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第九十二話:感情の暴走
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アッシュの精神が虚無の深淵に飲み込まれようとした、その瞬間。
彼の内側で、何かが弾けた。
それは、彼がこの世界で唯一与えられた力、ユニークスキル【感情経済】。
主であるアッシュの精神が崩壊の危機に瀕したことで、スキルは自らの存在を維持するための最後の防衛本能を発動させたのだ。
スキルが暴走を始めた。
これまでアッシュの理性によって制御されていた感情のダムが決壊した。
祭壇の間に渦巻く、おびただしい量の負の感情。帝都百万の民の絶望と憎悪。それらが、もはや何のフィルタリングもされることなく、凄まじい勢いでアッシュの体へと流れ込み始めた。
まるでブラックホールが周囲の星々を吸い込むように。
「ぐ……あああああああああっ!」
アッシュの口から、人間のものではない絶叫が迸った。
彼の体から黒と赤のオーラが嵐のように噴き出した。銀色の髪は逆立ち、その色は血のような赤黒さへと変貌していく。瞳はもはや赤ではなく、闇そのもののような漆黒に染まっていた。
「な……!?」
虚無の導師が初めて驚愕の声を上げた。
「馬鹿な! 人の身でこれほどの負の感情を直接取り込んで、なぜ正気でいられる! いや、もはや正気ではないのか!」
アッシュは、もはやアッシュではなかった。
彼の意識は、取り込んだ百万の民の絶望と憎悪に完全に飲み込まれ、そこに存在するのは、ただ純粋な破壊衝動の塊だけだった。
彼は憎悪に顔を歪め、絶望に涙を流し、恐怖に体を震わせながら、同時にその全てを破壊し尽くしたいという狂気の笑みを浮かべていた。
「アッシュ様……?」
リリアが恐る恐るその背中に触れようとした。
「――触るなッ!!」
アッシュが振り返りもせずに叫んだ。
その声と同時に黒い衝撃波が放たれ、リリアの華奢な体は木の葉のように吹き飛ばされた。
「きゃっ!」
リリアは壁に叩きつけられ、口の端から血を流した。
「リリア!」
ガイウスとセレスティアが駆け寄る。
「……大丈夫……です……」
リリアは体の痛みよりも、アッシュから拒絶されたことへの心の痛みで顔を歪めていた。
「もはや手遅れか」
ガイウスは長剣を構え直した。その目は悲痛な決意に満ていた。
「哀しいことだが、奴はもはや我々の知るアッシュではない。ただの破壊の化身だ。ここで我々の手で葬ってやるのが、せめてもの情けやもしれん」
「待って!」
セレスティアがガイウスを制した。
「まだ……まだ、彼の中にはアッシュとしての意識が残っているはずよ! 私たちが呼び戻さないと!」
彼女は杖を構え、アッシュに向かって叫んだ。
「アッシュ! 目を覚まして! あなたを待っている人々がいるでしょう! ヴァイスの民が! あなたの仲間たちが!」
だが、その声は狂気の嵐の中にいるアッシュには届かない。
アッシュは、その破壊衝動の矛先を最も近くにいる虚無の導師へと向けた。
「……殺す……」
アッシュの体が消えた。
次の瞬間、彼は導師の目の前に立っていた。その手には負のエネルギーが集束してできた、黒い爪が形成されている。
「な……速い……!」
導師は咄嗟に虚無のエネルギーで障壁を張る。
黒い爪と虚無の障壁が激突し、地下遺跡全体を揺るがすほどの凄まじい衝撃波が発生した。
祭壇の岩盤が砕け、天井から鍾乳石が降り注ぐ。
「……面白い。実に面白いぞ、人の子よ」
導師はアッシュの底知れない力に、初めて興味を通り越した「興奮」という感情を見せていた。
「その力、もはや人の領域を超えている。お前こそ、我が主、邪神様が降臨するための最高の器となるやもしれん!」
導師は儀式を早めることを決意した。
彼は上空の黒い水晶へと自らの魔力を注ぎ込み始めた。水晶の輝きが最終段階へと向けて急速に増していく。
「さあ、来るがいい! その憎悪の全てを私にぶつけてみろ! その力、我が主の糧としてくれるわ!」
暴走するアッシュと、儀式を完遂させようとする導師。
二つの強大な力が激突し、祭壇の間は世界の終焉を思わせる混沌の渦へと飲み込まれていった。
ガイウスとセレスティアは、その圧倒的な力のぶつかり合いを前に手も足も出せずにいた。
もはや自分たちの声は届かないのか。
アッシュの魂は完全に失われてしまったのか。
絶望が彼らの心を支配しようとした、その時。
壁際で倒れていたリリアが、ゆっくりと、しかし確かな足取りで再び立ち上がった。
彼女の大きな瞳は、ただ一点、狂気の闇に染まった主の背中だけをまっすぐに見つめていた。
