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第二章:挫折と覚醒
第8話 死神の能力が、都を救う希望に変わる時
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西園寺響一郎と鹿鳴館アリスが去った後の鴨川の河川敷には、湿った川風だけが残されていた。 二人の足元には、干からびたアマガエルの死骸が転がっている。
つい先刻まで瑞々しく跳ねていた命の残骸だ。
久我山六花は震えながら、自分の左手を胸に抱きしめていた。
その手が、無邪気な命を奪った感触が、皮膚にこびりついて離れない。
「……ごめんなさい。カエルさん」
六花の声は、消え入りそうだった。
「まあ、落ち込むな。カエルはあとで墓を作って成仏させてやろう」
京極朔夜は、努めて明るく振る舞いながら六花の肩を叩いた。
だが、その目は笑っていなかった。
彼の脳裏には、先ほどの西園寺の言葉がリフレインしていた。
『君が泥をこねている間に、地図が書き換わるぞ』
『時間を無駄にするな』
「う、うん……」
「……ん? 待てよ」
朔夜の表情が変わる。
不安と焦燥が混ざり合った混沌の中で、一つの「論理」が閃いたのだ。
「あいつら…『時間を無駄にするな』って言ってたな」
朔夜は呟いた。
その瞳に、ギラリとした、獲物を狙う猛禽類のような光が宿る。
「……ハッ。上等だ。俺たちが一番『時間』を有効に使ってやるよ」
(桜のアイデア。「時間」という壁。「一瞬で時間を進める」能力)
バラバラだったピースが、朔夜の脳内で猛スピードで組み合わさっていく。
朔夜は荒い息を吐きながら、髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
焦燥ではない。
これは、起死回生の一手を見つけた興奮だ。
(……落ち着け!考えろ!京極朔夜)
(カエルは『一瞬で一生分の時間を生きた』…つまり)
(六花の能力は『老化』ではなく、『時間の圧縮』つまり『成長の促進』なんじゃないか?)
朔夜は顔を上げ、六花を見据えた。
「……六花。この能力が生き物だけでなく、もし植物にも使えるとしたら?」
「え?」
「実験だ」
朔夜は足元の草むらを指差した。
そこには、小さなタンポポのつぼみがあった。
「あのタンポポのつぼみに触ってみろ。さっきのカエルみたいに……こいつを『殺して』みろ」 「えっ!?でも、枯れちゃうよ?」
六花が後ずさる。
これ以上、自分の手で何かを壊すのは耐えられない。
「そんな可哀想なこと……」
「いいから!やれ!俺を信じろ!」
朔夜の真剣な眼差しに、六花は息を呑んだ。
そこには狂気にも似た確信があった。
今の彼にとって、これは遊びではない。生き残るための賭けなのだ。
(……朔夜くんが言うなら)
(私が死神でも、彼が必要としてくれるなら……)
六花は覚悟を決めた。恐る恐る左手の指先を伸ばす。
小さな緑色のつぼみに、震える指先が触れる。
ボッ!!
一瞬で茎が震えた。
つぼみがみるみる膨らみ、ほころび、鮮やかな黄色の花がパッと開いた。
「あ……!」
「咲いた……!植物にも使えることが証明された」
さらに数秒後。花は綿毛になり、風に乗って飛び散り、最後は茎が枯れて地面に倒れた。
植物の一生が、瞬きの間に駆け抜けていった。
二人の目の前には、枯れ草だけが残る。
「……やっぱり、最後は死んじゃう」
六花はその場にしゃがみ込み、自分の左手を見つめた。震えが止まらない。
「私の手は、何も生み出せない…死神の手だよ…」
「待て。諦めるな」
朔夜は隣に見える別のつぼみを指差した。
「もう一度だ、六花」
「い、いや!もう嫌……!」
「やるんだ!さっきは『殺す』つもりでやったから、一気に時間が進みすぎたんだ」
朔夜は六花に歩み寄った。
「力を加減できれば…結果は変わるかもしれねえ」
「今度は、成長が緩やかになるように祈りながら触れてみろ。気持ちを植物に送るんだ。……例えば、今から10分後に花が咲くように」
「10分後……」
「ああ。想いを込めろ」
六花は涙を拭い、再び別の蕾に手を伸ばした。
今度は優しく、時間を慈しむように。赤子を撫でるように。
(……咲いて。ゆっくり……ゆっくり……)
触れる。 ……何も起きない。
「……ダメ、みたい」
「いや、しばらく待とう」
朔夜はじっと蕾を見つめた。
1分、5分、8分……。 そして、約10分後。
ゆっくりと小さな音を立てて、蕾がふわりと開いた。
今度は散らない。枯れない。
鮮やかな黄色い花が、夕闇の中で美しく咲き誇っている。
「……咲いた」
朔夜の声が震えた。
「枯れてねえぞ、六花!成功だ!」
「あ……」
六花は、呆然と手のひらの上の花を見た。
枯れていない。生きている。私が触れたのに、生きている。
「制御できるんだ。お前の意思で、時間は操れる!」
六花の震えは止まらなかった。喜びよりも、恐怖が勝る。
こんな強大な力を、自分が持っているなんて。
もし制御を誤れば、大切なものさえ一瞬で塵にしてしまうかもしれない。
ガシッ!!
