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第30話:蠢く悪意と連携の萌芽
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騎士団長ダリウスの訪問と警告は、リオたちの日常に目に見えない緊張感をもたらした。王国の影、バルカスの執念、そして自分たちの力が持つ危険性。それらを常に意識しながらも、三人は三ヶ月後の「星降りの夜」に向けて、それぞれの準備を着実に進めていた。
リオにとって、最も大きな変化はグレイとの模擬戦だった。それはもはや、単なる訓練ではなく、生き残るための必死の格闘だった。
「遅い! 敵はお前の準備が整うのを待ってはくれんぞ!」
ギルドの訓練場に、グレイの鋭い声と、木剣(峰打ちされた真剣を使うこともあった)が風を切る音が響く。リオは汗だくになりながら【プロテクト・ウォール】を展開し、グレイの猛攻を防ぐ。以前はただ受け止めるだけで精一杯だったが、最近では壁の形状や強度を瞬時に変化させ、攻撃を受け流したり、衝撃を吸収したりする技術を少しずつ身につけてきていた。
「動きを読め! 相手の呼吸、筋肉の動き、視線……全てが情報だ!」
グレイの指導は実践的で、容赦がない。【言語魔法】による思考の読み取りは、グレイのような熟練した戦士相手には通用しにくい。彼は思考を極力排し、反射と経験で動いているからだ。リオは【言語魔法】を、思考を読むのではなく、より広範囲の気配――空気の流れ、地面の振動、相手の微細な筋肉の動き――を捉える方向に進化させようと試みていた。
「くっ……!」
リオはグレイのフェイントに誘われ、防御が甘くなったところに痛烈な一撃を食らい、地面に転がった。
「……今の、見えたか?」
グレイは追撃せず、剣を下ろして問いかけた。
「いえ……完全に、虚を突かれました」
リオは悔しそうに答えた。
「だろうな。だが、今の攻撃の前、俺の左肩の筋肉がわずかに動いたはずだ。それを見抜ければ、対処できたかもしれん」
「左肩……? そんな微細な動きまで……?」
「実戦では、その一瞬の判断が生死を分ける。お前のその『気配を読む力』とやらを、もっと研ぎ澄ませろ。思考を読むより、身体の動きを読む方が確実な場合もある」
グレイの言葉は、リオにとって新たな気づきを与えた。【言語魔法】の応用範囲は、まだ無限に広がっているのかもしれない。
模擬戦が終わると、リオは疲労困憊だったが、充実感もあった。打ちのめされるたびに、自分の限界と課題が見え、そしてそれを乗り越えるためのヒントが得られる。グレイは口は悪いが、その指導は的確で、リオの潜在能力を引き出そうとしてくれているようにも感じられた。
一方、リリアナは研究室で「星見の水晶」の解析と儀式の調査に没頭していた。リオが水晶との交信で得た断片的な情報と、膨大な文献を照らし合わせる地道な作業だ。
「分かってきたわ……。『星降りの夜』の儀式は、単にアストライオスにエネルギーを注ぐだけじゃないみたい。この水晶を触媒にして、アストライオスと特定の星座、そして儀式を行う『聖地』(おそらく祠のことね)を繋ぎ、星辰エネルギーの流れを調和させる……そういう性質の儀式のようよ」
「調和……ですか?」
「ええ。もしかしたら、アストライオスは単なる兵器ではなく、世界のエネルギーバランスを調整するような役割も持っていたのかもしれないわ。そして、儀式には、この水晶の他に、いくつかの特殊な触媒が必要になるみたい。『月の涙』と呼ばれる鉱石とか、『静寂の森』でしか採れない苔とか……」
新たな課題が見つかった。儀式に必要な触媒の入手。それらも、今後の調査目標に加えなければならない。
グレイは、フロンティア内外で情報収集を続けていた。彼は裏社会にも顔が利くのか、様々なルートから情報を集めてくる。
「王国の調査隊は、依然としてフロンティア周辺の遺跡を嗅ぎ回っているようだ。表向きは遺跡保護と資源調査だが……どうも、特定の『遺物』を探している節がある」
「特定の遺物……? それは何なんです?」
「そこまでは分からん。だが、バルカスとは別の、もっと上層部の指示で動いている部隊らしい。宰相あたりが絡んでいるのかもしれんな」
宰相――王国内で大きな権力を持つとされる人物。彼が古代遺跡や遺物に興味を持っているとしたら、それは単なる学術的な関心だけではないだろう。
「それと、リオ。お前のことだ。裏の依頼掲示板に、『賢者リオの能力と弱点を探れ』という高額な依頼が出ている。依頼主は不明だが……おそらく、バルカスだろうな」
「俺の弱点を……!?」
リオは背筋が寒くなるのを感じた。バルカスは、正攻法が通じないと見るや、裏から情報を集め、弱みを握ろうとしているのだ。
「気をつけろ。お前の周りには、常に誰かの目があると思った方がいい」
グレイの警告に、リオは頷くしかなかった。
その警告が現実のものとなるのに、時間はかからなかった。数日後、リオが単独で受けていた、街の近くの森での薬草採集の依頼の帰り道でのことだった。
いつも通るはずの道が、不自然な倒木で塞がれていた。迂回しようと、少し脇道に入った途端、地面が陥没し、リオは深い落とし穴へと落下した。
「うわっ!?」
咄嗟に受け身を取り、怪我はなかったが、穴は深く、壁は滑りやすくなっており、自力で這い上がるのは困難だった。罠だ。明らかに、自分を狙ったものだ。
(くそっ、油断した……!)
