【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成！辺境で最強領主に成り上がる。

第58話：領主の心、三色の絆

アークライト領がその輪郭を確かなものとし、領主リアム・アークライトの名が周辺地域に響き渡り始めてからも、領内の日常は、以前と変わらぬ活気に満ちていた。いや、むしろ領地としての自覚と誇りが生まれたことで、住民たちの表情には更なる明るさが加わり、共同体全体が前向きなエネルギーに満ち溢れていた。

領主としてのリアムの仕事は増える一方だったが、彼はその責任から逃げることなく、一つ一つ丁寧に向き合っていた。そして、そんな多忙な彼を、三人のヒロインたちは、それぞれの形で支え、彼の心を癒し、そして時にはドキリとさせる存在となっていた。

ある日の午後、リアムはルナの研究室を訪れていた。彼女は、ダンジョンで発見された古代の道具や、リアムが創造した特殊素材の魔法的な特性について、熱心に研究を続けていた。部屋には、羊皮紙の巻物が広げられ、奇妙な記号や数式のようなものが書き込まれている。集中している時のルナは、近寄りがたいほどの知的なオーラを放っていたが、リアムの気配に気づくと、ふわりと表情を和らげた。

「リアム、どうかしたの？」
「いや、少し休憩がてら、様子を見に来たんだ。無理はしていないか？」リアムは、アルフレッドに用意させた、ルナが好きな香りのハーブティーを差し出した。
「ありがとう」ルナは嬉しそうに受け取った。「ちょうど、この古代の魔道具の動作原理について、少し分かってきたところなの。見てくれる？」
彼女は、リアムに研究の成果を説明し始めた。その内容は高度で専門的だったが、リアムは持ち前の理解力で、彼女の話に興味深く耳を傾けた。二人の間には、知的な探求を共有する、特別な共感が存在した。

「……やはり、リアムの《概念創造》は、古代の魔法体系とも、どこか通じる部分があるのかもしれないわね」ルナは、少し興奮した様子で続けた。「もっと研究すれば、あなたの力の更なる可能性が……いえ、それ以上に、あなたの負担を少しでも減らせるような方法が見つかるかもしれない」
彼女の瞳には、純粋な研究への情熱と、リアムを想う深い献身の色が浮かんでいた。リアムは、その真っ直ぐな想いに胸を打たれ、同時に、彼女の存在が自分にとってどれほどかけがえのないものかを再認識した。
「ありがとう、ルナ。君の研究は、いつも俺に新しい視点をくれる。本当に頼りにしているよ」
リアムが素直な気持ちを伝えると、ルナは少し頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、どんな魔法よりもリアムの心を温かくする力を持っていた。

その日の夕食は、ミリアが腕を振るってくれることになっていた。彼女は、交易で手に入った新しい香辛料を使うのを、ずっと楽しみにしていたのだ。集会所の厨房（というより、もはや共同体の食堂だ）からは、食欲をそそるスパイシーな香りが漂ってくる。
「リアムさーん！ もうすぐできますよー！」
厨房から、ミリアの元気な声が聞こえる。リアムが覗きに行くと、彼女は大きな鍋をかき混ぜながら、額に汗を浮かべ、しかし満面の笑顔で料理に集中していた。隣では、トムが一生懸命、野菜を切る手伝いをしている。

「おお、いい匂いだな。今日のメニューは？」
「ふふーん、今日は私の特製！ 虎族秘伝（？）のスパイシーミートシチューです！ 新しい香辛料をたっぷり使ってみました！」ミリアは、得意げに胸を張った。
出来上がったシチューは、見た目も鮮やかで、香りも豊かだった。リアム、ルナ、セレスティア、そしてミリアとトム、さらに近くにいた数人の住民も加わって、賑やかな夕食が始まった。

「うまい！ ミリア、これは絶品だ！」リアムが言うと、他の皆も口々に称賛の声を上げる。
「えへへ、そうですか？ よかったー！」ミリアは、自分の料理を褒められて、尻尾をぶんぶんと振りながら大喜びした。その素直で裏表のない反応は、周りの人々をも笑顔にする。
彼女は、リアムの隣に座り、甲斐甲斐しく彼の皿にシチューをよそったり、水を注いだりしながら、今日の出来事をマシンガンのように話した。その姿は、まるで甲斐甲斐しい（そして少しお転婆な）妹のようでもあり、あるいは……。リアムは、彼女の真っ直ぐな好意を心地よく感じながらも、その距離の近さに、少しだけ戸惑いを覚えていた。彼女はもう、保護すべきか弱い少女だけではない。共に戦う仲間であり、そして一人の女性として、確実に成長しているのだから。

