ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

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第17話:王家の谷の二つの道

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『王家の谷』に足を踏み入れたカナデたちの目の前に広がっていたのは、天を衝くほどの断崖絶壁に挟まれた、巨大な渓谷だった。風化したスフィンクス像やオベリスクが点在し、壁面には無数の横穴が、まるで蜂の巣のように口を開けている。その全てが、古代遺跡への入り口なのだろう。

遥か上空を、アヴァロンの飛行船が轟音と共に通過していった。彼らは、この広大な渓谷を探索するつもりなど毛頭ないらしい。一直線に、渓谷の最奥に見える巨大なピラミッド――この遺跡群の中心であろう『大王のピラミッド』――へと向かっていく。

「あ! 先に行かれちゃうわ!」
メイプルが、悔しそうに空を睨む。飛行船はピラミッドの上空でホバリングを始め、ロープを使って次々とギルドメンバーを降下させていく。彼らの狙いは、最短距離でのボス討伐と、遺跡の深部に眠るであろうお宝の独占だ。

「いいんです、あれで」
カナデは、焦るメイプルをなだめるように、落ち着いた声で言った。
「彼らは王道を行く。でも、王道が一番早いとは限らない。むしろ、王道にこそ、最大の罠が仕掛けられているものです」

カナデは、目の前の巨大な壁面に手をかざした。
「スキル、『アナライズ・グラウンド』」

彼の視界に、渓谷全体の地形情報が、まるでレントゲン写真のように流れ込んでくる。地表の硬度、岩盤の構成、そして――その内部に広がる、無数の空洞の存在。
「……やはり。この遺跡は、表に見えているルートだけじゃない。アリの巣のように入り組んだ、裏の道があるようです」

カナデが指さしたのは、一見するとただの岩壁にしか見えない場所だった。しかし、彼の分析によれば、その薄い岩盤の向こう側には、ピラミッドの地下へと続く隠し通路が存在している。
「こっちから行きましょう。きっと、ゼノさんたちよりも早く、遺跡の核心にたどり着けます」
「なるほど、抜け道ってわけね! 面白そうじゃない!」
「敵の裏をかく。有効な戦術だ」

三人は、他のプレイヤーの目を避けながら、カナデが見つけたポイントへと向かった。カナデがつるはしで岩壁を数回叩くと、脆くなっていた部分が崩れ落ち、人一人が通れるほどの穴が出現した。

中は、ひんやりとした空気に満ちた石造りの通路だった。壁には松明が灯っており、まるで侵入者を歓迎しているかのようだ。
「何か、嫌な予感がするわね……」
メイプルの言葉通り、それは罠への誘いだった。

数十メートル進むと、広い石室に出た。しかし、三人が部屋の中央まで進んだ瞬間、背後の入り口が巨大な石の扉で塞がれ、天井からは無数の槍が飛び出す仕掛けが作動した。

「きゃっ!」
「罠か!」

だが、カナデは慌てなかった。彼は、床の一部分だけ敷石の色が違うことに気づいていた。
「メイプルさん、ケンさん、そこから動かないで!」
カナデは、槍が降ってこない安全地帯から、床の感圧式スイッチと思しき部分に狙いを定める。
「『シェイピング』で、この石を!」

彼は、遠隔操作で感圧スイッチの上に、重しとなる石の塊を生成した。すると、スイッチが押し込まれたままの状態になり、天井の槍がピタリと止まった。
「ふぅ、助かったわ……。心臓に悪いわね、この遺跡」
「だが、これで分かった。この遺跡の罠は、カナデのスキルと相性がいい」
ケンの言う通り、物理的なギミックで構成された古代の罠は、地形そのものを操作できるカナデにとって、格好の遊び相手に過ぎなかった。

その後も、巨大な岩が転がってくる通路では、壁に退避用の横穴を掘ってやり過ごし、毒矢が飛び出す壁は、その発射口ごと土で塞いでしまう。守護者として現れるガーディアンゴーレムも、カナデが足元の床を泥濘(でいねい)に変えて動きを封じ、その隙にメイプルとケンが弱点のコアを破壊する、という連携で難なく突破していった。

その頃、アヴァロンの一行は、ピラミッドの正面入り口から内部へと侵入していた。
「雑魚は蹴散らせ! 罠は破壊しろ! 全速力で中央突破する!」
ゼノの号令の下、ギルドメンバーたちは圧倒的な力で突き進む。
巨大な斧を振り下ろしてくる振り子トラップは、前衛の戦士たちがスキルで弾き返し、毒ガスが噴出する部屋は、魔術師団が風魔法でガスを吹き飛ばす。
彼らの進軍は、まさに破竹の勢いだった。

