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第二十二話 ギルバートの憂鬱
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私たちの共同体は、冬の厳しさの中で、逆にその絆を深めていた。ログハウスの中は常に暖炉の火で温められ、リーナの作る美味しい料理の匂いが満ちている。外の吹雪の音が、まるで子守唄のように聞こえるほど、そこには平和と安心があった。
共同体の中心には、いつもアリシアがいた。彼女の存在そのものが、この場所を照らす太陽のようだった。
「女神サマ!見てクダサイ!土の中から、光るキノコを見つけマシタ!」
モグ族の若者が、誇らしげにバスケットいっぱいの不思議なキノコをアリシアに見せる。
「まあ、綺麗。きっと美味しいスープが作れますね。ありがとう」
アリシアが微笑むと、モグ族は耳まで真っ赤にして喜んだ。
「嬢ちゃん、新しい鎌の具合はどうだ?切れ味が悪くなったら、いつでも言えよ」
鍛冶場で火照った顔をしたガンツが、ぶっきらぼうながらも気遣わしげに声をかける。
「はい、ガンツさん。おかげで温室の作業がとても捗ります。本当に素晴らしい鎌です」
アリシアが心からの感謝を伝えると、ガンツは「ふん」とそっぽを向きながらも、その口元は満足げに緩んでいた。
ガルフも、狩りで珍しい鳥を仕留めると、真っ先にアリシアの元へ報告に来た。
「アリシア様!この鳥の羽は、とても美しい。矢羽根に加工すれば、きっと素晴らしい矢ができますぞ!」
「すごいですね、ガルフさん。いつもありがとうございます」
アリシアは、誰に対しても分け隔てなく、優しく接した。その慈愛に満ちた笑顔は、共同体に住む男性陣――種族を問わず――の心を鷲掴みにしていた。彼らがアリシアを慕い、彼女のために働くことを喜びとしているのは、誰の目にも明らかだった。
その光景を、ギルバートは少し離れた場所から、常に静かに見つめていた。
彼の理性の部分は、この状況を喜ばしく思っていた。アリシア様が皆から敬愛されるのは、彼女が指導者として優れている証だ。共同体の結束は日に日に強固になり、それはこの地で生き抜く上で不可欠な要素である。何の問題もない。
しかし、彼の心の奥底、一人の男としての感情は、全く別の声を上げていた。
面白くない。
アリシア様のあの特別な笑顔が、自分以外の男に向けられるのが。
ガンツが馴れ馴れしく「嬢ちゃん」と呼ぶのが。
モグ族が「女神サマ」と崇拝し、彼女の気を引こうと躍起になっているのが。
その全てが、ギルバートの心をちりちりと焦がしていた。
アリシア様は私の主君だ。私が全てを捨ててお仕えすると誓った、唯一無二の存在。他の者たちが、気安く彼女の領域に踏み入ることは、断じて許されるべきではない。
だが、共同体の和を乱すような真似はできない。騎士としての自分と、男としての自分が、彼の内で激しく衝突し、静かな火花を散らしていた。
彼は完璧な無表情を装っていたが、その身から放たれる空気は、暖炉の火とは対照的に、ほんのわずかに温度を下げていた。
その微細な変化に、アリシアの足元で丸くなっていたフェンだけが気づいていた。
『マタ、不機嫌ニナッテル』
フェンは黄金色の瞳を細め、呆れたようにギルバートを見つめた。アリシアが誰かと笑顔で言葉を交わすたび、ギルバートの眉間の皺がミクロン単位で深くなるのを、彼は見逃さなかった。
その日の夕食は、モグ族が採ってきた光るキノコと、ガルフが仕留めた鳥を使った、リーナ特製のクリームシチューだった。温室で採れたカブやニンジンもたっぷり入っている。
食卓は、いつものように和やかな笑い声に包まれていた。
食事の途中、ガンツが懐から何かを取り出した。それは、彼が空き時間に作ったのだろう、ミスリル合金でできた美しい装飾の小さなナイフだった。
「嬢ちゃん。これはお前にやる。温室でハーブを摘んだり、果物の皮を剥いたりするのに丁度いいだろう」
彼はそう言って、ナイフをアリシアに差し出した。
「わあ、綺麗……!ありがとうございます、ガンツさん!」
アリシアは、子供のように目を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。そして、その小さなナイフをありがたく受け取る。その時、彼女の指先が、ガンツの無骨で大きな指に、ほんのわずかに触れた。
パチィィン!!
