ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

文字の大きさ
28 / 80

第28話:侵食される街

しおりを挟む
アークライトの空は、完全にその色を失っていた。紫色のデジタルノイズが不規則に走り、まるで世界の終わりを告げるオーロラのように、不気味に空全体を覆い尽くしている。

「まずい! 完全にタナトスの仕業よ!」
メイプルは、ギルドハウスの窓からその異様な光景を見上げ、叫んだ。
「街の人々が……!」
シオンの指さす先、広場を行き交うNPCたちは、全員がまるで糸の切れた人形のように動きを止め、虚ろな目で空を見上げている。その瞳からは、普段の生き生きとした感情が完全に消え去っていた。

ウウウウウウウウウウウウン……

街全体に、不協和音のような低いサイレンが鳴り響く。それは、システムの異常を知らせるアラート音のようだった。
街の建築物の一部が、セレスティアで見たように、データが破損したかのようなノイズに覆われ始め、ゆっくりとその形を失っていく。噴水の水は流れを止め、鍛冶屋の炉の火は消え、市場の活気は死の沈黙へと変わった。
街のシステムが、タナトスと名乗る謎の監視者によって、リアルタイムで『侵食』されているのだ。

「カナデは、まだ地下の聖域から出てこない!」
「スキル解放の儀式が、タナトスの侵攻の引き金になってしまったというのか……!」
ケンが、苦々しい表情で分析する。

プレイヤーたちは、この異常事態に大混乱に陥っていた。
「なんだこれ! バグか!?」
「NPCに話しかけても、反応がねえぞ!」
「街が、壊れていく……!」
恐怖と混乱が、チャットウィンドウを埋め尽くす。

その時、異変は新たな段階へと移行した。
動きを止めていたNPCたちの身体が、黒いノイズに包まれ始めた。そして、その姿は、人の形を失い、カナデたちがこれまで戦ってきた『デリーター』へと、次々と変貌していく。
愛想の良かった宿屋の女将も、陽気だった酒場のマスターも、今やプレイヤーに敵意を向ける、歪みの尖兵と化していた。

「グ……ジジ……イレギュラー……ハイジョ……」
壊れた音声でそう呟きながら、デリーター化した元NPCたちが、近くにいたプレイヤーたちに襲いかかった。
「うわああああ!」
「助けてくれ!」
街は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変わった。

「見てるだけなんて、性に合わないわ!」
メイプルは、叫ぶと同時にギルドハウスのドアを蹴破り、広場へと飛び出した。
「メイプル!?」
「カナデが戻るまで、この街は、私たちが守る!」

メイプルは、デリーターに襲われていた初心者プレイヤーをかばい、その攻撃を盾(すでに新しいものを新調していた)で受け止めた。しかし、デリーターの攻撃は物理防御をすり抜け、彼女のHPを容赦なく削っていく。
「くっ……!」

「援護する!」
シオンの矢が、デリーターのコアを的確に射抜く。だが、一体や二体ではない。街中に溢れたデリーターが、次々と三人に襲いかかってきた。
「キリがないな。それに、こいつらは元々、この街の住人だ。倒すことに、躊躇いを感じる」
ケンの言う通り、敵はただのモンスターではなかった。昨日まで、笑顔で言葉を交わした相手だ。その事実が、彼らの心を重く締め付ける。

「それでも、やるしかないでしょ!」
メイプルが、デリーターの一体を盾で殴りつけ、吹き飛ばす。
「カナデは今、この世界のために戦ってる! だったら、私たちは、カナデの帰る場所を守るのが仕事よ!」

三人は、絶望的な数の敵を前に、背中合わせで円陣を組んだ。
メイプルが前衛として敵の攻撃を受け止め、シオンが的確な射撃で敵の動きを止め、ケンが範囲魔法で複数の敵を同時に攻撃する。しかし、敵の数はあまりにも多く、じりじりと追い詰められていく。

***

一方、カナデは精神世界で、タナトスの圧倒的なプレッシャーと対峙していた。
『……観測者タナトスより、警告。プレイヤー・カナデ。あなたの存在は、当システムが規定する安定性を著しく逸脱している。スキル『ワールド・クリエイト』の解放は、世界の崩壊を招くトリガーと判断。これより、あなたの強制排除を実行する』

感情のない声が、カナデの精神を直接攻撃する。頭が割れるような激しい頭痛と、存在そのものを否定されるような、根源的な恐怖。
(これが、タナトスの精神攻撃……!)

カナデの周囲の『無』の空間が、黒いデータに侵食されていく。彼が思い描いた浮遊島も、その黒いデータに触れた途端、音もなく消滅した。
このままでは、自分の意識そのものが、この闇に飲み込まれてしまう。

「……くそっ……!」
カナデは、必死に抵抗し、精神世界の中で『フィールド・クラフト』を発動させた。自分の意識を守るための、小さな聖域を創造する。
だが、タナトスの侵食は、その聖域すらも、少しずつ蝕んでいく。

その時だった。
カナデの耳に、現実世界から、仲間たちの声が聞こえてきたような気がした。

――カナデが戻るまで、この街は、私たちが守る!

メイプルの、力強い声。
ケンの、冷静な分析。
シオンの、的確な援護。
ボロボロになりながらも、必死で戦ってくれている仲間たちの姿が、彼の脳裏に浮かんだ。

(俺は、一人じゃない……!)