朔夜が、六花の左手首を掴んだ。
「触らないで!」
六花は悲鳴を上げた。
「朔夜くんまで、死んじゃうよ!?」
「ひっ…!?」
「離して!死んじゃう!時間が奪われちゃう……!」
朔夜は、六花の左手をさらに力強く握りしめた。
骨がきしむほど強く。
「うるせえ!!制御できたじゃねえか」
朔夜は六花をグイと引き寄せ、その目を真っ直ぐに見据えた。
「俺は死なねえよ」
「……お前を幸せにするまではな」
「え……」
朔夜は、六花の手のひらを自分の頬に当てた。
温かい。脈打っている。
死神の手なんかじゃない、人間の手だ。
「見ただろ?花は咲いたんだ」
「お前の能力は『老化』させることじゃなかったんだ。『時間を進めて成長させられる』能力だったんだ」
「これは……死神の手なんかじゃない」
「一生、お前を守るために、あいつらに勝つために俺を成長させる手だ」
朔夜はニヤリと不敵に笑った。
その笑顔は、六花がずっと見たかった、あの頃の自信に満ちた彼だった。
「……っ!」
「この手を握れるのは俺だけ、俺だけの特権だ」
六花の目から、大粒の涙が溢れ出した。
自分自身でさえ忌み嫌っていた左手を、彼は頬に当ててくれた。
「特権」だと言ってくれた。
「……思いついたぞ、六花」
朔夜の目に、野心の火が灯る。策士としての計算が、音を立てて組み上がっていく。
「カエルに使えば寿命が尽きて死ぬ。だが……『これから育つ桜の苗木』に使えばどうだ?」
「立派な桜の成木は高すぎて買えない。だが、種や苗木なら二束三文だ」
「俺たちは、安い苗木を大量に買い集める。それをお前の手で『成木(大人の木)』を1年後に調整して、寸止めするんだ!」
「え……」
「そうすれば、金のない俺たちでも、短い期間で、立派な桜並木が作れる!」
「4、5年かかる桜を、一年で咲かせる。……お前の『能力』があれば、俺たちは未来を先取りできるんだ!」
「そ、そんな使い方が……!」
「カエル殺しの呪いが、都を救う『神の御手』に化ける瞬間だ!」
朔夜は六花の手を強く握った。
「やろうぜ、六花。俺たちの『桜』で、この衰退した京都をひっくり返すんだ」
六花は涙を拭って顔を上げた。
その表情から、卑屈な色は消えていた。
あるのは、愛する人のために能力を活用する覚悟だけだ。
「……朔夜くん」
「もしこの力が、あなたの夢の役に立つなら」
六花は、潤んだ瞳で強く微笑んだ。
「私、死神にだってなるよ。……怖くない」
「咲かせる。朔夜くんのために…何千本だって…!」
「……ああ。頼もしいな。でも死神にはなってほしくない」
朔夜は少し照れくさそうに視線を逸らし、繋いだままの手を見た。
「…その能力…名前をつけるか」
「え?」
「『老化』とか『死』とか、縁起でもねえからな。…かっこよくしようぜ」
朔夜は少し考えてから呟いた。
「『星霜(せいそう)の手のひら』…ってのはどうだ」
「せいそう……?」
「ああ。『幾星霜』の星霜だ」
「ただ時間が経つだけじゃねえ。…『厳しい風雪に耐えて、苦労して、綺麗になる』って意味だ」
朔夜はぶっきらぼうに、けれど愛おしげに六花の手を見つめた。
「お前のこの手は、老いさせる能力じゃない。桜を一番綺麗な姿にする魔法の手だ」
「……!」
「『星霜の手のひら』…。うん、素敵…!」
六花は嬉しそうに自分の手を見つめた。
さっきまで呪いと思っていた手が、今は宝物に見える。
