幽霊令嬢と呼ばれていますが、私にだけ見えるイケメンな縛霊様と恋に落ちました

夏見ナイ

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第45話 学園祭の準備

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シャルロッテが闇の魔術師団の手駒と化していた。その衝撃的な事実が判明してから数週間が過ぎた。
アラン王子率いる王家の諜報部隊と、私たち学園内部の調査チームは連携を取りながら、敵の尻尾を掴もうと必死に動いていた。だが、敵はあまりにも狡猾だった。あの密会を最後に、シャルロッテもローブの人物も、そして生徒たちの魔力を奪う黒い影も、ぱったりと活動を停止してしまったのだ。
まるで嵐の前の静けさ。私たちは、見えない敵が息を潜め、次なる大規模な計画を練っているであろうことを肌で感じていた。

そんな息詰まるような緊張感とは裏腹に、学園は年に一度の大学園祭『創星祭』の準備で日に日に活気と熱気を増していた。
廊下を歩けば、あちこちから楽しげな楽器の音や演劇の練習をする声が聞こえてくる。中庭では、巨大な装飾物を作る生徒たちの槌音と笑い声が響いていた。誰もが年に一度の祭典を前に心を浮き立たせている。
この平和な光景が、薄氷の上にある偽りのものだと知っているのは、ごく一握りの人間だけだった。

「リリアーナさん!こっちの生地の色、どっちがいいと思う?」
「カイン!そっちの柱、もう少し右にずらしてくれ!」

私たちのクラスも例外ではなかった。
出し物であるカフェの準備で教室は連日大賑わいだった。装飾係、調理係、給仕係と、それぞれが自分の役割をこなし、一つの目標に向かって協力している。その熱気は私たち三人を否応なく巻き込んでいった。

「アンナ、その魔道具は一体何ですの?」
「ふふーん、これはね、『全自動おかわり君』だよ!カップが空になると自動で紅茶を注いでくれる優れものなの!」

アンナは得意げに自作の魔道具を披露していた。彼女の作る奇妙で便利な発明品はクラスの準備を大いに助け、今や彼女はクラスの人気者だった。

「リリアーナ、この飾り付けはここでいいか?」
「はい、カインさん。もう少しだけ上にお願いします」

カインもその腕っぷしを見込まれ、力仕事で大活躍していた。ぶっきらぼうな態度は相変わらずだが、クラスの女子生徒たちから「頼りになる」と密かに人気を集めているのを私とアンナは知っている。

そして、私は調理係としてカフェで出すハーブティーのブレンドを担当していた。
母から教わった知識とルークの助言を元に、何種類ものハーブを組み合わせる。リラックス効果のあるカモミール、気分をすっきりさせるミント、そしてほんのり甘い香りのリンデン。

「……うん、美味しい」

試作品を一口飲んだクラスメイトの少女が、うっとりと目を細めた。
「なんだか、リリアーナさんが淹れたハーブティーを飲むと、心がすごく落ち着くわ。不思議ね」

その言葉に、他の生徒たちも次々と試飲し、口々に称賛の声を上げてくれる。
おそらく私の聖なる力が無意識のうちにハーブティーに宿り、飲む人の心を癒す効果をもたらしているのだろう。
クラスメイトたちの純粋な笑顔に、私の心も温かくなっていく。この束の間の平穏がたまらなく愛おしかった。

『楽しそうだな、リリアーナ』

私の隣で見えないルークが優しく囁いた。
(はい。みんなと何かを一緒に作り上げるのが、こんなに楽しいことだなんて知りませんでしたわ)
『君が、君自身の力で手に入れた大切な居場所だ。存分に楽しむといい』

彼の言葉に私は静かに微笑んだ。
だが、そんな穏やかな時間の中、私の心の片隅では常に警戒のアンテナが張り巡らされていた。

学園祭の準備が佳境に入るにつれて、私は学園のあちこちで奇妙な感覚に襲われるようになっていた。
それは、空気の微かな「澱み」。
普通の人には決して感じられない、魔力の流れのほんの僅かな乱れ。それは特定の場所にあるのではなく、学園の敷地全体に薄い膜のように広がっているようだった。

