無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第二十一話:夜襲

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温室の双葉がもたらした熱狂は、ヴァイスラントを一つの軍隊へと変えた。希望という名の燃料を注がれた領民たちの士気は、今や最高潮に達している。アッシュは、この熱が冷めやらぬうちに、次なる一手を打つことを決断した。

領主の館の一室が、即席の作戦司令室となっていた。机の上に広げられた手製の地図を、アッシュ、ガイウス、サイモン、そしてボルグが囲んでいる。

「敵の数は、斥候の報告によればおよそ三十。我々の義勇兵は二十名。数では劣るが、練度と士気はこちらが上だ」
ガイウスの隻腕が、地図上の渓谷――盗賊団のアジトを力強く指し示す。彼の声には、将としての自信がみなぎっていた。

「奴らは我々を完全に見下している。食料を奪ったばかりで、まさかすぐに反撃してくるとは夢にも思うまい。この油断こそが、我々の最大の勝機だ」

作戦は、奇襲を基本としていた。
「ボルグ。お前は五名の兵を率い、陽動を仕掛ける」
ガイウスの言葉に、ボルグは緊張した面持ちで頷いた。
「正面から松明を掲げ、大声で騒ぎ立てろ。敵の注意を可能な限り引きつけるんだ。だが、決して深入りはするな。お前たちの役目は、敵を釘付けにすることだ」
「……分かった」
ボルグの感情には、「緊張:70」と共に、重要な役目を任されたことへの「責任感:80」が燃えていた。

「サイモン殿」
ガイウスは次にサイモンを見た。
「貴殿には、残りの兵の指揮を任せる。ボルグ隊が騒いでいる隙に、この獣道を使って崖を登り、アジトの裏手へ回り込め。そこから一斉に突入し、奴らの寝床と食料庫に火を放て。混乱を引き起こし、敵の戦意を内側から削ぐ」
「承知した」
サイモンは静かに頷いた。彼の感情は、騎士としての「義務感:90」で満ちている。

「そして、俺は単独で動く」
ガイウスは、地図上の一点、アジトの中心にあるであろうリーダーのテントを指した。
「混乱に乗じて、蛇の頭を直接叩く」
その言葉には、絶対的な自信が込められていた。

「俺は、ジョセフと共に後方のこの丘で待機する」
アッシュが作戦を締めくくった。
「戦場全体を見渡し、狼煙で合図を送る。撤退の判断も俺が下す。いいか、今回の目的は盗賊団の壊滅だが、最優先事項は全員が生きて帰ることだ。無謀な突撃は許さん」

その冷静な言葉が、昂っていた若者たちの心をわずかに落ち着かせた。

作戦会議が終わり、出撃は新月の夜と決まった。
その夜、村は静かな興奮と不安に包まれていた。義勇兵たちは、それぞれの家で家族と最後の食事をとっていた。息子を、夫を、父を戦場へ送り出す女たちの目には、涙と祈りが浮かんでいる。

出撃の刻限。義勇兵たちが、広場に整列した。彼らの手には、研ぎ澄まされた農具や、古びた剣が握られている。その顔には、初陣を前にした若者特有の緊張と恐怖が浮かんでいた。だが、彼らの感情はそれだけではなかった。「仲間への信頼」「ガイウスへの信頼」、そして「アッシュへの期待」。それらの正の感情が、恐怖を上回ろうとしていた。

アッシュは、彼らの前に立った。鼓舞するような熱弁はしない。
「死ぬな」
ただ、それだけを言った。
「勝利は重要だ。だが、お前たちの命より重い勝利などない。必ず、生きてこの場所へ帰ってこい。以上だ」

そのあまりにも短い言葉が、逆に彼らの胸を打った。この若きリーダーは、自分たちを使い捨ての駒だと思ってはいない。その事実が、彼らの心を奮い立たせた。

「「「応!!」」」
短い雄叫びが、夜の闇に響いた。

義勇兵たちは、ガイウス、サイモン、ボルグに率いられ、音もなく村を出発した。見送りに来た老人や女たちは、その背中が見えなくなるまで、ただ静かに祈りを捧げていた。

闇夜の中の行軍は、困難を極めた。だが、土地勘のあるボルグの先導により、一行は予定通り、夜半過ぎに盗賊団のアジトである渓谷に到着した。岩陰に身を潜め、アジトの様子を窺う。

そこには、ガイウスの言った通りの光景が広がっていた。焚き火を囲み、奪った酒を飲み交わす盗賊たちの姿。彼らの高笑いが、風に乗って聞こえてくる。見張りはいるものの、その目は節穴同然で、仲間との談笑に夢中になっていた。彼らの感情は、アッシュが後方からスキルで捉えた通り、「油断:95」「慢心:90」に満ちていた。

ガイウスが、静かに合図を送る。作戦開始だ。
ボルグはごくりと唾を飲み込むと、仲間たちと共に松明に火を灯した。
「行くぞ、野郎ども!ヴァイスラントの怒り、思い知らせてやれ!」

ボルグの叫びを皮切りに、五本の松明が闇夜を切り裂き、雄叫びと共にアジトの正面へと突進していった。
「な、何だ!?」
「敵襲だ!敵襲だ!」

盗賊たちは、一瞬の混乱の後、慌てて武器を手に取った。
「たった五人か!なめやがって!全員で叩き潰せ!」
リーダー格の男が吼え、ほとんどの盗賊がボルグたちの方へと殺到していく。

敵の注意が完全に正面へと引きつけられた。
「今だ!行け!」
サイモンの号令で、彼の部隊が闇に紛れて崖を駆け上がる。その動きは、ガイウスの訓練によって鍛え上げられた、無駄のない統率されたものだった。

そして、ガイウス自身は、まるで闇に溶け込むように、誰にも気づかれずに一人、別の影へと滑り込んでいった。

後方の丘の上で、アッシュはその全ての光景を冷静に見つめていた。戦況は、今のところ完全にこちらの筋書き通りに進んでいる。

だが、その時。
アッシュは、スキルを通じて奇妙な感情の反応を捉えた。それは、アジトの奥深く、洞窟の中から発せられていた。戦闘の興奮や混乱とは全く異なる、冷え切った感情。

「警戒:95」「殺意:90」「静観:80」

まるで、全てを予期していたかのような、静かな殺意。
盗賊団のリーダーの感情ではない。彼は今、正面でボルグたちを相手に「怒り」と「侮蔑」の感情を剥き出しにしている。

(誰だ……?アジトの奥に、もう一人、何かがいる)

それは、作戦にはない、完全に想定外の要素だった。
ただの盗賊団ではないのか?あるいは、この襲撃すらも、何者かの掌の上なのか?

アッシュの額に、冷たい汗が一筋流れた。順調に見えた作戦の裏で、見えざる脅威が、静かに牙を研いでいた。
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