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第六十九話:因果応報
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帝国議会の議場は、異様な熱気と静寂に包まれていた。傍聴席には帝都中の貴族たちが詰めかけ、その視線はただ一人、被告席に立つ男へと注がれていた。アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム。数ヶ月前まで次代の帝国を担うと誰もが信じていた完璧な貴公子は、今や罪人としてその全ての栄光を剥ぎ取られようとしていた。
アッシュはヴェルヘイム公爵家の当主として、最も格式の高い席からその光景を静かに見下ろしていた。彼の隣には、新たな当主の補佐として公式の場に復帰したベルナルドが、顔を青ざめさせながら座っている。
「被告、アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム!」
監察長官の鋭い声が議場に響き渡った。
「貴殿を、帝国の法を破り禁じられた敵国との密貿易を行った国家反逆罪で断罪する!何か申し開きはあるか!」
アルフォンスはゆっくりと顔を上げた。その美しい顔は憔悴しきっていたが、瞳の奥にはまだ消えぬプライドの炎が燻っていた。
「申し開きなどない。何故なら、私は無実だからだ!」
彼の声は力強かった。だが、その言葉に耳を傾ける者はもはや誰もいなかった。
「これは罠だ!」
アルフォンスはアッシュを指差して叫んだ。
「全てはあの男! 私の弟、アッシュが仕掛けた卑劣な陰謀なのだ! 奴こそが帝国を蝕む真の悪魔だ!」
悲痛な叫び。だが、議場は冷ややかな沈黙に包まれていた。貴族たちはもはやアルフォンスを敗者としてしか見ていない。彼の訴えは、負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。彼らの感情は、「侮蔑」と「憐憫」、そして自分に火の粉が及ぶことへの「恐怖」だけだった。
監察長官はため息をつくと、次々と証拠を突きつけた。
「被告の署名が入ったグランツ帝国の商人との密約書。取引現場に残されていた被告の紋章入りの金貨。そして、取引を仲介した宿の主人の証言。物証、人証、全てが揃っておる。これでもまだ陰謀だと申すか!」
動かぬ証拠の前で、アルフォンスの言葉は力を失っていく。
彼はかつて自分に忠誠を誓っていた派閥の貴族たちに、助けを求めるように視線を送った。だが、彼らは皆気まずそうに目を逸らすだけだった。誰もこの沈みゆく船に乗ろうとはしなかった。
その時、アッシュがおもむろに立ち上がった。
議場の全ての視線が彼に集まる。
彼は悲痛な表情を浮かべ、ゆっくりと被告席の兄へと歩み寄った。
「……兄上」
アッシュの声は悲しみに震えていた。
「なぜ、このようなことを……。ヴェルヘイム家の名誉を、自らの手で汚すような真似を……」
その赤い瞳には涙さえ浮かんでいる。完璧な、偽りの涙だった。
「黙れ、偽善者が!」
アルフォンスはアッシュに掴みかかろうとしたが、衛兵に取り押さえられた。
アッシュはそんな兄の姿に深く心を痛めたかのように、皇帝の玉座へと向き直った。
「陛下! どうか、どうか兄に寛大なるご処置を! 兄は出来の悪い私への嫉妬心から道を誤ってしまったに過ぎません! 全ての責任は、兄をそこまで追い詰めてしまったこの私にございます!」
彼は床にひざまずき、深く頭を下げた。
その姿は、罪を犯した兄をそれでも庇おうとする、心優しき弟の姿そのものだった。
この完璧な演技が、アルフォンスに最後の、そして決定的な一撃を与えた。
アッシュの「慈悲」は、アルフォンスの最後のプライドを粉々に打ち砕いたのだ。
民衆や貴族たちの感情が、完全にアッシュへと傾く。「同情」「感動」。そしてアルフォンスへの「失望」は、決定的なものとなった。
「……もうよい」
玉座から皇帝の静かな声が響いた。
「判決を下す」
議場が再び静寂に包まれる。
「アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム。本来であればその罪は死罪に値する。しかし、貴殿がこれまで帝国に尽くしてきた功績、そして弟であるアッシュ公爵の嘆願に免じ、極刑だけは免じてやる」
皇帝は一度言葉を切り、冷徹に言い放った。
「被告の全ての爵位、称号、財産を剥奪する。そして帝国の最北端、聖アルバン修道院への終身幽閉を命じる。二度と帝都の地を踏むことは許さん」
それは社会的な死刑宣告だった。彼は歴史から、人々の記憶から、その存在を抹消されるのだ。
「……そ、そんな……」
アルフォンスはその場で崩れ落ちた。彼の瞳から最後の光が消え失せた。
衛兵たちがもはや抜け殻となったアルフォンスの両脇を抱え、議場から引きずり出していく。
その時、彼の視線が最後にアッシュの姿を捉えた。
憎悪、絶望、そしてほんの僅かな、なぜこうなったのか理解できないという子供のような困惑。
それに対して、アッシュはただ静かに、無表情で見つめ返していた。その瞳には憐れみも喜びも、何も映ってはいなかった。
かつてアッシュが夜会で断罪されたように。
