幽霊令嬢と呼ばれていますが、私にだけ見えるイケメンな縛霊様と恋に落ちました

夏見ナイ

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第46話 学園祭の夜

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創星祭の当日、学園は夜明けと共に、かつてないほどの熱気と喧騒に包まれた。
校門には朝早くから着飾った王都の人々が詰めかけ、生徒たちの手による様々な模擬店や催し物を楽しんでいる。あちこちから、楽しげな音楽と人々の弾むような笑い声が聞こえてきた。
まるで学園全体が巨大な宝石箱のように、きらきらと輝いている。

私たちのクラスのカフェも開店と同時に大盛況だった。
アンナの『全自動おかわり君』は子供たちに大人気で、カインは給仕係としてその腕っぷしを発揮し、一度に十人分のお盆を運んで周囲を驚かせている。
私がブレンドしたハーブティーは、「飲むだけで心が安らぐ奇跡のお茶」として瞬く間に評判を呼び、長い行列ができていた。

「すごいね、リリアーナさん!もう茶葉がなくなりそうだよ!」
「嬉しい悲鳴ですわね」

忙しさに追われながらも、クラスメイトたちと協力して一つのことを成し遂げる喜びは、私の心を温かく満たした。
この平和な光景。この輝くような笑顔。
その裏で得体の知れない悪意が蠢いていることなど、誰も想像すらしていない。その事実が私の胸をちりちりと焦がした。

『リリアーナ。気を抜くな』

喧騒の中でも、ルークの声はクリアに私の心に届く。

『敵は、この熱気が最高潮に達する瞬間を待っている。最も人が油断し、最も多くの魔力がこの地に満ちる時……おそらく、夜だ』

彼の予測通り日が傾き、学園が夕闇に包まれ始めると、祭りの雰囲気はさらに熱を帯びていった。
夜の部のメインイベントである、中庭でのキャンプファイヤーとダンスパーティーが始まろうとしているのだ。色とりどりの魔法灯が学園の至る所を照らし、幻想的な光景を作り出している。

私もクラスの仕事を終え、アンナとカインと共に中庭へと向かっていた。
人混みをかき分けながら進む途中、私はふと言いようのない違和感に足を止めた。
空気が重い。
魔力の流れが明らかに淀んでいる。昨日ルークが指摘した『杭』が、学園中に満ちた人々の魔力に共鳴し、活性化を始めているのだ。

「二人とも、気をつけて」
「ああ、分かっている」
「うん……!」

カインは腰の模擬剣の柄に手をかけ、アンナも懐の魔道具を確かめるように触った。
私たちの間には、言葉にしなくとも分かる極度の緊張感が漂っていた。

やがて学園長が高らかに夜の部の開始を宣言し、中庭の中央に組まれた巨大な薪の山に魔法の火が灯された。
パチパチと音を立てて燃え上がる炎が、集まった人々の顔を明るく照らし出す。歓声が夜空に響き渡った。
楽しいダンス音楽が流れ始め、生徒たちが次々と輪になって踊り始める。

その瞬間だった。
私の足元の大地が、ごく微かに、しかし確かに脈動するのを感じた。

『――来たぞ!』

ルークの鋭い声と同時に、異変は起こった。
学園の敷地の四隅――東の鐘楼、西の森、南の旧校舎、そして北の大門。その四つの地点から、禍々しい紫黒色の光の柱が天を突くように立ち上ったのだ。
光の柱は上空で一つに繋がり、巨大なドーム状の結界を形成していく。

「な、なんだ、あれは!?」
「きれい……花火かしら?」

何も知らない生徒や客たちは、突然の光景を祭りの演出だと思い、歓声を上げている。
だが、私たちには分かっていた。
あれは、祝福の光などではない。

学園全体を外部から完全に隔離し、中にいる人間を閉じ込めるための巨大な監獄。

結界が完成した瞬間、キャンプファイヤーの炎が不気味な紫黒色へと変わった。
楽しげだったダンス音楽は、まるで悪夢の旋律のように歪み、不協和音を奏始める。
学園中に灯されていた美しい魔法灯は次々とその光を失い、代わりに地面に描かれた巨大な魔法陣の紋様が禍々しい光を放ち始めた。

