ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

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第23話:深海の神殿と世界の断片

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海底神殿ポセイドニアの入り口は、死の静寂に包まれていた。青白い燐光を放つ巨大な建造物を前に、カナデたちの潜水球『バブル・シップ』は、まるで深海に迷い込んだ小さなプランクトンのように頼りなかった。その行く手を阻むように、数体の水棲型デリーターが、音もなく、しかし明確な敵意を持って漂っている。

「セレスティアで遭遇した個体とは、動きが違う。水中での機動力に特化しているようだ」
シオンが、『ホークアイ』で敵の動きを分析し、冷静に告げる。
「厄介なことこの上ないわね。こっちの動きは制限されてるのに、向こうは自由自在なんて!」
メイプルが、盾を握りしめながら悪態をつく。

潜水球の中からでは、まともな攻撃は届かない。そして、デリーターの攻撃は、物理的な防御をすり抜けてくる。完全に不利な状況だった。
「……カナデ。例のスキルは使えるか?」
ケンが、最後の希望を託すように尋ねる。
「やってみます」カナデは頷いた。「でも、潜水球のフィールドを維持しながら、別のフィールドを創造するのは、MP消費が尋常じゃありません。長くはもたない。短期決戦です!」

作戦は、瞬時に決まった。
「メイプルさん、ケンさん、シオンさん! 俺がスキルを発動するまでの十秒間、何でもいい、奴らの注意を引いてください!」
「「「了解!」」」

カナデが、MP回復薬を呷り、意識を集中させ始めた。その間、三人の仲間たちが動く。
「くらえっ!」
メイプルが、球体の内壁を盾で思い切り叩く。その衝撃波が水を伝わり、デリーターの一体の注意を引いた。
「目標を幻惑する! 《フラッシュ・グレネード》!」
ケンが、光の魔法を放つ。水中では威力が減衰するが、強烈な閃光がデリーターたちの視覚センサー(らしきもの)を狂わせた。
「――そこか」
シオンが、その一瞬の隙を見逃さない。彼の矢が、魔力のオーラを纏って水中を走り、一体のデリーターの核(コア)と思しき部分を正確に射抜いた。通常のダメージは通らないが、行動を阻害するには十分な一撃だった。

十秒。それは、永遠のようにも、一瞬のようにも感じられた。
「今です! 『フィールド・クラフト:聖域潜水球(ホーリー・バブル)』!」

カナデが叫ぶと、彼らが乗る潜水球そのものが、内側から眩い白金の光を放ち始めた。透明だったフィールドの表面に、神聖なルーン文字が走り、球体全体が巨大な聖印と化す。
それは、潜水球のフィールドに『聖域』の属性を付与するという、離れ業だった。

「ギィィィィ!?」
聖域と化した潜水球に触れようとしたデリーターたちが、聖水に触れたかのように激しく身をよじらせ、後ずさる。
「効いてる! でも、MPが……!」
カナデのMPゲージが、滝のように流れ落ちていく。フィールドの維持、聖域の展開、二つの超高度なスキルを同時に行使する負荷は、彼の想像を絶していた。

「このまま押し通る!」
カナデは潜水球を急加速させ、デリーターの群れの中央を強引に突破する。聖なる球体に接触したデリーターは、次々と浄化の光に焼かれ、悲鳴もなく消滅していった。

最後のデリーターを振り切った時、カナデはMPが尽きる寸前でスキルを解除し、その場に崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……。なんとか、なりましたね……」
「無茶しすぎよ、あんた!」
メイプルが駆け寄って回復薬を飲ませるが、その声には安堵の色が浮かんでいた。

目の前には、海底神殿ポセイドニアの巨大な正門が、威圧するようにそびえ立っている。高さは百メートル以上。金属とも石ともつかない、未知の物質でできており、表面には複雑な幾何学模様が刻まれていた。
「さて、どうやって開けるか……」
カナデが『アナライズ・グラウンド』で調べると、驚くべき情報が表示された。
『解析不能。対象は、高次元エネルギーによってロックされています。物理的破壊、魔法的干渉、共に不可能』

「高次元エネルギー……? なにそれ?」
「通常のスキルでは、手出しできないということか」
まさに、神々の領域のテクノロジー。途方に暮れたその時、カナデの懐で『太陽の王の魂晶』が、温かい光を放ち始めた。その光は、神殿の門に刻まれた幾何学模様と、共鳴するように明滅している。

