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第12話:空の支配者と歪みの兆候
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カナデが創り出した『天空の橋』は、彼が去った後も、多くのプレイヤーがセレスティアへと渡るための道として機能していた。その橋を渡る者たちは、口々に創造主である『カナデ』という名を語り、その名は一種の伝説として、プレイヤーたちの間で静かに、しかし確実に広まり始めていた。
一方、その伝説の当事者であるカナデたちは、すでに次の浮遊島『ウィンディア・テラス』の探索を開始していた。そこは、最初の島よりもさらに緑が豊かで、大小様々な滝が雲海へと流れ落ちる、まさに天空の楽園と呼ぶにふさわしい場所だった。
「すごい! 見て、あそこに虹がかかってるわ!」
メイプルが、滝が生み出す水しぶきに架かる七色の光のアーチを指さして、嬉しそうに声を上げる。
「美しい場所だな。だが、油断は禁物だ」
ケンの言う通り、その美しい景観とは裏腹に、島の生態系は極めて危険だった。鋭い嘴を持つ怪鳥『ハーピー』の群れが空を舞い、岩陰には風の刃を吐き出すカマキリのようなモンスター『ゲイルマンティス』が潜んでいる。
「きゃっ!」
メイプルが、茂みから飛び出してきたゲイルマンティスに驚いて後ずさる。すかさずケンが杖を構え、迎撃しようとした。しかし、それよりも速く、カナデが動いた。
「スキル、『モウルディング』!」
カナデが地面に手をかざすと、ゲイルマンティスの足元から土が隆起し、瞬く間にその両足を固めてしまった。身動きが取れなくなったモンスターを、ケンが放った《ファイアボール》が正確に仕留める。
「サンキュー、カナデ! さすがね!」
「いえ。この島は足場が不安定な場所が多い。常に地面に注意を払っておく必要がありそうです」
カナデは『アナライズ・グラウンド』を常に発動させ、周囲の地形情報を把握していた。この島は、見た目の美しさとは裏腹に、地盤が脆い箇所が点在している。それを事前に察知し、安全なルートを選んで進む。これもまた、地形師ならではの探索術だった。
しばらく進むと、三人は奇妙な光景を目にした。
島の中心部にあるはずの巨大な樹木の一部が、まるでテレビの砂嵐のように、ザリザリとしたノイズを帯びて明滅しているのだ。
「な、何あれ……。バグ?」
メイプルが、気味悪そうにその光景を見つめる。
「……データが破損しているのか? いや、それにしては局所的すぎる」
ケンも、現象を分析しようと目を凝らすが、原因は分からない。
カナデは、そのノイズが走る樹木に近づき、『アナライズ・グラウンド』で調べてみた。しかし、返ってきたのはエラーメッセージだけだった。
『解析不能。対象オブジェクトの情報が欠損しています』
その時、ノイズの中から一体のモンスターが這い出てきた。それは、この島に生息するロックリザードのようだったが、その姿は異様だった。身体の半分が正常なポリゴンで構成されているのに対し、もう半分はノイズそのものでできており、形が安定せずに蠢いている。
「グ……ジジ……ザアアア……」
モンスターが発する声も、正常なものではない。壊れた機械のような不快な音を立てながら、こちらに敵意を向けてきた。
「来るわよ!」
メイプルが盾を構える。ケンが魔法を放つが、ノイズでできた半身は魔法をすり抜け、ダメージが通らない。
「物理攻撃もだめ! ノイズの部分は、当たり判定がないみたい!」
メイプルの剣も、虚しく空を切る。
「……弱点は、正常な部分だけか!」
カナデが叫ぶ。その言葉をヒントに、メイプルとケンはモンスターの正常な半身だけを狙って攻撃を集中させた。数度の攻防の末、異形のモンスターは奇妙な断末魔と共に消滅したが、アイテムも経験値も、何もドロップしなかった。まるで、最初からそこに存在しなかったかのように。
