ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

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第42話:魔術師の業と孤高の射手

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メイプルの試練が終わり、安堵するのも束の間。タナトスの冷徹な声は、次なるターゲットとしてケンを指名した。彼の足元が黒い鏡へと変わり、再び、仲間たちから隔離された心象風景の舞台が創り出される。

「ケン!」
「心配するな」
ケンは、仲間たちに背を向けたまま、短く答えた。その声は、いつもと変わらず冷静だったが、握りしめられた杖の先が、わずかに震えているのをカナデは見逃さなかった。

ケンの目の前に現れたのは、炎に包まれた、崩れゆく研究室の光景だった。そして、その炎の中から、一人の『影のケン』が、静かに姿を現す。
しかし、その姿は、今のケンではなかった。白衣を纏い、眼鏡をかけた、現実世界の『山田健一』としての姿に近かった。

『影のケン』は、足元に散らばる焼け焦げた書類を拾い上げ、嘲るように言った。
「まだ、逃げているのか? 健一」
その声は、ケンの罪悪感を、容赦なく抉り出す。

「お前は……」
「お前の『力』は、常に、誰かを傷つけてきた。そうだろ?」
影のケンが指さす先、炎の中に、泣き崩れる人々の幻影が浮かび上がる。それは、ケンの過去の記憶。彼が学生時代、その才能のあまり、制御しきれなかったプログラムが暴走し、大学のサーバーをダウンさせ、多くの同級生や教授の研究データを破壊してしまった、苦い記憶だった。

「お前のその圧倒的な才能は、常に、他者との間に、埋められない溝を作ってきた。誰も、お前を理解できない。誰も、お前の隣には立てない。だから、お前は、現実から逃げた。顔も、名前も、過去も捨てられる、この仮想世界へ」
「……黙れ」
「そして、ここでも、お前は同じ過ちを繰り返している。強すぎる力で、仲間を遠ざけているじゃないか」

影のケンが、杖を構える。
「見せてやろう。お前の力の、本当の姿を」
『影のケン』が放ったのは、ケンの得意魔法である『ファイアストーム』だった。しかし、その威力は、本家を遥かに凌駕していた。炎は、もはや制御された嵐ではなく、全てを無差別に焼き尽くす、ただの破壊の奔流だった。

ケンは、咄嗟に魔力障壁を展開する。だが、自らの力の暴走した姿であるその炎は、彼の防御を、いともたやすく貫通し、その身を焼いた。
「ぐっ……!?」

「そうだ。それこそが、お前の本質だ。誰にも制御できない、孤独な破壊の力。仲間がいる? 笑わせるな。お前は、いつか、その力で、今の仲間たちすらも傷つけることになる」
「違う……!」

壁の向こうから、カナデたちが叫ぶ。
「ケンさん! あなたの魔法に、俺たちは何度も救われた!」
「そうよ! あんたのそのドッカン魔法がなきゃ、とっくに全滅してたわよ!」
「あなたの力は、破壊のためだけのものではない。我々を守り、道を切り拓くための、希望の力だ」

仲間たちの声。
そうだ。この世界に来て、自分は変わったはずだ。
カナデの、常識を覆す創造。
メイプルの、全てを受け止める盾。
シオンの、全てを見通す目。
彼らがいるから、自分の力は、初めて、その本当の価値を見出せた。

「……お前の言う通りかもしれない」
ケンは、静かに、しかし、はっきりと顔を上げた。その瞳に、もう迷いはない。
「俺の力は、危険だ。一人では、きっと、また過ちを繰り返すだろう」
彼は、杖を強く握りしめた。
「だが、今の俺は、一人じゃない! 俺のこの力は、俺だけのものではない! 仲間がいて、初めて完成する、俺たちの力だ!」

ケンの全身から、青白い魔力のオーラが、静かに、しかし力強く立ち昇る。
《ユニークスキル【アークメイジズ・ロジック】が覚醒します》

「見せてやる。これが、俺たちの魔法だ」
ケンは、杖を天に掲げた。
「『ロジカル・マギア:仲間との因果律接続(リンク・フォーミュラ)』!」

彼の魔力が、見えない壁を越え、カナデ、メイプル、シオンの三人と、強く結びついた。
カナデの『創造力』が、ケンの魔法の威力を底上げし、
メイプルの『防御力』が、その魔法に、決して暴走しないための、強固な安全弁(セーフティ)を与え、
シオンの『索敵能力』が、その魔法に、寸分の狂いもない、絶対的な照準を授ける。

「――喰らえ。『ジオ・フロンティア・カノン』!」

ケンが放ったのは、やはり『ファイアストーム』だった。
だが、その炎は、もはや無秩序な破壊の奔流ではない。
カナデの創造力によって、美しい不死鳥(フェニックス)の形を成し、
メイプルの守護の力によって、周囲の仲間を決して傷つけない、優しい輝きを放ち、
シオンの精密な誘導によって、ただ一点、『影のケン』の心の核だけを、正確に焼き尽くした。

