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第57話:王国からの風聞
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アークライト領が、辺境の地で静かに、しかし着実に発展を続ける一方で、その噂は風に乗り、遥か王都アルカディアにまで届き始めていた。特に、その噂の中心人物の名――リアム・アークライト――は、ある人物の耳には、不快な騒音のように響いていた。
王都の一角に構えられた、アークライト伯爵家の壮麗な屋敷。その一室、次男アルフォンス・アークライトの執務室では、主の不機嫌な空気が重く垂れ込めていた。
「……それで? その辺境の『アークライト領』とやらは、どうなっている?」
アルフォンスは、机に肘をつき、苛立たしげに問いかけた。目の前には、彼の腹心である騎士、グスタフが恭しく控えている。
グスタフは、額に汗を滲ませながら報告した。
「はっ。依然として噂の域を出ませんが、辺境の森の奥深くに、相当な規模の開拓地が存在するのは間違いないようです。自給自足の体制を整え、独自の産物(特殊な野菜や果物など)で近隣の町と交易も行っているとか……。また、魔物に対する高い防衛力も有している、との情報も」
「ふん、防衛力だと? 辺境の蛮族をまとめ上げ、壁でも作っているだけだろう。そのようなものが、我が騎士団に敵うはずもあるまい」
アルフォンスは、鼻で笑い飛ばそうとした。だが、彼の表情は硬い。最近、彼自身が騎士団の演習で指揮を誤り、少なからぬ損害を出して父である伯爵から叱責を受けたばかりだった。辺境の、それも自分が追放したはずの弟に関する成功譚(たとえ噂だとしても)は、彼のプライドを不必要に刺激した。
「それで……その開拓地を率いているのが、本当に……リアムだと?」
アルフォンスは、忌々しげにその名前を口にした。あの【鑑定不能】の出来損ない。アークライト家の恥として、魔物の森に捨てたはずの弟。彼が、辺境で成功している? 信じがたい、いや、信じたくない話だった。
「……はい。複数の情報源が、その開拓地の指導者の名を『リアム・アークライト』であると証言しております。我々が追放した、あのリアム様と同一人物である可能性が……極めて高いかと」グスタフは、恐る恐る付け加えた。
「馬鹿な!」アルフォンスは、思わず机を叩いた。「あの無能者に、何ができるというのだ! まぐれか、あるいは誰かに入れ知恵されているだけだろう! おそらく、エルフか何かの亜人を誑かし、その力で成り上がっているに過ぎん!」
彼は、自分に言い聞かせるように捲し立てた。弟の成功など、断じて認めるわけにはいかなかった。それは、自分自身の能力や判断が間違っていたことを認めることにも繋がるからだ。
だが、心の奥底では、無視できない不安が渦巻いていた。あの時、確かにリアムは【鑑定不能】だったはずだ。しかし、万が一、それが何かの間違いで、彼が未知の力を隠し持っていたとしたら? 辺境で自由に力を振るい、無視できない勢力を築き上げていたとしたら?