「一体、何だったの……今のは」
「リリアさんが言っていた、世界の『歪み』……。これのことでしょうか」
カナデの脳裏に、リリアの悲しげな顔が浮かんだ。空から感じるという歪みの波動。その正体は、これなのかもしれない。
重い空気を振り払うように、三人は島のさらに奥へと進んだ。やがて、道は途切れ、広大な円形の闘技場のような場所に出た。そこが、この島の最奥であり、次の島へ渡るための転移装置が置かれている場所なのだろう。
しかし、その中央は空っぽだった。転移装置らしきものは見当たらない。
「あれ? 行き止まり?」
メイプルが首を傾げた、その時。
「グオオオオオオォォォ!」
天を震わすほどの、凄まจじい咆哮が響き渡った。見上げると、上空から巨大な影が急降下してくる。それは、カナデたちが山脈で一度見かけたグリフォンだった。だが、その大きさも、放つ威圧感も、以前の個体とは比較にならない。
全身は嵐を纏ったかのように稲妻を迸らせ、翼を広げれば数十メートルにも及ぶ巨体。その名は、システムウィンドウに赤く表示されていた。
【ストーム・グリフォン Lv.25】
「エリアボス……!」
「ここが、こいつの縄張りだったのね!」
ストーム・グリフォンは、地上に降り立つことなく、常に空中を高速で旋回している。時折、急降下してきては、鋭い爪で一撃を加え、すぐに上空へと離脱する。あるいは、翼を羽ばたかせ、無数の真空の刃を雨のように降らせてきた。
「くっ! 攻撃が届かない!」
メイプルは真空の刃を盾で防ぐので精一杯だ。
「俺の魔法も、あの速度では当たらない……!」
ケンの魔法も、ことごとく空を切る。
相手は、圧倒的な制空権を握っていた。地上にいる限り、彼らはサンドバッグ同然だ。
「このままじゃジリ貧よ! 何か手はないの、カナデ!」
メイプルの悲痛な声が飛ぶ。
カナデは、冷静にボスの動きを観察していた。ストーム・グリフォンは、無軌道に飛び回っているわけではない。闘技場の上空を、特定のパターンで旋回している。そして、攻撃の際には、必ず同じような軌道で急降下してくる。
(……空がダメなら、地に引きずり下ろすしかない。いや、違う。俺たちが、空に近づけばいいんだ!)
カナデの頭の中に、大胆不敵な作戦が閃いた。
「メイプルさん、ケンさん! 俺に考えがあります! しばらく、ボスの攻撃を引きつけてください!」
「分かったわ! やれるだけやってみる!」
カナデは闘技場の中央に走り込むと、つるはしを地面に突き立てた。
「スキル、『シェイピング』!」
彼の足元から、天に向かって巨大な石の柱が伸び始めた。一本ではない。闘技場のあちこちから、まるで巨大な樹木が生えてくるかのように、次々と石柱が隆起していく。
その光景は、もはや建築というよりも、天変地異に近い。
「な、何をする気だ……!?」
「カナデ!?」
戸惑う二人を尻目に、カナデは次々と柱を生成していく。それらは、ストーム・グリフォンが旋回する飛行ルートを塞ぐように、絶妙な位置と高さに配置されていた。
「グアア!?」
いつも通りに飛んでいたグリフォンが、突如として現れた石柱に翼をぶつけ、体勢を崩す。その動きは、明らかに以前より鈍くなっていた。飛行ルートを制限されたことで、その機動力が殺がれたのだ。
「よし! でも、これだけじゃ足りない!」
カナデはMP回復薬をがぶ飲みしながら、さらにスキルを酷使する。今度は、メイプルとケンが立っている足元そのものを隆起させ始めた。
「二人とも、しっかり掴まっててください!」
「え、えええええ!?」
地面が、まるでエレベーターのように上昇していく。カナデは、メイプルとケンを、自分が作り出した石柱の頂上へと運び上げたのだ。そこは、地上数十メートルの高さ。グリフォンが飛ぶ高度と、ほぼ同じ高さだった。
