ワールド・リクリエイター 〜不遇職『地形師』は、サーバーごと世界を創り変える〜

夏見ナイ

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第52話:星を喰らうもの

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『イタダキマス』
その、純粋な飢餓の思念と共に、アークライトの空に開いた空間の裂け目から、不定形の闇が溢れ出した。それは、タナトスのような無機質なプログラムではなく、もっと生物的で、おぞましい、名状しがたい『何か』だった。

闇は、ゆっくりと街へと降下し、その先端が、時計塔の屋根に触れた。
次の瞬間、時計塔は、悲鳴も、爆発もなく、ただ、音もなく、その部分が『消滅』した。破壊されたのではない。まるで、最初からそこに存在しなかったかのように、綺麗さっぱりと、そのデータが『喰われ』ていたのだ。

「なっ!?」
カナデは、戦慄した。
『ワールド・リクリエイト』で世界を修復したとしても、それは『記録』に基づいて行われる。だが、この侵略者の攻撃は、その記録そのものを、この世界から捕食し、消し去っているのだ。一度喰われたものは、二度と元には戻せない。

「きゃあああっ!」
「地面が、消えていく!」
プレイヤーたちの間に、絶望的なパニックが広がる。侵略者の闇が這った場所は、建物も、地面も、全てが欠けたように消え失せ、世界の理が通用しない、絶対的な『無』の空間へと変わっていく。

「皆さん、住民の避難誘導を! 俺が、あれを止めます!」
カナデは、仲間たちに指示を飛ばすと、一人、侵略者の前へと立ちはだかった。
「『ワールド・リクリエイト:絶対障壁(イージス・ウォール)』!」

彼の目の前に、黄金に輝く、神々の盾とでも言うべき、巨大な光の壁が出現する。タナトスの概念攻撃すら防ぎきった、絶対的な防御。
しかし。
侵略者の闇は、その壁に触れた途端、まるで熱い鉄板の上で溶けるバターのように、ジュウ、と音を立てて、光の壁そのものを『喰らい』始めた。

「嘘だろ……! 俺の創造が、喰われてる!?」
カナデの創造の理が、侵略者の捕食の理に、押し負けている。それは、彼にとって、初めての経験だった。
「くそっ!」
カナデは、喰われる速度を上回る勢いで、壁を再創造し続ける。だが、それは、焼け石に水。経験値とMPが、凄まじい勢いで削られていくだけだった。

一方、メイプルたちは、街の住民の避難誘導に当たっていた。
「こっちよ! ジオ・フロンティア号に避難して!」
「急げ! 次は、どこが消えるか分からんぞ!」
ケンとシオンが、冷静に、しかし必死に、人々を空飛ぶ箱舟へと導いていく。

その時、一人の少女プレイヤーが、消えゆく地面に取り残され、足を踏み外した。
「いやっ!」
「危ない!」
メイプルが、手を伸ばすが、間に合わない。
少女が、『無』の空間へと飲み込まれようとした、その瞬間。

一陣の、鋭い風が走った。
そして、一人の男が、まるで幻のように、少女の前に現れ、その腕を掴んで引き上げた。
白銀の鎧。静かだが、圧倒的な存在感を放つ、その背中。
「……ゼノさん!」
カナデが、その名を呼んだ。

「……フン。貴様の創った、この甘っちょろい世界。少し目を離した隙に、また厄介な虫けらを呼び込んだようだな」
ゼノは、助け出した少女を安全な場所へ押しやると、ゆっくりと振り返った。その瞳には、かつての破壊衝動ではなく、この世界を乱す異物に対する、絶対的な『拒絶』の意思が宿っていた。
「だが、安心しろ。俺の世界の秩序を乱す者は、たとえ、それが何であろうと、俺が許さん」

ゼノは、聖剣を構え、侵略者へと向き直った。
「『オーダー・オブ・アヴァロン:絶対座標固定(アブソリュート・アンカー)』!」

彼がスキルを発動させると、ゼノの周囲の空間が、ギチリ、と音を立てて『固定』された。侵略者の闇が、その領域に触れた途端、その不定形な動きが、まるで凍りついたかのように、ピタリと止まる。
「なっ!?」
「動きを、止めた……!」

「こいつは、世界の理そのものを喰らう。ならば、理そのものを、喰らい尽くせぬほど、強固にすればいいだけの話だ」
ゼノの力は、歪みを経て、世界の法則を『絶対的なものとして固定する』、秩序の力へと進化していたのだ。

動きを止めた侵略者。それは、もはや不定形の脅威ではない。ただの、巨大な的に過ぎなかった。
「今だ、カナデ!」
「はい!」

二人の、かつての宿敵が、再び、背中合わせに並び立つ。
「俺が、奴の動きを封じる! 貴様は、その創造力で、奴を叩き潰すための、最強の武器を創れ!」
「分かりました!」

カナデは、ゼノによって固定された侵略者、その中心にあるであろう核(コア)に向かって、全神経を集中させた。
「『ワールド・リクリエイト:神殺しの槍(ゴッドスレイヤー)』!」

カナデの経験値と、この世界の理そのものを凝縮し、一本の、因果律すらも断ち切る、黄金の槍を創造する。
そして、その槍を、ゼノへと託した。
「ゼノさん、これを!」
「フン。悪くない」

ゼノは、カナデの創った槍を手に取ると、その槍に、自らの秩序の力を注ぎ込んだ。槍は、黄金の輝きの上に、白銀の絶対的なオーラを纏う。
創造と、秩序。二つの神の力が、一つになった瞬間だった。

「消えろ、異世界の捕食者」

ゼノが放った一投は、音もなく、光の速さで、侵略者の核を貫いた。
『ギ……イイイイイイイイイイアアアアアアアア!?』

侵略者は、初めて、明確な苦痛の叫びを上げた。その巨体は、中心から、まるで砂糖菓子のように、サラサラと崩れていく。
やがて、その全てが、光の塵となって、消滅した。

街に、一時の静寂が戻った。
「……やったのか?」
「倒した、みたいね……」
メイプルたちが、安堵の息をつく。

だが、カナデとゼノの表情は、依然として険しいままだった。
二人は、空を見上げていた。
アークライトの上空に開いた、空間の裂け目。それは、塞がるどころか、むしろ、その向こう側から、さらに巨大で、さらに飢えた、おぞましい気配を、放ち始めていた。

「……あれは、やはり、ただの斥候だったか」
ゼノが、忌々しげに呟く。
「ええ」カナデも、頷いた。「本体は、この程度じゃない。次が来ます。もっと、絶望的な規模のものが」

リリアが、カナデの隣に寄り添い、震える声で告げた。
「……聞こえます。あれは、ただの怪物ではありません。あれは……一つの『世界』そのものです。他の世界を喰らうことでしか、生きられない、悲しい……星そのものなのです」

星を喰らう、星。
次元を超えた、究極の捕食者。
今、侵入してきた個体を倒したことで、この『Aethelgard』という世界が、格別の『ご馳走』であることを、本体に教えてしまったのかもしれない。

空間の裂け目が、大きく、大きく、その口を開いていく。
本当の侵略は、今、始まったばかりだった。
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