(……いや、ありえん。あいつは出来損ないだ)
アルフォンスは、無理やりその考えを打ち消した。だが、最近の自身の不調と、弟の(伝え聞く)成功の対比が、彼の心を蝕んでいた。嫉妬と焦り、そして得体の知れないものへの漠然とした恐怖。
「グスタフ」アルフォンスは、低い声で腹心を呼んだ。「そのリアムとかいう男、そしてアークライト領とやらについて、もっと詳細に調べろ。どんな力を持っているのか、どれほどの規模なのか、弱点はどこにあるのか……。秘密裏に、使える者を送り込め」
「はっ。しかし、辺境の森は危険も多く、それに相手も警戒しているかと……」
「言い訳は聞かん!」アルフォンスは声を荒らげた。「金はいくらでもくれてやる。ゴロツキでも、闇ギルドの者でも構わん。とにかく、正確な情報を掴んでこい! 場合によっては……」
彼は、言葉を区切り、冷たい光を目に宿した。
「……少し、『躾』をしてやる必要もあるかもしれんからな」
その言葉には、明確な悪意が込められていた。弟への嫉妬、自身の焦り、そしてアークライト家の名を(彼なりに)守ろうとする歪んだプライドが、彼を危険な方向へと突き動かそうとしていた。彼はまだ、リアムの持つ《概念創造》という力の本当の恐ろしさを知らない。知らないからこそ、安易な妨害工作を考えつくのだ。
「御意に……」グスタフは、主の不穏な意図を察しながらも、深く頭を下げた。
王国首都では、追放された弟の噂に、兄が黒い感情を募らせていた。一方、その頃、遥か辺境のアークライト領では――
「わーい! リアム領主様、見て見て! トムが、木の剣で私に勝ったんだよ!」
ミリアが、少し悔しそうに、しかし嬉しそうに、弟分のトムの勝利をリアムに報告していた。トムは、誇らしげに胸を張っている。
「ほう、トムも強くなったな。ミリアも、いい指導者になったじゃないか」
リアムは、子供たちの成長を微笑ましく見守っていた。畑では豊かな作物が実り、工房からは活気ある音が響き、領民たちの顔には笑顔が溢れている。
それは、アルフォンスがいる王都の重苦しい空気とは対照的な、平和で、希望に満ちた光景だった。
だが、その平和の裏で、王国からの風は、確実に辺境へと吹きつけようとしていた。アルフォンスの歪んだ嫉妬と焦りは、やがて具体的な「悪意」となり、アークライト領へとその牙を剥くことになるだろう。
最初の妨害工作――それは、おそらく「刺客」という形で現れる。彼らは、まだアークライト領の本当の力、そしてリアムの規格外の能力を知らない。その無知が、どのような悲劇(あるいは、アルフォンスたちにとっての喜劇)を生むことになるのか。
王都の一室で、アルフォンスは部下に何事かを命じ、不気味な笑みを浮かべていた。その笑みが、アークライト領に最初の「影」を落とそうとしていることを、辺境の若き領主は、まだ知らない。ただ、空に浮かぶ雲の動きが、いつもより少しだけ速いような気がしていた。それは、嵐の前の静けさなのかもしれなかった。
王都の一角に構えられた、アークライト伯爵家の壮麗な屋敷。その一室、次男アルフォンス・アークライトの執務室では、主の不機嫌な空気が重く垂れ込めていた。
「……それで? その辺境の『アークライト領』とやらは、どうなっている?」
アルフォンスは、机に肘をつき、苛立たしげに問いかけた。目の前には、彼の腹心である騎士、グスタフが恭しく控えている。
グスタフは、額に汗を滲ませながら報告した。
「はっ。依然として噂の域を出ませんが、辺境の森の奥深くに、相当な規模の開拓地が存在するのは間違いないようです。自給自足の体制を整え、独自の産物(特殊な野菜や果物など)で近隣の町と交易も行っているとか……。また、魔物に対する高い防衛力も有している、との情報も」
「ふん、防衛力だと? 辺境の蛮族をまとめ上げ、壁でも作っているだけだろう。そのようなものが、我が騎士団に敵うはずもあるまい」
アルフォンスは、鼻で笑い飛ばそうとした。だが、彼の表情は硬い。最近、彼自身が騎士団の演習で指揮を誤り、少なからぬ損害を出して父である伯爵から叱責を受けたばかりだった。辺境の、それも自分が追放したはずの弟に関する成功譚(たとえ噂だとしても)は、彼のプライドを不必要に刺激した。
「それで……その開拓地を率いているのが、本当に……リアムだと?」
アルフォンスは、忌々しげにその名前を口にした。あの【鑑定不能】の出来損ない。アークライト家の恥として、魔物の森に捨てたはずの弟。彼が、辺境で成功している? 信じがたい、いや、信じたくない話だった。
「……はい。複数の情報源が、その開拓地の指導者の名を『リアム・アークライト』であると証言しております。我々が追放した、あのリアム様と同一人物である可能性が……極めて高いかと」グスタフは、恐る恐る付け加えた。
「馬鹿な!」アルフォンスは、思わず机を叩いた。「あの無能者に、何ができるというのだ! まぐれか、あるいは誰かに入れ知恵されているだけだろう! おそらく、エルフか何かの亜人を誑かし、その力で成り上がっているに過ぎん!」
彼は、自分に言い聞かせるように捲し立てた。弟の成功など、断じて認めるわけにはいかなかった。それは、自分自身の能力や判断が間違っていたことを認めることにも繋がるからだ。
だが、心の奥底では、無視できない不安が渦巻いていた。あの時、確かにリアムは【鑑定不能】だったはずだ。しかし、万が一、それが何かの間違いで、彼が未知の力を隠し持っていたとしたら? 辺境で自由に力を振るい、無視できない勢力を築き上げていたとしたら?
