の病のことを思い出していた。あれが、この封印の弱まりと全く無関係だと言い切れるだろうか? もし、この封印の先にあるものが、何らかの悪影響を周囲に撒き散らしているとしたら……。
「リオさんの言う通りね。それに、この封印について、もっと詳しく知る必要があるわ。『星詠みの民』が何を封じ、何を伝えようとしているのか……。もしかしたら、私たちが探している『災厄』に関する手がかりがあるかもしれない」
リリアナも、危険を承知の上で、調査を進めるべきだと考えているようだった。
「……ふん。結局、首を突っ込むことになるわけか」グレイは溜息をついたが、反対はしなかった。「だが、慎重に行けよ。少しでも危険を感じたら、すぐに退くぞ」
どうやら、彼もこのまま放置しておくことのリスクを感じているらしい。そして、リオとリリアナの判断を、ある程度は信頼してくれているようだった。
「ありがとうございます、グレイさん」
リオは礼を言った。三人の意見は一致した。この封印の謎に挑むことに。
「まずは、この封印がどういう性質のものか、そして解除する方法があるのかどうか、調べてみましょう」
リリアナが提案した。リオは再び壁に向き合い、【言語魔法】を集中させた。壁に刻まれた古代文字、そして壁そのものから発せられる微弱な魔力の流れ、エネルギーの構造を読み解こうと試みる。
『……守護……石像……眠り……契約……言葉……』
『……真名(マナ)……捧げ……主(アルジ)……示す……』
『……星々……配置……合致……時……開く……』
断片的な情報が、リオの頭の中に流れ込んでくる。どうやら、この封印は物理的なものではなく、魔法的な契約によって維持されているらしい。そして、その契約の中心には、「守護の石像」――おそらくゴーレムのような存在――が関わっているようだ。封印を解くには、特定の「言葉」(真名)を捧げ、「主」たる資格を示し、さらに「星々の配置」という条件も満たす必要があるらしい。
「複雑な封印ですね……。ゴーレムのような守護者が眠っていて、特定の言葉と資格、そして天文学的な条件が必要みたいです」
リオは読み取った情報を二人に伝えた。
「ゴーレム……! 古代のゴーレムは、現代のものとは比較にならないほど強力で、自律的な思考を持つものもいたと聞くわ。それが守護者……」リリアナは息を呑んだ。「星々の配置、という条件も気になるわね。特定の時期にしか開かないということかしら……」
「だとしたら、今ここで無理に開けようとするのは危険だな。条件が揃っていなければ、封印が暴走する可能性もある」
グレイが冷静に指摘する。
「そうですね……。ですが、この言葉、『穢れ近づき、目覚め近い』という部分が気になります。もしかしたら、ゴブリンたちの存在が、封印の条件を歪め、意図しない形で『目覚め』を引き起こそうとしているのでは……?」
リオは懸念を口にした。もしそうだとしたら、悠長に星の配置を待っているわけにはいかないかもしれない。
「……確かに、その可能性はあるな」グレイも同意した。「だとすれば、封印を解くのではなく、強化するという手はないのか?」
「封印の強化……。原理が分かれば、可能かもしれません」リリアナは考え込んだ。「でも、それにはこの封印に使われている古代魔法の術式を正確に理解する必要があるわ。この文字だけでは情報が足りない……」
三人は再び壁を見つめ、考えあぐねた。打つ手がないように思えた、その時だった。
リオが、壁に刻まれた文字の中に、ひときわ異質なエネルギーを放つ一点があることに気づいた。【言語魔法】でその部分に意識を集中させると、他の文字とは違う、まるで鍵穴のような役割を持つ構造が見えてきた。
(これは……『真名』を捧げる場所……? ここに特定の言葉を語りかければ、封印に干渉できるかもしれない……)
そして、リオの脳裏に、ふと一つの古代語の単語が閃いた。それは、「星詠みの民」の書物の中で、「守護」や「眠り」といった言葉と共に、繰り返し現れていた単語だった。
(もしかしたら、これが……?)
