現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう

文字の大きさ
10 / 49

第9話朝ご飯と誘惑

しおりを挟む
翌朝、悠人は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。

理由ははっきりしている。
キッチンの方から、かすかな物音が聞こえていたからだ。

(……まさか)

嫌な予感と、理由のわからない落ち着かなさが、胸の奥に引っかかる。
悠人はそのまま、ソファから身を起こした。

寝室のドアは閉まっている。
ホルは――起きている。

そっとリビングを抜け、キッチンを覗く。

そこには、昨日と同じようにエプロンを身につけたホルの姿があった。
ただし今日は、火は弱く、フライパンの前でじっと様子を見ている。

「……ホル」

声をかけると、びくっと肩が揺れた。

「わっ……あ、おはよう!」

「何してる」

「朝ごはん」

即答だった。

悠人は思わず、ため息をつきかけて――途中で止めた。

(……教えるって言ったの、俺だな)

昨日の会話が頭をよぎる。

「一緒に作ろう」
軽い気持ちで言った言葉だったが、ホルはそれを、しっかり覚えていたらしい。

「今日は、燃えてない?」

「うん!」

胸を張るホル。

フライパンの中には、焼き色のついた卵。
焦げてはいない。……ギリギリ。

「ちゃんと弱火にしたよ。悠人が言ってたから」

その言葉が、思った以上に胸に残った。

何気なく口にしたことを、
ここまで大事にされるとは思っていなかった。

悠人は一度、息を整えてからキッチンに入る。

「じゃあ、次はこれだ」

フライ返しの持ち方を直し、卵をひっくり返すタイミングを示す。

ホルは真剣な顔で見つめていた。
普段の無邪気さが消え、まるで新しいゲームのチュートリアルを受けているみたいだ。

「なるほど……」

「聞いてる?」

「聞いてるよ。悠人の言うことだもん」

さらっと言われて、悠人は一瞬言葉に詰まった。

(……そういうの、無意識で言うな)

結果、朝ごはんは「ちゃんと食べられる」ものになった。

トーストと、目玉焼きと、即席のスープ。
特別なものじゃない。

それでも、ホルはやけに満足そうだった。

「昨日より、ずっといいでしょ?」

「ああ……まあな」

「悠人がいるからだね」

それを否定する気力は、なかった。



朝食のあと、悠人はスーツに着替えながら、改めてホルに向き合う。

「今日も仕事だから」

「うん」

「昨日と同じ。出かけない、触らない」

「わかってるよ」

ホルは素直に頷いた。
昨日より、少しだけ落ち着いている。

「……あと」

悠人は一瞬迷ってから、続けた。

「昼は、昨日用意したやつがあるだろ。
それ、ちゃんと温めて食べてくれ」

「うん」

すぐに返事が返ってくる。

「晩ごはんは……俺が作るから」

そう言ってから、少し間を置いた。

「だから、今日は無理しなくていい。
火も使わないでくれ」

ホルは、少しだけ目を瞬かせてから、
申し訳なさそうに笑った。

「……昨日のこと、怒ってる?」

少しだけ不安そうに、けれどどこか期待を含んだ声音だった。
悠人はネクタイを整えながら、短く首を振る。

「怒ってない。ただ……心配した」

その言葉が落ちた瞬間だった。

ホルは一拍、きょとんとした顔を見せ――
次の瞬間、ふっと口元を緩めた。

「……心配、してくれたんだ」

その声は、先ほどよりもずっと低く、柔らかい。

気づけば、距離が詰まっていた。
靴を履いていた悠人の背後から、すっと寄る気配。

「ねえ、悠人」

呼吸が、近い。
耳元に、ほんのりと温かい吐息が触れる。

「心配するってことは……」

言葉を区切り、わざと間を置く。
サキュバス特有の、相手の反応を確かめるような沈黙。

「……ホルのこと、気にしてるってことだよね?」

囁きは、ほとんど風音だった。
耳朶をかすめる声に、背筋がわずかに粟立つ。

「……ちょ、ホル」

悠人が身を引こうとすると、
ホルはそれを追わず、ただ微笑むだけだった。

「ふふ。逃げなくていいよ」

声は優しく、甘く、
けれどどこか“知っている”響きを帯びている。

「心配してもらえるの、嬉しいなって思っただけ」

そう言いながら、ホルはわざと、もう一度だけ近づいた。
今度は、耳元に唇が触れそうなほど。

「だってね……」

声を落とし、囁く。

「サキュバスって、心配されること、あんまりないんだよ?」

その言葉に、悠人の胸が小さく鳴った。

「欲しがられることは、たくさんあるけど」

吐息混じりの笑み。

「大丈夫?って言われるのは……新鮮」

一歩、距離が離れる。
ホルは何事もなかったかのように、にこっと笑った。

「だから、怒ってないなら、それでいいの」

玄関に残るのは、
甘い気配と、わずかな余韻だけ。

「……行ってらっしゃい、悠人」

その一言が、
昨日よりも、ずっと胸に残った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯
青春
 雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。  彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。  しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。 彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。 数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。 トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。 俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

処理中です...