ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

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第22話:深淵への潜水球

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新生『ジオ・フロンティア』の最初の目標は、深海に眠るという『海底神殿ポセイドニア』。しかし、その前にはあまりにも多くの問題が山積していた。

「問題その一! どうやって深海まで行くのよ!」
ギルドハウスの作戦会議室で、メイプルがテーブルを叩きながら叫んだ。壁に貼られた海図には、目的地の『アビス・ヴォイド』が不気味な黒で塗りつぶされている。
「通常の船では、アビス・ヴォイドの海域に近づくことすらできないらしい。その海域は常に巨大な渦潮が発生していて、並の船では飲み込まれてしまうと」
ケンが、収集した情報を冷静に付け加える。

「問題その二。仮に海域に到達できたとして、どうやって潜るのか」シオンが、腕を組んで続けた。「深海の水圧は、鋼鉄すらも容易く圧し潰す。生身で潜るのは自殺行為。潜水可能な魔導船でもなければ、不可能でしょう」
「そんな高級品、アヴァロンくらいしか持ってないわよ……」
メイプルが、うなだれる。

陸路を創り、空路を創ってきたカナデも、水圧という目に見えない絶対的な物理法則の前には、さすがに打つ手がないように思われた。
しかし、カナデは落ち着いていた。彼は、一枚の設計図をテーブルの上に広げる。
「船は、要りません。俺たちが、船になればいい」
「「「は?」」」
三人の声が、綺麗にハモった。

カナデは、設計図を指さしながら説明を始めた。
「『フィールド・クラフト』は、空間そのものを創造するスキルです。つまり、俺たちの周囲に、水圧を完全に遮断する球状の『空間』を創り出します。中は空気で満たされ、外は深海の圧力。まさに、潜水球そのものです」
「そ、そんなことできるの!?」
「理論上は可能です。問題は、推進力と、視界の確保ですが……」

カナデは、自信ありげに続けた。
「推進力は、球体の後ろに小さな穴を開け、そこから内部の空気を魔法的に噴射させて得ます。ケンの風魔法の応用です。視界は、シオンさんの索敵能力を頼ります。そして、光源は、俺が発光する鉱石を埋め込んだオブジェクトを創り出し、潜水球の周りを飛ばします。いわば、深海を照らすドローンのようなものです」

その計画は、あまりにも奇想天外で、しかし緻密に計算されていた。メイプルとケンは、もはやカナデの規格外の発想に慣れっこだったが、新加入のシオンは、信じられないものを見るような目でカナデを見つめていた。

「……正気ですか? あなたは」
「いつでも本気ですよ」
カナデは、にこりと笑った。

***

数日後、四人はアビス・ヴォイドに最も近い港町『ポート・ネレイド』にいた。寂れた港町で、屈強な船乗りたちが、酒を飲みながら噂話に花を咲かせている。
「やめとけ、兄ちゃんたち。アビス・ヴォイドは『船の墓場』だ。どんなベテランでも、近づいたが最後、二度と戻っては来れねえ」

船乗りたちの忠告を背に受けながら、四人は一隻の小さな船を借り、問題の海域へと漕ぎ出した。やがて、空がにわかに曇り、海の様相が一変する。穏やかだった海面が激しくうねり、船の行く手には、全てを飲み込まんとする巨大な渦潮が口を開けていた。

「これ……突っ込むの!?」
メイプルが、悲鳴を上げる。
「いえ。渦の中心は、逆に海流が静かになっているはず。そこが、潜水ポイントです」
シオンが、冷静に風と潮の流れを読む。

船が渦に巻き込まれる寸前、カナデは仲間たちに叫んだ。
「皆さん、準備はいいですか! 行きますよ!」
カナデが両手を広げると、四人の周囲にシャボン玉のような透明な球体が現れた。中は、地上と変わらない穏やかな空間だ。

「『フィールド・クラフト:潜水球(バブル・シップ)』、起動!」

球体は、船から離れ、ふわりと宙に浮くと、そのまま渦の中心へと吸い込まれるように、海の中へと沈んでいった。
「な、なんだありゃあ!?」
「人が、泡に包まれて海に……!」
船の操縦をしていたNPCの船乗りが、腰を抜かしてその光景を見送っていた。

ザブン、という音と共に、視界が青一色に染まる。周囲を無数の魚の群れが通り過ぎていく。太陽の光が届く浅い海は、まるで水族館の中を散歩しているような、幻想的な光景だった。
「うわー! きれい!」
メイプルが、子供のようにはしゃぐ。

だが、潜航を続けるにつれて、その光景は一変する。
水深三百メートルを超えると、太陽の光はもう届かない。世界は、濃紺の闇に閉ざされた。
水深千メートル。聞こえるのは、自分たちの息遣いと、潜水球の外側で猛威を振るう水圧が、フィールドの表面を軋ませる、ミシミシという不気味な音だけ。
「……これが、深海」
シオンが、息を呑む。彼の『ホークアイ』ですら、この完全な暗闇の中ではほとんど機能しない。

