ログインしたら人外でした。 ~VRMMOで最恐の魔物になる~

夏見ナイ

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第四十四話 古代竜の巣、叡智の残滓

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次元の亀裂へと足を踏み入れた瞬間、オブシディアンは強烈な違和感に包まれた。周囲の空間が捻じれ、引き伸ばされ、そして圧縮されるような、物理法則を超越した感覚。カオス・アビスとしての強靭な精神と核(コア)がなければ、存在そのものが分解されていたかもしれない。

やがて、その奇妙な感覚が収まり、オブシディアンは新たな空間へと降り立った。そこは、海底神殿の暗く冷たい雰囲気とは全く異なる、温かく、そして清浄な魔力に満ちた場所だった。

見渡す限り、巨大な結晶体が森のように林立し、それぞれが内部から柔らかな光を放っている。地面は滑らかな玉石で覆われ、空気(のようなもの)は澄み切り、どこからか心地よい旋律のようなものが微かに聞こえてくる。時間の流れも、外の世界とは異なっているように感じられた。ゆっくりと、しかし確実に流れる、悠久の時。

(ここが…古代竜の巣穴か)

それは、巣穴というよりは、むしろ聖域と呼ぶにふさわしい空間だった。ワイバーンから得た知識の断片にあった「竜の聖地」という言葉が、オブシディアンの脳裏をよぎる。

オブシディアンは【万象擬態 Lv.1】で周囲の結晶体と同化し、まずは警戒しつつ周囲の探索を開始した。この空間には、敵意のある存在は感じられない。しかし、計り知れないほど強大で、古い存在の気配が、空間全体に満ち満ちている。それは、個としての存在ではなく、この空間そのものが意思を持っているかのようでもあった。

結晶体の森を進んでいくと、時折、光の粒子が集まってできたような、小さな竜の姿をした生物がオブシディアンの周りを飛び交う。彼らは攻撃してくる様子はなく、ただ好奇心からか、オブシディアンの周りをくるくると舞い、やがて光の中へと消えていく。

(竜の眷属…あるいは、魔力の具現か?)

オブシディアンは彼らを刺激せず、さらに奥へと進む。やがて、結晶体の森が開け、巨大な空洞に出た。空洞の中央には、ひときわ巨大な、虹色に輝く結晶体が鎮座している。その結晶体からは、他のどの結晶体よりも強く、温かく、そして賢明な気配が放たれていた。

(あれが…古代竜の本体…いや、残留思念か?)

オブシディアンが結晶体に近づくと、彼の意識に再び声が響いてきた。それは深淵の祭壇で聞いたものとは違う、もっと穏やかで、深く、そしてどこまでも古い、一つの個としての声だった。

『…よくぞ参った、小さき混沌の者よ』

声は、中央の虹色の結晶体から発せられているようだ。

『試練を乗り越え、深淵との契約を果たし、そして我が巣へと至りし者。汝の名は、オブシディアン…であったか』

オブシディアンは驚きつつも、テレパシーで返答する。
『いかにも。貴公は…古き竜か?』

『然り。我が名は、かつてアークトゥルスと呼ばれた。今は、この地に留まる、ただの記憶の残滓に過ぎぬがな』

アークトゥルスと名乗る古代竜の残留思念は、オブシディアンの存在を興味深そうに観察しているようだった。

『ふむ…スライムから進化し、深淵の核を取り込み、カオス・アビスへと至ったか。なんと歪(いびつ)で、なんと興味深い存在よ。汝の渇望は、知識と世界の根源への探求…であったな?』

深淵の祭壇での誓いを、この古代竜も知っているらしい。あるいは、オブシディアンの核(コア)から直接読み取ったのかもしれない。

『その渇望、そして汝が秘めし可能性に免じ、我が叡智の一部を授けよう。だが、心せよ。知識は力であるが、同時に破滅への道標ともなりうる。深淵の力もまた然り。汝がその力に呑まれず、道を違(たが)えぬことを願う』

そう言うと、虹色の結晶体が眩い光を放ち、膨大な情報がオブシディアンの核(コア)へと直接流れ込んできた。それは、文字や言葉ではなく、もっと根源的なイメージや概念の奔流だった。

世界の成り立ち、星々の運行、エレメンタルの法則、生命の進化、古代文明の興亡、そして、深淵と呼ばれる存在の真実の一端…。さらに、古代言語の完全な体系、失われた古代魔術の理論、物質やエネルギーの根源的な操作法、そして、オブシディアン自身の種族「カオス・アビス」が持つ更なる進化の可能性…。

