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8話サキュバスは揚げ物を知らない
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玄関のドアを開けた瞬間、悠人は足を止めた。
――焦げ臭い。
はっきりと、油と炭化した何かが混ざった匂いが、部屋の奥から漂ってくる。
外廊下の空気に慣れた鼻が、一瞬で異常を察知した。
(……まさか)
嫌な予感を抱えたまま靴を脱ぎ、部屋に入る。
「悠人、おかえりー!」
明るい声が、キッチンの方から飛んできた。
その声に混じって、じゅう、というか、もう「じりじり」と言った方が正しい音。
リビングを抜け、キッチンへ向かうと――そこにいた。
白いエプロンを身につけ、フライパンの前に立つホル。
片手には箸、もう片方は腰に当て、どこか得意げな表情。
――
――
「……ホル」
「うん?」
「……この匂い、何?」
悠人の視線の先、コンロの上。
フライパンの中には、形だけはコロッケに見えなくもない“何か”が鎮座していた。
衣は黒に近く、ところどころ炭のようにひび割れている。
さらに横を見ると、皿の上にも同じ物体が二つ。
(……コロッケ、だよな?)
「悠人のために作ったんだよ!」
胸を張って言うホルの声は、やけに弾んでいた。
「お昼、いなかったでしょ?
だから、帰ってきたら温かいごはんがいいかなって」
その一言で、悠人は言葉を失った。
(……それは、ずるい)
善意。
疑いようのない、まっすぐな気持ち。
「……料理、できたのか?」
恐る恐る聞く。
「うーん、したことはあんまりないけど」
あっさりした答え。
「でもね、ホル的には、これ……おいしいよ?」
そう言って、箸で一つ持ち上げる。
油が切れる気配はなく、むしろ固体に近い。
「ちょっと味見したけど、ちゃんと栄養ある感じだった!」
(栄養の基準が違う……)
悠人は額を押さえた。
「……火、強すぎたんじゃないか?」
「え? だって、じゅわーってしてたから」
「それ、たぶん“揚がってる”じゃなくて“燃えてる”」
ホルは一瞬きょとんとした後、少しだけしゅんとした。
「……だめ、だった?」
その表情に、強く言えなくなる。
(怒るところじゃない)
悠人は一度深呼吸してから、フライパンの火を消した。
「……作ろうとしてくれたのは、ありがとう」
「ほんと?」
「ほんと」
その言葉に、ホルの表情がぱっと明るくなる。
「じゃあ、食べてみて!」
「……え」
「悠人の分だよ?」
皿を差し出される。
逃げ道は、なかった。
(……社会人として、ここは)
覚悟を決めて、一口。
衣は硬く、歯が少し跳ね返される。
中身は、……味がしない。
いや、正確には、油と焦げの主張が強すぎて、元の素材が行方不明だった。
「……」
「どう?」
期待に満ちた目。
「……独特だな」
精一杯の表現だった。
ホルは少し考えてから、首を傾げる。
「でも、ホルは好きだよ?」
そう言って、自分の分をぱくっと食べる。
(本当に食うんだ……)
悠人は思わず笑ってしまった。
「……なあ、ホル」
「なあに?」
「次からは、一緒に作ろう」
「一緒?」
「ああ。火加減とか、揚げ時間とか……ちゃんと教える」
ホルは一瞬驚いた顔をして、それから、ゆっくり頷いた。
「……うん」
少し照れたような笑顔。
「じゃあ、次は失敗しない?」
「たぶん、今よりは」
二人で並ぶキッチンを想像して、悠人は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
焦げたコロッケは、結局ほとんどホルの胃に収まった。
「でもね」
食後、ホルがぽつりと言う。
「悠人のために作るの、楽しかったよ」
その言葉は、焦げ臭さよりも強く、悠人の心に残った。
(……厄介だな)
こんなふうに、理由もなく優しくされるのは。
厄介だと思いながらも、否定できない。
非日常は、今日も少しずつ、日常に溶け込んでいく。
――揚げ物の匂いと一緒に。
――焦げ臭い。
はっきりと、油と炭化した何かが混ざった匂いが、部屋の奥から漂ってくる。
外廊下の空気に慣れた鼻が、一瞬で異常を察知した。
(……まさか)
嫌な予感を抱えたまま靴を脱ぎ、部屋に入る。
「悠人、おかえりー!」
明るい声が、キッチンの方から飛んできた。
その声に混じって、じゅう、というか、もう「じりじり」と言った方が正しい音。
リビングを抜け、キッチンへ向かうと――そこにいた。
白いエプロンを身につけ、フライパンの前に立つホル。
片手には箸、もう片方は腰に当て、どこか得意げな表情。
――
――
「……ホル」
「うん?」
「……この匂い、何?」
悠人の視線の先、コンロの上。
フライパンの中には、形だけはコロッケに見えなくもない“何か”が鎮座していた。
衣は黒に近く、ところどころ炭のようにひび割れている。
さらに横を見ると、皿の上にも同じ物体が二つ。
(……コロッケ、だよな?)