突然、暖炉から大きな薪のはぜる音が響き渡った。皆が驚いてそちらを見ると、ギルバートが表情一つ変えずに、長大な火かき棒で燃え盛る薪を無遠慮に突いていた。
「どうした、ギルバート?」
ガルフが尋ねる。
「……いや。少し、火の勢いが強すぎたようだ」
彼はそう言って、何事もなかったかのように席に戻った。
アリシアは全く気づいておらず、「このナイフ、とても使いやすそうです。大切にしますね」と、まだナイフを眺めて喜んでいる。
その一連の流れを、フェンだけが全て見ていた。彼は大きなため息をつくと、『ヤキモチ、分カリスギ』と心の中で呆れ果てた。
夜が更け、皆が寝静まった後。ギルバートは一人、ログハウスの外で見張りに立っていた。凍てつくような夜気が、彼の燃えるような嫉妬心を冷やしてくれるかと思いきや、逆にアリシアの無邪気な笑顔を思い出させ、彼の心をかき乱すだけだった。
「……いかん。私はアリシア様の騎士だ。このような私情は、あってはならない」
彼は天を仰ぎ、自己嫌悪に唇を噛んだ。
その時、背後で雪を踏むかすかな音がした。振り返ると、そこにはフェンがいた。フェンはとことことギルバートの足元までやってくると、静かに隣に座り、彼と同じように星空を見上げた。
『アンマリ難シイ顔ヲシテルト、主ニ嫌ワレルゾ』
頭の中に、直接声が響く。
ギルバートは、苛立ちを隠さずにフェンを睨みつけた。
「……貴様には、関係のないことだ」
『フン』
フェンは鼻を鳴らした。
『好キナラ好キト、早ク言エバ良イノニ。人間ハ実ニ面倒クサイ生キ物ダナ』
その言葉は、ギルバートの心の最も柔らかな部分を的確に抉った。彼は何も言い返せない。
フェンは、そんなギルバートの様子を面白がるように一瞥すると、くるりと身を翻し、再び家の中へと戻っていった。
一人残されたギルバートは、夜空に浮かぶ無数の星々を見上げ、誰にも聞こえないほど深いため息をついた。
彼の憂鬱な夜は、まだしばらく明けそうになかった。
共同体の中心には、いつもアリシアがいた。彼女の存在そのものが、この場所を照らす太陽のようだった。
「女神サマ!見てクダサイ!土の中から、光るキノコを見つけマシタ!」
モグ族の若者が、誇らしげにバスケットいっぱいの不思議なキノコをアリシアに見せる。
「まあ、綺麗。きっと美味しいスープが作れますね。ありがとう」
アリシアが微笑むと、モグ族は耳まで真っ赤にして喜んだ。
「嬢ちゃん、新しい鎌の具合はどうだ?切れ味が悪くなったら、いつでも言えよ」
鍛冶場で火照った顔をしたガンツが、ぶっきらぼうながらも気遣わしげに声をかける。
「はい、ガンツさん。おかげで温室の作業がとても捗ります。本当に素晴らしい鎌です」
アリシアが心からの感謝を伝えると、ガンツは「ふん」とそっぽを向きながらも、その口元は満足げに緩んでいた。
ガルフも、狩りで珍しい鳥を仕留めると、真っ先にアリシアの元へ報告に来た。
「アリシア様!この鳥の羽は、とても美しい。矢羽根に加工すれば、きっと素晴らしい矢ができますぞ!」
「すごいですね、ガルフさん。いつもありがとうございます」
アリシアは、誰に対しても分け隔てなく、優しく接した。その慈愛に満ちた笑顔は、共同体に住む男性陣――種族を問わず――の心を鷲掴みにしていた。彼らがアリシアを慕い、彼女のために働くことを喜びとしているのは、誰の目にも明らかだった。
その光景を、ギルバートは少し離れた場所から、常に静かに見つめていた。
彼の理性の部分は、この状況を喜ばしく思っていた。アリシア様が皆から敬愛されるのは、彼女が指導者として優れている証だ。共同体の結束は日に日に強固になり、それはこの地で生き抜く上で不可欠な要素である。何の問題もない。
