ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

文字の大きさ
13 / 80

第13話:フィールド・クラフト

しおりを挟む
絶望的な沈黙が、闘技場を支配していた。
MPが尽き、スキルも途切れたカナデたちに、もはや抗う術はない。無音で滑るように迫る黒い影、『デリーター』。その不定形の腕が、がら空きのカナデに向かって伸ばされる。

「カナデ、逃げて!」
「させるか!」

HPも僅かしか残っていないメイプルが、最後の力を振り絞ってカナデの前に立ちはだかる。ケンも、杖を盾代わりにしてその隣に並んだ。仲間を守るという、ただその一心だけで、彼らは絶望的な脅威の前に身を晒した。

だが、その健気な抵抗は無意味だった。
デリーターの腕は、二人の身体をまるで幻のようにすり抜け、その存在を無視してカナデの胸元へと迫る。万事休す。誰もが、そう思った瞬間だった。

カナデの脳裏に、いくつもの光景が閃光のように駆け巡った。
初めてリリアと出会った、神殿の清らかな空気。
世界の歪みを憂い、悲しげに瞳を伏せた彼女の横顔。
共に笑い、背中を預け合ってきた、かけがえのない仲間たちの笑顔。

――あなたの力は、世界の歪みそのものを、正しく調律できる唯一の可能性……。

リリアの言葉が、彼の魂を揺さぶる。
(こんな所で、終わらせるものか……!)
攻撃するのではない。破壊するのではない。
正すのだ。この歪んだ空間を、あるべき姿に。
その強い、純粋な祈りが、彼の心の奥底で輝きを放った。

「――俺が、この世界を『創り』変える!」

叫びと共に、カナデの目の前で乱れていたスキルツリーが、一つの輝点に収束した。

《あなたの強い意志に呼応し、世界の理が書き換わります》
《スキル『地形師』の根幹概念が拡張されます》
《究極スキルへの進化条件の一部をクリアしました》
《ユニークスキル【フィールド・クラフト】が覚醒します》

システムメッセージが流れるのと、カナデが新たな力を直感で理解したのは、ほぼ同時だった。
地面を創る。壁を創る。橋を創る。
それは、まだ力の表層に過ぎなかった。地形師の本当の力は、物理的なオブジェクトを創造することではない。
空間の設計図――フィールドそのものを『創造』し、『支配』すること。

デリーターの指先が、カナデの胸に触れる寸前。
カナデは、残った最後の精神力を振り絞り、新たなスキルの名を叫んだ。

「スキル発動! 『フィールド・クラフト:聖域創造(サンクチュアリ・クラフト)』!」

カナデを中心に、眩いばかりの白金の光が爆発した。それは、MPを消費して発動するスキルではない。カナデの意志そのものを触媒として、世界の理に直接干渉する、全く新しい概念の力だった。

光が満ちた半径十メートルの空間は、完全に変質していた。
床は磨き上げられた白亜の石畳に変わり、空気は清浄な祈りで満たされる。そこは、あらゆる歪みや不浄を許さない、絶対的な『聖域』へと創り変えられていた。

「ギ……ギャアアアアアアアアア!?」

デリーターが、初めて明確な絶叫を上げた。
聖域に触れたその腕が、聖水に触れた悪霊のように、激しく白煙を上げて溶解していく。世界の歪みの具現であるデリーターにとって、完全に正常化されたこの空間は、猛毒そのものだった。

デリーターは、恐慌をきたしたように後ずさる。しかし、カナデは逃がさない。
「これが、俺の世界だ」

カナデが一歩前に進むと、それに合わせて聖域も一歩拡大する。デリーターが逃げ惑うたびに、じりじりとその逃げ場を奪っていく。
それは、もはや戦闘ではなかった。創造主が、自らの世界に紛れ込んだ異物を、ただ粛々と『修正』していく作業だった。

「そんな……」
「空間そのものを、書き換えているのか……?」
メイプルとケンは、目の前で起きている奇跡的な光景に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。先ほどまで死闘を繰り広げていたはずの脅威が、カナデの前では赤子のように無力だった。

やがて、完全に逃げ場を失ったデリーターは、聖域の光にその全身を焼かれ、最後の瞬間、まるで何かを訴えるかのように、カナデに向かって不定形の手を伸ばした。
だが、その手が届くことはない。
デリーターは、断末魔の叫びすら残せず、光の中に完全に溶け、霧散した。

後に残されたのは、神聖な輝きを放つ白亜の聖域と、その中心に立つカナデの姿だけだった。
やがて、カナデが力の行使を解くと、聖域は幻だったかのように消え去り、闘技場は元の荒涼とした姿に戻った。先ほどの激闘が、全て嘘だったかのように。

「……カナデ、あんた……」
メイプルが、恐る恐る声をかける。
カナデはゆっくりと振り返った。その顔には、疲労の色はなかった。むしろ、これまで感じたことのない万能感と、それから底知れない畏怖が入り混じった、複雑な表情をしていた。

