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第二十話:芽吹きの時
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ガイウスによる地獄の訓練が始まってから、二週間が過ぎた。ヴァイスラントの空気は、以前とはまるで別物になっていた。若者たちの顔つきは精悍さを増し、その目には絶望の代わりに闘志が宿るようになった。彼らはガイウスを鬼教官と恐れながらも、その圧倒的な実力と的確な指導に絶大な信頼を寄せていた。ボルグは若者たちのリーダーとして、誰よりも熱心に訓練に打ち込み、ガイウスの一番弟子のような存在になっていた。
村全体にも活気が戻ってきた。女たちは義勇兵たちのために食事を作り、老人たちは錆びついた農具を研いで即席の武器へと作り変える。誰もが、自分の役割を見つけ、戦いに参加していた。盗賊への「恐怖」は、仲間と共にあるという「連帯感」と、勝利への「期待」によって、少しずつ薄らいでいった。
そして、季節はヴァイスラントに束の間の春を告げようとしていた。固く凍てついていた大地から、雪解け水が染み出し、日差しは僅かながらも暖かみを帯び始める。
その日、アッシュは館の自室で、ジョセフが集めてきた最後の種を吟味していた。それは、この世界の寒冷地に自生するという、カブに似た根菜の種だった。前世の知識によれば、カブは比較的低温でも発芽し、成長も早い。賭けの期限である一月以内に「芽吹かせる」という条件を満たすには、最適の作物だった。
「アッシュ様、温室の準備が全て整いました」
ジョセフが恭しく報告する。
アッシュは頷くと、種を持って外へ出た。村の中央に建てられた温室は、もはや誰もが知るヴァイスラントの象徴となっていた。木の骨組みに、動物の腸膜を幾重にも張り合わせた壁。不格好ではあるが、外の冷たい風を完全に遮断し、中の空気を穏やかに保っている。内部の地面には、村中の家畜の糞を集めて作った堆肥が混ぜ込まれ、痩せた土壌を改良していた。
アッシュが温室の中に入ると、外とは全く違う空気に包まれた。陽光が半透明の膜を通して降り注ぎ、中の気温は外よりも明らかに高い。まるで、小さな春がそこだけ訪れたかのようだった。
「……暖かい」
後からついてきたサイモンが、驚きの声を上げた。
「本当に、太陽の光だけでこれほど変わるものなのか……」
アッシュは、改良された土に丁寧に指で穴を開け、一粒一粒、種を蒔いていった。その様子を、いつの間にか集まっていた領民たちが、固唾を飲んで見守っていた。彼らの感情は、「期待:70」「懐疑:30」。ガイウスの訓練によってアッシュへの信頼は増していたが、この奇妙な建物が本当に作物を育むのか、まだ半信半疑だった。
種蒔きを終えたアッシュは、集まった人々に向き直った。
「あとは、芽吹くのを待つだけだ。それまでは、我々のもう一つの戦いに集中する」
その言葉通り、村の関心は再び盗賊討伐へと移っていった。ガイウスの訓練はさらに実践的なものとなり、若者たちは連携戦術や奇襲の仕方を学んでいった。アッシュは、彼らの訓練の様子を観察しながら、ガイウスと共に入念な作戦を練り上げていた。
そして、種を蒔いてから、一週間が過ぎた。
その朝、温室の管理を任されていた老婆が、血相を変えてアッシュの元へ駆け込んできた。
「で、出ました!アッシュ様!」
彼女の感情は「興奮:95」「歓喜:90」。
アッシュは、彼女に導かれて温室へと向かった。その報せは瞬く間に村中に広まり、訓練中だった義勇兵たちも、他の領民たちも、次々と温室の周りに集まってきた。
アッシュが温室の中に入り、土に目をやった瞬間。
そこに、奇跡はあった。
黒い土の表面を突き破って、いくつもの小さな、しかし力強い緑色の双葉が顔を出していたのだ。それは、この灰色の世界に灯った、生命の光そのものだった。
