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第13話:フィールド・クラフト
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絶望的な沈黙が、闘技場を支配していた。
MPが尽き、スキルも途切れたカナデたちに、もはや抗う術はない。無音で滑るように迫る黒い影、『デリーター』。その不定形の腕が、がら空きのカナデに向かって伸ばされる。
「カナデ、逃げて!」
「させるか!」
HPも僅かしか残っていないメイプルが、最後の力を振り絞ってカナデの前に立ちはだかる。ケンも、杖を盾代わりにしてその隣に並んだ。仲間を守るという、ただその一心だけで、彼らは絶望的な脅威の前に身を晒した。
だが、その健気な抵抗は無意味だった。
デリーターの腕は、二人の身体をまるで幻のようにすり抜け、その存在を無視してカナデの胸元へと迫る。万事休す。誰もが、そう思った瞬間だった。
カナデの脳裏に、いくつもの光景が閃光のように駆け巡った。
初めてリリアと出会った、神殿の清らかな空気。
世界の歪みを憂い、悲しげに瞳を伏せた彼女の横顔。
共に笑い、背中を預け合ってきた、かけがえのない仲間たちの笑顔。
――あなたの力は、世界の歪みそのものを、正しく調律できる唯一の可能性……。
リリアの言葉が、彼の魂を揺さぶる。
(こんな所で、終わらせるものか……!)
攻撃するのではない。破壊するのではない。
正すのだ。この歪んだ空間を、あるべき姿に。
その強い、純粋な祈りが、彼の心の奥底で輝きを放った。
「――俺が、この世界を『創り』変える!」
叫びと共に、カナデの目の前で乱れていたスキルツリーが、一つの輝点に収束した。
《あなたの強い意志に呼応し、世界の理が書き換わります》
《スキル『地形師』の根幹概念が拡張されます》
《究極スキルへの進化条件の一部をクリアしました》
《ユニークスキル【フィールド・クラフト】が覚醒します》
システムメッセージが流れるのと、カナデが新たな力を直感で理解したのは、ほぼ同時だった。
地面を創る。壁を創る。橋を創る。
それは、まだ力の表層に過ぎなかった。地形師の本当の力は、物理的なオブジェクトを創造することではない。
空間の設計図――フィールドそのものを『創造』し、『支配』すること。
デリーターの指先が、カナデの胸に触れる寸前。
カナデは、残った最後の精神力を振り絞り、新たなスキルの名を叫んだ。
「スキル発動! 『フィールド・クラフト:聖域創造(サンクチュアリ・クラフト)』!」
カナデを中心に、眩いばかりの白金の光が爆発した。それは、MPを消費して発動するスキルではない。カナデの意志そのものを触媒として、世界の理に直接干渉する、全く新しい概念の力だった。
光が満ちた半径十メートルの空間は、完全に変質していた。
床は磨き上げられた白亜の石畳に変わり、空気は清浄な祈りで満たされる。そこは、あらゆる歪みや不浄を許さない、絶対的な『聖域』へと創り変えられていた。
「ギ……ギャアアアアアアアアア!?」
デリーターが、初めて明確な絶叫を上げた。
聖域に触れたその腕が、聖水に触れた悪霊のように、激しく白煙を上げて溶解していく。世界の歪みの具現であるデリーターにとって、完全に正常化されたこの空間は、猛毒そのものだった。
デリーターは、恐慌をきたしたように後ずさる。しかし、カナデは逃がさない。
「これが、俺の世界だ」
カナデが一歩前に進むと、それに合わせて聖域も一歩拡大する。デリーターが逃げ惑うたびに、じりじりとその逃げ場を奪っていく。
それは、もはや戦闘ではなかった。創造主が、自らの世界に紛れ込んだ異物を、ただ粛々と『修正』していく作業だった。
「そんな……」
「空間そのものを、書き換えているのか……?」
