この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

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第94話 奇跡の一滴

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黄金の雫は弾丸のような速さで飛翔したわけではなかった。それはまるでシャボン玉のようにゆっくりと、しかし確かな軌道を描いて邪神へと向かい、ふわりと飛んでいった。

そのあまりにも頼りない光景に、邪神ですら一瞬だけその攻撃をためらったように見えた。

「グル……?」

そのほんの一瞬の油断。

黄金の雫は邪神が放とうとしていた闇のブレスの渦の中心に、吸い込まれるように触れた。

音はなかった。

ただ、時間が止まった。

次の瞬間。

黄金の雫が弾けた。

そこから溢れ出したのは、もはや光という概念すら超えた、純粋な『創生』の奔流だった。

それは暴力的な破壊ではない。静かで穏やかで、しかし抗うことのできない絶対的な肯定の力。

闇のブレスは、その光に触れた瞬間、泡のように霧散した。

「なっ!?」

その光景を見ていた仲間たちが息を呑む。邪神もまた自らの力が、いとも簡単に無力化されたことに初めて純粋な驚愕を示した。

だが、奇跡はそれで終わりではなかった。

黄金の雫から溢れ出した創生の光は、邪神の口からその体内に侵入していった。

そして、内側からその存在を塗り替え始めたのだ。

「ギ……ギシャアアアアアアアアアアアッ!!」

邪神の口から初めて、苦痛に満ちた断末魔の絶叫がほとばしった。

その巨体が内側から眩い光を放ち始める。漆黒の鱗の隙間から黄金の光が無数に漏れ出し、その体を内側から照らし出していく。

それは浄化ではなかった。

『無』であった存在に強制的に『生』を与えていく、究極の創生。

邪神の虚無で構成された肉体は、その根源的な生命の力に耐えきれず、その存在そのものが矛盾をきたし始めた。

闇が光に。
無が有に。
死が生に。

その体を構成していた闇の粒子が、一つ、また一つと光の粒子へと強制的に書き換えられていく。

邪神は苦しみにもがいた。その巨大な翼を広げ天に逃れようとする。だが、もう遅かった。その翼ですら光の羽へと姿を変え始めていた。

やがてその巨体は、もはや元のおぞましい姿を保てなくなり、一つの巨大な光の塊へと変貌を遂げた。

それはまるで夜空に昇った第二の太陽のようだった。

王都中がその神々しいまでの光に照らし出される。人々は空に現れた太陽を見上げ、何が起きているのか分からぬまま、ただその光景にひれ伏していた。

そして。

光の塊は、その輝きを最大にまで高めた後。

すうっ、と。

まるで夢から覚めるかのように静かに消えた。

後に残されたのは、降り注ぐ無数の温かい光の粒子だけだった。それはまるで祝福の雪のように、王都の街並みに静かに、静かに降り注いでいった。

光の粒子が触れた場所では、邪教徒の炎に焼かれた家々がその傷を癒すかのように輝きを取り戻していく。負傷した人々は、その傷が瞬時に塞がっていくのを感じていた。

絶望の闇に包まれていた王都は今、奇跡の光に満たされていた。

……静寂が戻った。

大神殿の残骸の中に俺たちはただ立ち尽くしていた。

目の前にいた絶望の象徴は跡形もなく消え去っていた。

終わった。

本当に、全てが終わったのだ。

俺の体から光が消える。同時に全ての力が抜け、俺は糸が切れたようにその場に崩れ落ちそうになった。

「ルーク!」

リゼットが、ノエルが、ギムリが、俺の体に駆け寄り、その崩れ落ちる体を力強く支えてくれた。

俺は仲間たちの顔を見回した。誰もが土と埃にまみれ、傷だらけだった。だが、その顔には勝利の安堵と、そして信じられないものを見たという純粋な感動が浮かんでいた。

俺は笑った。

心の底から笑った。

「……勝ちましたね。俺たち」

その言葉に仲間たちもつられるように笑い出した。

「ああ。勝ったな」
「うん。とんでもない勝ち方だったけどね」
「ふん。わしらにかかれば、神殺しくらい朝飯前じゃわい」

俺たちは互いの健闘を称え合い、そして支え合いながら瓦礫の上に座り込んだ。

空を見上げると夜空を覆っていた不吉な黒雲は完全に消え去っていた。代わりに満天の星々が、まるで俺たちの勝利を祝福するかのように美しく輝いていた。

ミストラル村から始まった俺の長い、長い旅。

それはこの星空の下で、今、確かに終わりを告げたのだ。
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