「おお……!」
「芽が出てる……本当に芽が出たぞ!」
「嘘だろ……冬が終わる前に、作物の芽が……」
温室を覗き込んだ領民たちから、どよめきと歓声が上がった。彼らの感情が爆発する。「驚愕:95」「歓喜:100」「希望:80」。そして、アッシュに向けられる感情は、もはや「信頼」を通り越し、「畏敬」の念に変わっていた。
ボルグは、その小さな双葉を、まるで信じられないものでも見るかのように、食い入るように見つめていた。彼の感情ウィンドウが激しく点滅し、やがて彼はアッシュの前に進み出ると、その場に深く膝をついた。
「……俺の負けだ、アッシュ」
彼の声は、震えていた。
「あんたは、ただの領主様じゃねえ。俺たちの……俺たちの、リーダーだ。これからは、この命、あんたに預ける。好きに使ってくれ」
ボルグの「忠誠心:90」という、燃えるように熱い数値が、アッシュの目に映った。
ボルグが膝をついたのを皮切りに、その場にいた義勇兵たちも、そして他の領民たちも、次々とアッシュの前にひざまずいていった。それは、恐怖や義務による服従ではない。心からの尊敬と、未来への希望が生み出した、真の忠誠の誓いだった。
サイモンは、その光景を呆然と見つめていた。一人の少年が、たった一月で、絶望の淵にいた人々の心を完全に掌握してしまった。自分が信じてきた騎士道や正義とは全く違うやり方で。しかし、その結果、人々は確かに救われようとしている。
アッシュは、ひざまずく人々を見下ろした。彼の表情は、変わらず静かだった。
「顔を上げろ」
その声に、人々はおずおずと顔を上げる。
「賭けには勝った。だが、戦いはまだ終わっていない。我々が本当に手に入れるべきは、この小さな芽ではない。自分たちの手で、自分たちの未来を守り抜く力だ」
アッシュは、盗賊団の根城がある北西の渓谷を指差した。
「時は来た。奪われたものを取り返しに行くぞ。我々の手で、この地に本当の春を呼び込むんだ」
その言葉に、領民たちは地鳴りのような雄叫びで応えた。
「「「オオオオオオッ!!」」」
それは、絶望からの解放を告げる、産声にも似た雄叫びだった。
ヴァイスラントは、ついに一つになった。芽吹きの時は、反撃の狼煙でもあったのだ。
村全体にも活気が戻ってきた。女たちは義勇兵たちのために食事を作り、老人たちは錆びついた農具を研いで即席の武器へと作り変える。誰もが、自分の役割を見つけ、戦いに参加していた。盗賊への「恐怖」は、仲間と共にあるという「連帯感」と、勝利への「期待」によって、少しずつ薄らいでいった。
そして、季節はヴァイスラントに束の間の春を告げようとしていた。固く凍てついていた大地から、雪解け水が染み出し、日差しは僅かながらも暖かみを帯び始める。
その日、アッシュは館の自室で、ジョセフが集めてきた最後の種を吟味していた。それは、この世界の寒冷地に自生するという、カブに似た根菜の種だった。前世の知識によれば、カブは比較的低温でも発芽し、成長も早い。賭けの期限である一月以内に「芽吹かせる」という条件を満たすには、最適の作物だった。
「アッシュ様、温室の準備が全て整いました」
ジョセフが恭しく報告する。
アッシュは頷くと、種を持って外へ出た。村の中央に建てられた温室は、もはや誰もが知るヴァイスラントの象徴となっていた。木の骨組みに、動物の腸膜を幾重にも張り合わせた壁。不格好ではあるが、外の冷たい風を完全に遮断し、中の空気を穏やかに保っている。内部の地面には、村中の家畜の糞を集めて作った堆肥が混ぜ込まれ、痩せた土壌を改良していた。
アッシュが温室の中に入ると、外とは全く違う空気に包まれた。陽光が半透明の膜を通して降り注ぎ、中の気温は外よりも明らかに高い。まるで、小さな春がそこだけ訪れたかのようだった。
「……暖かい」
後からついてきたサイモンが、驚きの声を上げた。