「フィールド・クラフト……。これが、地形師の本当の力……」
彼は、自分の手のひらを見つめた。
ただ地面を掘るだけだったこの力が、今や空間のルールそのものを捻じ曲げ、自分の望む世界を局地的に『創造』できる。それは、神の領域に片足を突っ込むに等しい、あまりにも強大で、危険な力だった。

「助かったわ、カナデ。本当に……ありがとう」
メイプルが、心からの感謝を告げる。
「君がいなければ、我々は終わっていた」
ケンも、静かだが最大の敬意を込めて言った。

仲間たちの声に、カナデは我に返った。そうだ、この力は、仲間を、リリアを、この世界を守るためにある。その本質を、見失ってはいけない。
彼は、自らの内に芽生えかけた傲慢さを戒めるように、強く拳を握りしめた。

「とにかく、ここから脱出しましょう。転移装置が起動しています」
カナデの言葉に、二人は頷いた。
三人は、レアアイテムを回収すると、闘技場の中央で静かに光を放つ転移装置へと向かった。

振り返ると、そこにはカナデが創り出した無数の石柱が、まるで墓標のようにそそり立っている。空の支配者を地に引きずり下ろし、世界の歪みを退けた、壮絶な戦いの記憶。
このセレスティアでの戦いは、カナデに新たな力と、そして新たな使命を自覚させた。

彼の戦いは、もはや単なるゲーム攻略ではない。
この世界の歪みを生み出す、根源的な何かとの戦いが、今、始まったのだ。
転移装置の光に包まれながら、カナデは遥か天空の先を見据えた。そこには、さらに深い歪みと、そして彼と同じように世界の理に干渉しようとする、強大なライバルの影が待ち受けている。
道は、まだ遥か遠い。だが、彼の手には、世界を創り変える力がある。その事実だけが、揺るぎない道標となって、彼の心を照らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の職業は【トラップ・マスター】。ダンジョンを経験値工場に作り変えたら、俺一人のせいでサーバー全体のレベルがインフレした件

夏見ナイ
SF
現実世界でシステムエンジニアとして働く神代蓮。彼が効率を求めVRMMORPG「エリュシオン・オンライン」で選んだのは、誰にも見向きもされない不遇職【トラップ・マスター】だった。 周囲の冷笑をよそに、蓮はプログラミング知識を応用してトラップを自動連携させる画期的な戦術を開発。さらに誰も見向きもしないダンジョンを丸ごと買い取り、24時間稼働の「全自動経験値工場」へと作り変えてしまう。 結果、彼のレベルと資産は異常な速度で膨れ上がり、サーバーの経済とランキングをたった一人で崩壊させた。この事態を危険視した最強ギルドは、彼のダンジョンに狙いを定める。これは、知恵と工夫で世界の常識を覆す、一人の男の伝説の始まり。

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。 ─────── 自筆です。 アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――

黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。 ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。 この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。 未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。 そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

この世界、貞操が逆で男女比1対100!?〜文哉の転生学園性活〜

妄想屋さん
SF
気がつけば、そこは“男女の常識”がひっくり返った世界だった。 男は極端に希少で守られる存在、女は戦い、競い、恋を挑む時代。 現代日本で命を落とした青年・文哉は、最先端の学園都市《ノア・クロス》に転生する。 そこでは「バイオギア」と呼ばれる強化装甲を纏う少女たちが、日々鍛錬に明け暮れていた。 しかし、ただの転生では終わらなかった―― 彼は“男でありながらバイオギアに適合する”という奇跡的な特性を持っていたのだ。 無自覚に女子の心をかき乱し、甘さと葛藤の狭間で揺れる日々。 護衛科トップの快活系ヒロイン・桜葉梨羽、内向的で絵を描く少女・柊真帆、 毒気を纏った闇の装甲をまとう守護者・海里しずく…… 個性的な少女たちとのイチャイチャ・バトル・三角関係は、次第に“恋と戦い”の渦へと深まっていく。 ――これは、“守られるはずだった少年”が、“守る覚悟”を知るまでの物語。 そして、少女たちは彼の隣で、“本当の強さ”と“愛し方”を知ってゆく。 「誰かのために戦うって、こういうことなんだな……」 恋も戦場も、手加減なんてしてられない。 逆転世界ラブコメ×ハーレム×SFバトル群像劇、開幕。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ
SF
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、醜く弱い最弱モンスター「ゴブリン」。いつ殺されてもおかしくない絶望的な状況で、俺はたった一つの希望を見出す。それは、食べた相手の能力を奪うユニークスキル【弱肉強食】だった。 「二度と理不尽に死んでたまるか!」 元社畜の思考力と戦略で、スライムから巨大な魔獣、果てはドラゴンまで食らい尽くす! 知恵とスキルでゴブリンの群れを最強の軍団に改革し、追いやられたエルフやオークを仲間に加え、やがて未開の森に一大国家を築き上げる。 これは、最弱のゴブリンが知恵と食欲で進化の頂点に駆け上がり、やがて世界の理さえも喰らう神に至る物語。

処理中です...