「私のこの能力は、絶対に誰にも言わないでね」
「気持ち悪がらないのは、世界で朔夜くんだけだから」
「…………」
朔夜はフンと鼻を鳴らした。
「いや、俺も気持ち悪いと思うよ」
「えっ」
「カエル干からびさせる女とか、普通にホラーだろ」
「ひ、ひどい! さっき『魔法の手』って言ったのに!」
「あー、言ったっけ?忘れた」
朔夜はニシシと悪戯っぽく笑った。
六花も、つられてクスッと笑う。
「……誰にも言わねえよ。墓まで持ってく」
「……墓まで、か。うん、絶対一緒に入ろうね、朔夜くん」
「え!そういう意味じゃねえよ」
「……ふふ。二人だけの秘密ができたね」
(……ああ、誰にも言ってたまるか)
朔夜は心の中で誓った。
(触れると死ぬ死神の手。…だが、俺だけが、この手を握ってやれる)
(この危険な手の手綱を握れるのは、世界で俺一人だ)
夕闇の中、二人の影が一つに重なる。
朔夜は気合を入れ直すように頬を叩いた。ふと、隣を歩く六花の左手を見る。
「……それにしても」
「なんでお前に、そんな『能力(チカラ)』があるんだ?」
「お前の家系……久我山家には、代々そういう力が伝わってるのか?」
「ううん。全然知らないの」
六花は首を横に振った。
「お母様とも、おばあ様とも、そんな話一度もしてないもの。…たぶん私だけよ」
「どこから来たのか…誰が与えたのか…私にも全くわからないの」
「ふうん……突然変異ってやつか?」
「わからないわ。家族にも言ってないからね」
「ま、今はその『出所不明のチカラ』でも、猫の手よりはマシか……」
「そうよ。二人で力を合わせて、京都中を桜で埋め尽くしましょう」
明治16年、5月。
ハッタリだけの凡人の少年と、不思議な能力を持つ少女の、命がけの「桜植樹プロジェクト」が、今ここに幕を開けた。
つい先刻まで瑞々しく跳ねていた命の残骸だ。
久我山六花は震えながら、自分の左手を胸に抱きしめていた。
その手が、無邪気な命を奪った感触が、皮膚にこびりついて離れない。
「……ごめんなさい。カエルさん」
六花の声は、消え入りそうだった。
「まあ、落ち込むな。カエルはあとで墓を作って成仏させてやろう」
京極朔夜は、努めて明るく振る舞いながら六花の肩を叩いた。
だが、その目は笑っていなかった。
彼の脳裏には、先ほどの西園寺の言葉がリフレインしていた。
『君が泥をこねている間に、地図が書き換わるぞ』
『時間を無駄にするな』
「う、うん……」
「……ん? 待てよ」
朔夜の表情が変わる。
不安と焦燥が混ざり合った混沌の中で、一つの「論理」が閃いたのだ。
「あいつら…『時間を無駄にするな』って言ってたな」
朔夜は呟いた。
その瞳に、ギラリとした、獲物を狙う猛禽類のような光が宿る。
「……ハッ。上等だ。俺たちが一番『時間』を有効に使ってやるよ」
(桜のアイデア。「時間」という壁。「一瞬で時間を進める」能力)
バラバラだったピースが、朔夜の脳内で猛スピードで組み合わさっていく。
朔夜は荒い息を吐きながら、髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。
焦燥ではない。
これは、起死回生の一手を見つけた興奮だ。
(……落ち着け!考えろ!京極朔夜)
(カエルは『一瞬で一生分の時間を生きた』…つまり)
(六花の能力は『老化』ではなく、『時間の圧縮』つまり『成長の促進』なんじゃないか?)