守るべきものがある。帰るべき場所がある。
その想いが、タナトスの精神攻撃に蝕まれかけていた彼の心を、再び強く繋ぎ止めた。

「……黙れ、タナトス」
カナデは、闇に向かって、静かに、しかし毅然と言い放った。
「俺が創る世界は、お前が決めるんじゃない。俺が、俺の仲間たちが、決めるんだ」

彼の強い意志に呼応するように、『太陽の王の魂晶』と『深淵の海図』の力が、彼の魂の中で完全に融合した。
スキルウィンドウで、固く閉ざされていた鍵が、カチリ、と音を立てて外れる。

【ワールド・クリエイト(世界創造)】
――スキル、解放。

カナデの全身から、金色の光が溢れ出した。
それは、タナトスの黒い侵食を、逆に押し返していく、圧倒的な『創造』の光。
精神世界そのものが、カナデの色に染まっていく。

「これが……俺の、世界……!」

カナデは、もはやタナトスの精神攻撃を恐れなかった。彼は、この精神世界の中で、新たな『理』を創造し始めた。

***

現実世界のアークライト。
メイプルたちは、もはや限界だった。全身は傷だらけで、HPもMPも尽きかけている。周囲は、おびただしい数のデリーターに、完全に包囲されていた。
「……これまで、みたいね」
メイプルが、悔しそうに呟いた。

デリーターたちが、一斉に三人に襲いかかろうとした、その瞬間。
街の中心、ジオ・フロンティアのギルドハウスが、突如として、天を突くほどの金色の光の柱を放った。

光の柱は、空を覆っていた紫色のノイズを、まるで太陽が霧を晴らすかのように、一瞬にして消し去った。
街に響き渡っていた不協和音のサイレンが止み、代わりに、荘厳で、穏やかな旋律が流れ始める。

「な、なに……?」
デリーターたちの動きが、ピタリと止まった。
そして、彼らの身体を覆っていた黒いノイズが、金色の光に触れて、みるみるうちに浄化されていく。
デリーターたちは、元のNPCの姿へと戻り、その場に崩れ落ちるように眠りについた。

街を覆っていたデータの破損も、まるでビデオを巻き戻すかのように、次々と修復されていく。
噴水は再び流れ始め、鍛冶屋の炉には火が灯り、市場には活気が戻りつつあった。
まるで、悪夢から覚めたかのように、街は、本来の姿を取り戻していった。

その中心で、ギルドハウスの地下から、一人の青年が、静かに姿を現した。
全身から、神々しいほどの金色のオーラを放ちながら。

「カナデ……!」
メイプルが、その名を呼ぶ。
カナデは、仲間たちの無事を確認すると、安堵の笑みを浮かべた。
そして、空を見上げ、この世界のどこかにいるであろう『監視者』に向かって、静かに宣言した。

「タお前がこの世界を壊すなら、俺は、何度でも創り直す。この戦い、受けて立つ」

創造主の覚醒。
それは、世界の管理者に対する、高らかな宣戦布告だった。
二人の神の戦いは、今、本当の意味で、その幕を開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の職業は【トラップ・マスター】。ダンジョンを経験値工場に作り変えたら、俺一人のせいでサーバー全体のレベルがインフレした件

夏見ナイ
SF
現実世界でシステムエンジニアとして働く神代蓮。彼が効率を求めVRMMORPG「エリュシオン・オンライン」で選んだのは、誰にも見向きもされない不遇職【トラップ・マスター】だった。 周囲の冷笑をよそに、蓮はプログラミング知識を応用してトラップを自動連携させる画期的な戦術を開発。さらに誰も見向きもしないダンジョンを丸ごと買い取り、24時間稼働の「全自動経験値工場」へと作り変えてしまう。 結果、彼のレベルと資産は異常な速度で膨れ上がり、サーバーの経済とランキングをたった一人で崩壊させた。この事態を危険視した最強ギルドは、彼のダンジョンに狙いを定める。これは、知恵と工夫で世界の常識を覆す、一人の男の伝説の始まり。

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。 ─────── 自筆です。 アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――

黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。 ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。 この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。 未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。 そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

この世界、貞操が逆で男女比1対100!?〜文哉の転生学園性活〜

妄想屋さん
SF
気がつけば、そこは“男女の常識”がひっくり返った世界だった。 男は極端に希少で守られる存在、女は戦い、競い、恋を挑む時代。 現代日本で命を落とした青年・文哉は、最先端の学園都市《ノア・クロス》に転生する。 そこでは「バイオギア」と呼ばれる強化装甲を纏う少女たちが、日々鍛錬に明け暮れていた。 しかし、ただの転生では終わらなかった―― 彼は“男でありながらバイオギアに適合する”という奇跡的な特性を持っていたのだ。 無自覚に女子の心をかき乱し、甘さと葛藤の狭間で揺れる日々。 護衛科トップの快活系ヒロイン・桜葉梨羽、内向的で絵を描く少女・柊真帆、 毒気を纏った闇の装甲をまとう守護者・海里しずく…… 個性的な少女たちとのイチャイチャ・バトル・三角関係は、次第に“恋と戦い”の渦へと深まっていく。 ――これは、“守られるはずだった少年”が、“守る覚悟”を知るまでの物語。 そして、少女たちは彼の隣で、“本当の強さ”と“愛し方”を知ってゆく。 「誰かのために戦うって、こういうことなんだな……」 恋も戦場も、手加減なんてしてられない。 逆転世界ラブコメ×ハーレム×SFバトル群像劇、開幕。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

処理中です...