『スキル【古代言語解読(初級) Lv.3】が【古代言語完全解読】に進化しました』
『スキル【エレメンタル知識(風) Lv.1】が【エレメンタル知識(四大) Lv.1】に進化しました』
『スキル【エレメンタル知識(炎) Lv.2】が【エレメンタル知識(四大) Lv.1】に統合されました』
『スキル【万物創造(初級) Lv.1】が【万物創造(中級) Lv.1】に進化しました』
『スキル【虚無捕食 Lv.1】がLv.2に上がりました』
『スキル【混沌変異 Lv.1】がLv.2に上がりました』
『スキル【深淵領域 Lv.1】がLv.2に上がりました』
『スキル【因果歪曲(微) Lv.1】がLv.2に上がりました』
『称号【叡智を探求する者】を獲得しました』

スキルの大幅な進化とレベルアップ。そして、何よりも得難い知識。オブシディアンの核(コア)は、その膨大な情報を吸収し、再構成し、自身の力へと変えていく。

情報の奔流が収まった後、オブシディアンは静かにアークトゥルスに問いかけた。
『…感謝する。だが、何故これほどの知識を?』

『ふふ…好奇心、とでも言っておこうか。汝のような存在が、この世界で何を成し、どこへ至るのか。それを見届けるのは、永き時を生きる者にとって、ささやかな愉しみでもある』
アークトゥルスは、どこか楽しげに答えた。

『それに…この世界は、今、大きな転換期を迎えようとしているのかもしれん。深淵の力が活性化し、古き者たちが目覚め、新たな者たちが台頭する。その中で、汝のような特異点が、何らかの役割を果たすことになるやもしれぬ』

転換期…? それは、ゲーム的なアップデートやイベントのことを指しているのか、それとも、このEROの世界そのものが持つ、より根源的な変化を示唆しているのか。

『…我が伝えられることは、ここまでだ。汝の道は、汝自身で切り拓くがよい』
アークトゥルスの声が、徐々に遠のいていく。虹色の結晶体の輝きも、穏やかなものへと戻っていく。

『最後に一つだけ忠告しておこう、小さき混沌の者よ。汝が持つ「因果歪曲」の力…それは、世界の理に直接干渉する、極めて危険な力だ。その行使は、予期せぬ反作用(バックラッシュ)を招くやもしれぬ。ゆめ、軽々しく使うことなかれ』

その言葉を最後に、アークトゥルスの気配は完全に消え、結晶体は静かな輝きを取り戻した。

オブシディアンは、しばしその場に留まり、得られた膨大な知識と、自身の変化を反芻していた。【古代言語完全解読】スキルを得たことで、「アーク・メイジの日誌」や「古代魔術の断章」の内容も、完全に理解できるようになった。そこには、禁断の魔術や錬金術、世界の秘密に関するさらに詳細な情報が記されており、オブシディアンの探求心をさらに強く刺激した。

(世界の転換期…因果歪曲の危険性…か)

アークトゥルスの言葉は、オブシディアンの心に深く刻まれた。自分の持つ力が、単なるゲームのスキルという枠を超え、この世界の根幹に関わるものになりつつあるのかもしれない。慎重な行動と、より深い洞察が必要になるだろう。

オブシディアンは、虹色の結晶体に一礼するような気持ちで(あくまでイメージだが)、古代竜の巣穴を後にすることを決めた。インベントリの「真・竜呼びの角笛」に意識を向けると、再び次元の亀裂が現れ、元の世界――海底神殿の深淵の祭壇――へと繋がる道が開かれた。

亀裂を抜け、オブシディアンは再び深海の静寂の中へと戻ってきた。しかし、彼の内面は、古代竜の巣穴に入る前とは比較にならないほど、豊かになっていた。

(まずは、地上へ戻ろう。そして、得た知識を整理し、次なる一手を考える)

オブシディアンは【水中浮遊機動 Lv.1】を使い、海底神殿からの脱出を開始した。途中、深淵の番人との戦闘で疲弊したプレイヤー連合の残党らしき気配も感じたが、オブシディアンは【混沌変異 Lv.2】で深海の闇に完全に同化し、彼らに気づかれることなく通り過ぎた。

地上へと続く長い道のりを進みながら、オブシディアンはこれからのことを考えていた。古代竜の試練は終えた。次なる目標は何か? 世界の秘密の核心へと迫るか? それとも、さらなる力を求めて、未踏の地を探索するか? あるいは、アークトゥルスが示唆した「世界の転換期」とやらに備えるべきか?

選択肢は無数にある。そして、カオス・アビスとなったオブシディアンには、それらを選ぶ自由と力がある。黒曜石の影は、深淵より成りし者として、自らの意思で未来を切り拓くべく、新たな一歩を踏み出そうとしていた。

(第二部・了)
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