朔夜は顔を上げ、六花を見据えた。
「……六花。この能力が生き物だけでなく、もし植物にも使えるとしたら?」
「え?」
「実験だ」
朔夜は足元の草むらを指差した。
そこには、小さなタンポポのつぼみがあった。
「あのタンポポのつぼみに触ってみろ。さっきのカエルみたいに……こいつを『殺して』みろ」 「えっ!?でも、枯れちゃうよ?」
六花が後ずさる。
これ以上、自分の手で何かを壊すのは耐えられない。
「そんな可哀想なこと……」
「いいから!やれ!俺を信じろ!」
朔夜の真剣な眼差しに、六花は息を呑んだ。
そこには狂気にも似た確信があった。
今の彼にとって、これは遊びではない。生き残るための賭けなのだ。
(……朔夜くんが言うなら)
(私が死神でも、彼が必要としてくれるなら……)
六花は覚悟を決めた。恐る恐る左手の指先を伸ばす。
小さな緑色のつぼみに、震える指先が触れる。
ボッ!!
一瞬で茎が震えた。
つぼみがみるみる膨らみ、ほころび、鮮やかな黄色の花がパッと開いた。
「あ……!」
「咲いた……!植物にも使えることが証明された」
さらに数秒後。花は綿毛になり、風に乗って飛び散り、最後は茎が枯れて地面に倒れた。
植物の一生が、瞬きの間に駆け抜けていった。
二人の目の前には、枯れ草だけが残る。
「……やっぱり、最後は死んじゃう」
六花はその場にしゃがみ込み、自分の左手を見つめた。震えが止まらない。
「私の手は、何も生み出せない…死神の手だよ…」
「待て。諦めるな」
朔夜は隣に見える別のつぼみを指差した。
「もう一度だ、六花」
「い、いや!もう嫌……!」
「やるんだ!さっきは『殺す』つもりでやったから、一気に時間が進みすぎたんだ」
朔夜は六花に歩み寄った。
「力を加減できれば…結果は変わるかもしれねえ」
「今度は、成長が緩やかになるように祈りながら触れてみろ。気持ちを植物に送るんだ。……例えば、今から10分後に花が咲くように」
「10分後……」
「ああ。想いを込めろ」
六花は涙を拭い、再び別の蕾に手を伸ばした。
今度は優しく、時間を慈しむように。赤子を撫でるように。
(……咲いて。ゆっくり……ゆっくり……)
触れる。 ……何も起きない。
「……ダメ、みたい」
「いや、しばらく待とう」
朔夜はじっと蕾を見つめた。
1分、5分、8分……。 そして、約10分後。
ゆっくりと小さな音を立てて、蕾がふわりと開いた。
今度は散らない。枯れない。
鮮やかな黄色い花が、夕闇の中で美しく咲き誇っている。
「……咲いた」
朔夜の声が震えた。
「枯れてねえぞ、六花!成功だ!」
「あ……」
六花は、呆然と手のひらの上の花を見た。
枯れていない。生きている。私が触れたのに、生きている。
「制御できるんだ。お前の意思で、時間は操れる!」
六花の震えは止まらなかった。喜びよりも、恐怖が勝る。
こんな強大な力を、自分が持っているなんて。
もし制御を誤れば、大切なものさえ一瞬で塵にしてしまうかもしれない。
ガシッ!!