リオは周囲を見回すが、誰かが潜んでいる気配はない。ただ、穴の底には、何か奇妙な甘い匂いが漂っていた。そして、その匂いを嗅いだ途端、リオは急激な眠気に襲われた。
(眠り薬……!? まずい……!)
意識が急速に遠のいていく。抵抗しようにも、体が言うことを聞かない。
(誰かが……俺を……捕まえようと……)
リオは必死に意識を保とうとしたが、抗うことはできず、深い眠りへと落ちていった……。
***
……どれくらいの時間が経っただろうか。リオが意識を取り戻した時、彼は見知らぬ薄暗い洞窟の中にいた。手足はロープで縛られ、身動きが取れない。口には猿ぐつわが噛まされ、声を出すこともできない。
(……ここは……どこだ……?)
頭がまだ重く、状況がうまく把握できない。洞窟の奥から、複数の話し声が聞こえてくる。
「……で、こいつが本当にあの『賢者』なのか?」
「ああ、間違いない。裏の依頼にあった特徴と一致する。しかし、思ったより簡単に捕まえられたな。眠り薬が効きすぎたか?」
「まあ、どんな魔法使いだろうと、不意打ちで薬を嗅がされりゃ、こんなもんだろ。それより、こいつの『力』とやらをどうやって引き出すんだ?」
「さあな。依頼主からは、『生け捕りにして、指定の場所へ運べ』としか言われていない。拷問でもすりゃ、何か吐くんじゃねえか?」
下卑た笑い声が響く。リオは全身に冷たい汗が流れるのを感じた。依頼主――おそらくバルカスだろう。彼はリオを生け捕りにし、その力を無理やり奪い取るか、あるいは拷問して秘密を聞き出そうとしているのだ。
(絶体絶命だ……! どうすれば……!)
ロープは固く、魔法を使おうにも、体勢が悪く、魔力を集中できない。猿ぐつわのせいで、「真言」を唱えることもできない。
(諦めるな……! 何か方法があるはずだ……!)
リオは必死に思考を巡らせた。そして、思い出した。啓示によって示された、新たな魔法の可能性――【テレパシック・リンク】。意思を直接伝える力。まだ習得には至っていないが、その基礎となる【言語魔法】による思念の送受信なら、練習を重ねていた。
(そうだ……! リリアナさんか、グレイさんに……! 助けを……!)
リオは目を閉じ、精神を集中させた。フロンティアの街にいるであろう、リリアナとグレイの意識に向けて、必死に思念を送る。
『リリアナさん……! グレイさん……! 聞こえますか……! 助けて……! 罠に……!』
距離が離れている。うまく届くか分からない。魔力も十分ではない。それでも、リオは諦めずに、仲間たちの名前を呼び続けた。
その時、洞窟の入り口の方から、男たちの慌てたような声が聞こえてきた。
「おい! なんだ、あの光は!?」
「敵襲か!? いや、あれは……!」
洞窟の奥にいた男たちも、異変に気づき、武器を手に取る。
「何が起こってるんだ!?」
次の瞬間、洞窟の入り口から、眩い光と共に、凄まじい衝撃波が叩きつけられた! それは、リオがよく知る、強力な古代魔法の奔流だった。
「【ライトニング・ランス】!」
聞き覚えのある、しかし今は怒りに満ちた声。リオは驚愕に目を見開いた。なぜ、自分の古代魔法が? いや、違う。声の主は……!
