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第二十四話 春の訪れと新たな移住者
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長く厳しい冬は、ついに終わりを告げた。分厚い雲が晴れ、何ヶ月ぶりかに見る太陽の光が、雪解け水できらめく大地を力強く照らし出した。凍てついていた小川は再びせせらぎを取り戻し、その岸辺からはフキノトウのような新しい命が一斉に芽吹き始める。春の訪れだ。
私たちの共同体は、誰一人欠けることなく、無事に最初の冬を乗り越えた。それどころか、冬の間も栄養満点の食事を摂り続けたおかげで、皆、以前よりも健康的で血色が良いほどだった。特に子供たちは、一冬でまた少し背が伸びたようだ。
雪が完全に溶けると、私たちは再び外での活動を本格的に再開した。ガンツの作った革新的な農具のおかげで、春の畑作りは驚くべき速さで進んでいく。温室で育てていた苗を広大な畑に植え替えると、それらは待ってましたとばかりに根を張り、ぐんぐんと成長を始めた。
そんな希望に満ちた春のある日、事件は起きた。
ピィィィーーッ!ピィィィーーッ!
空から、ピピのけたたましい警戒音が響き渡った。それは、冬の前に猟師たちが現れた時よりも、ずっと切迫した響きを持っていた。
「敵襲かっ!?」
ギルバートが叫び、鍛冶場からガンツが、森からガルフが、それぞれの得物を手に駆けつけてくる。モグ族たちも土の中から顔を出し、臨戦態勢を取った。
私もリーナと子供たちをログハウスの中に入れると、ギルバートから渡された護身用の短杖を固く握りしめた。
ピピが示す南の方角、丘の向こうから、砂埃を上げて近づいてくる一団が見えた。その数、ざっと見て三十人以上はいるだろう。先頭に立つ者たちは、錆びついた剣や槍を手にしている。
「アリシア様は家の中に!」
ギルバートが叫ぶが、私は首を横に振った。
「いえ、私もここにいます。状況を見極めなければ」
私の決意に満ちた瞳を見て、ギルバートはぐっと唇を噛んだが、それ以上は何も言わなかった。
やがて、一団は私たちの拠点が見える距離までやってくると、ぴたりと足を止めた。彼らは、目の前に広がる光景に度肝を抜かれているようだった。
不毛の地にあるはずのない、青々とした広大な畑。煙を上げるログハウス。そして、武装してこちらを睨みつける私たち。彼らの顔には、驚きと、戸惑いと、そして深い困惑の色が浮かんでいた。
一団の中から、リーダーらしき大柄な男が、おずおずと一歩前に出た。彼は武器をだらりと下げ、敵意がないことを示している。
「お、俺たちは、別にアンタたちに危害を加えに来たわけじゃねえ」
その声は、虚勢を張ってはいるが、どこか弱々しかった。
ギルバートが一歩前に出て、威圧的な声で応じる。
「ならば、その物騒な物は何だ。武装して、これほどの人数で何の用だ」
「こ、これは……護身用だ。辺境には魔獣が出ると聞いたもんでな」
男は額に汗を浮かべながら、必死に弁解した。
その時、彼らの後方で、一人の老婆が力なくその場に崩れ落ちた。周りの者たちが慌てて駆け寄るが、老婆はぐったりとして動かない。
その様子を見て、私は全てを察した。
彼らは、敵ではない。ただ、助けを求めてここまで来た、行き場のない人々なのだ。
「ギルバート、もういいです」
私は彼の前に立つと、一団に向かって静かに語りかけた。
「あなたたち、噂を聞いてきたのでしょう。『辺境に豊かな土地がある』という」
私の言葉に、リーダーの男は驚いたように顔を上げた。
「あ、あんたが……噂の魔女様か?」
「私は魔女ではありません。アリシアと言います」
私は穏やかに微笑むと、倒れた老婆を指差した。
「その方を、こちらへ。きっと、長い旅でお疲れなのでしょう。水と、少し休める場所があります」
私の予想外の言葉に、一団はざわめいた。武装した私たちに追い返されるか、最悪の場合、攻撃されることすら覚悟していただろう。それなのに、目の前の美しい銀髪の女性は、敵意どころか慈悲に満ちた眼差しを向けている。
リーダーの男は、しばらく戸惑っていたが、やがて覚悟を決めたように深々と頭を下げた。
「……すまねえ。助けてくれるってんなら、ありがたく受けさせてもらう。俺たちは、もう何日もまともな飯を食ってねえんだ」
こうして、私たちは警戒を解き、彼らを共同体へと迎え入れた。彼らは、クローデル王国の圧政と、冬の飢饉から逃れてきた難民の集まりだった。中には、元兵士や、家族を失った農民、身寄りのない老人や子供も混じっていた。
私たちは、備蓄していた保存食と、温室で採れたばかりの新鮮な野菜で温かいスープを作り、彼らに振る舞った。飢えていた彼らは、涙を流しながら、夢中でそのスープを啜った。その姿は、かつてガルフ一家を初めて迎え入れた時の光景と、そっくり同じだった。
食事を終えた彼らは、改めて私たちの共同体の豊かさに驚愕していた。頑丈な家、豊富な食料、そして何より、ここには希望がある。
リーダーだった男――元傭兵のバルトは、私の前に進み出ると、その場に膝をついた。
「アリシア様。俺たちを、ここに置いてはくれねえだろうか。あんたのためなら、どんな仕事でもする。この命だって、あんたに捧げる!」
彼の言葉に、他の者たちも次々と立ち上がり、私に助けを求めるように頭を下げた。
その光景を見て、私は静かに頷いた。
「分かりました。あなたたち全員を、私たちの仲間として迎え入れます」
春の柔らかな日差しの中、私たちの共同体は、一夜にして「村」と呼べるほどの規模へと姿を変えた。
それは、これから始まる大きな物語の、新たな幕開けだった。
私たちの共同体は、誰一人欠けることなく、無事に最初の冬を乗り越えた。それどころか、冬の間も栄養満点の食事を摂り続けたおかげで、皆、以前よりも健康的で血色が良いほどだった。特に子供たちは、一冬でまた少し背が伸びたようだ。
雪が完全に溶けると、私たちは再び外での活動を本格的に再開した。ガンツの作った革新的な農具のおかげで、春の畑作りは驚くべき速さで進んでいく。温室で育てていた苗を広大な畑に植え替えると、それらは待ってましたとばかりに根を張り、ぐんぐんと成長を始めた。
そんな希望に満ちた春のある日、事件は起きた。
ピィィィーーッ!ピィィィーーッ!
