異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

草むしり機

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一般よりも少しグレードの高い住宅地の端の端の端。とにかく端の方にある家だった。

「・・・思ったより、広い」

敷地と思われる所に足を踏み入れ、庭と覚しき範囲を見渡すが、これ本当に1人でできるの?と疑問に思う広さだった。
いやいや、もしかしたら庭の一部かもしれないし。
儚い希望を抱きながら、玄関までの道を進む。飛び石のようになっているのは、日本人のもたらした知恵なのだろうか。
微妙に古くさい感じの建物の玄関に辿り着く。

うわお、ドアノッカーだ。
実物は初めて見るよ。

どれくらいの強さで叩けば良いのかよく分からないので、適当な強さで叩く。
家の中にノッカーの音が鳴り響いた。
多分聞こえてるんじゃないかな?
しばし待つ。
ここら辺、どの程度待てば良いのか分からないよね?

現代日本なら、それほど大きくない家なら、すぐにはいと家の中から返事がありそうだし、インターホンがあれば、然程時を置かずに、「はい」と返事があるだろう。
ドアノッカーだと、果たして家の中で聞こえているのかと疑問に思うし、家の遠い所にいるならば、玄関まで出てくるのに時間がかかりそうだし。
そんなことを考えながら待つも、なかなか家の中から出てこない。
もしややはり聞こえていなかったのかと、もう一度ドアノッカーに手を掛けようとした時、扉が開いた。

「なんじゃ」

顔を覗かせたのは、見るからに気むずかしそうなジジ…お爺さんだった。

「あの、冒険者やってます、八重子と言います。お仕事の依頼を受けてきたんですけど」

お爺さんが上から下まで私を観察すると、

「随分ひ弱そうな娘ッ子が来たもんじゃな」

と溜息を吐いた。

あんだとこら。

顔が引き攣りそうになるのを何とか堪えながら、愛想笑いを顔にひっつける。
平常心平常心。

「あの、で、草むしりとは、どこを?」

「決まっとる。この庭全部じゃ」

あ、やっぱり。

「石で囲んである所以外の全部。抜いた草は倉庫にある袋に詰め込んで一纏めにしておいてくれ。
 適当な仕事しおったら了承のサインはせんからな」

そう言ってバタンと扉を閉めてしまった。
うっわ、腹立つ!
あれが人にモノを頼む態度か!
愛想笑いを外し、扉に向かって舌を出す。
エリーさんのあの呟きも分かろうというもの。

「受けちゃったものは仕方ない。頑張ってやりますか~」

「うむ。頑張れ八重子」

「クロさんも手伝って」

「我が輩に草むしり? どうやれと?」

「・・・。ああん! その可愛いお手々じゃ草むしれないわねん!」

肉球むにむに。
ああああ、癒やされるうう。

「早くやらんと日が暮れるぞ?」

クロさんの言う通りですね。

「まずは、バケツと水を探さないと」

「バケツ? 水? 撒くのか?」

「そ、漫画で見たけど、草むしりって水を撒いた方が根っこからむしりやすいんだってさ」

「なるほどの」

倉庫と言ってたけど、どこにあるのよ?
と家の横手に回ってみると、木でできた簡素な小屋があった。ここに違いない。
錠はないようなので、勝手に開けて入ってみる。
色々な物が乱雑に置かれていた。
クロを下ろし、適当に探し始める。
お、これはさっき言ってた袋かな?
大きめの麻袋をすぐに使えるように出口近くに置いておく。
バケツ、というか、桶も見つかった。
木でできてる場合は桶になるのかな?木でできたバケツ?取っ手が付いてるからバケツでいいか。
井戸も倉庫のすぐ側にある。
桶を落として水汲み上げて・・・ってこれだけでもすでに重労働なんですけど?

「そこは我が輩が手伝おう」

クロのお手伝いにより、お水汲みが楽になりました。
水を撒こうとして、またもやクロがお手伝いすると言い出す。

「力使って大丈夫? 誰かに見られない?」

「この辺りは人通りも少ないようだし、探ってはみたが近くに人の気配はないようだの。
 家の中の爺も外の様子に気遣ってる気配はないし、大丈夫だろうの」

ということなので、バケツ経由もなんだからと、井戸から直接お水のシャワー。

ごっつ楽です。

地面が濡れたのを確認し、さてとしゃがみ込むと、クロがひょいっと背中に乗ってきた。

「さすがに我が輩は草むしりはできんが、力を貸すことはできるでの」

「ほお? 念力で草をむしっていくとか?」

「それも悪くないが、さすがにしょっちゅう力を使っていると誰かに見られる可能性もあるのでの。
 簡単に言えば、身体強化と言ったところかの」

「ほお? 身体強化?」

「やってみれば分かる」

ということなので、試しに草を抜いてみました。
するりと抜けました。
OH・・・、全く抵抗を感じなかったYO・・・。

「おほほほほほ。これはなんとも快感!」

スポスポと草を抜いていく。
しかもクロの力のおかげか、土もあまり付いていないので、払う必要もない。

「どんどん行くわよ!」

「調子に乗って疲れるなよ」

調子に乗りました。













2、3時間くらい経ったか。
太陽が天頂に近くなってきた頃。

「ふう、終わり!」

終わりました。
クロのおかげで人間草むしり機と化した私は、調子に乗って草を抜きまくり、気付けば庭中の草をむしり終えていた。
むしって転がしておいた草を箒でかき集め、袋に入れてはい終了。