『……ルーク。あなたも感じますか?』
寮の自室に戻った夜、私は彼に問いかけた。
ルークは窓の外に広がる学園の夜景を見つめながら、厳しい表情で頷いた。

『ああ。これは大規模な術式の準備段階に見られる特有の魔力パターンだ。まるで学園の敷地全体を一つの巨大な魔法陣に見立てているかのように、複数のポイントに微弱な魔力の『杭』が打ち込まれている』
「魔法陣……?」
『そうだ。そして創星祭当日。学園中の生徒や客人の魔力が最高潮に達した時、その膨大なエネルギーを利用して、術者はこの魔法陣を起動させるつもりだろう』

彼の分析に、私は背筋が凍る思いだった。
敵の目的はいったい何なのか。この学園にいる何千という人々を巻き込んで、何をしようというのか。

私はすぐにアラン王子に魔法の通信機でこのことを報告した。
だが、彼の返答は彼の苦しい立場を物語るものだった。
『情報感謝する、リリアーナ嬢。だが、物理的な証拠が何一つない以上、騎士団を学園に大々的に派遣することはできない。下手に動けば敵にこちらの警戒を悟らせ、計画を変更させてしまう恐れもある』

もどかしい。だが、彼の言う通りだった。
私たちにできることは、警戒を強め、敵が尻尾を出す決定的な瞬間を待つことだけだった。

そして、学園祭の前日。
全ての準備が終わり、夕暮れの教室でクラスメイトたちとささやかな打ち上げをしていた時のことだった。
私はふと窓の外に目をやり、息を呑んだ。

旧校舎の、今は使われていない時計塔の窓。
そこに一瞬、黒いローブを着た人物の影が映ったように見えたのだ。
気のせいではない。確信があった。

「……カインさん」
「どうした、リリアーナ?」

私は彼の名前を呼ぶと、無言で窓の外を指さした。
私の視線の先を追ったカインは即座に状況を理解した。彼の瞳が、鋭い騎士のものへと変わる。

「アンナ!悪いが先に戻っていてくれ!」
「えっ、カインさん!?」

カインはアンナの返事を待たずに教室を飛び出していった。私も、クラスメイトたちに「少し忘れ物ですわ」とだけ告げて彼の後を追う。
二人で旧校舎へと全力で走る。
夕闇が迫る中庭を駆け抜け、古びた時計塔の扉を開け放つ。中は埃っぽく、静まり返っていた。

私たちは螺旋階段を駆け上がり、問題の窓がある部屋へと飛び込んだ。
だが、そこには誰もいなかった。
ただ、開け放たれた窓から冷たい風が吹き込んでくるだけだった。

「……逃げられたか」

カインが悔しそうに舌打ちする。
私も部屋の中を見回し、何か手がかりがないか探した。
そして床に落ちている、あるものに気づいた。

それは一本の、長く美しい金色の髪の毛。
見間違えるはずもない。シャルロッテのものだ。

「……ここに、彼女がいたのですわ」
「ちっ……!あいつら、やはりこの学園祭で何かを企んでやがる!」

敵がすぐそこまで来ている。
その確かな手触りが私たちの緊張を極限まで高めた。
私たちは無言で顔を見合わせた。明日、何かが起こる。それはもう疑いようのない事実だった。

寮への帰り道、三人の間には重い沈黙が流れていた。
だが、その沈黙は絶望によるものではなかった。
これから始まる戦いを前にした、静かで固い決意に満ちた沈黙だった。

部屋に戻り、窓から学園の夜景を眺める。
明日の祭りのためにあちこちで色とりどりの魔法灯が灯され、それはまるで宝石箱のように美しかった。
この美しい光景を、邪悪な者たちの好きにはさせない。

『明日、何かが起こる』

私の隣に立ったルークが静かに言った。

『だが、どんな闇が来ようとも、僕たちが光で打ち払うだけだ。そうだろう、リリアーナ?』
「はい。もちろんですわ」

私は力強く頷いた。
賑やかな祭りの裏で、静かに最終決戦の幕が上がろうとしている。
私の心は恐怖ではなく、燃えるような闘志で満たされていた。
さあ、来なさい。闇の魔術師団。
あなたたちの企みは、この私と私の大切な仲間たちが必ず打ち砕いてみせる。
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