ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

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第12話:空の支配者と歪みの兆候

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カナデが創り出した『天空の橋』は、彼が去った後も、多くのプレイヤーがセレスティアへと渡るための道として機能していた。その橋を渡る者たちは、口々に創造主である『カナデ』という名を語り、その名は一種の伝説として、プレイヤーたちの間で静かに、しかし確実に広まり始めていた。

一方、その伝説の当事者であるカナデたちは、すでに次の浮遊島『ウィンディア・テラス』の探索を開始していた。そこは、最初の島よりもさらに緑が豊かで、大小様々な滝が雲海へと流れ落ちる、まさに天空の楽園と呼ぶにふさわしい場所だった。

「すごい! 見て、あそこに虹がかかってるわ!」
メイプルが、滝が生み出す水しぶきに架かる七色の光のアーチを指さして、嬉しそうに声を上げる。
「美しい場所だな。だが、油断は禁物だ」
ケンの言う通り、その美しい景観とは裏腹に、島の生態系は極めて危険だった。鋭い嘴を持つ怪鳥『ハーピー』の群れが空を舞い、岩陰には風の刃を吐き出すカマキリのようなモンスター『ゲイルマンティス』が潜んでいる。

「きゃっ!」
メイプルが、茂みから飛び出してきたゲイルマンティスに驚いて後ずさる。すかさずケンが杖を構え、迎撃しようとした。しかし、それよりも速く、カナデが動いた。
「スキル、『モウルディング』!」

カナデが地面に手をかざすと、ゲイルマンティスの足元から土が隆起し、瞬く間にその両足を固めてしまった。身動きが取れなくなったモンスターを、ケンが放った《ファイアボール》が正確に仕留める。

「サンキュー、カナデ! さすがね!」
「いえ。この島は足場が不安定な場所が多い。常に地面に注意を払っておく必要がありそうです」

カナデは『アナライズ・グラウンド』を常に発動させ、周囲の地形情報を把握していた。この島は、見た目の美しさとは裏腹に、地盤が脆い箇所が点在している。それを事前に察知し、安全なルートを選んで進む。これもまた、地形師ならではの探索術だった。

しばらく進むと、三人は奇妙な光景を目にした。
島の中心部にあるはずの巨大な樹木の一部が、まるでテレビの砂嵐のように、ザリザリとしたノイズを帯びて明滅しているのだ。

「な、何あれ……。バグ?」
メイプルが、気味悪そうにその光景を見つめる。
「……データが破損しているのか? いや、それにしては局所的すぎる」
ケンも、現象を分析しようと目を凝らすが、原因は分からない。

カナデは、そのノイズが走る樹木に近づき、『アナライズ・グラウンド』で調べてみた。しかし、返ってきたのはエラーメッセージだけだった。
『解析不能。対象オブジェクトの情報が欠損しています』

その時、ノイズの中から一体のモンスターが這い出てきた。それは、この島に生息するロックリザードのようだったが、その姿は異様だった。身体の半分が正常なポリゴンで構成されているのに対し、もう半分はノイズそのものでできており、形が安定せずに蠢いている。

「グ……ジジ……ザアアア……」
モンスターが発する声も、正常なものではない。壊れた機械のような不快な音を立てながら、こちらに敵意を向けてきた。

「来るわよ!」
メイプルが盾を構える。ケンが魔法を放つが、ノイズでできた半身は魔法をすり抜け、ダメージが通らない。
「物理攻撃もだめ! ノイズの部分は、当たり判定がないみたい!」
メイプルの剣も、虚しく空を切る。

「……弱点は、正常な部分だけか!」
カナデが叫ぶ。その言葉をヒントに、メイプルとケンはモンスターの正常な半身だけを狙って攻撃を集中させた。数度の攻防の末、異形のモンスターは奇妙な断末魔と共に消滅したが、アイテムも経験値も、何もドロップしなかった。まるで、最初からそこに存在しなかったかのように。

「一体、何だったの……今のは」
「リリアさんが言っていた、世界の『歪み』……。これのことでしょうか」
カナデの脳裏に、リリアの悲しげな顔が浮かんだ。空から感じるという歪みの波動。その正体は、これなのかもしれない。

重い空気を振り払うように、三人は島のさらに奥へと進んだ。やがて、道は途切れ、広大な円形の闘技場のような場所に出た。そこが、この島の最奥であり、次の島へ渡るための転移装置が置かれている場所なのだろう。
しかし、その中央は空っぽだった。転移装置らしきものは見当たらない。