今、アルフォンスは公の場で糾弾され、全てを失った。
因果は巡り、復讐はその一つの形を終えた。
アッシュは誰に挨拶することもなく、静かに議場を後にした。
彼の背中に、貴族たちの畏怖とセレスティアの複雑な視線が突き刺さっていた。
復讐を終えた英雄は、何を思うのか。
誰もがそう思った。だが、アッシュの心にあったのはただ一つ。
これから始まる新たな戦いへの、冷たい予感だけだった。
アッシュはヴェルヘイム公爵家の当主として、最も格式の高い席からその光景を静かに見下ろしていた。彼の隣には、新たな当主の補佐として公式の場に復帰したベルナルドが、顔を青ざめさせながら座っている。
「被告、アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム!」
監察長官の鋭い声が議場に響き渡った。
「貴殿を、帝国の法を破り禁じられた敵国との密貿易を行った国家反逆罪で断罪する!何か申し開きはあるか!」
アルフォンスはゆっくりと顔を上げた。その美しい顔は憔悴しきっていたが、瞳の奥にはまだ消えぬプライドの炎が燻っていた。
「申し開きなどない。何故なら、私は無実だからだ!」
彼の声は力強かった。だが、その言葉に耳を傾ける者はもはや誰もいなかった。
「これは罠だ!」
アルフォンスはアッシュを指差して叫んだ。
「全てはあの男! 私の弟、アッシュが仕掛けた卑劣な陰謀なのだ! 奴こそが帝国を蝕む真の悪魔だ!」
悲痛な叫び。だが、議場は冷ややかな沈黙に包まれていた。貴族たちはもはやアルフォンスを敗者としてしか見ていない。彼の訴えは、負け犬の遠吠えにしか聞こえなかった。彼らの感情は、「侮蔑」と「憐憫」、そして自分に火の粉が及ぶことへの「恐怖」だけだった。
監察長官はため息をつくと、次々と証拠を突きつけた。
「被告の署名が入ったグランツ帝国の商人との密約書。取引現場に残されていた被告の紋章入りの金貨。そして、取引を仲介した宿の主人の証言。物証、人証、全てが揃っておる。これでもまだ陰謀だと申すか!」
動かぬ証拠の前で、アルフォンスの言葉は力を失っていく。
彼はかつて自分に忠誠を誓っていた派閥の貴族たちに、助けを求めるように視線を送った。だが、彼らは皆気まずそうに目を逸らすだけだった。誰もこの沈みゆく船に乗ろうとはしなかった。
その時、アッシュがおもむろに立ち上がった。
議場の全ての視線が彼に集まる。
彼は悲痛な表情を浮かべ、ゆっくりと被告席の兄へと歩み寄った。
「……兄上」
アッシュの声は悲しみに震えていた。
「なぜ、このようなことを……。ヴェルヘイム家の名誉を、自らの手で汚すような真似を……」
その赤い瞳には涙さえ浮かんでいる。完璧な、偽りの涙だった。
「黙れ、偽善者が!」
アルフォンスはアッシュに掴みかかろうとしたが、衛兵に取り押さえられた。
アッシュはそんな兄の姿に深く心を痛めたかのように、皇帝の玉座へと向き直った。
「陛下! どうか、どうか兄に寛大なるご処置を! 兄は出来の悪い私への嫉妬心から道を誤ってしまったに過ぎません! 全ての責任は、兄をそこまで追い詰めてしまったこの私にございます!」
彼は床にひざまずき、深く頭を下げた。
その姿は、罪を犯した兄をそれでも庇おうとする、心優しき弟の姿そのものだった。
この完璧な演技が、アルフォンスに最後の、そして決定的な一撃を与えた。
アッシュの「慈悲」は、アルフォンスの最後のプライドを粉々に打ち砕いたのだ。
民衆や貴族たちの感情が、完全にアッシュへと傾く。「同情」「感動」。そしてアルフォンスへの「失望」は、決定的なものとなった。
「……もうよい」
玉座から皇帝の静かな声が響いた。
「判決を下す」
議場が再び静寂に包まれる。
「アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム。本来であればその罪は死罪に値する。しかし、貴殿がこれまで帝国に尽くしてきた功績、そして弟であるアッシュ公爵の嘆願に免じ、極刑だけは免じてやる」
皇帝は一度言葉を切り、冷徹に言い放った。
「被告の全ての爵位、称号、財産を剥奪する。そして帝国の最北端、聖アルバン修道院への終身幽閉を命じる。二度と帝都の地を踏むことは許さん」
それは社会的な死刑宣告だった。彼は歴史から、人々の記憶から、その存在を抹消されるのだ。
「……そ、そんな……」
アルフォンスはその場で崩れ落ちた。彼の瞳から最後の光が消え失せた。
衛兵たちがもはや抜け殻となったアルフォンスの両脇を抱え、議場から引きずり出していく。
その時、彼の視線が最後にアッシュの姿を捉えた。
憎悪、絶望、そしてほんの僅かな、なぜこうなったのか理解できないという子供のような困惑。
それに対して、アッシュはただ静かに、無表情で見つめ返していた。その瞳には憐れみも喜びも、何も映ってはいなかった。
かつてアッシュが夜会で断罪されたように。
今、アルフォンスは公の場で糾弾され、全てを失った。
因果は巡り、復讐はその一つの形を終えた。
アッシュは誰に挨拶することもなく、静かに議場を後にした。
彼の背中に、貴族たちの畏怖とセレスティアの複雑な視線が突き刺さっていた。
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