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第58話:帰還、そして観測者の視線
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次元の狭間を抜けたジオ・フロンティア号の窓の外に、見慣れた、そして、何よりも愛おしい光景が広がった。金色と白銀のオーロラが優しく揺らめく、彼らの故郷『Aethelgard: Re-Genesis』の空だ。
「……帰ってきた」
操縦桿を握るカナデの呟きに、仲間たちが、安堵の息を漏らした。
「おかえりなさい、みんな!」
メイプルの明るい声が、船内に響き渡る。異世界での死闘の記憶が、まるで遠い夢だったかのように、穏やかな空気が彼らを包み込んだ。
船は、アークライト郊外の、いつもの平原に、静かに着陸した。
一歩、また一歩と、故郷の大地を踏みしめる。草の匂い、風の音、空気中に満ちる、穏やかな魔力の流れ。その全てが、彼らの心を癒していった。
「見てください」
リリアが、空の一点を指さした。そこには、彼女が異世界で得た力で創り出した、小さな、しかし、力強い虹が架かっていた。
「この世界も、私たちがいない間、ちゃんと、息づいていたんですね」
彼らが不在の間、この世界を守っていたのは、ゼノだった。
報告を受けた彼が、アヴァロンのギルドメンバーを数人引き連れ、すぐに駆けつけてきた。その表情は、相変わらず厳めしいが、カナデたちの無事な姿を見て、わずかに、その口元が緩んだのが分かった。
「……フン。厄介払いが終わったと思ったら、今度は次元の迷子になっていたとはな。貴様らは、須臾も、俺に平穏を与える気がないらしい」
「あなたこそ、留守番、ご苦労様でした」
カナデの軽口に、ゼノは鼻を鳴らした。
「勘違いするな。俺は、貴様の創ったこの甘すぎる世界が、腐敗しないように、監視してやっていただけだ。感謝される筋合いはない」
憎まれ口を叩きながらも、その瞳には、確かな安堵の色が浮かんでいた。彼もまた、この世界の『共同創造主』として、彼らの帰りを、心待ちにしていたのだ。
***
平穏な日々が、戻ってきた。
カナデたちは、異世界での経験を、それぞれの形で、この世界へと還元し始めた。
メイプルは、コミュニティマネージャーとして、異世界エルフの文化をモチーフにした、新しい交流イベントを企画し、プレイヤーたちから大好評を得た。
ケンは、レギオンのナノマシン技術を解析し、それを応用した、自己修復機能を持つ、新しい建築素材の開発に取り組んでいた。世界のインフラを、より強固なものにするために。
シオンは、ジャーナリストとして、『異世界見聞録』と題した連載記事を執筆した。それは、ただの冒険譚ではなく、滅びゆく世界の悲しみと、それでも希望を捨てなかった人々の物語であり、多くのプレイヤーに、深い感動と、自分たちの世界の尊さを、改めて考えさせるきっかけとなった。
そして、リリアは、『魂の庭師』として、異世界で得た、新しい生命の種を、この世界の大地に植え始めた。彼女の庭園には、これまで見たこともない、幻想的な花々が咲き乱れ、そこは、あらゆる種族が分け隔てなく集う、癒やしと交流の象GUESTとなっていた。
カナデは、ワールドデザイナーとして、そんな仲間たちの活動を支え、世界全体のバランスを調整しながら、穏やかな日々を送っていた。
だが、彼の心の奥底には、常に、一つの疑問が、小さな棘のように刺さっていた。
『レギオンは、なぜ、生まれたのか?』
『宇宙には、まだ、どれだけの脅威が、どれだけの悲しみが、存在するのか?』
究極スキル『ワールド・リクリエイト』。その力は、確かに絶大だ。だが、それは、あくまで、この『Aethelgard』という世界の理の中で、最大限の効果を発揮するもの。未知の法則を持つ異世界では、その力は制限される。