しかし、彼の心の奥底、一人の男としての感情は、全く別の声を上げていた。
面白くない。
アリシア様のあの特別な笑顔が、自分以外の男に向けられるのが。
ガンツが馴れ馴れしく「嬢ちゃん」と呼ぶのが。
モグ族が「女神サマ」と崇拝し、彼女の気を引こうと躍起になっているのが。
その全てが、ギルバートの心をちりちりと焦がしていた。
アリシア様は私の主君だ。私が全てを捨ててお仕えすると誓った、唯一無二の存在。他の者たちが、気安く彼女の領域に踏み入ることは、断じて許されるべきではない。
だが、共同体の和を乱すような真似はできない。騎士としての自分と、男としての自分が、彼の内で激しく衝突し、静かな火花を散らしていた。
彼は完璧な無表情を装っていたが、その身から放たれる空気は、暖炉の火とは対照的に、ほんのわずかに温度を下げていた。
その微細な変化に、アリシアの足元で丸くなっていたフェンだけが気づいていた。
『マタ、不機嫌ニナッテル』
フェンは黄金色の瞳を細め、呆れたようにギルバートを見つめた。アリシアが誰かと笑顔で言葉を交わすたび、ギルバートの眉間の皺がミクロン単位で深くなるのを、彼は見逃さなかった。
その日の夕食は、モグ族が採ってきた光るキノコと、ガルフが仕留めた鳥を使った、リーナ特製のクリームシチューだった。温室で採れたカブやニンジンもたっぷり入っている。
食卓は、いつものように和やかな笑い声に包まれていた。
食事の途中、ガンツが懐から何かを取り出した。それは、彼が空き時間に作ったのだろう、ミスリル合金でできた美しい装飾の小さなナイフだった。
「嬢ちゃん。これはお前にやる。温室でハーブを摘んだり、果物の皮を剥いたりするのに丁度いいだろう」
彼はそう言って、ナイフをアリシアに差し出した。
「わあ、綺麗……!ありがとうございます、ガンツさん!」
アリシアは、子供のように目を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。そして、その小さなナイフをありがたく受け取る。その時、彼女の指先が、ガンツの無骨で大きな指に、ほんのわずかに触れた。
パチィィン!!
突然、暖炉から大きな薪のはぜる音が響き渡った。皆が驚いてそちらを見ると、ギルバートが表情一つ変えずに、長大な火かき棒で燃え盛る薪を無遠慮に突いていた。
「どうした、ギルバート?」
ガルフが尋ねる。
「……いや。少し、火の勢いが強すぎたようだ」
彼はそう言って、何事もなかったかのように席に戻った。
アリシアは全く気づいておらず、「このナイフ、とても使いやすそうです。大切にしますね」と、まだナイフを眺めて喜んでいる。
その一連の流れを、フェンだけが全て見ていた。彼は大きなため息をつくと、『ヤキモチ、分カリスギ』と心の中で呆れ果てた。
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「……いかん。私はアリシア様の騎士だ。このような私情は、あってはならない」
彼は天を仰ぎ、自己嫌悪に唇を噛んだ。
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頭の中に、直接声が響く。
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「……貴様には、関係のないことだ」
『フン』
フェンは鼻を鳴らした。
『好キナラ好キト、早ク言エバ良イノニ。人間ハ実ニ面倒クサイ生キ物ダナ』
その言葉は、ギルバートの心の最も柔らかな部分を的確に抉った。彼は何も言い返せない。
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