(……いや、ありえん。あいつは出来損ないだ)
アルフォンスは、無理やりその考えを打ち消した。だが、最近の自身の不調と、弟の(伝え聞く)成功の対比が、彼の心を蝕んでいた。嫉妬と焦り、そして得体の知れないものへの漠然とした恐怖。
「グスタフ」アルフォンスは、低い声で腹心を呼んだ。「そのリアムとかいう男、そしてアークライト領とやらについて、もっと詳細に調べろ。どんな力を持っているのか、どれほどの規模なのか、弱点はどこにあるのか……。秘密裏に、使える者を送り込め」
「はっ。しかし、辺境の森は危険も多く、それに相手も警戒しているかと……」
「言い訳は聞かん!」アルフォンスは声を荒らげた。「金はいくらでもくれてやる。ゴロツキでも、闇ギルドの者でも構わん。とにかく、正確な情報を掴んでこい! 場合によっては……」
彼は、言葉を区切り、冷たい光を目に宿した。
「……少し、『躾』をしてやる必要もあるかもしれんからな」
その言葉には、明確な悪意が込められていた。弟への嫉妬、自身の焦り、そしてアークライト家の名を(彼なりに)守ろうとする歪んだプライドが、彼を危険な方向へと突き動かそうとしていた。彼はまだ、リアムの持つ《概念創造》という力の本当の恐ろしさを知らない。知らないからこそ、安易な妨害工作を考えつくのだ。
「御意に……」グスタフは、主の不穏な意図を察しながらも、深く頭を下げた。
王国首都では、追放された弟の噂に、兄が黒い感情を募らせていた。一方、その頃、遥か辺境のアークライト領では――
「わーい! リアム領主様、見て見て! トムが、木の剣で私に勝ったんだよ!」
ミリアが、少し悔しそうに、しかし嬉しそうに、弟分のトムの勝利をリアムに報告していた。トムは、誇らしげに胸を張っている。
「ほう、トムも強くなったな。ミリアも、いい指導者になったじゃないか」
リアムは、子供たちの成長を微笑ましく見守っていた。畑では豊かな作物が実り、工房からは活気ある音が響き、領民たちの顔には笑顔が溢れている。
それは、アルフォンスがいる王都の重苦しい空気とは対照的な、平和で、希望に満ちた光景だった。
だが、その平和の裏で、王国からの風は、確実に辺境へと吹きつけようとしていた。アルフォンスの歪んだ嫉妬と焦りは、やがて具体的な「悪意」となり、アークライト領へとその牙を剥くことになるだろう。
最初の妨害工作――それは、おそらく「刺客」という形で現れる。彼らは、まだアークライト領の本当の力、そしてリアムの規格外の能力を知らない。その無知が、どのような悲劇(あるいは、アルフォンスたちにとっての喜劇)を生むことになるのか。
王都の一室で、アルフォンスは部下に何事かを命じ、不気味な笑みを浮かべていた。その笑みが、アークライト領に最初の「影」を落とそうとしていることを、辺境の若き領主は、まだ知らない。ただ、空に浮かぶ雲の動きが、いつもより少しだけ速いような気がしていた。それは、嵐の前の静けさなのかもしれなかった。
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