衝撃波で吹き飛ばされた男たちの向こう、洞窟の入り口に立っていたのは、怒りの形相のリリアナだった。彼女の手には、見慣れた杖ではなく、どこからか持ち出したらしい、古代の遺物と思しき短い杖が握られており、その先端からは紫電が迸っている。そして、その隣には、ロングソードを抜き放ち、氷のように冷たい殺気を放つグレイの姿があった。
「リリアナさん……! グレイさん……!」(声にはならない思念)
リオの呼びかけが、届いたのだ!
「よくもリオさんを……! 許さないわ!」
リリアナは、普段の穏やかな姿からは想像もつかないほどの激しい怒りを燃やし、再び古代の杖から魔法を放とうとしている。その威力は、リオの使う【ライトニング・ランス】には及ばないものの、それでも現代魔法とは比較にならないほどの破壊力を持っているようだった。
「……手間をかけさせやがって」
グレイは低く呟くと、リリアナの魔法の援護を受けながら、驚くべき速度で洞窟の奥へと突入し、残りの男たちを次々と打ち倒していく。
バルカスの指示で動いていたであろう誘拐犯たちは、リリアナの予想外の攻撃魔法と、グレイの圧倒的な剣技の前に、為す術もなく無力化されていった。
やがて、洞窟内に静寂が戻る。リリアナとグレイは、すぐにリオの元へ駆け寄り、手早く縄と猿ぐつわを解いた。
「リオさん、大丈夫!? 怪我はない!?」
リリアナは涙目でリオの体を心配する。
「……ありがとう、二人とも。助かりました……。でも、どうしてここに……?」
リオはまだ状況が信じられず、問いかけた。
「お前の思念が、届いたんだ」グレイが答えた。「最初は微弱だったが、徐々にはっきりとした助けを求める声が聞こえてきた。場所までは特定できなかったが、リリアナが持っていた『探索の精霊石』と、お前がよく行く森の方角から、この辺りだと見当をつけた」
「この杖は、研究室にあった古代の遺物なの」リリアナが続けた。「攻撃魔法の触媒になるかもしれないと思って調べていたんだけど、リオさんの危機を感じて、無我夢中で使ってみたら……まさか、こんな力があるなんて……」
彼女が持つ古代の杖もまた、未知の力を秘めていたようだ。
「とにかく、無事でよかった……」
リリアナは心底安堵した表情で、リオに抱きついた。温かい体温と、心配してくれていた気持ちが伝わってきて、リオの胸も熱くなった。
「……さて」グレイは、気絶している誘拐犯たちを見下ろした。「こいつら、どうする? ギルドに突き出すか?」
「そうですね……。でも、その前に、少し情報を引き出せないでしょうか? 依頼主……バルカスのことや、他にも何か企んでいることがないか……」
リオは、誘拐犯の一人に向き直った。【言語魔法】を使い、彼の意識の深層を探る。抵抗はあるが、気絶しているため、情報を読み取ることは可能だった。
(……バルカス様からの……指示……。賢者の力を……奪え……。失敗すれば……口封じ……。……王都……宰相様……関与……?)