「これで、攻撃が届きます!」
「なるほど、そういうこと! カナデ、あんたって奴は!」
状況は一変した。地上からでは届かなかった攻撃が、今や目と鼻の先から放たれる。
「くらいなさい! 《シールドバッシュ》!」
メイプルが、体勢を崩したグリフォンの頭部に、飛びかかって渾身の一撃を見舞う。
「――我が魔力、雷となりて敵を穿て! 《サンダースピア》!」
ケンが詠唱した中級雷魔法が、グリフォンの翼に直撃し、バチバチと音を立ててその動きを麻痺させた。
「グルルルルル!」
怒り狂ったストーム・グリフォンが、標的をメイプルとケンに定める。だが、カナデが作り出した無数の柱が邪魔になり、思うように動けない。戦場は、もはや空ではなく、カナデが創造した『石の森』へと変わっていた。
「とどめです!」
カナデは最後のMPを振り絞り、グリフォンの真下の地面にスキルを発動させた。
狙うのは、巨大な罠。
地面から、無数の巨大な岩の鎖が蛇のように伸び、落下してきたグリフォンの身体に絡みついた。
「グオオオオ!?」
完全に地に縫い付けられ、身動きを封じられたストーム・グリフォン。それは、もはや空の支配者ではなく、ただの巨大な的だった。
「今よ、ケン!」
「ああ!」
メイプルとケンが、ありったけのスキルを叩き込む。凄まじい光と爆音が闘技場を包み込み、やがてストーム・グリフォンの巨体は光の粒子となって消滅した。
後には、いくつかのレアアイテムと、闘技場の中央に静かに起動した転移装置が残されていた。
「……はぁ、はぁ……勝った……」
メイプルが、その場にへたり込む。
「見事な作戦だった、カナデ」
ケンも、興奮を隠せない様子でカナデを称えた。
カナデは、自分が作り出した異様な光景――天を突く無数の石柱――を見渡し、満足げに微笑んだ。地形師の力が、また一つ、新たな可能性を示した瞬間だった。
だが、その勝利の余韻は、長くは続かなかった。
ボスを倒したことで、このエリアの『歪み』が、さらに活性化したのだ。
先ほどまでノイズが走っていた巨大な樹木が、完全にその形を失い、黒いデジタルノイズの塊へと変貌した。そして、そのノイズの中から、一体の異形がゆっくりと姿を現す。
それは、特定の形を持たない、不定形の人型の影だった。全身がバグったデータのように明滅し、存在しているのかいないのかすら曖昧に見える。しかし、その影が放つプレッシャーは、先ほどのストーム・グリフォンとは比較にならないほど冷たく、邪悪なものだった。
システムウィンドウが、警告を発する。
【警告:未知の存在『デリーター』を検知しました】
「デリーター……?」
その存在は、カナデたちを認識すると、無音で、しかし恐るべき速度で滑るように接近してきた。
「メイプルさん!」
「くっ!」
メイプルが盾で防ごうとするが、デリーターの腕は物理的な盾をすり抜け、直接彼女の鎧に触れた。
「きゃあああ!?」
メイプルの身体から、まるでデータが抜き取られるかのように、光の粒子が霧散する。HPゲージが、ごっそりと削り取られた。
「何なの、こいつ! 物理攻撃も、防御もすり抜けてくる!」
「魔法もだ! 当たり判定がない!」
ケンの魔法も、デリーターの身体を素通りしていく。
それは、モンスターではなかった。世界の理を無視し、プレイヤーのデータを直接『削除』する、まさに世界の歪みが具現化した悪意そのもの。
なす術もなく、じりじりと追い詰められていく三人。デリーターの黒い手が、カナデに向かって伸びてくる。
絶体絶命。
その時、カナデの脳裏に、リリアの言葉が蘇った。
(あなたの力は、世界の歪みそのものを、正しく調律できる唯一の可能性……)
(調律……? 修復……? そうか!)