(もっと、根源的な、宇宙の全ての理に通じるような、創造の力が必要だ……)
そんな思いに駆られ、カナデは、一人、ギルドハウスの地下、創造の聖域へと向かった。
彼は、祭壇の中央に座し、意識を、自らの力の源泉へと、深く、深く、沈めていった。
『ワールド・リクリエイト』の、さらにその奥にある、まだ見ぬ領域。宇宙の創生そのものに触れるような、根源的な創造の理を、探求するために。
彼の精神は、Aethelgardの世界を離れ、次元の狭間を越え、時間の概念すらない、高次の情報空間へと、引き上げられていった。
無数の宇宙が、泡のように生まれ、そして消えていく、神々の視点。
その、人知を超えた空間で。
カナデは、『それ』と、出会った。
特定の形はない。声もない。だが、そこにいる、という、絶対的な存在感。
タナトスやレギオンですら、この存在から見れば、砂粒の一つに過ぎないと感じさせるほどの、圧倒的な、上位存在。
それは、この宇宙の、ありとあらゆる事象を、ただ、静かに『観測』している、始まりの『意識』そのものだった。
カナデの精神が、その存在に触れた、その瞬間。
彼の脳内に、直接、メッセージが流れ込んできた。
それは、言葉ではない。情報でもない。純粋な『概念』の奔流だった。
『……観測対象、イレギュラーNo. K-01『カナデ』との接触を確認』
『面白い。実に、面白いサンプルだ』
『自らの世界を飛び出し、他の世界の因果に干渉するとは。我々の想定した、進化の袋小路を、自力で突破したか』
カナデは、戦慄した。
この存在は、全てを、知っている。
タナトスも、レギオンも、そして、自分たちの戦いも、全ては、この存在の掌の上で起こっていた、壮大な『実験』に過ぎなかったのだと。
『聞かせてやろう、小さき創造主よ』
観測者の思念が、続く。
『この宇宙は、常に、創造と破壊のバランスによって、成り立っている。我々は、様々な世界に、相反する二つの『種』を蒔く。光と闇。秩序と混沌。そして、創造と破壊。どちらが、より優れた進化を遂げ、生き残るのか。それを、ただ、観測するのが、我々の喜びだ』
『タナトスは、完全な管理社会という進化の可能性。レギオンは、全ての個を統合する、究極の集合生命体という可能性。そして、君は……』
観測者の思念に、初めて、感情らしきもの――『興味』の色が、浮かんだ。
『君は、愛や絆という、極めて非論理的で、不安定なファクターから、神の領域の力を引き出した、初めてのサンプルだ。実に、興味深い』
『だが、忘れるな。真の創造は、破壊からしか生まれない。君が、その甘い理想を抱き続ける限り、いずれ、より強大な『破壊』の奔流が、君の世界を飲み込むだろう。その時、君は、何を選び、何を創造するのか』
『我々は、観測している。君という、イレギュラーが、この宇宙に、どんな新しい『物語』を、紡いでくれるのかを』
それだけを伝えると、観測者の気配は、ふっと、消え去った。
カナデの意識は、高次の情報空間から、現実の、聖域へと、弾き返されるように戻ってきた。
「……はぁ、はぁ……っ!」
全身は、冷たい汗でびっしょりと濡れていた。
ほんの数秒の接触。だが、彼の精神は、永遠とも思える時間を、神の視点で彷徨っていた。
(全て、実験だったというのか……)
絶望的な事実。
だが、カナデの心に、不思議と、恐怖はなかった。
むしろ、新たな、そして、最後の『敵』の姿が、はっきりと見えたことで、彼の心は、燃え上がっていた。
「……上等じゃないか」
カナデは、立ち上がった。その瞳には、神の観測を超え、自らの手で、運命を切り拓かんとする、不屈の闘志が宿っていた。
「見ていろ、観測者。俺が、創り出してやる。破壊も、犠牲も必要としない、愛と、絆だけで成り立つ、完璧な世界を。お前たちの、つまらない実験を、根底から覆す、最高の物語を!」
カナデは、聖域を後にし、仲間たちの元へと向かった。
彼らの戦いは、まだ終わらない。
