噓と迷宮

カイ異

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由香

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 裕翔は数か月ぶりに村へと戻った。
 もちろん歓迎されたわけではない。どうしても話さなくてはいけない相手がいたのだ。
 目指すべきは、村で最も大きな小屋。この時間ならば、きっとまだ紅茶をすすっているだろう。
 あいつは夜遅くまで紅茶の香りを楽しんでいた。目が見えない自分にとって、香りは一番好きな感覚だと聞いたことがある。
 数か月も身を隠して過ごしていたせいか、最近は体調が最悪だった。まともに考えられず、ぼうっとする時間が増えた気がする。それが寝たきりになった村長を連想させて、いい気分がしなかった。
 しばらく歩いていると目的の小屋にたどり着いた。裕翔は目の前の扉に手をかける。
 不思議な感情が心を満たした。この騒動のきっかけは、村長の死だった。それが起きた始まりの場所で今すべての決着がつこうとしている。
 これが皮肉というやつなのだろうか?
 きしむような嫌な音を聞きながら扉を開くと、そこにはいつものように紅茶をすする由香がいた。冷えてきたこともあり、由香は小屋で初めて出会ったときのように毛皮を羽織っていた。
 それは笑ってしまいそうになるほど、裕翔にとって日常といえる光景そのもののように思えた。しかし、あの日常はもう戻ってこないことを、だれよりも二人がよくわかっていた。
「ここにもう一度あなたが訪れる。そんな日が近いっておもっていたわ」
 由香はカップをテーブルに置くと、顔を裕翔の方へ向けた。
「村の連中の一人に聞いたんだ。お前がすべて仕組んでたんだな」
 由香は何も答えなかった。
 暗闇と沈黙が小屋を支配する。それを先に破ったのは裕翔だった。
「森で戦ってるときに村のやつが口を滑らしたよ。すべての始まりはお前が、村のやつらにした告げ口だって」
「……」
「言ったんだよな!俺が村を奪うつもりだ、怖いって!」
「……」
 由香は黙ったままだった。裕翔は由香の胸倉をつかみ詰め寄った。
「何とか言えよ!」
 裕翔の言葉に、由香は何かを言おうと唇を震わせる。が、その口から音は漏出なかった。
 それだけならば裕翔は殺しまではしなかっただろう。しかし、由香の行動は裕翔の想像を上回った。
 由香は笑ったのだ。
 その笑顔は、裕翔の心の支えだった。その笑顔があったからこそ、裕翔はここまでやってこれた。
 なぜならその笑顔は、初めて小屋であったときに自分を安心させてくれた笑顔だったのだから。
 その瞬間裕翔の中で何かが壊れた。思い出が硝子のように割れていく。激しい動悸と頭痛にさいなまれる中で裕翔はただただ叫んだ。
 手に握ったナイフを怒りのままに振り上げる。その途端頭の中でノイズが走った。急にこんなことは間違っているという思いが浮かぶ。何か重要なことがあるような気がする。しかし、それらの感情はどす黒い怒りによってすべて飲み込まれた。
 そして、気づいた時には裕翔の手に握られていたナイフが由香の胸に刺さっていた。
 花弁のような血があふれる。由香は何の抵抗もしなかった。叫びもしなかった。赤いシミが咲き誇った彼岸花のように広がっていく。
 裕翔はもう動かなくなった由香の体を何も考えず見下ろしていた。
 そこから先の記憶はほとんどない。気づけば森を走っていた。なんで走っているのかもわからない。
 結局俺は、最後まで自分がどうしたいのか全く分からないままだった。
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