カナデは、デリーターを攻撃するのではなく、その足元の地面――歪んでいない、正常なデータで構成された地面――に、つるはしを突き立てた。
「この世界の理に従え! 『リペア』!」
それは、壊れた地形を僅かに修復するだけの、地味な初期スキル。しかし、カナデは全MPを注ぎ込み、そのスキルの対象を『デリーターが存在する空間そのもの』に指定した。
カナデのスキルに呼応し、地面から清浄な光が溢れ出す。その光は、歪んだ存在であるデリーターを、正常な世界の理へと強制的に引き戻そうとする。
「ギ……ジジジジジジジ!?」
デリーターが、初めて苦しみの声を上げた。その身体が、光によって激しく明滅し、形を保てなくなっていく。
世界の理そのものが、異物であるデリーターを排斥しようとしているのだ。
「効いている……!」
カナデが確信した、その瞬間。彼のスキルが、限界を超えた負荷に耐えきれず、プツンと途切れた。
同時に、彼の目の前のスキルツリーが乱れ、一つのスキルが新たな輝きを放ち始めた。
《スキル『リペア』が、『フィールド・クラフト』へと進化します》
カナデがその変化に気づく間もなく、デリーターは体勢を立て直し、再び襲いかかってきた。もはや、MPの尽きた彼らに、抗う術はなかった。
一方、その伝説の当事者であるカナデたちは、すでに次の浮遊島『ウィンディア・テラス』の探索を開始していた。そこは、最初の島よりもさらに緑が豊かで、大小様々な滝が雲海へと流れ落ちる、まさに天空の楽園と呼ぶにふさわしい場所だった。
「すごい! 見て、あそこに虹がかかってるわ!」
メイプルが、滝が生み出す水しぶきに架かる七色の光のアーチを指さして、嬉しそうに声を上げる。
「美しい場所だな。だが、油断は禁物だ」
ケンの言う通り、その美しい景観とは裏腹に、島の生態系は極めて危険だった。鋭い嘴を持つ怪鳥『ハーピー』の群れが空を舞い、岩陰には風の刃を吐き出すカマキリのようなモンスター『ゲイルマンティス』が潜んでいる。
「きゃっ!」
メイプルが、茂みから飛び出してきたゲイルマンティスに驚いて後ずさる。すかさずケンが杖を構え、迎撃しようとした。しかし、それよりも速く、カナデが動いた。
「スキル、『モウルディング』!」
カナデが地面に手をかざすと、ゲイルマンティスの足元から土が隆起し、瞬く間にその両足を固めてしまった。身動きが取れなくなったモンスターを、ケンが放った《ファイアボール》が正確に仕留める。
「サンキュー、カナデ! さすがね!」
「いえ。この島は足場が不安定な場所が多い。常に地面に注意を払っておく必要がありそうです」
カナデは『アナライズ・グラウンド』を常に発動させ、周囲の地形情報を把握していた。この島は、見た目の美しさとは裏腹に、地盤が脆い箇所が点在している。それを事前に察知し、安全なルートを選んで進む。これもまた、地形師ならではの探索術だった。
しばらく進むと、三人は奇妙な光景を目にした。
島の中心部にあるはずの巨大な樹木の一部が、まるでテレビの砂嵐のように、ザリザリとしたノイズを帯びて明滅しているのだ。
「な、何あれ……。バグ?」
メイプルが、気味悪そうにその光景を見つめる。
「……データが破損しているのか? いや、それにしては局所的すぎる」
ケンも、現象を分析しようと目を凝らすが、原因は分からない。
カナデは、そのノイズが走る樹木に近づき、『アナライズ・グラウンド』で調べてみた。しかし、返ってきたのはエラーメッセージだけだった。
『解析不能。対象オブジェクトの情報が欠損しています』
その時、ノイズの中から一体のモンスターが這い出てきた。それは、この島に生息するロックリザードのようだったが、その姿は異様だった。身体の半分が正常なポリゴンで構成されているのに対し、もう半分はノイズそのものでできており、形が安定せずに蠢いている。
「グ……ジジ……ザアアア……」
モンスターが発する声も、正常なものではない。壊れた機械のような不快な音を立てながら、こちらに敵意を向けてきた。
「来るわよ!」
メイプルが盾を構える。ケンが魔法を放つが、ノイズでできた半身は魔法をすり抜け、ダメージが通らない。
「物理攻撃もだめ! ノイズの部分は、当たり判定がないみたい!」
メイプルの剣も、虚しく空を切る。
「……弱点は、正常な部分だけか!」
カナデが叫ぶ。その言葉をヒントに、メイプルとケンはモンスターの正常な半身だけを狙って攻撃を集中させた。数度の攻防の末、異形のモンスターは奇妙な断末魔と共に消滅したが、アイテムも経験値も、何もドロップしなかった。まるで、最初からそこに存在しなかったかのように。
「一体、何だったの……今のは」
「リリアさんが言っていた、世界の『歪み』……。これのことでしょうか」
カナデの脳裏に、リリアの悲しげな顔が浮かんだ。空から感じるという歪みの波動。その正体は、これなのかもしれない。
