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第八話:家族との決別
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ヴェルヘイム公爵家の地下牢は、冷たく湿った空気が澱んでいた。壁を伝う水滴の音だけが、不規則に響いている。鉄格子の向こうから差し込む松明の光が、石の床に横たわるアッシュの影を長く伸ばしていた。
一夜明け、アッシュは騎士たちによって乱暴に引きずり出された。連れて行かれたのは、裁判所でも尋問室でもない。父グレイグの書斎だった。重厚なマホガニーの机を挟んで、父が玉座のように鎮座している。その両脇には、長兄アルフォンスと次兄ベルナルドが立っていた。まるで、罪人を裁く三人の審判官のようだ。
「アッシュ・フォン・ヴェルヘイム」
父の声は、冬の北風のように冷たかった。息子を呼ぶ響きはそこになく、ただ断罪されるべき罪人の名を告げているだけだった。アッシュは騎士に膝を突かされ、床に額をこすりつけさせられた。
「お前が犯した罪、万死に値する。王家に対する反逆、そして何より、我がヴェルヘイム家の誇りを地に貶めた。何か言い分はあるか」
形式的な問い。結論はすでに出ている。アッシュはスキルを発動させ、彼らの本心を探った。
父グレイグ・フォン・ヴェルヘイム。
「怒り:80」「失望:90」「安堵:70」
怒りと失望は、家の名誉が傷つけられたことに対して。そして、安堵。厄介払いができることへの、醜い安堵感がそこにあった。
長兄アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム。
「優越感:95」「満足感:90」「計算:80」
計画が完璧に成功したことへの喜び。そして、この件を利用して王家からどれだけの利益を引き出すか、すでに次の計算を始めている。
次兄ベルナルド・フォン・ヴェルヘイム。
「嫌悪:70」「軽蔑:60」「罪悪感:20」
弟への変わらぬ嫌悪と軽蔑。だが、その奥に僅かな罪悪感が燻っていた。兄のやり方への、ほんの小さな棘。だが、それは彼の行動を止めるほどの力は持たない。
(これが、俺の家族の正体か)
アッシュは心の内で嘲笑した。誰一人として、彼の無実を信じようとはしていない。いや、そもそも真実などどうでもいいのだ。彼らにとって重要なのは、ヴェルヘイム家にとって最も都合の良い物語を作り上げることだけ。
アッシュは顔を上げ、涙に濡れた瞳で父を見上げた。完璧な演技だった。
「父上!違います!僕は嵌められたのです!信じてください!」
悲痛な叫び。だが、グレイグの表情は微動だにしなかった。
「黙れ。証拠は全て揃っている。見苦しい言い訳は聞きたくない」
「アルフォンス兄上!ベルナルド兄上!僕がそんな大それたことをする人間ではないと、分かってくださるでしょう!」
アッシュは次に兄たちに縋り付くように訴えた。
アルフォンスは、悲劇の主人公を演じるかのように、痛ましげに眉を寄せた。
「アッシュ……私も信じたくはなかった。だが、証拠がお前を指し示しているのだ。出来損ないと蔑まれ、自暴自棄になったお前の心が、悪魔に囁かれたのであろう。可哀想に……」
その言葉とは裏腹に、彼の「優越感」の数値は限界まで振り切れそうになっていた。
「ふん。自業自得だ。身の程知らずが」
ベルナルドは冷たく吐き捨てるだけだった。彼の「罪悪感」は、アッシュの哀れな姿を見て、さらに小さく萎縮していく。
もはや、茶番は終わりだ。
グレイグは机の上にあった羊皮紙を手に取り、厳かに立ち上がった。
「本来であれば、お前は帝国法に基づき死罪となるべきだ。しかし、皇帝陛下と第二王子殿下の温情、そして我がヴェルヘイム家が長年帝国に尽くしてきた功績に免じ、特別に減刑が認められた」
