幽霊令嬢と呼ばれていますが、私にだけ見えるイケメンな縛霊様と恋に落ちました

夏見ナイ

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第50話 残された言葉

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悪夢の学園祭から数日が過ぎ、学園は少しずつだが日常を取り戻し始めていた。
破壊された中庭は魔法によって修復され、生徒たちの間ではあの夜の出来事はまるで伝説のように語られるようになっていた。聖女の如き力で仲間を救った銀髪の令嬢と、彼女を支えた二人の友人。私たちは良くも悪も学園中の有名人となっていた。

だが、そんな表面的な平穏の裏で水面下の戦いは静かに続いていた。
アラン王子率いる騎士団による宰相ヴァルデマールの行方の捜索。そして、闇の魔術師団の全貌解明に向けた極秘裏の調査。
私たちもまた、カインの療養が続く中、アンナと共に情報を整理し、次なる一手に備えていた。

その日の放課後、アラン王子から召喚の連絡を受け、私は一人で王城へと向かった。
通されたのは彼の私的な執務室。窓の外には、夕暮れに染まる王都の美しい景色が広がっていた。

「来てくれたか、リリアーナ嬢」

アラン王子は山積みの書類から顔を上げ、疲れたように、しかし穏やかに微笑んだ。彼の顔には、この数日の激務を物語るように深い疲労の色が浮かんでいる。

「先日捕らえた、あのローブの男について進展があった」

彼は単刀直入に本題を切り出した。
私の背筋がぴんと伸びる。

「彼は闇の魔術師団の下級幹部の一人だった。名はゲオルグ。王国の下級貴族の次男で、数年前から行方不明になっていた男だ」
「……口を割ったのですか?」
「いや」

アラン王子は静かに首を横に振った。

「それが問題なのだ。彼はどんな尋問にも、どんな魔法にも一切口を開かなかった。その精神は強力な呪術によって守られていたようだ。そして昨夜……彼は我々の目の前で自決した」
「自決……!」

その言葉に私は息を呑んだ。
敵は情報を漏らすくらいなら死を選ぶ。その事実が、彼らの組織の恐ろしさと忠誠心の異常さを物語っていた。

「体内にあらかじめ自死の呪いを仕込んでいたらしい。我々がそれを解除するよりも早く、彼は自らの命を絶った。だが……」

アラン王子はそこで一度言葉を切ると、机の上に置かれた一つの魔道具を指さした。それは音声を記録し、再生するための魔法の水晶だった。

「彼は死ぬ直前に、一つだけ言葉を残した。それは他の誰でもない、君に向けられた言葉だった」

私の心臓がどきりと跳ねた。
アラン王子は記録水晶に魔力を込め、起動させた。
水晶から、ざらついたノイズと共に男の声が響き渡る。それは狂信的な熱を帯びた不気味な声だった。

『――聖女の器よ……聞いているか』

その声を聞いた瞬間、私のすぐそばにいたルークの気配が鋭く尖った。

『お前の力は、我らが悲願のためにある。足掻くがいい。もがくがいい。だが、全ては定められし道筋……』

声はそこで一度途切れ、そして恍惚とした響きを帯びて、最後の言葉を紡いだ。

『我らが主が、玉座にてお前を待っている……!』

その言葉を最後に水晶は沈黙した。
後に残されたのは、耳にこびりつくような男の狂信的な声の残響と、部屋の重い沈黙だけだった。

「『我らが主』……。そして、『玉座』……」

アラン王子が苦々しげに呟いた。

「ヴァルデマールは誰かに仕えているということか。彼のさらに上に、この国を、あるいはそれ以上の何かを狙う本当の黒幕がいる。そして、その目的は玉座の簒奪……」

彼の推測は、この国の根幹を揺るがすあまりにも恐ろしいものだった。
だが、私の意識は別の言葉に囚われていた。

聖女の器。
また、その言葉。
敵は私をただの強力な魔術師としてではなく、何か特別な役割を持つ「器」として見ている。その事実が私の背筋に冷たいものを走らせた。

そしてルークもまた、別の言葉に激しく反応していた。

『主……玉座……』

彼の声が私の心の中で呻くように響く。
その声は苦痛と混乱と、そして遠い記憶の断片に苛まれているようだった。

『なぜだ……その言葉を聞くと、胸が……張り裂けそうだ……。思い出さなければならない……。僕が本当に守りたかったもの……。僕が本当に戦うべきだった、敵の顔を……!』

彼の魂が悲鳴を上げていた。
私はたまらなくなって、見えない彼の存在に手を伸ばした。

(大丈夫ですわ、ルーク。焦らないで)

アラン王子は私の様子に気づいたのか、心配そうに眉を寄せた。

「……リリアーナ嬢?大丈夫か?」
「は、はい……。申し訳ありません。少し動揺してしまって」

私は何とか平静を装った。
だが、心の中の嵐は収まらない。
敵の目的、ルークの過去、そして私に課せられた宿命。
全ての謎が、一つの巨大な渦となって私たちを飲み込もうとしている。

「いずれにせよ、これで我々の目標は定まった」

アラン王子は決意を込めた目で私を見た。

「敵が言う『主』の正体を突き止める。それがこの戦いに勝利するための絶対条件だ。私の方でも王家の全ての記録を洗い直し、ヴァルデмаールと繋がる人物、そして『魂縛の呪い』のような禁術に手を染めた可能性のある過去の魔術師たちを徹底的に洗い出す」

彼の言葉に私も頷いた。
そして私の中で、新たな決意が固まった。
ただアラン王子の調査を待つだけではない。
私たちも動かなければならない。

「アラン殿下」

私は顔を上げた。その瞳にはもう迷いはなかった。

「わたくしたちも、調べさせてください。わたくしにしか見つけられない答えがあるはずです。その『主』とやらは、おそらく……わたくしの、そしてわたくしの大切な人の過去と深く関わっているはずですから」

私の言葉にアラン王子は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに全てを理解したように深く頷いた。

「……分かった。君を信じよう」

この日を境に、私たちの戦いは新たな段階へと移行した。
闇の魔術師団との戦いは同時に、ルークの失われた記憶と私の宿命の謎を解き明かす旅の始まりでもあったのだ。
残された言葉が、私たちに進むべき道を示してくれた。
その道がどれほど険しく困難なものであろうとも、私たちはもう立ち止まることはない。
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