朔夜が、六花の左手首を掴んだ。
「触らないで!」
六花は悲鳴を上げた。
「朔夜くんまで、死んじゃうよ!?」
「ひっ…!?」
「離して!死んじゃう!時間が奪われちゃう……!」
朔夜は、六花の左手をさらに力強く握りしめた。
骨がきしむほど強く。
「うるせえ!!制御できたじゃねえか」
朔夜は六花をグイと引き寄せ、その目を真っ直ぐに見据えた。
「俺は死なねえよ」
「……お前を幸せにするまではな」
「え……」
朔夜は、六花の手のひらを自分の頬に当てた。
温かい。脈打っている。
死神の手なんかじゃない、人間の手だ。
「見ただろ?花は咲いたんだ」
「お前の能力は『老化』させることじゃなかったんだ。『時間を進めて成長させられる』能力だったんだ」
「これは……死神の手なんかじゃない」
「一生、お前を守るために、あいつらに勝つために俺を成長させる手だ」
朔夜はニヤリと不敵に笑った。
その笑顔は、六花がずっと見たかった、あの頃の自信に満ちた彼だった。
「……っ!」
「この手を握れるのは俺だけ、俺だけの特権だ」
六花の目から、大粒の涙が溢れ出した。
自分自身でさえ忌み嫌っていた左手を、彼は頬に当ててくれた。
「特権」だと言ってくれた。
「……思いついたぞ、六花」
朔夜の目に、野心の火が灯る。策士としての計算が、音を立てて組み上がっていく。
「カエルに使えば寿命が尽きて死ぬ。だが……『これから育つ桜の苗木』に使えばどうだ?」
「立派な桜の成木は高すぎて買えない。だが、種や苗木なら二束三文だ」
「俺たちは、安い苗木を大量に買い集める。それをお前の手で『成木(大人の木)』を1年後に調整して、寸止めするんだ!」
「え……」
「そうすれば、金のない俺たちでも、短い期間で、立派な桜並木が作れる!」
「4、5年かかる桜を、一年で咲かせる。……お前の『能力』があれば、俺たちは未来を先取りできるんだ!」
「そ、そんな使い方が……!」
「カエル殺しの呪いが、都を救う『神の御手』に化ける瞬間だ!」
朔夜は六花の手を強く握った。
「やろうぜ、六花。俺たちの『桜』で、この衰退した京都をひっくり返すんだ」
六花は涙を拭って顔を上げた。
その表情から、卑屈な色は消えていた。
あるのは、愛する人のために能力を活用する覚悟だけだ。
「……朔夜くん」
「もしこの力が、あなたの夢の役に立つなら」
六花は、潤んだ瞳で強く微笑んだ。
「私、死神にだってなるよ。……怖くない」
「咲かせる。朔夜くんのために…何千本だって…!」
「……ああ。頼もしいな。でも死神にはなってほしくない」
朔夜は少し照れくさそうに視線を逸らし、繋いだままの手を見た。
「…その能力…名前をつけるか」
「え?」
「『老化』とか『死』とか、縁起でもねえからな。…かっこよくしようぜ」
朔夜は少し考えてから呟いた。
「『星霜(せいそう)の手のひら』…ってのはどうだ」
「せいそう……?」
「ああ。『幾星霜』の星霜だ」
「ただ時間が経つだけじゃねえ。…『厳しい風雪に耐えて、苦労して、綺麗になる』って意味だ」
朔夜はぶっきらぼうに、けれど愛おしげに六花の手を見つめた。
「お前のこの手は、老いさせる能力じゃない。桜を一番綺麗な姿にする魔法の手だ」
「……!」
「『星霜の手のひら』…。うん、素敵…!」
六花は嬉しそうに自分の手を見つめた。
さっきまで呪いと思っていた手が、今は宝物に見える。
「私のこの能力は、絶対に誰にも言わないでね」
「気持ち悪がらないのは、世界で朔夜くんだけだから」
「…………」
朔夜はフンと鼻を鳴らした。
「いや、俺も気持ち悪いと思うよ」
「えっ」
「カエル干からびさせる女とか、普通にホラーだろ」
「ひ、ひどい! さっき『魔法の手』って言ったのに!」
「あー、言ったっけ?忘れた」
朔夜はニシシと悪戯っぽく笑った。
六花も、つられてクスッと笑う。
「……誰にも言わねえよ。墓まで持ってく」
「……墓まで、か。うん、絶対一緒に入ろうね、朔夜くん」
「え!そういう意味じゃねえよ」
「……ふふ。二人だけの秘密ができたね」
(……ああ、誰にも言ってたまるか)
朔夜は心の中で誓った。
(触れると死ぬ死神の手。…だが、俺だけが、この手を握ってやれる)
(この危険な手の手綱を握れるのは、世界で俺一人だ)
夕闇の中、二人の影が一つに重なる。
朔夜は気合を入れ直すように頬を叩いた。ふと、隣を歩く六花の左手を見る。
「……それにしても」
「なんでお前に、そんな『能力(チカラ)』があるんだ?」
「お前の家系……久我山家には、代々そういう力が伝わってるのか?」
「ううん。全然知らないの」
六花は首を横に振った。
「お母様とも、おばあ様とも、そんな話一度もしてないもの。…たぶん私だけよ」
「どこから来たのか…誰が与えたのか…私にも全くわからないの」
「ふうん……突然変異ってやつか?」
「わからないわ。家族にも言ってないからね」
「ま、今はその『出所不明のチカラ』でも、猫の手よりはマシか……」
「そうよ。二人で力を合わせて、京都中を桜で埋め尽くしましょう」
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