「ああ……。そうか。力とは、独りで振るうものではない。誰かと、分かち合うものだったのか……」
影のケンは、満足げに微笑むと、光の粒子となって、本物のケンの中へと、還っていった。

「……ただいま」
ケンは、仲間たちの元へと戻り、少しだけ、照れくさそうに、そう呟いた。

「よくやったな、ケン!」
メイプルが、その背中をバシバシと叩く。

二つの試練が終わり、残るはシオンただ一人。
タナトスの、冷たい声が、三度、響き渡る。
『……面白い。実に、興味深いデータだ。絆、信頼……。非論理的な感情が、これほどの力を生むとは。だが、それも、絶対的な孤独の前には、無力だと思い知るがいい。さあ、最後はお前の番だ。孤高の射手よ』

その声は、シオンに向けられた。
彼の足元が、黒い鏡へと変わる。
だが、そこに現れた『影』は、シオン自身の姿ではなかった。

そこにいたのは、フードを目深に被った、幼い子供たちだった。十数人の子供たちが、シオンを取り囲み、恨みがましい目で、彼をじっと見つめている。
そして、彼らは、口々に、同じ言葉を繰り返した。

「どうして、見捨てたの?」
「どうして、助けてくれなかったの?」
「兄ちゃんは、嘘つきだ」

「……っ!」
シオンの、常に冷静だった表情が、初めて、激しく歪んだ。
これは、彼の、誰にも話したことのない、過去。
現実世界で、彼が所属していたオンラインゲームのギルド。それは、彼がリーダーとして、多くの年下の初心者プレイヤーたちを導いていた、小さな、しかし温かいギルドだった。
だが、そのギルドは、大手ギルドとの抗争の末、一方的に潰された。仲間たちは、心を折られ、ゲームを去っていった。リーダーであったシオンは、自分の力のなさを呪い、誰とも組むことなく、ただ独りで、力を求め続けるようになったのだ。

「俺は……!」
「あなたは、仲間を見捨てた。守ると誓った、か弱い者たちを、切り捨てた」
子供たちの幻影が、じりじりと、シオンに詰め寄る。
「あなたは、独りがお似合いだ。誰かと共にいる資格など、あなたにはない」

「違う……! 俺は、もう二度と、あんな思いはしたくなかったから……!」
シオンが、悲痛な叫びを上げる。
その時、壁の向こうから、仲間たちの声が、再び、彼の心に届いた。

「シオンさん! あなたが、俺たちを見つけてくれたんじゃないですか!」
カナデが叫ぶ。
「そうよ! あんたが、私たちの『目』になってくれたから、私たちは、ここまで来れた!」
メイプルが続く。
「君の力は、我々にとって、なくてはならない羅針盤だ。君なしでは、我々は、ただの迷子だ」
ケンが、静かに、しかし力強く言った。

そうだ。
自分はもう、独りじゃない。
この、最高に規格外で、どうしようもなくお人好しで、そして、誰よりも信頼できる、仲間たちがいる。
守るべきものは、もう、失わない。

「……すまなかった」
シオンは、子供たちの幻影に向かって、深く、深く、頭を下げた。
「あの時の俺は、無力だった。君たちを、守れなかった。その罪は、一生、背負っていく」
彼は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、過去の罪と向き合い、未来へと進む、強い決意の光が宿っていた。
「だが、今の俺は、もう独りじゃない! この仲間たちと、この仲間たちが愛する世界を、今度こそ、俺の全てを懸けて、守り抜く!」

彼の叫びに呼応するように、その背中の大弓が、星空のような、無数の光を放ち始めた。
《ユニークスキル【アルテミス・アイ】が覚醒します》

「見せてやる。これが、俺の誓いだ!」
シオンは、弓を引き絞った。
だが、彼が放った矢は、子供たちの幻影を狙ったものではなかった。
それは、天高く舞い上がり、無数の光の矢となって、この心の闇を照らす、優しい流星群のように、降り注いだ。

「――『アストラル・レイン』」

光の雨に打たれ、子供たちの幻影は、恨みの表情を解き、安らかな、幼い笑顔を取り戻していく。
「……ありがとう、兄ちゃん」
「……今度こそ、幸せに」
彼らは、そう言い残すと、満足げに、光の中へと消えていった。

シオンの頬を、一筋の涙が伝った。
それは、彼の長い孤独の終わりを告げる、温かい涙だった。

黒い鏡が消え、シオンが、仲間たちの元へと戻る。
三つの試練が、終わった。
ジオ・フロンティアは、それぞれの弱さを乗り越え、より強く、より固い絆で結ばれた。

だが、タナトスの声は、まだ、嘲笑うかのように響いていた。
『……素晴らしい。実に、感動的な茶番劇だった。だが、それで、何が変わる? 最後に試されるのは、お前だ、創造主。お前の心の闇こそが、最も深く、そして、救いようがないのだからな』

最後の試練。
その矛先は、ついに、カナデ自身へと向けられた。
彼の目の前の空間が、これまでで、最も深く、そして、絶望的な闇へと、染まっていく。
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