アルフォンスが裏で手を回したのだろう。アッシュを生かして追放することで、ヴェルヘイム家は「罪人の弟にさえ慈悲をかける高潔な一族」という評判を得ることができる。死体よりも、生きた罪人の方が利用価値が高い。
「アッシュ・フォン・ヴェルヘイム。貴様の全ての爵位と権利を剥奪する」
父の言葉が、書斎に重く響く。
「本日ただ今をもって、貴様を帝国の北の果て、ヴァイスラントへ永久追放とする。二度と、この帝都の地を踏むことは許さん。貴様はもはや、我が息子ではない。ヴェルヘイム家の人間ではない。ただの罪人アッシュだ」
それは、家族からの完全な決別宣言だった。父との縁も、家名も、全てが奪い去られた。
「さあ、連れて行け。二度と私の前にその顔を見せるな」
グレイグはアッシュに背を向け、窓の外に視線をやった。彼の感情から「怒り」が消え、「無関心:90」という冷たい数値だけが残った。不良債権の処理が終わった、ただそれだけのことだった。
騎士たちがアッシュの腕を掴み、引きずり起こす。
アッシュは最後の最後まで、諦めきれない弟を演じた。
「父上!お待ちください!父上!」
その声は、重い扉が閉ざされる音によって無情に遮られた。
書斎には、静寂が戻った。
グレイグは振り返ることなく、静かに呟いた。
「これで、我が家の汚点は消えた」
その言葉を、アルフォンスは満足げな笑みで聞き、ベルナルドはただ黙って俯いていた。
屋敷の裏門から引き出されたアッシュは、一台の質素な囚人用の馬車に乗せられた。見送る者は誰もいない。兄たちの嘲笑と、父の冷たい視線だけが、見えない刃となって背中に突き刺さっていた。
馬車がゆっくりと動き出す。ガタガタと揺れる荷台で、アッシュは顔を上げた。絶望に染まっていたはずのその表情は、もはやどこにもなかった。
彼の赤い瞳は、燃えるような光を宿していた。
(さらばだ、偽りの家族よ)
失ったものなど、最初から何もなかった。得たものは、完全な自由と、広大な未開の地。そして、揺るぎない復讐心。
アッシュ・フォン・ヴェルヘイムは、ここで一度死んだ。そして今、ただのアッシュとして、新たな生を始める。
帝都の門が遠ざかっていく。彼の新たな物語は、この決別の瞬間から始まろうとしていた。
一夜明け、アッシュは騎士たちによって乱暴に引きずり出された。連れて行かれたのは、裁判所でも尋問室でもない。父グレイグの書斎だった。重厚なマホガニーの机を挟んで、父が玉座のように鎮座している。その両脇には、長兄アルフォンスと次兄ベルナルドが立っていた。まるで、罪人を裁く三人の審判官のようだ。
「アッシュ・フォン・ヴェルヘイム」
父の声は、冬の北風のように冷たかった。息子を呼ぶ響きはそこになく、ただ断罪されるべき罪人の名を告げているだけだった。アッシュは騎士に膝を突かされ、床に額をこすりつけさせられた。
「お前が犯した罪、万死に値する。王家に対する反逆、そして何より、我がヴェルヘイム家の誇りを地に貶めた。何か言い分はあるか」
形式的な問い。結論はすでに出ている。アッシュはスキルを発動させ、彼らの本心を探った。
父グレイグ・フォン・ヴェルヘイム。
「怒り:80」「失望:90」「安堵:70」
怒りと失望は、家の名誉が傷つけられたことに対して。そして、安堵。厄介払いができることへの、醜い安堵感がそこにあった。
長兄アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム。
「優越感:95」「満足感:90」「計算:80」
計画が完璧に成功したことへの喜び。そして、この件を利用して王家からどれだけの利益を引き出すか、すでに次の計算を始めている。
次兄ベルナルド・フォン・ヴェルヘイム。
「嫌悪:70」「軽蔑:60」「罪悪感:20」
弟への変わらぬ嫌悪と軽蔑。だが、その奥に僅かな罪悪感が燻っていた。兄のやり方への、ほんの小さな棘。だが、それは彼の行動を止めるほどの力は持たない。
