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第二十二話:見えざる敵
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ボルグの陽動は、予想以上の効果を上げていた。彼はガイウスの教えを忠実に守り、決して深入りしない。松明を投げつけて敵の視界を奪い、即席の槍で牽制し、すぐに後退する。その一撃離脱の戦法は、数を頼みに突進してくるだけの盗賊たちを効果的に翻弄した。
「怯むな!囲んでしまえ!」
リーダーの怒声が響くが、ボルグたちは訓練通りに距離を保ち続ける。彼らの動きはもはや、ただの村人ではなかった。
その隙を突き、サイモン率いる本隊はアジトの裏手から雪崩れ込んだ。
「食料庫と寝床を狙え!火を放て!」
サイモンの号令一下、松明が次々と投げ込まれる。乾燥した藁と木材でできた粗末な小屋は、瞬く間に炎を噴き上げた。
「うわああ!火事だ!」
「水だ!水をかけろ!」
「食料が!俺たちの酒が!」
アジトは、地獄の釜が開いたような大混乱に陥った。ボルグたちを追っていた盗賊たちも、背後から上がった火の手を見て狼狽し、その動きが鈍る。計画は完璧に進んでいた。
後方の丘の上で、アッシュはその光景を冷静に見つめていた。彼の視界の端には、混乱と恐怖に染まった盗賊たちの感情が、赤い数値となって明滅している。勝利は目前のはずだった。
だが、あの異質な感情は消えない。
アジトの奥深く、洞窟の中から発せられる氷のように冷たい「殺意」と「警戒」。それは、周囲のパニックとは無縁に、ただ静かにこちらを観察しているようだった。
(罠か……?いや、違う。この反応は、獲物を待つ狩人のものだ)
アッシュの背筋に、冷たいものが走った。この夜襲は、敵にとって想定内だったのかもしれない。あるいは、この混乱そのものが、敵の望む状況なのか。
その狩人の狙いは誰だ。兵を率いるサイモンか。陽動役のボルグか。いや、違う。この状況で最も価値のある獲物は、ただ一人。
「ガイウス……!」
アッシュは、闇に紛れてリーダーのテントへと向かう、隻腕の将の姿を脳裏に描いた。彼こそが、この戦いの要。彼を失えば、ヴァイスラントは全てを失う。
炎と煙が渦巻くアジトの中を、ガイウスは亡霊のように進んでいた。彼の歴戦の勘が、この戦場の異様さを告げていた。混乱しているはずの敵の動きに、どこか統制が取れているような不自然さを感じる。まるで、誰かが意図的に混乱を演出し、自分を奥へと誘い込んでいるかのように。
やがて、彼はアジトで最も大きいテントの前にたどり着いた。ここがリーダーの寝床だろう。中からは、人の気配がする。
ガイウスは躊躇なく、錆びた長剣でテントの入り口を切り裂いた。
中にいたのは、昨夜村を襲ったリーダーの男だった。彼は椅子に腰掛け、まるで客人を待っていたかのように、ガイウスに笑いかけた。
「ようやく来たか、元『帝国の獅子』よ。随分と手間取らせてくれる」
その落ち着き払った態度に、ガイウスは眉をひそめた。
「貴様、何者だ。ただの盗賊ではないな」
男の感情を、アッシュは遠く離れた丘の上から読み取っていた。「嘲笑:80」「優越感:90」。そして、その奥に潜む、冷たい「殺意:95」。洞窟から感じていた感情の主は、この男だったのだ。
「名乗るほどの者ではないさ。だが、お前のような大物が、こんな辺境で死ぬのは惜しいと思ってな」
男はゆっくりと立ち上がり、腰に提げた歪な形状の剣を抜いた。その剣身は、月明かりを吸い込むかのように鈍く黒光りしている。
次の瞬間、男の姿が掻き消えた。
「!?」
ガイウスは咄嗟に剣を掲げる。甲高い金属音が響き、彼の体に衝撃が走った。男は、信じられないほどの速度で間合いを詰め、ガイウスの死角から一撃を放っていたのだ。
「ほう、今のを防ぐか。さすがだな」
男は楽しそうに笑う。
ガイウスの額に、脂汗が滲んだ。強い。隻腕のハンデを差し引いても、今まで対峙した誰よりも速く、そして重い。
剣戟が、狭いテントの中で火花を散らす。ガイウスは老練な剣技で猛攻を凌ぐが、防戦一方だった。男はガイウスの失われた左腕側を執拗に攻め立て、巧みに体勢を崩してくる。
(こいつ、俺が隻腕だと知っていたのか……!?)