食後、リアムは執務室に戻り、セレスティアと共に、明日の近隣領主（バルトリア子爵）との交渉に向けた最終的な打ち合わせを行っていた。セレスティアは、膨大な資料を基に、交渉のポイントや、想定される相手の出方、そしてそれに対するアークライト側の対応策を、理路整然と説明していく。
「……ですので、交易協定については、まずはこちらに有利な品目と数量を提示し、相手の反応を見るのが得策かと。不可侵条約に関しては、相互尊重の原則を確認しつつも、具体的な軍事協力などには言質を与えないよう、慎重に言葉を選ぶ必要がありますわ」
彼女の分析は常に的確で、リアムはその判断に全幅の信頼を寄せていた。

打ち合わせが終わり、セレスティアが資料を片付けていた時、リアムが不意に口を開いた。
「セレスティア、いつも助かっている。君がいなければ、領地の運営も、外部との交渉も、ここまでうまくはいかなかっただろう。ありがとう」
それは、日頃の感謝を込めた、偽らざる言葉だった。

セレスティアは、一瞬、動きを止めた。そして、ゆっくりとリアムの方を振り返ったが、顔は少し俯けられ、表情は窺えない。
「……別に、礼を言われるようなことではございませんわ。わたくしは、政務官としての職務を果たしているだけですの」
その声は、いつものように冷たく聞こえたが、どこか震えているようにも感じられた。

「それでも、だ」リアムは続けた。「君の知識と、その……人を見る目は、本当に頼りになる。俺一人では、到底ここまで来られなかった」
「…………」セレスティアは、何も言わずに俯いていた。だが、彼女の耳が、ほんのりと赤く染まっているのを、リアムは見逃さなかった。

「……わ、わたくしは、ただ……あなたが、その……あまりにも理想ばかり追いかけて危なっかしいから、見ていられないだけですのよ！」
突然、顔を上げたセレスティアは、早口でそう言うと、プイと横を向いてしまった。それは、紛れもない照れ隠しだった。
リアムは、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。彼女のこういう不器用なところが、なんとも言えず魅力的だと感じてしまう。
「はは、そうかもしれないな。これからも、俺の危なっかしいところを、君の冷静さで支えてくれよ」
「……仕方ありませんわね。領主様がそうおっしゃるなら」
セレスティアは、まだそっぽを向いたまま、小さな声で呟いた。その声には、ほんの少しだけ、甘えるような響きが含まれていた……ような気がした。

三人のヒロインとの、それぞれの絆。それは、領主としてのリアムを支える、三色の光だった。ルナの深い知性と献身、ミリアの真っ直ぐな忠誠心と活力、セレスティアの冷静な知性と不器用な優しさ。彼女たちの存在が、リアムの心を豊かにし、前へと進む力を与えてくれる。

（この絆がある限り、俺は……アークライトは、大丈夫だ）

リアムは、執務室の窓から、再び領地の夜景を見つめた。家々の灯りは、以前よりも増え、温かな光の絨毯のように広がっている。平和で、穏やかな夜。

だが、その平和な夜景の、ずっと外側。アークライト領を取り巻く広大な森の、深い闇の中。
数人の人影が、息を潜めて動いていた。彼らは、夜陰に紛れるように黒い装束を身にまとい、その目には冷たい光が宿っている。手には、鈍く光る刃物や、奇妙な形状の道具。彼らは、明らかに普通の旅人や商人ではない。熟練した「影」の者たち。

彼らは、アークライト領の防御壁を遠巻きに観察し、警備隊の巡回ルートを探り、そして、おそらくは領主リアム・アークライトの情報を集めているのだろう。アルフォンスが放った、「躾」のための刺客たちが、ついにその姿を現し始めていたのだ。

アークライト領に迫る最初の明確な悪意。その存在に、領主リアムも、三人のヒロインたちも、そして領民たちも、まだ気づいていない。平和な日常の水面下で、不穏な影は、静かに、しかし確実に、その牙を研いでいた。領主の心を満たす三色の絆の光は、やがて訪れるであろう闇と、対峙する時が迫っていた。