その瞳には、恐怖も絶望もなかった。
ただ、揺るぐことのない絶対的な何かが、静かに燃えていた。
彼の内側で、何かが弾けた。
それは、彼がこの世界で唯一与えられた力、ユニークスキル【感情経済】。
主であるアッシュの精神が崩壊の危機に瀕したことで、スキルは自らの存在を維持するための最後の防衛本能を発動させたのだ。
スキルが暴走を始めた。
これまでアッシュの理性によって制御されていた感情のダムが決壊した。
祭壇の間に渦巻く、おびただしい量の負の感情。帝都百万の民の絶望と憎悪。それらが、もはや何のフィルタリングもされることなく、凄まじい勢いでアッシュの体へと流れ込み始めた。
まるでブラックホールが周囲の星々を吸い込むように。
「ぐ……あああああああああっ!」
アッシュの口から、人間のものではない絶叫が迸った。
彼の体から黒と赤のオーラが嵐のように噴き出した。銀色の髪は逆立ち、その色は血のような赤黒さへと変貌していく。瞳はもはや赤ではなく、闇そのもののような漆黒に染まっていた。
「な……!?」
虚無の導師が初めて驚愕の声を上げた。
「馬鹿な! 人の身でこれほどの負の感情を直接取り込んで、なぜ正気でいられる! いや、もはや正気ではないのか!」
アッシュは、もはやアッシュではなかった。
彼の意識は、取り込んだ百万の民の絶望と憎悪に完全に飲み込まれ、そこに存在するのは、ただ純粋な破壊衝動の塊だけだった。
彼は憎悪に顔を歪め、絶望に涙を流し、恐怖に体を震わせながら、同時にその全てを破壊し尽くしたいという狂気の笑みを浮かべていた。
「アッシュ様……?」
リリアが恐る恐るその背中に触れようとした。
「――触るなッ!!」
アッシュが振り返りもせずに叫んだ。
その声と同時に黒い衝撃波が放たれ、リリアの華奢な体は木の葉のように吹き飛ばされた。
「きゃっ!」
リリアは壁に叩きつけられ、口の端から血を流した。
「リリア!」
ガイウスとセレスティアが駆け寄る。
「……大丈夫……です……」
リリアは体の痛みよりも、アッシュから拒絶されたことへの心の痛みで顔を歪めていた。
「もはや手遅れか」
ガイウスは長剣を構え直した。その目は悲痛な決意に満ていた。
「哀しいことだが、奴はもはや我々の知るアッシュではない。ただの破壊の化身だ。ここで我々の手で葬ってやるのが、せめてもの情けやもしれん」
「待って!」
セレスティアがガイウスを制した。
「まだ……まだ、彼の中にはアッシュとしての意識が残っているはずよ! 私たちが呼び戻さないと!」
彼女は杖を構え、アッシュに向かって叫んだ。
「アッシュ! 目を覚まして! あなたを待っている人々がいるでしょう! ヴァイスの民が! あなたの仲間たちが!」
だが、その声は狂気の嵐の中にいるアッシュには届かない。
アッシュは、その破壊衝動の矛先を最も近くにいる虚無の導師へと向けた。
「……殺す……」
アッシュの体が消えた。
次の瞬間、彼は導師の目の前に立っていた。その手には負のエネルギーが集束してできた、黒い爪が形成されている。
「な……速い……!」
導師は咄嗟に虚無のエネルギーで障壁を張る。
黒い爪と虚無の障壁が激突し、地下遺跡全体を揺るがすほどの凄まじい衝撃波が発生した。
祭壇の岩盤が砕け、天井から鍾乳石が降り注ぐ。
「……面白い。実に面白いぞ、人の子よ」
導師はアッシュの底知れない力に、初めて興味を通り越した「興奮」という感情を見せていた。
「その力、もはや人の領域を超えている。お前こそ、我が主、邪神様が降臨するための最高の器となるやもしれん!」
導師は儀式を早めることを決意した。
彼は上空の黒い水晶へと自らの魔力を注ぎ込み始めた。水晶の輝きが最終段階へと向けて急速に増していく。
「さあ、来るがいい! その憎悪の全てを私にぶつけてみろ! その力、我が主の糧としてくれるわ!」
暴走するアッシュと、儀式を完遂させようとする導師。
二つの強大な力が激突し、祭壇の間は世界の終焉を思わせる混沌の渦へと飲み込まれていった。
ガイウスとセレスティアは、その圧倒的な力のぶつかり合いを前に手も足も出せずにいた。
もはや自分たちの声は届かないのか。
アッシュの魂は完全に失われてしまったのか。
絶望が彼らの心を支配しようとした、その時。
壁際で倒れていたリリアが、ゆっくりと、しかし確かな足取りで再び立ち上がった。
彼女の大きな瞳は、ただ一点、狂気の闇に染まった主の背中だけをまっすぐに見つめていた。
その瞳には、恐怖も絶望もなかった。
ただ、揺るぐことのない絶対的な何かが、静かに燃えていた。
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