読み取れた情報は断片的だったが、衝撃的なものだった。やはり依頼主はバルカス。そして、失敗した場合の口封じ。さらに、王都の宰相の名がちらついている……。
「……どうやら、思った以上に根が深い問題のようです」
リオは、読み取った情報を二人に伝えた。バルカスの個人的な恨みだけでなく、王国の権力中枢が、リオの力、あるいは古代魔法そのものに関与し、何かを企んでいる可能性が高い。
「宰相まで……。これは、いよいよ穏やかじゃないわね……」
「……厄介なことになったな」
リリアナとグレイの表情も、一層険しくなる。
バルカスの卑劣な罠は、リオたち三人の連携によって打ち破られた。しかし、それは同時に、彼らがより大きな陰謀の渦中にいることを示すものでもあった。リオの誘拐は失敗に終わったが、バルカスは決して諦めないだろう。そして、王国の影は、さらに濃く、彼らに迫ってくるに違いない。
最初の「ざまぁ」の予感は、より大きな危機への序章でもあった。リオたちは、この勝利に安堵することなく、次なる脅威に備え、さらなる力を求めなければならないことを、改めて痛感していた。彼らの戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
リオにとって、最も大きな変化はグレイとの模擬戦だった。それはもはや、単なる訓練ではなく、生き残るための必死の格闘だった。
「遅い! 敵はお前の準備が整うのを待ってはくれんぞ!」
ギルドの訓練場に、グレイの鋭い声と、木剣(峰打ちされた真剣を使うこともあった)が風を切る音が響く。リオは汗だくになりながら【プロテクト・ウォール】を展開し、グレイの猛攻を防ぐ。以前はただ受け止めるだけで精一杯だったが、最近では壁の形状や強度を瞬時に変化させ、攻撃を受け流したり、衝撃を吸収したりする技術を少しずつ身につけてきていた。
「動きを読め! 相手の呼吸、筋肉の動き、視線……全てが情報だ!」
グレイの指導は実践的で、容赦がない。【言語魔法】による思考の読み取りは、グレイのような熟練した戦士相手には通用しにくい。彼は思考を極力排し、反射と経験で動いているからだ。リオは【言語魔法】を、思考を読むのではなく、より広範囲の気配――空気の流れ、地面の振動、相手の微細な筋肉の動き――を捉える方向に進化させようと試みていた。
「くっ……!」
リオはグレイのフェイントに誘われ、防御が甘くなったところに痛烈な一撃を食らい、地面に転がった。
「……今の、見えたか?」
グレイは追撃せず、剣を下ろして問いかけた。
「いえ……完全に、虚を突かれました」
リオは悔しそうに答えた。
「だろうな。だが、今の攻撃の前、俺の左肩の筋肉がわずかに動いたはずだ。それを見抜ければ、対処できたかもしれん」
「左肩……? そんな微細な動きまで……?」
「実戦では、その一瞬の判断が生死を分ける。お前のその『気配を読む力』とやらを、もっと研ぎ澄ませろ。思考を読むより、身体の動きを読む方が確実な場合もある」
グレイの言葉は、リオにとって新たな気づきを与えた。【言語魔法】の応用範囲は、まだ無限に広がっているのかもしれない。
模擬戦が終わると、リオは疲労困憊だったが、充実感もあった。打ちのめされるたびに、自分の限界と課題が見え、そしてそれを乗り越えるためのヒントが得られる。グレイは口は悪いが、その指導は的確で、リオの潜在能力を引き出そうとしてくれているようにも感じられた。
一方、リリアナは研究室で「星見の水晶」の解析と儀式の調査に没頭していた。リオが水晶との交信で得た断片的な情報と、膨大な文献を照らし合わせる地道な作業だ。
「分かってきたわ……。『星降りの夜』の儀式は、単にアストライオスにエネルギーを注ぐだけじゃないみたい。この水晶を触媒にして、アストライオスと特定の星座、そして儀式を行う『聖地』(おそらく祠のことね)を繋ぎ、星辰エネルギーの流れを調和させる……そういう性質の儀式のようよ」
「調和……ですか?」
「ええ。もしかしたら、アストライオスは単なる兵器ではなく、世界のエネルギーバランスを調整するような役割も持っていたのかもしれないわ。そして、儀式には、この水晶の他に、いくつかの特殊な触媒が必要になるみたい。『月の涙』と呼ばれる鉱石とか、『静寂の森』でしか採れない苔とか……」
新たな課題が見つかった。儀式に必要な触媒の入手。それらも、今後の調査目標に加えなければならない。
グレイは、フロンティア内外で情報収集を続けていた。彼は裏社会にも顔が利くのか、様々なルートから情報を集めてくる。
「王国の調査隊は、依然としてフロンティア周辺の遺跡を嗅ぎ回っているようだ。表向きは遺跡保護と資源調査だが……どうも、特定の『遺物』を探している節がある」
「特定の遺物……? それは何なんです?」
「そこまでは分からん。だが、バルカスとは別の、もっと上層部の指示で動いている部隊らしい。宰相あたりが絡んでいるのかもしれんな」
宰相――王国内で大きな権力を持つとされる人物。彼が古代遺跡や遺物に興味を持っているとしたら、それは単なる学術的な関心だけではないだろう。
「それと、リオ。お前のことだ。裏の依頼掲示板に、『賢者リオの能力と弱点を探れ』という高額な依頼が出ている。依頼主は不明だが……おそらく、バルカスだろうな」
「俺の弱点を……!?」
リオは背筋が寒くなるのを感じた。バルカスは、正攻法が通じないと見るや、裏から情報を集め、弱みを握ろうとしているのだ。
「気をつけろ。お前の周りには、常に誰かの目があると思った方がいい」
グレイの警告に、リオは頷くしかなかった。
その警告が現実のものとなるのに、時間はかからなかった。数日後、リオが単独で受けていた、街の近くの森での薬草採集の依頼の帰り道でのことだった。
いつも通るはずの道が、不自然な倒木で塞がれていた。迂回しようと、少し脇道に入った途端、地面が陥没し、リオは深い落とし穴へと落下した。
「うわっ!?」
咄嗟に受け身を取り、怪我はなかったが、穴は深く、壁は滑りやすくなっており、自力で這い上がるのは困難だった。罠だ。明らかに、自分を狙ったものだ。
(くそっ、油断した……!)