「本当に、太陽の光だけでこれほど変わるものなのか……」
アッシュは、改良された土に丁寧に指で穴を開け、一粒一粒、種を蒔いていった。その様子を、いつの間にか集まっていた領民たちが、固唾を飲んで見守っていた。彼らの感情は、「期待:70」「懐疑:30」。ガイウスの訓練によってアッシュへの信頼は増していたが、この奇妙な建物が本当に作物を育むのか、まだ半信半疑だった。
種蒔きを終えたアッシュは、集まった人々に向き直った。
「あとは、芽吹くのを待つだけだ。それまでは、我々のもう一つの戦いに集中する」
その言葉通り、村の関心は再び盗賊討伐へと移っていった。ガイウスの訓練はさらに実践的なものとなり、若者たちは連携戦術や奇襲の仕方を学んでいった。アッシュは、彼らの訓練の様子を観察しながら、ガイウスと共に入念な作戦を練り上げていた。
そして、種を蒔いてから、一週間が過ぎた。
その朝、温室の管理を任されていた老婆が、血相を変えてアッシュの元へ駆け込んできた。
「で、出ました!アッシュ様!」
彼女の感情は「興奮:95」「歓喜:90」。
アッシュは、彼女に導かれて温室へと向かった。その報せは瞬く間に村中に広まり、訓練中だった義勇兵たちも、他の領民たちも、次々と温室の周りに集まってきた。
アッシュが温室の中に入り、土に目をやった瞬間。
そこに、奇跡はあった。
黒い土の表面を突き破って、いくつもの小さな、しかし力強い緑色の双葉が顔を出していたのだ。それは、この灰色の世界に灯った、生命の光そのものだった。
「おお……!」
「芽が出てる……本当に芽が出たぞ!」
「嘘だろ……冬が終わる前に、作物の芽が……」
温室を覗き込んだ領民たちから、どよめきと歓声が上がった。彼らの感情が爆発する。「驚愕:95」「歓喜:100」「希望:80」。そして、アッシュに向けられる感情は、もはや「信頼」を通り越し、「畏敬」の念に変わっていた。
ボルグは、その小さな双葉を、まるで信じられないものでも見るかのように、食い入るように見つめていた。彼の感情ウィンドウが激しく点滅し、やがて彼はアッシュの前に進み出ると、その場に深く膝をついた。
「……俺の負けだ、アッシュ」
彼の声は、震えていた。
「あんたは、ただの領主様じゃねえ。俺たちの……俺たちの、リーダーだ。これからは、この命、あんたに預ける。好きに使ってくれ」
ボルグの「忠誠心:90」という、燃えるように熱い数値が、アッシュの目に映った。
ボルグが膝をついたのを皮切りに、その場にいた義勇兵たちも、そして他の領民たちも、次々とアッシュの前にひざまずいていった。それは、恐怖や義務による服従ではない。心からの尊敬と、未来への希望が生み出した、真の忠誠の誓いだった。
サイモンは、その光景を呆然と見つめていた。一人の少年が、たった一月で、絶望の淵にいた人々の心を完全に掌握してしまった。自分が信じてきた騎士道や正義とは全く違うやり方で。しかし、その結果、人々は確かに救われようとしている。
アッシュは、ひざまずく人々を見下ろした。彼の表情は、変わらず静かだった。
「顔を上げろ」
その声に、人々はおずおずと顔を上げる。
「賭けには勝った。だが、戦いはまだ終わっていない。我々が本当に手に入れるべきは、この小さな芽ではない。自分たちの手で、自分たちの未来を守り抜く力だ」
アッシュは、盗賊団の根城がある北西の渓谷を指差した。
「時は来た。奪われたものを取り返しに行くぞ。我々の手で、この地に本当の春を呼び込むんだ」
その言葉に、領民たちは地鳴りのような雄叫びで応えた。
「「「オオオオオオッ!!」」」
それは、絶望からの解放を告げる、産声にも似た雄叫びだった。
ヴァイスラントは、ついに一つになった。芽吹きの時は、反撃の狼煙でもあったのだ。
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