しかし、遺跡はそう甘くはなかった。
一つの罠を力ずくで破壊すると、別の罠が連動して作動する。壁を破壊すれば、中から大量のアンデッドモンスターが溢れ出し、床を破壊すれば、奈落への落とし穴が出現する。
「チッ、小賢しい……!」
ゼノは、舌打ちしながら大剣を振るう。彼の剣技は、もはや人間業ではなく、一体で数十体のモンスターを薙ぎ払うほどの威力を持っていた。だが、その強さをもってしても、次から次へと湧き出る障害に、進軍速度は確実に落ちていた。ギルドメンバーたちの疲労も、色濃くなってきている。

「リーダー、ポーションの消耗が予想以上に激しいです!」
「構わん! 構わず進め! あの鼠どもより先に、王の財宝を手に入れるのだ!」
ゼノの頭には、もはやカナデの顔しかなかった。彼にだけは、絶対に負けるわけにはいかない。その執念が、彼らを突き動かしていた。

一方、カナデたちは、ほとんど戦闘をすることなく、遺跡の深部へと到達していた。彼らがたどり着いたのは、これまでの通路とは雰囲気の違う、ドーム状の巨大な広間だった。
『記録の間』。
部屋の中央には巨大な石碑が鎮座し、壁一面には、古代の象形文字(ヒエログリフ)がびっしりと刻まれていた。

「すごい……。歴史の教科書に出てきそうだわ」
「この文字……古代魔法言語の原型に近い。いくつか、読める単語がある」
ケンが、興味深そうに壁画に近づき、その解読を始めた。

「……なるほど。これは、我々が知る創生神話とは、少し違う歴史のようだ」
ケンは、ゆっくりと解読した内容を語り始めた。
「かつて、この地は『太陽の王アクナートン』と『月の女王ネフェルティ』によって治められていた、緑豊かな王国だった。だが、ある日、空から『大いなる厄災』――おそらく『歪み』のことだろう――が降り注ぎ、大地は腐り、世界は滅びの危機に瀕した」

壁画には、空から黒い雨が降り、人々や動植物が次々と倒れていく、絶望的な光景が描かれていた。

「王アクナートンは、民を守るため、一つの決断を下した。王家に伝わる秘術を使い、自らの命と魂を引き換えに、この地に巨大な封印を施し、全ての『歪み』をこのピラミッドの最深部に閉じ込めたのだ。その結果、王国は砂に沈み、呪われた死の土地となった……」

カナデは、ゴクリと喉を鳴らした。この遺跡そのものが、世界の歪みを封じ込めるための、巨大な蓋だったのだ。
ケンは、さらに壁画の別の部分を指さした。そこには、王と女王の傍らに、常に寄り添う一人の少女の姿が描かれていた。

「そして、この少女……『星の巫女』と呼ばれ、世界の調律を司り、星々の運行を読んで未来を予見したという。王の封印の儀式においても、重要な役割を果たしたと記されている」
その壁画に描かれた巫女の横顔は、銀色の髪、翡翠色の瞳、そしてどこか儚げな雰囲気。間違いなく、リリアだった。

「リリアさんは、やっぱり……」
ただのNPCではない。この世界の歴史に、深く、そして悲しい形で刻まれた、本物の『登場人物』なのだ。彼女が歪みのアンカーとなっているのも、この古代の儀式が関係しているのかもしれない。
カナデは、リリアを救い出したいという思いを、より一層強くした。

その時、壁の奥から、ズウゥン……という地響きと共に、これまでとは比較にならないほど邪悪で、強大な歪みの波動が感じられた。
「間違いないわ。この奥に、歪みの源がいる!」
メイプルが、身構える。

直後、彼らの背後から、凄まじい轟音が響き渡った。
ドゴオオオオオン!!
記録の間の壁が、内側から爆発するように粉砕され、土煙の中から、アヴァロンの一行が姿を現した。その先頭には、大剣を肩に担ぎ、執念と怒りに燃える瞳でカナデを睨みつける、ゼノの姿があった。

「……見つけたぞ、カナデ」

静かな、しかし地の底から響くような声だった。
遺跡の最深部に眠る、歪みの源。
古代の謎を解き明かそうとする、不遇職の開拓者。
そして、全ての栄光をその手にするため、力で道をこじ開けた、絶対王者。

三者の視線が、薄暗い遺跡の中で交錯する。
それは、避けられぬ運命の始まりを告げる、静かな号砲だった。
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