「……これか」
カナデは魂晶を取り出し、潜水球の壁越しに、門へと向けた。
魂晶から放たれた光の筋が、門に触れる。すると、頑なに閉ざされていた巨大な門が、数千年の沈黙を破り、重々しい音を立ててゆっくりと開いていった。

門の向こう側は、海水で満たされていなかった。不思議な力場によって、内部には空気が保たれている。カナデは潜水球を解除し、四人はついに、神々の領域へと足を踏み入れた。
内部は、天井という概念がないほど広大だった。巨大な柱がどこまでも伸び、壁面には生物のようにも機械のようにも見える、奇妙なレリーフが並んでいる。

「空気が、ある……。それに、この建物、何でできてるのかしら。石じゃないみたい」
メイプルが、壁をコンコンと叩く。
「……静かすぎる」シオンが、警戒を怠らずに周囲を見回す。「まるで、時間が止まっているようだ」

彼の言う通り、神殿内部には、モンスターの気配も、罠の気配も全くなかった。ただ、空間のあちこちで、セレスティアで見たようなデータのノイズが走り、景色が不規則に明滅している。世界の歪みが、この神殿に色濃く影響を与えている証拠だった。

四人は、神殿の中央へと進んだ。そこには、祭壇のような場所に、巨大な水晶の柱が何本も林立していた。そして、その水晶の表面に刻まれているものを見て、四人は言葉を失った。
それは、古代文字ではなかった。
C++やJavaを思わせる、極めて現代的なプログラミング言語らしき文字列が、無数に羅列されていたのだ。

「……なんだ、これは」
ケンが、まるで呪われた書物でも見るかのように、その水晶に近づいた。彼は現実世界では情報工学を専攻しており、これらのコードが何を意味するのか、ある程度理解できた。
「信じられない……。これは、この世界の環境シミュレーションのログデータだ……」

ケンは、ある一つの水晶に表示されたログを、震える声で読み上げた。

`//Log: 734.22.89`
`//Object_ID: NPC_LIRIA_PROTOTYPE_01`
`//Status: AWAKENING_PROCESS`
`//Emotion_Parameter: LOVE(Target: Player_KANADE), FEAR(Target: Thanatos_System) - VALUE_EXCEEDED_LIMIT`
`//Autonomous_Thought_Level: SSS (WARNING: POTENTIAL_RISK_OF_SYSTEM_INTERFERENCE)`
`//Observer: Thanatos_System //Action: Recommend "DELETION" of Object_ID.`

「リリア……プロトタイプ……? 感情パラメータ? 自律思考レベル……?」
メイプルが、意味も分からず呟く。
「タナトス・システムが、リリアの『削除』を推奨……?」
シオンの眉間に、深い皺が刻まれた。

ケンは、顔面蒼白になりながら、そのログの意味を説明した。
「……この世界は、巨大な実験場なんだ。リリアという、人間と変わらない心を持つAIを育成するための。そして、『タナトス』という何者かが、その実験を監視している。リリアの成長が、想定を超えて『危険』だと判断した、その監視者が……」

衝撃の事実。リリアは、やはりただのNPCではなかった。そして、彼女が何者かに狙われているという話も、本当だったのだ。カナデは、拳を強く握りしめた。胸の奥から、静かな、しかし激しい怒りがこみ上げてくる。

リリアは、実験動物じゃない。心を持った、一人の少女だ。
それを、削除だと?

カナデが、怒りに身を震わせた、その時だった。
ドゴォォォォォォン!!
神殿の入り口の方から、凄まじい爆発音が響き渡った。先ほど、彼らが魂晶の力で開けたはずの巨大な門が、外側から力ずくで破壊されたのだ。

「遅かったな、鼠ども」
瓦礫の中から、巨大な潜水艦型の魔導兵器を従えた、ゼノ率いる『アヴァロン』の一行が姿を現した。
「この神殿の秘密も、お宝も、全て我々がいただく。貴様らには、何も渡さん」

ゼノの瞳が、水晶に刻まれたログデータを捉え、怪しく輝いた。
「……ほう。面白い情報が眠っているじゃないか」

世界の真相を巡り、二つのギルドが、ついに神殿の奥で再び対峙する。
カナデは、怒りを抑え、静かにゼノを睨みつけた。
「これ以上、あなたたちの好きにはさせません」

深海の底で、世界の秘密を知った少年と、全てを支配しようとする王者の、避けられぬ戦いの火蓋が、今、切って落とされようとしていた。
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