「シオンさん、お願いします」
カナデの合図で、シオンは目を閉じ、意識を集中させた。彼は、視覚情報に頼るのではなく、周囲の魔力の流れ、生命の気配そのものを感じ取る、特殊な索敵スキルを発動させた。
「……前方、五百メートル。巨大な岩礁地帯。その影に、複数の生命反応あり」

「了解です。光源、射出します」
カナデが、潜水球の壁に触れると、そこから野球ボールほどの大きさの発光する石が、いくつも射出された。石は、自律的に潜水球の周囲を飛び交い、深海の闇をぼんやりと照らし出す。
照らし出された光景に、四人は絶句した。
そこは、奇怪な形をした岩が林立する、不気味な海底の森だった。そして、その岩陰に潜んでいたのは、全長数十メートルはあろうかという、巨大な烏賊のようなモンスターだった。

【アビス・クラーケン Lv.38】

「いきなりボス級のお出ましね!」
クラーケンが、潜水球を敵と認識し、十本の巨大な触手をうねらせて襲いかかってきた。
「メイプル、防御を! ケン、雷魔法の準備!」

ドゴォン!
巨大な触手が、潜水球に叩きつけられる。凄まじい衝撃と共に、球体全体が激しく揺れ、カナデのMPゲージがごっそりと削られた。
「くっ……! フィールドの維持だけで、MP消費が激しいのに……!」

「私がひきつける! その隙に!」
メイプルが、球体の内側から、触手に向かってシールドバッシュを放つ。その衝撃はフィールドを透過し、クラーケンの注意を引くことに成功した。
「喰らえ! 《ギガ・サンダー》!」
ケンが放った巨大な雷撃が、深海を閃光と共に走り、クラーケンの巨体を直撃する。水中で放たれた雷魔法は、威力が倍増していた。

クラーケンが、苦悶の叫びを上げる。だが、その声は水に阻まれて、彼らの耳には届かない。音のない、異様な戦場だった。
怒り狂ったクラーケンが、墨を吐き出した。視界が、一瞬にして真っ黒な闇に閉ざされる。

「まずい! シオン、敵の位置は!?」
「……直上です!」
シオンの叫びと同時に、カナデは潜水球を急降下させた。直後、頭上を巨大な触手が通り過ぎていく。間一髪だった。

「このままじゃ、じり貧だ……!」
カナデは、戦況を打開するため、新たな一手を打つ。
「『シェイピング』! 海底を、隆起させる!」

カナデのスキルが、クラーケンの真下の海底に干渉した。
海底の岩盤が、まるで巨大な拳のように隆起し、クラーケンの巨体を真下から突き上げたのだ。
「グオッ!?」

不意の攻撃に、クラーケンは完全にバランスを崩し、無防備な胴体を晒す。
「シオンさん! 目を!」
「心得ています!」

シオンは、この一瞬の好機を逃さなかった。彼の弓から放たれた矢は、魔力でコーティングされ、水の抵抗をほとんど受けずに直進する。その一矢が、クラーケンの巨大な目玉を、正確に貫いた。
致命傷を受けたクラーケンは、痙攣しながら、ゆっくりと深海の底へと沈んでいった。

「はぁ……はぁ……。勝った……」
「カナデ、あんたのその発想、本当にどうかしてるわよ……。最高にね!」
メイプルが、興奮気味にカナデの背中を叩く。
シオンは、黙ってカナデを見つめていた。その瞳には、もはや驚きを超えて、畏敬の色すら浮かんでいた。この男は、どんな絶望的な状況ですら、盤上ごとひっくり返してしまう。

激しい戦闘の後、潜水球はさらに深淵へと向かう。
水深五千メートル。もはや、そこは生命の気配すらほとんどない、死の世界だった。
どれくらい、潜航を続けたであろうか。
シオンが、はっとしたように前方を指さした。
「……あれは」

カナデが放った光源ドローンが、前方に巨大な何かを照らし出した。
それは、信じられないほど巨大な、海底の裂け目――深海海溝だった。その幅は、数キロにも及ぶ。
そして、その海溝の底に、まるで奈落の底に築かれたかのように、巨大な都市の遺跡が、青白い燐光を放ちながら静かに眠っていた。

柱の一本一本が、山のように巨大で、神殿と思しき建造物は、城よりも遥かに大きい。人間が創ったとは、到底思えないスケールの、異質な文明の跡。
「……海底神殿、ポセイドニア」
カナデが、呟いた。

ついに、目的地にたどり着いたのだ。
だが、安堵する暇はなかった。
神殿に近づくにつれて、カナデは、これまで感じたことのないほど、強烈で、冷たい『歪み』の波動を感じ取っていた。
そして、シオンの目が、神殿の入り口を守るように佇む、複数の人影を捉えた。

「敵影……。しかし、生命反応がありません。あれは……」
光源が照らし出したその姿は、デリーターだった。しかし、セレスティアで遭遇した個体とは違い、魚のようなヒレを持ち、水中を自在に滑るように動く、水棲型のデリーターだった。
彼らは、まるで神殿の番人のように、侵入者を待ち構えている。

深海の底に眠る古代の謎。
世界の歪みが産み出した、新たな脅威。
そして、この世界の根幹を揺るがす、衝撃の真実。
ギルド『ジオ・フロンティア』の、本当の深海探索は、今、始まったばかりだった。
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