無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

文字の大きさ
58 / 100

第五十八話:長兄の稚拙な罠

しおりを挟む
アッシュが帝都で着実に影響力を増していく一方で、長兄アルフォンスの焦りは日に日に募り、やがて具体的な憎悪へと変わっていった。自分が築き上げてきた派閥は揺らぎ、これまで自分を称賛していた者たちが今や弟の周りに集まっている。その屈辱は、完璧な貴公子である彼のプライドをズタズタに引き裂いていた。

(あの出来損ないめが……! 俺から全てを奪うつもりか!)
アルフォンスの感情は、「憎悪:95」「焦り:90」。彼はアッシュを社会的に抹殺するための新たな陰謀を企て始めた。

アルフォンスが目をつけたのは、アッシュの急すぎる出世とその謎に満ちた資金源だった。
「辺境の不毛の地が、これほど短期間で復興するなどあり得ん。奴は何か汚い手を使っているに違いない。例えばグランツ帝国との密貿易とかな」
執務室で腹心の部下たちを前に、アルフォンスは自らの推測を語った。それはかつて彼がアッシュを陥れるために描いた筋書きの焼き直しに過ぎなかった。

彼の計画は単純だった。
アッシュが密貿易を行っているという偽の証拠を捏造し、それを皇帝に密告する。同時に帝都中に悪意に満ちた噂を流し、英雄としての彼の名声を地に堕とす。一度失った民衆の支持はそう簡単には戻らない。

「アッシュの評判を落とすためのスキャンダルをでっち上げろ。女関係がいいだろう。奴が夜な夜な娼館に入り浸っているとでも吹聴しろ。証拠となる証人も、金でいくらでも買えるはずだ」
アルフォンスは次々と汚い手を指示した。彼の感情には、弟への憎悪からくる「残虐性」が滲み出ている。

だが、アルフォンスは知らなかった。
彼が執務室で交わす会話の全てが、壁一枚隔てた隣の部屋で掃除夫に扮したアッシュの部下によって盗聴されていることを。
彼が買収しようとした娼婦が、すでにアッシュの情報網の一員であり、その計画を逐一報告していることを。
そして、彼が捏造しようとしている密貿易の証拠が、アッシュが意図的に流した偽情報に基づいていることを。

アッシュは兄が自分の手のひらの上で踊っているのを、まるでチェス盤を眺めるかのように楽しんでいた。
「……稚拙だな、兄上。もう少し捻りのある手を打ってくるかと思ったが」
『北風商会』の地下室で、次々と集まってくる報告を読みながらアッシュは退屈そうに呟いた。

兄の罠はあまりにも見え透いていた。だがアッシュはそれを事前に潰すような無粋な真似はしなかった。
彼はこの稚拙な罠を逆手に取ることにした。兄の攻撃を、自分をさらに高く押し上げるための最高の踏み台として利用するのだ。

数日後、帝都の酒場や社交界でアッシュに関する悪意に満ちた噂が囁かれ始めた。
「アッシュ侯爵はグランツ帝国と裏で繋がっているらしいぞ」
「領地の復興資金は密貿易で得た汚い金だとか」
「毎晩のように、素性の知れぬ女を屋敷に連れ込んでいるそうだ」

噂は瞬く間に広がった。民衆の熱狂は移ろいやすい。英雄への称賛は、あっという間に疑惑の目へと変わっていった。アッシュに向けられる感情に、「不信」や「失望」といった負の数値が混じり始める。

セレスティアはその状況に憤った。
「アルフォンス卿はなんて卑劣な……! すぐに噂を打ち消すべきよ! あなたの潔白を私が証明してあげるわ!」
彼女の「正義感」が燃え上がっていた。