「あれ? 行き止まり?」
メイプルが首を傾げた、その時。

「グオオオオオオォォォ!」

天を震わすほどの、凄まจじい咆哮が響き渡った。見上げると、上空から巨大な影が急降下してくる。それは、カナデたちが山脈で一度見かけたグリフォンだった。だが、その大きさも、放つ威圧感も、以前の個体とは比較にならない。
全身は嵐を纏ったかのように稲妻を迸らせ、翼を広げれば数十メートルにも及ぶ巨体。その名は、システムウィンドウに赤く表示されていた。

【ストーム・グリフォン Lv.25】

「エリアボス……!」
「ここが、こいつの縄張りだったのね!」

ストーム・グリフォンは、地上に降り立つことなく、常に空中を高速で旋回している。時折、急降下してきては、鋭い爪で一撃を加え、すぐに上空へと離脱する。あるいは、翼を羽ばたかせ、無数の真空の刃を雨のように降らせてきた。

「くっ! 攻撃が届かない!」
メイプルは真空の刃を盾で防ぐので精一杯だ。
「俺の魔法も、あの速度では当たらない……!」
ケンの魔法も、ことごとく空を切る。

相手は、圧倒的な制空権を握っていた。地上にいる限り、彼らはサンドバッグ同然だ。
「このままじゃジリ貧よ! 何か手はないの、カナデ!」
メイプルの悲痛な声が飛ぶ。

カナデは、冷静にボスの動きを観察していた。ストーム・グリフォンは、無軌道に飛び回っているわけではない。闘技場の上空を、特定のパターンで旋回している。そして、攻撃の際には、必ず同じような軌道で急降下してくる。

(……空がダメなら、地に引きずり下ろすしかない。いや、違う。俺たちが、空に近づけばいいんだ!)

カナデの頭の中に、大胆不敵な作戦が閃いた。
「メイプルさん、ケンさん! 俺に考えがあります! しばらく、ボスの攻撃を引きつけてください!」
「分かったわ! やれるだけやってみる!」

カナデは闘技場の中央に走り込むと、つるはしを地面に突き立てた。
「スキル、『シェイピング』!」

彼の足元から、天に向かって巨大な石の柱が伸び始めた。一本ではない。闘技場のあちこちから、まるで巨大な樹木が生えてくるかのように、次々と石柱が隆起していく。
その光景は、もはや建築というよりも、天変地異に近い。

「な、何をする気だ……!?」
「カナデ!?」

戸惑う二人を尻目に、カナデは次々と柱を生成していく。それらは、ストーム・グリフォンが旋回する飛行ルートを塞ぐように、絶妙な位置と高さに配置されていた。

「グアア!?」
いつも通りに飛んでいたグリフォンが、突如として現れた石柱に翼をぶつけ、体勢を崩す。その動きは、明らかに以前より鈍くなっていた。飛行ルートを制限されたことで、その機動力が殺がれたのだ。

「よし! でも、これだけじゃ足りない!」

カナデはMP回復薬をがぶ飲みしながら、さらにスキルを酷使する。今度は、メイプルとケンが立っている足元そのものを隆起させ始めた。
「二人とも、しっかり掴まっててください!」
「え、えええええ!?」

地面が、まるでエレベーターのように上昇していく。カナデは、メイプルとケンを、自分が作り出した石柱の頂上へと運び上げたのだ。そこは、地上数十メートルの高さ。グリフォンが飛ぶ高度と、ほぼ同じ高さだった。

「これで、攻撃が届きます!」
「なるほど、そういうこと! カナデ、あんたって奴は!」

状況は一変した。地上からでは届かなかった攻撃が、今や目と鼻の先から放たれる。
「くらいなさい! 《シールドバッシュ》!」
メイプルが、体勢を崩したグリフォンの頭部に、飛びかかって渾身の一撃を見舞う。
「――我が魔力、雷となりて敵を穿て! 《サンダースピア》!」
ケンが詠唱した中級雷魔法が、グリフォンの翼に直撃し、バチバチと音を立ててその動きを麻痺させた。

「グルルルルル!」
怒り狂ったストーム・グリフォンが、標的をメイプルとケンに定める。だが、カナデが作り出した無数の柱が邪魔になり、思うように動けない。戦場は、もはや空ではなく、カナデが創造した『石の森』へと変わっていた。