リオは周囲を見回すが、誰かが潜んでいる気配はない。ただ、穴の底には、何か奇妙な甘い匂いが漂っていた。そして、その匂いを嗅いだ途端、リオは急激な眠気に襲われた。
(眠り薬……!? まずい……!)
意識が急速に遠のいていく。抵抗しようにも、体が言うことを聞かない。
(誰かが……俺を……捕まえようと……)
リオは必死に意識を保とうとしたが、抗うことはできず、深い眠りへと落ちていった……。
***
……どれくらいの時間が経っただろうか。リオが意識を取り戻した時、彼は見知らぬ薄暗い洞窟の中にいた。手足はロープで縛られ、身動きが取れない。口には猿ぐつわが噛まされ、声を出すこともできない。
(……ここは……どこだ……?)
頭がまだ重く、状況がうまく把握できない。洞窟の奥から、複数の話し声が聞こえてくる。
「……で、こいつが本当にあの『賢者』なのか?」
「ああ、間違いない。裏の依頼にあった特徴と一致する。しかし、思ったより簡単に捕まえられたな。眠り薬が効きすぎたか?」
「まあ、どんな魔法使いだろうと、不意打ちで薬を嗅がされりゃ、こんなもんだろ。それより、こいつの『力』とやらをどうやって引き出すんだ?」
「さあな。依頼主からは、『生け捕りにして、指定の場所へ運べ』としか言われていない。拷問でもすりゃ、何か吐くんじゃねえか?」
下卑た笑い声が響く。リオは全身に冷たい汗が流れるのを感じた。依頼主――おそらくバルカスだろう。彼はリオを生け捕りにし、その力を無理やり奪い取るか、あるいは拷問して秘密を聞き出そうとしているのだ。
(絶体絶命だ……! どうすれば……!)
ロープは固く、魔法を使おうにも、体勢が悪く、魔力を集中できない。猿ぐつわのせいで、「真言」を唱えることもできない。
(諦めるな……! 何か方法があるはずだ……!)
リオは必死に思考を巡らせた。そして、思い出した。啓示によって示された、新たな魔法の可能性――【テレパシック・リンク】。意思を直接伝える力。まだ習得には至っていないが、その基礎となる【言語魔法】による思念の送受信なら、練習を重ねていた。
(そうだ……! リリアナさんか、グレイさんに……! 助けを……!)
リオは目を閉じ、精神を集中させた。フロンティアの街にいるであろう、リリアナとグレイの意識に向けて、必死に思念を送る。
『リリアナさん……! グレイさん……! 聞こえますか……! 助けて……! 罠に……!』
距離が離れている。うまく届くか分からない。魔力も十分ではない。それでも、リオは諦めずに、仲間たちの名前を呼び続けた。
その時、洞窟の入り口の方から、男たちの慌てたような声が聞こえてきた。
「おい! なんだ、あの光は!?」
「敵襲か!? いや、あれは……!」
洞窟の奥にいた男たちも、異変に気づき、武器を手に取る。
「何が起こってるんだ!?」
次の瞬間、洞窟の入り口から、眩い光と共に、凄まじい衝撃波が叩きつけられた! それは、リオがよく知る、強力な古代魔法の奔流だった。
「【ライトニング・ランス】!」
聞き覚えのある、しかし今は怒りに満ちた声。リオは驚愕に目を見開いた。なぜ、自分の古代魔法が? いや、違う。声の主は……!