戦いながら、ガイウスの思考は加速する。この男の動きは、ただ速いだけではない。獣のようなしなやかさと、人間離れした瞬発力。まるで、何らかの力で身体能力を強化しているかのようだ。
「どうした、獅子も老いたか!」
男の黒い剣が、ガイウスの防御をこじ開け、その肩を浅く切り裂いた。血が滲み、ガイウスの顔が苦痛に歪む。
後方の丘。アッシュは、スキルを通じてガイウスが負傷したことを察知した。ガイウスの感情に「焦り」と「痛み」という危険な信号が灯っている。
(これ以上は危険だ……!撤退させなければ!)
アッシュは傍らに控えるジョセフに叫んだ。
「ジョセフ!撤退の狼煙を!今すぐにだ!」
「は、はい!」
ジョセフは慌てて、準備していた赤い煙を出す狼煙に火をつけた。
だが、その煙が夜空に立ち上るよりも早く、戦況は最悪の局面を迎えていた。
テントの中で、追い詰められたガイウスは、起死回生の一撃を狙って大きく踏み込んだ。だが、それは男が張っていた罠だった。
「もらった」
男は笑い、ガイウスの剣を紙一重でかわすと、その懐に深く潜り込んだ。そして、彼の黒い剣が、ガイウスの腹部を深く、深く貫いた。
「ぐ……ぉ……っ」
ガイウスの口から、赤黒い血が溢れ出す。彼の巨体が、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちていった。
男は、倒れゆく伝説の英雄を、冷たい目で見下ろしていた。
その時、夜空に赤い狼煙が上がった。撤退の合図だ。
男は空を一瞥すると、ちっと舌打ちした。
「……まあ、いい。目的は果たした」
彼はそう呟くと、ガイウスにとどめを刺すことなく、テントの裏を切り裂いて闇の中へと姿を消した。
丘の上で、アッシュはその全てを見ていた。ガイウスの感情の光が、急速に弱まっていくのを。
「ガイウス……!」
アッシュの口から、珍しく感情の乗った声が漏れた。
計画は、最後の最後で、見えざる敵によって覆された。勝利の目前で突きつけられたのは、最も信頼する将の、絶体絶命の危機だった。
「怯むな!囲んでしまえ!」
リーダーの怒声が響くが、ボルグたちは訓練通りに距離を保ち続ける。彼らの動きはもはや、ただの村人ではなかった。
その隙を突き、サイモン率いる本隊はアジトの裏手から雪崩れ込んだ。
「食料庫と寝床を狙え!火を放て!」
サイモンの号令一下、松明が次々と投げ込まれる。乾燥した藁と木材でできた粗末な小屋は、瞬く間に炎を噴き上げた。
「うわああ!火事だ!」
「水だ!水をかけろ!」
「食料が!俺たちの酒が!」
アジトは、地獄の釜が開いたような大混乱に陥った。ボルグたちを追っていた盗賊たちも、背後から上がった火の手を見て狼狽し、その動きが鈍る。計画は完璧に進んでいた。
後方の丘の上で、アッシュはその光景を冷静に見つめていた。彼の視界の端には、混乱と恐怖に染まった盗賊たちの感情が、赤い数値となって明滅している。勝利は目前のはずだった。
だが、あの異質な感情は消えない。
アジトの奥深く、洞窟の中から発せられる氷のように冷たい「殺意」と「警戒」。それは、周囲のパニックとは無縁に、ただ静かにこちらを観察しているようだった。
(罠か……?いや、違う。この反応は、獲物を待つ狩人のものだ)
アッシュの背筋に、冷たいものが走った。この夜襲は、敵にとって想定内だったのかもしれない。あるいは、この混乱そのものが、敵の望む状況なのか。
その狩人の狙いは誰だ。兵を率いるサイモンか。陽動役のボルグか。いや、違う。この状況で最も価値のある獲物は、ただ一人。
「ガイウス……!」
アッシュは、闇に紛れてリーダーのテントへと向かう、隻腕の将の姿を脳裏に描いた。彼こそが、この戦いの要。彼を失えば、ヴァイスラントは全てを失う。
炎と煙が渦巻くアジトの中を、ガイウスは亡霊のように進んでいた。彼の歴戦の勘が、この戦場の異様さを告げていた。混乱しているはずの敵の動きに、どこか統制が取れているような不自然さを感じる。まるで、誰かが意図的に混乱を演出し、自分を奥へと誘い込んでいるかのように。