「きゃあああっ!」
「な、何が起こったの!?」

ようやく事態の異常さに気づいた人々が、パニックに陥り始めた。
そして彼らの身に、さらなる異変が襲いかかる。

「あ……あれ……?」
「身体から、力が抜けていく……」

生徒や魔力を持つ客たちが、次々とその場に膝をつき始めた。
彼らの身体から、キラキラとした光の粒子――魔力が強制的に吸い出され、地面の魔法陣へと流れ込んでいく。

「これは……!学園中の人間の魔力を生贄にするつもりか!」

カインが絶叫した。
敵の目的はこれだったのだ。創星祭に集まった何千という人間の膨大な魔力を根こそぎ奪い取り、何か恐ろしい儀式を完成させようとしている。

私とアンナ、カインは咄嗟に自分の魔力を体内で固く閉ざし、抵抗した。だが、魔法陣から発せられる吸引力はあまりにも強力で、じわじわと体内の力が削られていくのが分かる。

『リリアーナ!このままでは皆、魔力を吸い尽くされて廃人になってしまう!』
(どうすれば……!)
『儀式の中心は、あそこだ!』

ルークが指し示したのは、紫黒色の炎が燃え盛るキャンプファイヤー。その炎の中心に、浮かび上がるようにして一つの人影が現れた。
黒いローブを深く被り、禍々しい魔力の杖を携えた、仮面の魔術師。

「ククク……。素晴らしい……。素晴らしいぞ、この力は……!」

仮面の奥から聞こえてくる声は、魔法で変えられているのか、男とも女ともつかない不気味な響きを持っていた。

「さあ、愚かなる子羊たちよ。お前たちの未来も希望も、全て我が主の糧となるがいい!」

仮面の魔術師が杖を高く掲げると、魔力の吸引力がさらに強まった。
あちこちで完全に魔力を吸い尽くされた生徒たちが、白目を剥いて倒れていく。

「やめろぉぉぉっ!」

カインが怒りの雄叫びを上げて、仮面の魔術師へと突進しようとする。
だが、彼の前に炎の中から生まれた数体の炎の魔物が立ちはだかった。

「カインさん!」
「くそっ、こいつら……!」

カインが魔物にてこずっている。
アンナも魔道具を使おうとするが、魔力が不安定でうまく起動できない。
このままでは、全滅だ。

(わたくしが、やるしかない……!)

私は覚悟を決めた。
私の聖なる力ならば、この邪悪な儀式を止められるかもしれない。
私は自分の内なる力に意識を集中させた。

だが、敵も私の存在には気づいていた。
仮面の魔術師の視線が、正確に私を捉える。

「ほう……。あれが噂の『聖女の器』か。その清浄な魂は儀式の仕上げに、極上の贄として捧げてやろう」

仮面の魔術師が、私に向かって杖を突き出した。
その先端から凝縮された闇の魔力が、漆黒の槍となって私へと放たれる。

速い。避けられない。
絶体絶命。

そう思った瞬間、私の前に赤い影が割り込んだ。
「リリアーナァァッ!」

カインだった。
彼は炎の魔物を振り切り、私を庇うようにしてその身を盾にした。

漆黒の槍は、カインの右肩を容赦なく貫いた。

「――がっ……!?」

カインの口から苦悶の呻きが漏れる。
彼の身体から、どっと鮮血が噴き出した。
そして彼は糸が切れた人形のように、ゆっくりと私の腕の中へと崩れ落ちていった。

「カインさん……?カインさんッ!!」

私の悲鳴が、悪夢に包まれた学園の夜空に虚しく響き渡った。
彼の身体から急速に温もりが失われていく。
私の目の前で、大切な友人の命の灯が消えかけていた。
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