衝撃波で吹き飛ばされた男たちの向こう、洞窟の入り口に立っていたのは、怒りの形相のリリアナだった。彼女の手には、見慣れた杖ではなく、どこからか持ち出したらしい、古代の遺物と思しき短い杖が握られており、その先端からは紫電が迸っている。そして、その隣には、ロングソードを抜き放ち、氷のように冷たい殺気を放つグレイの姿があった。
「リリアナさん……! グレイさん……!」(声にはならない思念)
リオの呼びかけが、届いたのだ!
「よくもリオさんを……! 許さないわ!」
リリアナは、普段の穏やかな姿からは想像もつかないほどの激しい怒りを燃やし、再び古代の杖から魔法を放とうとしている。その威力は、リオの使う【ライトニング・ランス】には及ばないものの、それでも現代魔法とは比較にならないほどの破壊力を持っているようだった。
「……手間をかけさせやがって」
グレイは低く呟くと、リリアナの魔法の援護を受けながら、驚くべき速度で洞窟の奥へと突入し、残りの男たちを次々と打ち倒していく。
バルカスの指示で動いていたであろう誘拐犯たちは、リリアナの予想外の攻撃魔法と、グレイの圧倒的な剣技の前に、為す術もなく無力化されていった。
やがて、洞窟内に静寂が戻る。リリアナとグレイは、すぐにリオの元へ駆け寄り、手早く縄と猿ぐつわを解いた。
「リオさん、大丈夫!? 怪我はない!?」
リリアナは涙目でリオの体を心配する。
「……ありがとう、二人とも。助かりました……。でも、どうしてここに……?」
リオはまだ状況が信じられず、問いかけた。
「お前の思念が、届いたんだ」グレイが答えた。「最初は微弱だったが、徐々にはっきりとした助けを求める声が聞こえてきた。場所までは特定できなかったが、リリアナが持っていた『探索の精霊石』と、お前がよく行く森の方角から、この辺りだと見当をつけた」
「この杖は、研究室にあった古代の遺物なの」リリアナが続けた。「攻撃魔法の触媒になるかもしれないと思って調べていたんだけど、リオさんの危機を感じて、無我夢中で使ってみたら……まさか、こんな力があるなんて……」
彼女が持つ古代の杖もまた、未知の力を秘めていたようだ。
「とにかく、無事でよかった……」
リリアナは心底安堵した表情で、リオに抱きついた。温かい体温と、心配してくれていた気持ちが伝わってきて、リオの胸も熱くなった。
「……さて」グレイは、気絶している誘拐犯たちを見下ろした。「こいつら、どうする? ギルドに突き出すか?」
「そうですね……。でも、その前に、少し情報を引き出せないでしょうか? 依頼主……バルカスのことや、他にも何か企んでいることがないか……」
リオは、誘拐犯の一人に向き直った。【言語魔法】を使い、彼の意識の深層を探る。抵抗はあるが、気絶しているため、情報を読み取ることは可能だった。
(……バルカス様からの……指示……。賢者の力を……奪え……。失敗すれば……口封じ……。……王都……宰相様……関与……?)
読み取れた情報は断片的だったが、衝撃的なものだった。やはり依頼主はバルカス。そして、失敗した場合の口封じ。さらに、王都の宰相の名がちらついている……。
「……どうやら、思った以上に根が深い問題のようです」
リオは、読み取った情報を二人に伝えた。バルカスの個人的な恨みだけでなく、王国の権力中枢が、リオの力、あるいは古代魔法そのものに関与し、何かを企んでいる可能性が高い。
「宰相まで……。これは、いよいよ穏やかじゃないわね……」
「……厄介なことになったな」
リリアナとグレイの表情も、一層険しくなる。
バルカスの卑劣な罠は、リオたち三人の連携によって打ち破られた。しかし、それは同時に、彼らがより大きな陰謀の渦中にいることを示すものでもあった。リオの誘拐は失敗に終わったが、バルカスは決して諦めないだろう。そして、王国の影は、さらに濃く、彼らに迫ってくるに違いない。
最初の「ざまぁ」の予感は、より大きな危機への序章でもあった。リオたちは、この勝利に安堵することなく、次なる脅威に備え、さらなる力を求めなければならないことを、改めて痛感していた。彼らの戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
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ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
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