メイプルとケンは、目の前で起きている奇跡的な光景に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。先ほどまで死闘を繰り広げていたはずの脅威が、カナデの前では赤子のように無力だった。
やがて、完全に逃げ場を失ったデリーターは、聖域の光にその全身を焼かれ、最後の瞬間、まるで何かを訴えるかのように、カナデに向かって不定形の手を伸ばした。
だが、その手が届くことはない。
デリーターは、断末魔の叫びすら残せず、光の中に完全に溶け、霧散した。
後に残されたのは、神聖な輝きを放つ白亜の聖域と、その中心に立つカナデの姿だけだった。
やがて、カナデが力の行使を解くと、聖域は幻だったかのように消え去り、闘技場は元の荒涼とした姿に戻った。先ほどの激闘が、全て嘘だったかのように。
「……カナデ、あんた……」
メイプルが、恐る恐る声をかける。
カナデはゆっくりと振り返った。その顔には、疲労の色はなかった。むしろ、これまで感じたことのない万能感と、それから底知れない畏怖が入り混じった、複雑な表情をしていた。
「フィールド・クラフト……。これが、地形師の本当の力……」
彼は、自分の手のひらを見つめた。
ただ地面を掘るだけだったこの力が、今や空間のルールそのものを捻じ曲げ、自分の望む世界を局地的に『創造』できる。それは、神の領域に片足を突っ込むに等しい、あまりにも強大で、危険な力だった。
「助かったわ、カナデ。本当に……ありがとう」
メイプルが、心からの感謝を告げる。
「君がいなければ、我々は終わっていた」
ケンも、静かだが最大の敬意を込めて言った。
仲間たちの声に、カナデは我に返った。そうだ、この力は、仲間を、リリアを、この世界を守るためにある。その本質を、見失ってはいけない。
彼は、自らの内に芽生えかけた傲慢さを戒めるように、強く拳を握りしめた。
「とにかく、ここから脱出しましょう。転移装置が起動しています」
カナデの言葉に、二人は頷いた。
三人は、レアアイテムを回収すると、闘技場の中央で静かに光を放つ転移装置へと向かった。
振り返ると、そこにはカナデが創り出した無数の石柱が、まるで墓標のようにそそり立っている。空の支配者を地に引きずり下ろし、世界の歪みを退けた、壮絶な戦いの記憶。
このセレスティアでの戦いは、カナデに新たな力と、そして新たな使命を自覚させた。
彼の戦いは、もはや単なるゲーム攻略ではない。
この世界の歪みを生み出す、根源的な何かとの戦いが、今、始まったのだ。
転移装置の光に包まれながら、カナデは遥か天空の先を見据えた。そこには、さらに深い歪みと、そして彼と同じように世界の理に干渉しようとする、強大なライバルの影が待ち受けている。
道は、まだ遥か遠い。だが、彼の手には、世界を創り変える力がある。その事実だけが、揺るぎない道標となって、彼の心を照らしていた。
MPが尽き、スキルも途切れたカナデたちに、もはや抗う術はない。無音で滑るように迫る黒い影、『デリーター』。その不定形の腕が、がら空きのカナデに向かって伸ばされる。
「カナデ、逃げて!」
「させるか!」
HPも僅かしか残っていないメイプルが、最後の力を振り絞ってカナデの前に立ちはだかる。ケンも、杖を盾代わりにしてその隣に並んだ。仲間を守るという、ただその一心だけで、彼らは絶望的な脅威の前に身を晒した。
だが、その健気な抵抗は無意味だった。
デリーターの腕は、二人の身体をまるで幻のようにすり抜け、その存在を無視してカナデの胸元へと迫る。万事休す。誰もが、そう思った瞬間だった。
カナデの脳裏に、いくつもの光景が閃光のように駆け巡った。
初めてリリアと出会った、神殿の清らかな空気。
世界の歪みを憂い、悲しげに瞳を伏せた彼女の横顔。
共に笑い、背中を預け合ってきた、かけがえのない仲間たちの笑顔。
――あなたの力は、世界の歪みそのものを、正しく調律できる唯一の可能性……。
リリアの言葉が、彼の魂を揺さぶる。
(こんな所で、終わらせるものか……!)