やがて、彼はアジトで最も大きいテントの前にたどり着いた。ここがリーダーの寝床だろう。中からは、人の気配がする。
ガイウスは躊躇なく、錆びた長剣でテントの入り口を切り裂いた。
中にいたのは、昨夜村を襲ったリーダーの男だった。彼は椅子に腰掛け、まるで客人を待っていたかのように、ガイウスに笑いかけた。
「ようやく来たか、元『帝国の獅子』よ。随分と手間取らせてくれる」
その落ち着き払った態度に、ガイウスは眉をひそめた。
「貴様、何者だ。ただの盗賊ではないな」
男の感情を、アッシュは遠く離れた丘の上から読み取っていた。「嘲笑:80」「優越感:90」。そして、その奥に潜む、冷たい「殺意:95」。洞窟から感じていた感情の主は、この男だったのだ。
「名乗るほどの者ではないさ。だが、お前のような大物が、こんな辺境で死ぬのは惜しいと思ってな」
男はゆっくりと立ち上がり、腰に提げた歪な形状の剣を抜いた。その剣身は、月明かりを吸い込むかのように鈍く黒光りしている。
次の瞬間、男の姿が掻き消えた。
「!?」
ガイウスは咄嗟に剣を掲げる。甲高い金属音が響き、彼の体に衝撃が走った。男は、信じられないほどの速度で間合いを詰め、ガイウスの死角から一撃を放っていたのだ。
「ほう、今のを防ぐか。さすがだな」
男は楽しそうに笑う。
ガイウスの額に、脂汗が滲んだ。強い。隻腕のハンデを差し引いても、今まで対峙した誰よりも速く、そして重い。
剣戟が、狭いテントの中で火花を散らす。ガイウスは老練な剣技で猛攻を凌ぐが、防戦一方だった。男はガイウスの失われた左腕側を執拗に攻め立て、巧みに体勢を崩してくる。
(こいつ、俺が隻腕だと知っていたのか……!?)
戦いながら、ガイウスの思考は加速する。この男の動きは、ただ速いだけではない。獣のようなしなやかさと、人間離れした瞬発力。まるで、何らかの力で身体能力を強化しているかのようだ。
「どうした、獅子も老いたか!」
男の黒い剣が、ガイウスの防御をこじ開け、その肩を浅く切り裂いた。血が滲み、ガイウスの顔が苦痛に歪む。
後方の丘。アッシュは、スキルを通じてガイウスが負傷したことを察知した。ガイウスの感情に「焦り」と「痛み」という危険な信号が灯っている。
(これ以上は危険だ……!撤退させなければ!)
アッシュは傍らに控えるジョセフに叫んだ。
「ジョセフ!撤退の狼煙を!今すぐにだ!」
「は、はい!」
ジョセフは慌てて、準備していた赤い煙を出す狼煙に火をつけた。
だが、その煙が夜空に立ち上るよりも早く、戦況は最悪の局面を迎えていた。
テントの中で、追い詰められたガイウスは、起死回生の一撃を狙って大きく踏み込んだ。だが、それは男が張っていた罠だった。
「もらった」
男は笑い、ガイウスの剣を紙一重でかわすと、その懐に深く潜り込んだ。そして、彼の黒い剣が、ガイウスの腹部を深く、深く貫いた。
「ぐ……ぉ……っ」
ガイウスの口から、赤黒い血が溢れ出す。彼の巨体が、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちていった。
男は、倒れゆく伝説の英雄を、冷たい目で見下ろしていた。
その時、夜空に赤い狼煙が上がった。撤退の合図だ。
男は空を一瞥すると、ちっと舌打ちした。
「……まあ、いい。目的は果たした」
彼はそう呟くと、ガイウスにとどめを刺すことなく、テントの裏を切り裂いて闇の中へと姿を消した。
丘の上で、アッシュはその全てを見ていた。ガイウスの感情の光が、急速に弱まっていくのを。
「ガイウス……!」
アッシュの口から、珍しく感情の乗った声が漏れた。
計画は、最後の最後で、見えざる敵によって覆された。勝利の目前で突きつけられたのは、最も信頼する将の、絶体絶命の危機だった。
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