重い空気を振り払うように、三人は島のさらに奥へと進んだ。やがて、道は途切れ、広大な円形の闘技場のような場所に出た。そこが、この島の最奥であり、次の島へ渡るための転移装置が置かれている場所なのだろう。
しかし、その中央は空っぽだった。転移装置らしきものは見当たらない。
「あれ? 行き止まり?」
メイプルが首を傾げた、その時。
「グオオオオオオォォォ!」
天を震わすほどの、凄まจじい咆哮が響き渡った。見上げると、上空から巨大な影が急降下してくる。それは、カナデたちが山脈で一度見かけたグリフォンだった。だが、その大きさも、放つ威圧感も、以前の個体とは比較にならない。
全身は嵐を纏ったかのように稲妻を迸らせ、翼を広げれば数十メートルにも及ぶ巨体。その名は、システムウィンドウに赤く表示されていた。
【ストーム・グリフォン Lv.25】
「エリアボス……!」
「ここが、こいつの縄張りだったのね!」
ストーム・グリフォンは、地上に降り立つことなく、常に空中を高速で旋回している。時折、急降下してきては、鋭い爪で一撃を加え、すぐに上空へと離脱する。あるいは、翼を羽ばたかせ、無数の真空の刃を雨のように降らせてきた。
「くっ! 攻撃が届かない!」
メイプルは真空の刃を盾で防ぐので精一杯だ。
「俺の魔法も、あの速度では当たらない……!」
ケンの魔法も、ことごとく空を切る。
相手は、圧倒的な制空権を握っていた。地上にいる限り、彼らはサンドバッグ同然だ。
「このままじゃジリ貧よ! 何か手はないの、カナデ!」
メイプルの悲痛な声が飛ぶ。
カナデは、冷静にボスの動きを観察していた。ストーム・グリフォンは、無軌道に飛び回っているわけではない。闘技場の上空を、特定のパターンで旋回している。そして、攻撃の際には、必ず同じような軌道で急降下してくる。
(……空がダメなら、地に引きずり下ろすしかない。いや、違う。俺たちが、空に近づけばいいんだ!)
カナデの頭の中に、大胆不敵な作戦が閃いた。
「メイプルさん、ケンさん! 俺に考えがあります! しばらく、ボスの攻撃を引きつけてください!」
「分かったわ! やれるだけやってみる!」
カナデは闘技場の中央に走り込むと、つるはしを地面に突き立てた。
「スキル、『シェイピング』!」
彼の足元から、天に向かって巨大な石の柱が伸び始めた。一本ではない。闘技場のあちこちから、まるで巨大な樹木が生えてくるかのように、次々と石柱が隆起していく。
その光景は、もはや建築というよりも、天変地異に近い。
「な、何をする気だ……!?」
「カナデ!?」
戸惑う二人を尻目に、カナデは次々と柱を生成していく。それらは、ストーム・グリフォンが旋回する飛行ルートを塞ぐように、絶妙な位置と高さに配置されていた。
「グアア!?」
いつも通りに飛んでいたグリフォンが、突如として現れた石柱に翼をぶつけ、体勢を崩す。その動きは、明らかに以前より鈍くなっていた。飛行ルートを制限されたことで、その機動力が殺がれたのだ。
「よし! でも、これだけじゃ足りない!」
カナデはMP回復薬をがぶ飲みしながら、さらにスキルを酷使する。今度は、メイプルとケンが立っている足元そのものを隆起させ始めた。
「二人とも、しっかり掴まっててください!」
「え、えええええ!?」
地面が、まるでエレベーターのように上昇していく。カナデは、メイプルとケンを、自分が作り出した石柱の頂上へと運び上げたのだ。そこは、地上数十メートルの高さ。グリフォンが飛ぶ高度と、ほぼ同じ高さだった。
「これで、攻撃が届きます!」
「なるほど、そういうこと! カナデ、あんたって奴は!」
状況は一変した。地上からでは届かなかった攻撃が、今や目と鼻の先から放たれる。
「くらいなさい! 《シールドバッシュ》!」
メイプルが、体勢を崩したグリフォンの頭部に、飛びかかって渾身の一撃を見舞う。
「――我が魔力、雷となりて敵を穿て! 《サンダースピア》!」
ケンが詠唱した中級雷魔法が、グリフォンの翼に直撃し、バチバチと音を立ててその動きを麻痺させた。
「グルルルルル!」
怒り狂ったストーム・グリフォンが、標的をメイプルとケンに定める。だが、カナデが作り出した無数の柱が邪魔になり、思うように動けない。戦場は、もはや空ではなく、カナデが創造した『石の森』へと変わっていた。
「とどめです!」
カナデは最後のMPを振り絞り、グリフォンの真下の地面にスキルを発動させた。
狙うのは、巨大な罠。
地面から、無数の巨大な岩の鎖が蛇のように伸び、落下してきたグリフォンの身体に絡みついた。
「グオオオオ!?」
完全に地に縫い付けられ、身動きを封じられたストーム・グリフォン。それは、もはや空の支配者ではなく、ただの巨大な的だった。
「今よ、ケン!」