「とどめです!」

カナデは最後のMPを振り絞り、グリフォンの真下の地面にスキルを発動させた。
狙うのは、巨大な罠。
地面から、無数の巨大な岩の鎖が蛇のように伸び、落下してきたグリフォンの身体に絡みついた。

「グオオオオ!?」
完全に地に縫い付けられ、身動きを封じられたストーム・グリフォン。それは、もはや空の支配者ではなく、ただの巨大な的だった。

「今よ、ケン!」
「ああ!」

メイプルとケンが、ありったけのスキルを叩き込む。凄まじい光と爆音が闘技場を包み込み、やがてストーム・グリフォンの巨体は光の粒子となって消滅した。
後には、いくつかのレアアイテムと、闘技場の中央に静かに起動した転移装置が残されていた。

「……はぁ、はぁ……勝った……」
メイプルが、その場にへたり込む。
「見事な作戦だった、カナデ」
ケンも、興奮を隠せない様子でカナデを称えた。

カナデは、自分が作り出した異様な光景――天を突く無数の石柱――を見渡し、満足げに微笑んだ。地形師の力が、また一つ、新たな可能性を示した瞬間だった。

だが、その勝利の余韻は、長くは続かなかった。
ボスを倒したことで、このエリアの『歪み』が、さらに活性化したのだ。
先ほどまでノイズが走っていた巨大な樹木が、完全にその形を失い、黒いデジタルノイズの塊へと変貌した。そして、そのノイズの中から、一体の異形がゆっくりと姿を現す。

それは、特定の形を持たない、不定形の人型の影だった。全身がバグったデータのように明滅し、存在しているのかいないのかすら曖昧に見える。しかし、その影が放つプレッシャーは、先ほどのストーム・グリフォンとは比較にならないほど冷たく、邪悪なものだった。

システムウィンドウが、警告を発する。
【警告:未知の存在『デリーター』を検知しました】

「デリーター……?」

その存在は、カナデたちを認識すると、無音で、しかし恐るべき速度で滑るように接近してきた。
「メイプルさん!」
「くっ!」

メイプルが盾で防ごうとするが、デリーターの腕は物理的な盾をすり抜け、直接彼女の鎧に触れた。
「きゃあああ!?」

メイプルの身体から、まるでデータが抜き取られるかのように、光の粒子が霧散する。HPゲージが、ごっそりと削り取られた。

「何なの、こいつ! 物理攻撃も、防御もすり抜けてくる!」
「魔法もだ! 当たり判定がない!」
ケンの魔法も、デリーターの身体を素通りしていく。

それは、モンスターではなかった。世界の理を無視し、プレイヤーのデータを直接『削除』する、まさに世界の歪みが具現化した悪意そのもの。

なす術もなく、じりじりと追い詰められていく三人。デリーターの黒い手が、カナデに向かって伸びてくる。
絶体絶命。
その時、カナデの脳裏に、リリアの言葉が蘇った。
(あなたの力は、世界の歪みそのものを、正しく調律できる唯一の可能性……)

(調律……? 修復……? そうか!)

カナデは、デリーターを攻撃するのではなく、その足元の地面――歪んでいない、正常なデータで構成された地面――に、つるはしを突き立てた。
「この世界の理に従え! 『リペア』!」

それは、壊れた地形を僅かに修復するだけの、地味な初期スキル。しかし、カナデは全MPを注ぎ込み、そのスキルの対象を『デリーターが存在する空間そのもの』に指定した。

カナデのスキルに呼応し、地面から清浄な光が溢れ出す。その光は、歪んだ存在であるデリーターを、正常な世界の理へと強制的に引き戻そうとする。

「ギ……ジジジジジジジ!?」

デリーターが、初めて苦しみの声を上げた。その身体が、光によって激しく明滅し、形を保てなくなっていく。
世界の理そのものが、異物であるデリーターを排斥しようとしているのだ。

「効いている……!」
カナデが確信した、その瞬間。彼のスキルが、限界を超えた負荷に耐えきれず、プツンと途切れた。
同時に、彼の目の前のスキルツリーが乱れ、一つのスキルが新たな輝きを放ち始めた。

《スキル『リペア』が、『フィールド・クラフト』へと進化します》

カナデがその変化に気づく間もなく、デリーターは体勢を立て直し、再び襲いかかってきた。もはや、MPの尽きた彼らに、抗う術はなかった。
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