攻撃するのではない。破壊するのではない。
正すのだ。この歪んだ空間を、あるべき姿に。
その強い、純粋な祈りが、彼の心の奥底で輝きを放った。
「――俺が、この世界を『創り』変える!」
叫びと共に、カナデの目の前で乱れていたスキルツリーが、一つの輝点に収束した。
《あなたの強い意志に呼応し、世界の理が書き換わります》
《スキル『地形師』の根幹概念が拡張されます》
《究極スキルへの進化条件の一部をクリアしました》
《ユニークスキル【フィールド・クラフト】が覚醒します》
システムメッセージが流れるのと、カナデが新たな力を直感で理解したのは、ほぼ同時だった。
地面を創る。壁を創る。橋を創る。
それは、まだ力の表層に過ぎなかった。地形師の本当の力は、物理的なオブジェクトを創造することではない。
空間の設計図――フィールドそのものを『創造』し、『支配』すること。
デリーターの指先が、カナデの胸に触れる寸前。
カナデは、残った最後の精神力を振り絞り、新たなスキルの名を叫んだ。
「スキル発動! 『フィールド・クラフト:聖域創造(サンクチュアリ・クラフト)』!」
カナデを中心に、眩いばかりの白金の光が爆発した。それは、MPを消費して発動するスキルではない。カナデの意志そのものを触媒として、世界の理に直接干渉する、全く新しい概念の力だった。
光が満ちた半径十メートルの空間は、完全に変質していた。
床は磨き上げられた白亜の石畳に変わり、空気は清浄な祈りで満たされる。そこは、あらゆる歪みや不浄を許さない、絶対的な『聖域』へと創り変えられていた。
「ギ……ギャアアアアアアアアア!?」
デリーターが、初めて明確な絶叫を上げた。
聖域に触れたその腕が、聖水に触れた悪霊のように、激しく白煙を上げて溶解していく。世界の歪みの具現であるデリーターにとって、完全に正常化されたこの空間は、猛毒そのものだった。
デリーターは、恐慌をきたしたように後ずさる。しかし、カナデは逃がさない。
「これが、俺の世界だ」
カナデが一歩前に進むと、それに合わせて聖域も一歩拡大する。デリーターが逃げ惑うたびに、じりじりとその逃げ場を奪っていく。
それは、もはや戦闘ではなかった。創造主が、自らの世界に紛れ込んだ異物を、ただ粛々と『修正』していく作業だった。
「そんな……」
「空間そのものを、書き換えているのか……?」
メイプルとケンは、目の前で起きている奇跡的な光景に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。先ほどまで死闘を繰り広げていたはずの脅威が、カナデの前では赤子のように無力だった。
やがて、完全に逃げ場を失ったデリーターは、聖域の光にその全身を焼かれ、最後の瞬間、まるで何かを訴えるかのように、カナデに向かって不定形の手を伸ばした。
だが、その手が届くことはない。
デリーターは、断末魔の叫びすら残せず、光の中に完全に溶け、霧散した。
後に残されたのは、神聖な輝きを放つ白亜の聖域と、その中心に立つカナデの姿だけだった。
やがて、カナデが力の行使を解くと、聖域は幻だったかのように消え去り、闘技場は元の荒涼とした姿に戻った。先ほどの激闘が、全て嘘だったかのように。
「……カナデ、あんた……」
メイプルが、恐る恐る声をかける。
カナデはゆっくりと振り返った。その顔には、疲労の色はなかった。むしろ、これまで感じたことのない万能感と、それから底知れない畏怖が入り混じった、複雑な表情をしていた。
「フィールド・クラフト……。これが、地形師の本当の力……」
彼は、自分の手のひらを見つめた。
ただ地面を掘るだけだったこの力が、今や空間のルールそのものを捻じ曲げ、自分の望む世界を局地的に『創造』できる。それは、神の領域に片足を突っ込むに等しい、あまりにも強大で、危険な力だった。
「助かったわ、カナデ。本当に……ありがとう」
メイプルが、心からの感謝を告げる。
「君がいなければ、我々は終わっていた」
ケンも、静かだが最大の敬意を込めて言った。
仲間たちの声に、カナデは我に返った。そうだ、この力は、仲間を、リリアを、この世界を守るためにある。その本質を、見失ってはいけない。
彼は、自らの内に芽生えかけた傲慢さを戒めるように、強く拳を握りしめた。
「とにかく、ここから脱出しましょう。転移装置が起動しています」
カナデの言葉に、二人は頷いた。
三人は、レアアイテムを回収すると、闘技場の中央で静かに光を放つ転移装置へと向かった。
振り返ると、そこにはカナデが創り出した無数の石柱が、まるで墓標のようにそそり立っている。空の支配者を地に引きずり下ろし、世界の歪みを退けた、壮絶な戦いの記憶。
このセレスティアでの戦いは、カナデに新たな力と、そして新たな使命を自覚させた。
彼の戦いは、もはや単なるゲーム攻略ではない。
この世界の歪みを生み出す、根源的な何かとの戦いが、今、始まったのだ。
転移装置の光に包まれながら、カナデは遥か天空の先を見据えた。そこには、さらに深い歪みと、そして彼と同じように世界の理に干渉しようとする、強大なライバルの影が待ち受けている。
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