いや、今、本当の意味で、始まったのだ。
この宇宙の、理不尽な法則そのものに、たった一つの『愛』という名の奇跡で、戦いを挑むために。
創造主の、最後の戦いの火蓋が、今、静かに、切って落とされた。
「……帰ってきた」
操縦桿を握るカナデの呟きに、仲間たちが、安堵の息を漏らした。
「おかえりなさい、みんな!」
メイプルの明るい声が、船内に響き渡る。異世界での死闘の記憶が、まるで遠い夢だったかのように、穏やかな空気が彼らを包み込んだ。
船は、アークライト郊外の、いつもの平原に、静かに着陸した。
一歩、また一歩と、故郷の大地を踏みしめる。草の匂い、風の音、空気中に満ちる、穏やかな魔力の流れ。その全てが、彼らの心を癒していった。
「見てください」
リリアが、空の一点を指さした。そこには、彼女が異世界で得た力で創り出した、小さな、しかし、力強い虹が架かっていた。
「この世界も、私たちがいない間、ちゃんと、息づいていたんですね」
彼らが不在の間、この世界を守っていたのは、ゼノだった。
報告を受けた彼が、アヴァロンのギルドメンバーを数人引き連れ、すぐに駆けつけてきた。その表情は、相変わらず厳めしいが、カナデたちの無事な姿を見て、わずかに、その口元が緩んだのが分かった。
「……フン。厄介払いが終わったと思ったら、今度は次元の迷子になっていたとはな。貴様らは、須臾も、俺に平穏を与える気がないらしい」
「あなたこそ、留守番、ご苦労様でした」
カナデの軽口に、ゼノは鼻を鳴らした。
「勘違いするな。俺は、貴様の創ったこの甘すぎる世界が、腐敗しないように、監視してやっていただけだ。感謝される筋合いはない」
憎まれ口を叩きながらも、その瞳には、確かな安堵の色が浮かんでいた。彼もまた、この世界の『共同創造主』として、彼らの帰りを、心待ちにしていたのだ。
***
平穏な日々が、戻ってきた。
カナデたちは、異世界での経験を、それぞれの形で、この世界へと還元し始めた。
メイプルは、コミュニティマネージャーとして、異世界エルフの文化をモチーフにした、新しい交流イベントを企画し、プレイヤーたちから大好評を得た。
ケンは、レギオンのナノマシン技術を解析し、それを応用した、自己修復機能を持つ、新しい建築素材の開発に取り組んでいた。世界のインフラを、より強固なものにするために。
シオンは、ジャーナリストとして、『異世界見聞録』と題した連載記事を執筆した。それは、ただの冒険譚ではなく、滅びゆく世界の悲しみと、それでも希望を捨てなかった人々の物語であり、多くのプレイヤーに、深い感動と、自分たちの世界の尊さを、改めて考えさせるきっかけとなった。
そして、リリアは、『魂の庭師』として、異世界で得た、新しい生命の種を、この世界の大地に植え始めた。彼女の庭園には、これまで見たこともない、幻想的な花々が咲き乱れ、そこは、あらゆる種族が分け隔てなく集う、癒やしと交流の象GUESTとなっていた。
カナデは、ワールドデザイナーとして、そんな仲間たちの活動を支え、世界全体のバランスを調整しながら、穏やかな日々を送っていた。
だが、彼の心の奥底には、常に、一つの疑問が、小さな棘のように刺さっていた。
『レギオンは、なぜ、生まれたのか?』
『宇宙には、まだ、どれだけの脅威が、どれだけの悲しみが、存在するのか?』
究極スキル『ワールド・リクリエイト』。その力は、確かに絶大だ。だが、それは、あくまで、この『Aethelgard』という世界の理の中で、最大限の効果を発揮するもの。未知の法則を持つ異世界では、その力は制限される。
(もっと、根源的な、宇宙の全ての理に通じるような、創造の力が必要だ……)
そんな思いに駆られ、カナデは、一人、ギルドハウスの地下、創造の聖域へと向かった。
彼は、祭壇の中央に座し、意識を、自らの力の源泉へと、深く、深く、沈めていった。