「悠人のために作ったんだよ!」
胸を張って言うホルの声は、やけに弾んでいた。
「お昼、いなかったでしょ?
だから、帰ってきたら温かいごはんがいいかなって」
その一言で、悠人は言葉を失った。
(……それは、ずるい)
善意。
疑いようのない、まっすぐな気持ち。
「……料理、できたのか?」
恐る恐る聞く。
「うーん、したことはあんまりないけど」
あっさりした答え。
「でもね、ホル的には、これ……おいしいよ?」
そう言って、箸で一つ持ち上げる。
油が切れる気配はなく、むしろ固体に近い。
「ちょっと味見したけど、ちゃんと栄養ある感じだった!」
(栄養の基準が違う……)
悠人は額を押さえた。
「……火、強すぎたんじゃないか?」
「え? だって、じゅわーってしてたから」
「それ、たぶん“揚がってる”じゃなくて“燃えてる”」
ホルは一瞬きょとんとした後、少しだけしゅんとした。
「……だめ、だった?」
その表情に、強く言えなくなる。
(怒るところじゃない)
悠人は一度深呼吸してから、フライパンの火を消した。
「……作ろうとしてくれたのは、ありがとう」
「ほんと?」
「ほんと」
その言葉に、ホルの表情がぱっと明るくなる。
「じゃあ、食べてみて!」
「……え」
「悠人の分だよ?」
皿を差し出される。
逃げ道は、なかった。
(……社会人として、ここは)
覚悟を決めて、一口。
衣は硬く、歯が少し跳ね返される。
中身は、……味がしない。
いや、正確には、油と焦げの主張が強すぎて、元の素材が行方不明だった。
「……」
「どう?」
期待に満ちた目。
「……独特だな」
精一杯の表現だった。
ホルは少し考えてから、首を傾げる。
「でも、ホルは好きだよ?」
そう言って、自分の分をぱくっと食べる。
(本当に食うんだ……)
悠人は思わず笑ってしまった。
「……なあ、ホル」
「なあに?」
「次からは、一緒に作ろう」
「一緒?」
「ああ。火加減とか、揚げ時間とか……ちゃんと教える」
ホルは一瞬驚いた顔をして、それから、ゆっくり頷いた。
「……うん」
少し照れたような笑顔。
「じゃあ、次は失敗しない?」
「たぶん、今よりは」
二人で並ぶキッチンを想像して、悠人は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
焦げたコロッケは、結局ほとんどホルの胃に収まった。
「でもね」
食後、ホルがぽつりと言う。
「悠人のために作るの、楽しかったよ」
その言葉は、焦げ臭さよりも強く、悠人の心に残った。
(……厄介だな)
こんなふうに、理由もなく優しくされるのは。
厄介だと思いながらも、否定できない。
非日常は、今日も少しずつ、日常に溶け込んでいく。
――揚げ物の匂いと一緒に。
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