「その必要はない」
アッシュは冷静に彼女を制した。
「火のない所に煙は立たない。無理に打ち消そうとすれば、逆に噂の信憑性を高めるだけだ」

「じゃあ、このまま黙って見ているとでも言うの!?」

「まさか」
アッシュの口元に冷たい笑みが浮かんだ。
「火がないのなら、別の場所にもっと大きな火事を起こしてやればいい。そうすれば皆の興味はそちらに移る」

アッシュは改革派のリーダーであるキルヒアイスを通じて、帝都で最も影響力のある新聞社に一つの「記事」をリークした。

その翌日、帝都中に配られた新聞の一面には衝撃的な見出しが躍っていた。
『悲劇の英雄アッシュ侯爵、兄の嫉妬に苦悩か!?――凱旋の裏で、家族との埋められぬ溝』

記事の内容は、アッシュを徹底的に悲劇の主人公として描くものだった。
国を救うという大功を立てながらも、その功績を兄に妬まれ家族から孤立している若き英雄。
彼にかけられている密貿易や女性問題の疑惑は、全て彼を失脚させようとする兄アルフォンスの派閥による卑劣な陰謀である、と。

記事には、夜会でのアルフォンスのアッシュに対する侮辱的な言動や、ヴェルヘイム家がアッシュを冷遇しているという「匿名の使用人」の証言までが詳細に記されていた。
もちろん、その全てがアッシュが意図的にリークした情報だった。

この記事は帝都の世論を一夜にしてひっくり返した。
民衆の感情はアッシュへの「疑惑」から深い「同情」と、アルフォンスに対する「怒り」へと一変した。
「なんてことだ! アッシュ様はご家族から酷い仕打ちを受けていたのか!」
「アルフォンス様こそ嫉妬深い卑劣な男だったんだ!」
「頑張れアッシュ様! 俺たちはあんたの味方だ!」

アッシュに向けられる「同情」と「応援」の感情は、以前の熱狂よりもさらに強固で熱を帯びたものとなった。

アルフォンスの計画は完璧に粉砕された。それどころか彼の悪評が帝都中に広まり、彼の派閥の貴族たちの間にさえ動揺が走った。自分たちのリーダーの器の小ささとそのやり口の汚さに、彼らもまた失望したのだ。アルフォンスの求心力は大きく低下した。

ヴェルヘイム邸で、アルフォンスは新聞をビリビリに引き裂き、怒りに震えていた。
「アッシュ……! あの、悪魔め……!」
彼は自分が仕掛けた罠で逆に自分が絡め取られたことに、この時ようやく気づいた。だが、もう手遅れだった。

アッシュはその報告を地下室で聞きながら、チェス盤の駒を一つ静かに盤上から取り除いた。
「悪評は、より大きな悪評で上書きする。簡単なことだ」

彼は兄という障害をいとも簡単に無力化した。だがこれはまだ序曲に過ぎない。
彼の本当の狙いはアルフォンス個人ではない。彼を支え、帝国の腐敗の根源となっている貴族たちの派閥そのものだった。

アッシュは壁に貼られた貴族たちの相関図に新たな印をつけた。
それは夜会で特定した財務卿の名前だった。
「さて、と。最初のターゲットはお前に決めた」

兄の稚拙な罠はアッシュにとって、自らの力を誇示し敵の陣営を切り崩すための最高の口実となった。彼の復讐の刃は、今、静かに、そして確実に敵の喉元へと迫っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

貴族に無茶苦茶なことを言われたのでやけくそな行動をしたら、戦争賠償として引き抜かれました。

詰んだ
ファンタジー
エルクス王国の魔法剣士で重鎮のキースは、うんざりしていた。 王国とは名ばかりで、元老院の貴族が好き勝手なこと言っている。 そしてついに国力、戦力、人材全てにおいて圧倒的な戦力を持つヴォルクス皇国に、戦争を仕掛けるという暴挙に出た。 勝てるわけのない戦争に、「何とか勝て!」と言われたが、何もできるはずもなく、あっという間に劣勢になった。 日を追うごとに悪くなる戦況に、キースへのあたりがひどくなった。 むしゃくしゃしたキースは、一つの案を思いついた。 その案を実行したことによって、あんなことになるなんて、誰も想像しなかった。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

処理中です...