(これが、俺の家族の正体か)
アッシュは心の内で嘲笑した。誰一人として、彼の無実を信じようとはしていない。いや、そもそも真実などどうでもいいのだ。彼らにとって重要なのは、ヴェルヘイム家にとって最も都合の良い物語を作り上げることだけ。
アッシュは顔を上げ、涙に濡れた瞳で父を見上げた。完璧な演技だった。
「父上!違います!僕は嵌められたのです!信じてください!」
悲痛な叫び。だが、グレイグの表情は微動だにしなかった。
「黙れ。証拠は全て揃っている。見苦しい言い訳は聞きたくない」
「アルフォンス兄上!ベルナルド兄上!僕がそんな大それたことをする人間ではないと、分かってくださるでしょう!」
アッシュは次に兄たちに縋り付くように訴えた。
アルフォンスは、悲劇の主人公を演じるかのように、痛ましげに眉を寄せた。
「アッシュ……私も信じたくはなかった。だが、証拠がお前を指し示しているのだ。出来損ないと蔑まれ、自暴自棄になったお前の心が、悪魔に囁かれたのであろう。可哀想に……」
その言葉とは裏腹に、彼の「優越感」の数値は限界まで振り切れそうになっていた。
「ふん。自業自得だ。身の程知らずが」
ベルナルドは冷たく吐き捨てるだけだった。彼の「罪悪感」は、アッシュの哀れな姿を見て、さらに小さく萎縮していく。
もはや、茶番は終わりだ。
グレイグは机の上にあった羊皮紙を手に取り、厳かに立ち上がった。
「本来であれば、お前は帝国法に基づき死罪となるべきだ。しかし、皇帝陛下と第二王子殿下の温情、そして我がヴェルヘイム家が長年帝国に尽くしてきた功績に免じ、特別に減刑が認められた」
アルフォンスが裏で手を回したのだろう。アッシュを生かして追放することで、ヴェルヘイム家は「罪人の弟にさえ慈悲をかける高潔な一族」という評判を得ることができる。死体よりも、生きた罪人の方が利用価値が高い。
「アッシュ・フォン・ヴェルヘイム。貴様の全ての爵位と権利を剥奪する」
父の言葉が、書斎に重く響く。
「本日ただ今をもって、貴様を帝国の北の果て、ヴァイスラントへ永久追放とする。二度と、この帝都の地を踏むことは許さん。貴様はもはや、我が息子ではない。ヴェルヘイム家の人間ではない。ただの罪人アッシュだ」
それは、家族からの完全な決別宣言だった。父との縁も、家名も、全てが奪い去られた。
「さあ、連れて行け。二度と私の前にその顔を見せるな」
グレイグはアッシュに背を向け、窓の外に視線をやった。彼の感情から「怒り」が消え、「無関心:90」という冷たい数値だけが残った。不良債権の処理が終わった、ただそれだけのことだった。
騎士たちがアッシュの腕を掴み、引きずり起こす。
アッシュは最後の最後まで、諦めきれない弟を演じた。
「父上!お待ちください!父上!」
その声は、重い扉が閉ざされる音によって無情に遮られた。
書斎には、静寂が戻った。
グレイグは振り返ることなく、静かに呟いた。
「これで、我が家の汚点は消えた」
その言葉を、アルフォンスは満足げな笑みで聞き、ベルナルドはただ黙って俯いていた。
屋敷の裏門から引き出されたアッシュは、一台の質素な囚人用の馬車に乗せられた。見送る者は誰もいない。兄たちの嘲笑と、父の冷たい視線だけが、見えない刃となって背中に突き刺さっていた。
馬車がゆっくりと動き出す。ガタガタと揺れる荷台で、アッシュは顔を上げた。絶望に染まっていたはずのその表情は、もはやどこにもなかった。
彼の赤い瞳は、燃えるような光を宿していた。
(さらばだ、偽りの家族よ)
失ったものなど、最初から何もなかった。得たものは、完全な自由と、広大な未開の地。そして、揺るぎない復讐心。
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