空から、ピピのけたたましい警戒音が響き渡った。それは、冬の前に猟師たちが現れた時よりも、ずっと切迫した響きを持っていた。
「敵襲かっ!?」
ギルバートが叫び、鍛冶場からガンツが、森からガルフが、それぞれの得物を手に駆けつけてくる。モグ族たちも土の中から顔を出し、臨戦態勢を取った。
私もリーナと子供たちをログハウスの中に入れると、ギルバートから渡された護身用の短杖を固く握りしめた。
ピピが示す南の方角、丘の向こうから、砂埃を上げて近づいてくる一団が見えた。その数、ざっと見て三十人以上はいるだろう。先頭に立つ者たちは、錆びついた剣や槍を手にしている。
「アリシア様は家の中に!」
ギルバートが叫ぶが、私は首を横に振った。
「いえ、私もここにいます。状況を見極めなければ」
私の決意に満ちた瞳を見て、ギルバートはぐっと唇を噛んだが、それ以上は何も言わなかった。
やがて、一団は私たちの拠点が見える距離までやってくると、ぴたりと足を止めた。彼らは、目の前に広がる光景に度肝を抜かれているようだった。
不毛の地にあるはずのない、青々とした広大な畑。煙を上げるログハウス。そして、武装してこちらを睨みつける私たち。彼らの顔には、驚きと、戸惑いと、そして深い困惑の色が浮かんでいた。
一団の中から、リーダーらしき大柄な男が、おずおずと一歩前に出た。彼は武器をだらりと下げ、敵意がないことを示している。
「お、俺たちは、別にアンタたちに危害を加えに来たわけじゃねえ」
その声は、虚勢を張ってはいるが、どこか弱々しかった。
ギルバートが一歩前に出て、威圧的な声で応じる。
「ならば、その物騒な物は何だ。武装して、これほどの人数で何の用だ」
「こ、これは……護身用だ。辺境には魔獣が出ると聞いたもんでな」
男は額に汗を浮かべながら、必死に弁解した。
その時、彼らの後方で、一人の老婆が力なくその場に崩れ落ちた。周りの者たちが慌てて駆け寄るが、老婆はぐったりとして動かない。
その様子を見て、私は全てを察した。
彼らは、敵ではない。ただ、助けを求めてここまで来た、行き場のない人々なのだ。
「ギルバート、もういいです」
私は彼の前に立つと、一団に向かって静かに語りかけた。
「あなたたち、噂を聞いてきたのでしょう。『辺境に豊かな土地がある』という」
私の言葉に、リーダーの男は驚いたように顔を上げた。
「あ、あんたが……噂の魔女様か?」
「私は魔女ではありません。アリシアと言います」
私は穏やかに微笑むと、倒れた老婆を指差した。
「その方を、こちらへ。きっと、長い旅でお疲れなのでしょう。水と、少し休める場所があります」
私の予想外の言葉に、一団はざわめいた。武装した私たちに追い返されるか、最悪の場合、攻撃されることすら覚悟していただろう。それなのに、目の前の美しい銀髪の女性は、敵意どころか慈悲に満ちた眼差しを向けている。
リーダーの男は、しばらく戸惑っていたが、やがて覚悟を決めたように深々と頭を下げた。
「……すまねえ。助けてくれるってんなら、ありがたく受けさせてもらう。俺たちは、もう何日もまともな飯を食ってねえんだ」
こうして、私たちは警戒を解き、彼らを共同体へと迎え入れた。彼らは、クローデル王国の圧政と、冬の飢饉から逃れてきた難民の集まりだった。中には、元兵士や、家族を失った農民、身寄りのない老人や子供も混じっていた。
私たちは、備蓄していた保存食と、温室で採れたばかりの新鮮な野菜で温かいスープを作り、彼らに振る舞った。飢えていた彼らは、涙を流しながら、夢中でそのスープを啜った。その姿は、かつてガルフ一家を初めて迎え入れた時の光景と、そっくり同じだった。
食事を終えた彼らは、改めて私たちの共同体の豊かさに驚愕していた。頑丈な家、豊富な食料、そして何より、ここには希望がある。
リーダーだった男――元傭兵のバルトは、私の前に進み出ると、その場に膝をついた。
「アリシア様。俺たちを、ここに置いてはくれねえだろうか。あんたのためなら、どんな仕事でもする。この命だって、あんたに捧げる!」
彼の言葉に、他の者たちも次々と立ち上がり、私に助けを求めるように頭を下げた。
その光景を見て、私は静かに頷いた。
「分かりました。あなたたち全員を、私たちの仲間として迎え入れます」
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それは、これから始まる大きな物語の、新たな幕開けだった。
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