捨てられ王女ですが、もふもふ達と力を合わせて最強の農業国家を作ってしまいました

夏見ナイ

文字の大きさ
22 / 94

第二十二話 ギルバートの憂鬱

しおりを挟む
私たちの共同体は、冬の厳しさの中で、逆にその絆を深めていた。ログハウスの中は常に暖炉の火で温められ、リーナの作る美味しい料理の匂いが満ちている。外の吹雪の音が、まるで子守唄のように聞こえるほど、そこには平和と安心があった。

共同体の中心には、いつもアリシアがいた。彼女の存在そのものが、この場所を照らす太陽のようだった。

「女神サマ!見てクダサイ!土の中から、光るキノコを見つけマシタ!」
モグ族の若者が、誇らしげにバスケットいっぱいの不思議なキノコをアリシアに見せる。
「まあ、綺麗。きっと美味しいスープが作れますね。ありがとう」
アリシアが微笑むと、モグ族は耳まで真っ赤にして喜んだ。

「嬢ちゃん、新しい鎌の具合はどうだ?切れ味が悪くなったら、いつでも言えよ」
鍛冶場で火照った顔をしたガンツが、ぶっきらぼうながらも気遣わしげに声をかける。
「はい、ガンツさん。おかげで温室の作業がとても捗ります。本当に素晴らしい鎌です」
アリシアが心からの感謝を伝えると、ガンツは「ふん」とそっぽを向きながらも、その口元は満足げに緩んでいた。

ガルフも、狩りで珍しい鳥を仕留めると、真っ先にアリシアの元へ報告に来た。
「アリシア様!この鳥の羽は、とても美しい。矢羽根に加工すれば、きっと素晴らしい矢ができますぞ!」
「すごいですね、ガルフさん。いつもありがとうございます」

アリシアは、誰に対しても分け隔てなく、優しく接した。その慈愛に満ちた笑顔は、共同体に住む男性陣――種族を問わず――の心を鷲掴みにしていた。彼らがアリシアを慕い、彼女のために働くことを喜びとしているのは、誰の目にも明らかだった。

その光景を、ギルバートは少し離れた場所から、常に静かに見つめていた。
彼の理性の部分は、この状況を喜ばしく思っていた。アリシア様が皆から敬愛されるのは、彼女が指導者として優れている証だ。共同体の結束は日に日に強固になり、それはこの地で生き抜く上で不可欠な要素である。何の問題もない。

しかし、彼の心の奥底、一人の男としての感情は、全く別の声を上げていた。
面白くない。
アリシア様のあの特別な笑顔が、自分以外の男に向けられるのが。
ガンツが馴れ馴れしく「嬢ちゃん」と呼ぶのが。
モグ族が「女神サマ」と崇拝し、彼女の気を引こうと躍起になっているのが。
その全てが、ギルバートの心をちりちりと焦がしていた。

アリシア様は私の主君だ。私が全てを捨ててお仕えすると誓った、唯一無二の存在。他の者たちが、気安く彼女の領域に踏み入ることは、断じて許されるべきではない。
だが、共同体の和を乱すような真似はできない。騎士としての自分と、男としての自分が、彼の内で激しく衝突し、静かな火花を散らしていた。

彼は完璧な無表情を装っていたが、その身から放たれる空気は、暖炉の火とは対照的に、ほんのわずかに温度を下げていた。

その微細な変化に、アリシアの足元で丸くなっていたフェンだけが気づいていた。
『マタ、不機嫌ニナッテル』
フェンは黄金色の瞳を細め、呆れたようにギルバートを見つめた。アリシアが誰かと笑顔で言葉を交わすたび、ギルバートの眉間の皺がミクロン単位で深くなるのを、彼は見逃さなかった。

その日の夕食は、モグ族が採ってきた光るキノコと、ガルフが仕留めた鳥を使った、リーナ特製のクリームシチューだった。温室で採れたカブやニンジンもたっぷり入っている。
食卓は、いつものように和やかな笑い声に包まれていた。

食事の途中、ガンツが懐から何かを取り出した。それは、彼が空き時間に作ったのだろう、ミスリル合金でできた美しい装飾の小さなナイフだった。
「嬢ちゃん。これはお前にやる。温室でハーブを摘んだり、果物の皮を剥いたりするのに丁度いいだろう」
彼はそう言って、ナイフをアリシアに差し出した。

「わあ、綺麗……!ありがとうございます、ガンツさん!」
アリシアは、子供のように目を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。そして、その小さなナイフをありがたく受け取る。その時、彼女の指先が、ガンツの無骨で大きな指に、ほんのわずかに触れた。

パチィィン!!