「クロのおかげかな? ほとんど疲れてないけど」

「うむ。我が輩も頑張ったからの。しかし八重子」

「なあに?」

「また、早く終わらせたものだの」

「いやぁ、何か楽しくなって来ちゃって」

クロが溜息吐きました。なぜに?

「まあ、よい」

早く終わらせた方がいいじゃん?何を悩む必要が?
まあいいって言ったし、まあいいや。
終わったことを報告しようと、またドアノッカーを鳴らす。
しばらくして、お爺さんが顔を覗かせる。

「なんじゃ」

「終わりました」

「何を言うとる。1人でそんなに早く終わるものか」

「でも終わりました」

「上に出てる草を切って、下の根っこを取ってないんじゃなかろうな?」

「そんなことありません。終わりました」

「いいだろう。確認してやる。適当な仕事しおったら、了承のサインはせんからな」

扉を開けて、お爺さんが出てくると、玄関先で足を止めた。

「な、なんじゃこれは…」

何かお気に召さなかったか?
言われた通りに草むしりしただけなんだけどな?

「お前さん、どんな魔法を使ったんだね…?」

「いえ、私魔法は使えませんけど」

まだ習ってないよ。

「じゃ、じゃがこれは…。この広さの庭を、どうやってこの短時間で…」

あ、そりゃそうか。
3人でやって半日くらいだって言ってたっけ。調子に乗りすぎたか。

「その、まあ、ちょっとしたコツがありまして…」

水をかけたり、猫に手を借りたり…。
繁々と庭を眺めていたお爺さんが、また私のことを上から下まで眺める。
う…、誤魔化しきれないか?

「コツ、か。なるほど。体力がない分知恵を使うと。なるほどなるほど」

勝手に1人で納得してくれました。

「いやすまん。疑って悪かった。今までに来た冒険者共は口ばかりで仕事が雑でな。
 実際に上の草だけ魔法で切り取って終わったなんぞとぬかした輩がおってな。
 疑い深くなっておったわ」

なるほど。それは仕方ないとも言えるか。しかし、

「それも仕方ないと思います。だって、報酬が少なすぎるんですもの」

「なんじゃと?」

おや、不思議そうな顔をしているね。

「賃金が低すぎると腕の立つ者や良い冒険者はまず依頼を受けませんよ。
 だって、安全とはいえ、一日働いて銀貨3枚手にするなら、多少危険を冒してでも森に入って獲物を探した方が稼げますからね」

「む? そうなのか?」

「はっきり言っちゃえば、こんな依頼受けるのは、余程お金に困っているか、他に受けてくれる人がいないから多少のことは眼を瞑って、ちょっと評判の悪い冒険者に回すってこともあるだろうし。
 いい人を雇いたいなら、もう少し賃金を上げた方が良いですよ」

「なるほど。そういえばギルドの職員の奴がそんなことを言っていた気がするのう」

ジジイちゃんと聞いてなかったんかい!
おっと違う、お爺さん、ね。

「私は偶々お金に余裕があって、偶々暇だったから受けたんですけど、普通の人だったら依頼受けてませんからね」

「なるほど。分かった。次からは料金については考えよう」

あり?意外に素直?

「おお、そうじゃ、サインじゃの。今ペンを持って来るでの」

そう言うとさっさと家の中に入って行ってしまった。
私も紙を鞄の中から取り出す。
クロには降りて貰ってます。
座って顔を洗い出すクロ。
はあ、なんて可愛い…。
すぐにお爺さんがやって来て、紙を渡すとサインしてくれた。
サインを確認すると、ん?なんかマークみたいなのが書いてある?なんざましょ?

「お前さん、ランクはいくつかね?」

「まだGですけど」

「そうか。それだと指名は無理かのう」

指名って何だ?指名依頼って奴か?Gだと無理なのか?いや、また草が生える頃にはGはさすがに抜け出してると思うけど。
ついでに、その頃に私はこの街にいるのか分からないけど。

「いやあ、本当に良い仕事をしてくれた。ありがとうよ」

「いえいえ、喜んで頂けて何よりです」

無愛想だったお爺さんが、門の所まで出て来て見送ってくれた。
私に手を振るお爺さんの顔には、最初とは違う、柔らかな笑みが浮かんでいた。
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