「ああ!」
メイプルとケンが、ありったけのスキルを叩き込む。凄まじい光と爆音が闘技場を包み込み、やがてストーム・グリフォンの巨体は光の粒子となって消滅した。
後には、いくつかのレアアイテムと、闘技場の中央に静かに起動した転移装置が残されていた。
「……はぁ、はぁ……勝った……」
メイプルが、その場にへたり込む。
「見事な作戦だった、カナデ」
ケンも、興奮を隠せない様子でカナデを称えた。
カナデは、自分が作り出した異様な光景――天を突く無数の石柱――を見渡し、満足げに微笑んだ。地形師の力が、また一つ、新たな可能性を示した瞬間だった。
だが、その勝利の余韻は、長くは続かなかった。
ボスを倒したことで、このエリアの『歪み』が、さらに活性化したのだ。
先ほどまでノイズが走っていた巨大な樹木が、完全にその形を失い、黒いデジタルノイズの塊へと変貌した。そして、そのノイズの中から、一体の異形がゆっくりと姿を現す。
それは、特定の形を持たない、不定形の人型の影だった。全身がバグったデータのように明滅し、存在しているのかいないのかすら曖昧に見える。しかし、その影が放つプレッシャーは、先ほどのストーム・グリフォンとは比較にならないほど冷たく、邪悪なものだった。
システムウィンドウが、警告を発する。
【警告:未知の存在『デリーター』を検知しました】
「デリーター……?」
その存在は、カナデたちを認識すると、無音で、しかし恐るべき速度で滑るように接近してきた。
「メイプルさん!」
「くっ!」
メイプルが盾で防ごうとするが、デリーターの腕は物理的な盾をすり抜け、直接彼女の鎧に触れた。
「きゃあああ!?」
メイプルの身体から、まるでデータが抜き取られるかのように、光の粒子が霧散する。HPゲージが、ごっそりと削り取られた。
「何なの、こいつ! 物理攻撃も、防御もすり抜けてくる!」
「魔法もだ! 当たり判定がない!」
ケンの魔法も、デリーターの身体を素通りしていく。
それは、モンスターではなかった。世界の理を無視し、プレイヤーのデータを直接『削除』する、まさに世界の歪みが具現化した悪意そのもの。
なす術もなく、じりじりと追い詰められていく三人。デリーターの黒い手が、カナデに向かって伸びてくる。
絶体絶命。
その時、カナデの脳裏に、リリアの言葉が蘇った。
(あなたの力は、世界の歪みそのものを、正しく調律できる唯一の可能性……)
(調律……? 修復……? そうか!)
カナデは、デリーターを攻撃するのではなく、その足元の地面――歪んでいない、正常なデータで構成された地面――に、つるはしを突き立てた。
「この世界の理に従え! 『リペア』!」
それは、壊れた地形を僅かに修復するだけの、地味な初期スキル。しかし、カナデは全MPを注ぎ込み、そのスキルの対象を『デリーターが存在する空間そのもの』に指定した。
カナデのスキルに呼応し、地面から清浄な光が溢れ出す。その光は、歪んだ存在であるデリーターを、正常な世界の理へと強制的に引き戻そうとする。
「ギ……ジジジジジジジ!?」
デリーターが、初めて苦しみの声を上げた。その身体が、光によって激しく明滅し、形を保てなくなっていく。
世界の理そのものが、異物であるデリーターを排斥しようとしているのだ。
「効いている……!」
カナデが確信した、その瞬間。彼のスキルが、限界を超えた負荷に耐えきれず、プツンと途切れた。
同時に、彼の目の前のスキルツリーが乱れ、一つのスキルが新たな輝きを放ち始めた。
《スキル『リペア』が、『フィールド・クラフト』へと進化します》
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――これは、“守られるはずだった少年”が、“守る覚悟”を知るまでの物語。
そして、少女たちは彼の隣で、“本当の強さ”と“愛し方”を知ってゆく。
「誰かのために戦うって、こういうことなんだな……」
恋も戦場も、手加減なんてしてられない。
逆転世界ラブコメ×ハーレム×SFバトル群像劇、開幕。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
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ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
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ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた
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