突然、暖炉から大きな薪のはぜる音が響き渡った。皆が驚いてそちらを見ると、ギルバートが表情一つ変えずに、長大な火かき棒で燃え盛る薪を無遠慮に突いていた。
「どうした、ギルバート?」
ガルフが尋ねる。
「……いや。少し、火の勢いが強すぎたようだ」
彼はそう言って、何事もなかったかのように席に戻った。

アリシアは全く気づいておらず、「このナイフ、とても使いやすそうです。大切にしますね」と、まだナイフを眺めて喜んでいる。
その一連の流れを、フェンだけが全て見ていた。彼は大きなため息をつくと、『ヤキモチ、分カリスギ』と心の中で呆れ果てた。

夜が更け、皆が寝静まった後。ギルバートは一人、ログハウスの外で見張りに立っていた。凍てつくような夜気が、彼の燃えるような嫉妬心を冷やしてくれるかと思いきや、逆にアリシアの無邪気な笑顔を思い出させ、彼の心をかき乱すだけだった。

「……いかん。私はアリシア様の騎士だ。このような私情は、あってはならない」
彼は天を仰ぎ、自己嫌悪に唇を噛んだ。

その時、背後で雪を踏むかすかな音がした。振り返ると、そこにはフェンがいた。フェンはとことことギルバートの足元までやってくると、静かに隣に座り、彼と同じように星空を見上げた。

『アンマリ難シイ顔ヲシテルト、主ニ嫌ワレルゾ』
頭の中に、直接声が響く。

ギルバートは、苛立ちを隠さずにフェンを睨みつけた。
「……貴様には、関係のないことだ」

『フン』
フェンは鼻を鳴らした。
『好キナラ好キト、早ク言エバ良イノニ。人間ハ実ニ面倒クサイ生キ物ダナ』

その言葉は、ギルバートの心の最も柔らかな部分を的確に抉った。彼は何も言い返せない。
フェンは、そんなギルバートの様子を面白がるように一瞥すると、くるりと身を翻し、再び家の中へと戻っていった。

一人残されたギルバートは、夜空に浮かぶ無数の星々を見上げ、誰にも聞こえないほど深いため息をついた。
彼の憂鬱な夜は、まだしばらく明けそうになかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。

秋月一花
恋愛
「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」 「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」 「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」 「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」  あなたの護衛を見つめていました。だって好きなのだもの。見つめるくらいは許して欲しい。恋人になりたいなんて身分違いのことを考えないから、それだけはどうか。 「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」  うっとりと呟く私に、ライナルト様はぎょっとしたような表情を浮かべて――それから、 「――俺のことが怖くないのか?」  と話し掛けられちゃった! これはライナルト様とお話しするチャンスなのでは?  よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。気長に待っててください。月2くらいで更新したいとは思ってます。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

覚えてないけど婚約者に嫌われて首を吊ってたみたいです。

kieiku
恋愛
いやいやいやいや、死ぬ前に婚約破棄! 婚約破棄しよう!

「何の取り柄もない姉より、妹をよこせ」と婚約破棄されましたが、妹を守るためなら私は「国一番の淑女」にでも這い上がってみせます

放浪人
恋愛
「何の取り柄もない姉はいらない。代わりに美しい妹をよこせ」 没落伯爵令嬢のアリアは、婚約者からそう告げられ、借金のカタに最愛の妹を奪われそうになる。 絶望の中、彼女が頼ったのは『氷の公爵』と恐れられる冷徹な男、クラウスだった。 「私の命、能力、生涯すべてを差し上げます。だから金を貸してください!」 妹を守るため、悪魔のような公爵と契約を結んだアリア。 彼女に課せられたのは、地獄のような淑女教育と、危険な陰謀が渦巻く社交界への潜入だった。 しかし、アリアは持ち前の『瞬間記憶能力』と『度胸』を武器に覚醒する。 自分を捨てた元婚約者を論破して地獄へ叩き落とし、意地悪なライバル令嬢を返り討ちにし、やがては国の危機さえも救う『国一番の淑女』へと駆け上がっていく! 一方、冷酷だと思われていた公爵は、泥の中でも強く咲くアリアの姿に心を奪われ――? 「お前がいない世界など不要だ」 契約から始まった関係が、やがて国中を巻き込む極上の溺愛へと変わる。 地味で無能と呼ばれた令嬢が、最強の旦那様と幸せを掴み取る、痛快・大逆転シンデレラストーリー!

処理中です...