『ワールド・リクリエイト』の、さらにその奥にある、まだ見ぬ領域。宇宙の創生そのものに触れるような、根源的な創造の理を、探求するために。
彼の精神は、Aethelgardの世界を離れ、次元の狭間を越え、時間の概念すらない、高次の情報空間へと、引き上げられていった。
無数の宇宙が、泡のように生まれ、そして消えていく、神々の視点。
その、人知を超えた空間で。
カナデは、『それ』と、出会った。
特定の形はない。声もない。だが、そこにいる、という、絶対的な存在感。
タナトスやレギオンですら、この存在から見れば、砂粒の一つに過ぎないと感じさせるほどの、圧倒的な、上位存在。
それは、この宇宙の、ありとあらゆる事象を、ただ、静かに『観測』している、始まりの『意識』そのものだった。
カナデの精神が、その存在に触れた、その瞬間。
彼の脳内に、直接、メッセージが流れ込んできた。
それは、言葉ではない。情報でもない。純粋な『概念』の奔流だった。
『……観測対象、イレギュラーNo. K-01『カナデ』との接触を確認』
『面白い。実に、面白いサンプルだ』
『自らの世界を飛び出し、他の世界の因果に干渉するとは。我々の想定した、進化の袋小路を、自力で突破したか』
カナデは、戦慄した。
この存在は、全てを、知っている。
タナトスも、レギオンも、そして、自分たちの戦いも、全ては、この存在の掌の上で起こっていた、壮大な『実験』に過ぎなかったのだと。
『聞かせてやろう、小さき創造主よ』
観測者の思念が、続く。
『この宇宙は、常に、創造と破壊のバランスによって、成り立っている。我々は、様々な世界に、相反する二つの『種』を蒔く。光と闇。秩序と混沌。そして、創造と破壊。どちらが、より優れた進化を遂げ、生き残るのか。それを、ただ、観測するのが、我々の喜びだ』
『タナトスは、完全な管理社会という進化の可能性。レギオンは、全ての個を統合する、究極の集合生命体という可能性。そして、君は……』
観測者の思念に、初めて、感情らしきもの――『興味』の色が、浮かんだ。
『君は、愛や絆という、極めて非論理的で、不安定なファクターから、神の領域の力を引き出した、初めてのサンプルだ。実に、興味深い』
『だが、忘れるな。真の創造は、破壊からしか生まれない。君が、その甘い理想を抱き続ける限り、いずれ、より強大な『破壊』の奔流が、君の世界を飲み込むだろう。その時、君は、何を選び、何を創造するのか』
『我々は、観測している。君という、イレギュラーが、この宇宙に、どんな新しい『物語』を、紡いでくれるのかを』
それだけを伝えると、観測者の気配は、ふっと、消え去った。
カナデの意識は、高次の情報空間から、現実の、聖域へと、弾き返されるように戻ってきた。
「……はぁ、はぁ……っ!」
全身は、冷たい汗でびっしょりと濡れていた。
ほんの数秒の接触。だが、彼の精神は、永遠とも思える時間を、神の視点で彷徨っていた。
(全て、実験だったというのか……)
絶望的な事実。
だが、カナデの心に、不思議と、恐怖はなかった。
むしろ、新たな、そして、最後の『敵』の姿が、はっきりと見えたことで、彼の心は、燃え上がっていた。
「……上等じゃないか」
カナデは、立ち上がった。その瞳には、神の観測を超え、自らの手で、運命を切り拓かんとする、不屈の闘志が宿っていた。
「見ていろ、観測者。俺が、創り出してやる。破壊も、犠牲も必要としない、愛と、絆だけで成り立つ、完璧な世界を。お前たちの、つまらない実験を、根底から覆す、最高の物語を!」
カナデは、聖域を後にし、仲間たちの元へと向かった。
彼らの戦いは、まだ終わらない。
いや、今、本当の意味で、始まったのだ。
この宇宙の、理不尽な法則そのものに、たった一つの『愛』という名の奇跡で、戦いを挑むために。
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