危険な賭けかもしれない。だが、試してみる価値はある。リオは意を決し、壁のその一点に右手を触れ、静かに、しかし明確な意志を込めて、その古代語を口にした。
「**――クゥイエス**」(静寂、眠り、安らぎの意)
その言葉が紡がれた瞬間、壁が微かに振動し、古代文字全体が淡い光を放ち始めた。そして、リオの手が触れていた鍵穴のような部分から、カチリ、という小さな、しかし確かな手応えが伝わってきた。
壁から放たれていた異質な気配が、ふっと和らぐのを感じる。同時に、壁の向こう側から、ゴゴゴ……という重い何かが動くような、地響きにも似た音が微かに聞こえてきた。
「リオさん!?」
「おい、何をした!?」
リリアナとグレイが驚いて声を上げる。
「分かりません……でも、封印に何らかの変化が……。そして、奥で何かが……」
リオが言い終える前に、岩壁が、まるで巨大な扉のように、ゆっくりと内側へと開き始めたのだ。条件を満たしたわけではないはずなのに。おそらく、リオが唱えた「クゥイエス」という言葉が、封印の安定化、あるいは一時的な沈静化を促し、同時に、内部の守護者との繋がりを部分的に回復させたのかもしれない。
開いた扉の向こうには、広大な空間が広がっていた。そこは、自然の洞窟ではなく、明らかに人の手によって作られた石造りの広間だった。天井は高く、壁にはやはり古代文字や幾何学模様が刻まれている。そして、広間の中央に鎮座していたのは……。
「……ゴーレム……!」
リリアナが息を呑んで呟いた。
そこに立っていたのは、高さ5メートルはあろうかという巨大な人型の石像だった。全身が滑らかな黒曜石のような素材で作られており、そのフォルムは力強さと同時に、どこか洗練された美しさも感じさせる。目にあたる部分には、青白い宝石のようなものが嵌め込まれており、今は光を失っているが、かつては輝いていたであろうことが想像できた。両腕は力強く、その手は何かの武器を握っていたのかもしれないが、今は何も持っていない。
それは、明らかに戦闘用に作られた古代のゴーレムだった。しかし、今はまるで深い眠りについているかのように、静かに佇んでいるだけだ。その姿は、脅威というよりは、むしろ悠久の時を生きてきた孤高の守護者といった風格を漂わせていた。
「これが……封印されていた『守護の石像』……」
リオは、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。もしこれが動き出したら、今の自分たちでは到底太刀打ちできないだろう。
「幸い、まだ動く気配はないようだな」グレイが安堵とも警戒ともつかない声で言った。「だが、油断はするな」
三人は慎重に広間へと足を踏み入れた。ゴーレムの周囲には、他にもいくつかの石碑や、祭壇のようなものが設置されている。そこには、やはり「星詠みの民」のものと思われる文字が刻まれていた。
リオは【言語魔法】でそれらの文字を読み解いていく。そこには、このゴーレムの成り立ち、役割、そして制御方法に関する情報が記されていた。
『……星の力……宿りし……守り手……名は『アストライオス』……』
『……主の……声(コトバ)……従う……契約……結ぶ……』
『……起動……真言……『アウェイクン・ステラ』……』
『……停止……真言……『レクイエム・サイレンス』……』
このゴーレムの名は「アストライオス」。星の力を宿し、主と定めた者の「声(言葉)」に従うように設計されているらしい。そして、起動と停止のための「真言」も記されていた。
「アストライオス……。星の力を宿すゴーレム……」リリアナは興奮を隠せない様子だった。「しかも、言葉で命令できるですって!? 現代のゴーレムは、魔力で直接操作するか、事前にプログラムされた単純な命令しか受け付けないのに……!」
これは、とてつもない発見だった。古代の超技術が、目の前に眠っているのだ。
「起動させてみますか?」
リオは、少しだけ期待を込めて尋ねた。もし、この強力なゴーレムを味方にできれば、これほど心強いことはない。
「待て、早まるな」グレイが制止した。「制御方法が分かったとはいえ、こいつが本当に我々に従う保証はない。それに、起動させた途端、暴走する可能性もある。古代の遺物は、我々の想像を超える危険を孕んでいることが多い」
グレイの言葉は冷静で、的確だった。リオもリリアナも、興奮で少しばかり浮かれていたことに気づき、反省した。
「そうね……。まずは、この情報を持ち帰り、ギルドに報告するのが賢明かもしれないわ。そして、もっと慎重に調査を進めるべきね」
リリアナも同意した。
「分かりました。今は、アストライオスを眠らせたままにしておきましょう」
リオは、起動の真言を唱えたい衝動を抑え、石碑に記された情報を記憶に刻み込んだ。
三人は、眠れる巨人アストライオスに背を向け、広間を後にした。開いた岩壁の扉は、彼らが外に出ると、再びゆっくりと閉じていき、元の封印された状態に戻った。ただし、以前感じられた不穏な気配は、かなり和らいでいるように感じられた。リオが唱えた「クゥイエス」の言葉が、一時的ながらも封印を安定させたのだろう。
ゴブリンの集落に戻り、気絶したゴブリンたちを改めて確認する。幸い、目覚めた者はいなかった。
「さて、こいつらをどうするか……。ギルドに引き渡すにしても、この数を運ぶのは骨だな」
グレイがため息をついた。
「それなら、俺に考えがあります」
リオはそう言うと、気絶しているゴブリンたちに向けて、【言語魔法】で簡単な命令を送った。
『立て……歩け……ついてこい……』
すると、ゴブリンたちは、まだ意識が朦朧としている様子ながらも、のろのろと立ち上がり、リオの後をふらふらとついて歩き始めたのだ。まるで、操り人形のように。
「なっ……!?」
「ゴブリンを操っているの!?」
グレイもリリアナも、信じられないものを見る目でリオを見た。
「いえ、操っているというよりは、簡単な命令を刷り込んでいるだけです。気絶していて抵抗できないからできる芸当ですよ。意識がはっきりすれば、すぐに解けてしまうでしょうけど」
リオは少し照れながら説明した。これも【言語魔法】の応用の一つだった。
「……お前のその力、底が知れんな……」
グレイは呆れたように呟いたが、その声には、もはや以前のような警戒心は薄れ、むしろ感嘆の色が混じっているようだった。
三人は、ゾンビのようにぞろぞろと後をついてくるゴブリンたちを引き連れ、フロンティアへの帰路についた。ゴブリン討伐という当初の目的は達成された。しかし、それ以上に大きな、古代ゴーレム「アストライオス」という発見と、それに伴う新たな謎。
リオ、リリアナ、そしてグレイ。出自も能力も異なる三人の関係は、この共同作業を通じて、確実に変化し始めていた。互いの力を認め、頼り、そして共に未知の脅威に立ち向かう。それは、まだ始まったばかりの、不確かだが希望に満ちた「パーティ」の萌芽なのかもしれない。フロンティアの森を抜ける彼らの足取りは、疲労の中にも、確かな達成感と、未来への期待を帯びていた。
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彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
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