現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう

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7話悠人会社へ行く

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悠人は、天井を見つめたまま、しばらく瞬きを忘れていた。

ソファの肘置きは相変わらず低く、首のあたりに微妙な違和感が残っている。

(……もうこれは夢じゃない、よな)

昨夜のことを思い返すだけで、胸の奥が掻き乱される。


しばらく呆然と寝室の前で立ち尽くしていた俺に、
ホルは当然のように部屋から出てきて
間髪入れずに耳元で甘い声で囁いた。

「ねえ、悠人……一緒に、寝よ?」

悪気も計算もない、ただの提案。
それが逆に、致命的だった。

心臓がドクンと跳ねるのを、はっきりと自覚した。

(……まずい、まずいまずい)

俺は一歩下がり、視線を逸らした。

「……それは、だめだ」

できるだけ、平坦な声で。

「まだ……そういう関係じゃない」

ホルは首を傾げた。心底不思議そうに

「そう?」

「そうだ」

理性で押し切るように、動揺を悟られないように、短く答えた。

ホルはしばらく考えるように黙ってから、ふっと笑った。

「じゃあ、今日はホルがベッドで寝るね」

あっさりとした結論だった。

「悠人はどこで寝るの?」

「俺はリビングのソファで寝る」

そう言った瞬間、少しだけ、惜しそうな視線を向けられた気配がしたが、
俺はそれ以上深く考えないことにした。

そうして迎えた朝だった。



身体を起こし、違和感が残る首を軽く回す。
眠りは浅かったが、仕事に行けないほどではない。

キッチンで顔を洗っていると、寝室のドアが静かに開いた。

「おはよう、悠人」

ホルが挨拶をしながらどんどん近づいてくる。
昨日買ったネグリジェ姿で、寝起きのままでも距離が近い。

「……おはよう」

俺は反射的に一歩引きつつ答えた。

「俺、今日は仕事だから」

「うん」

「その間、家のものはあまり触らないでくれ。
あと、一人で出かけたりもしないでくれよ」

少し強めの口調になった自覚はあった。
だがホルは、不満そうな顔ひとつせず頷いた。

「わかった。悠人、ちゃんと帰ってきてね」

その言葉が、なぜか引っかかる。

「……行ってくる」

玄関を出るとき、背中に向けられた視線を感じながら、
悠人はいつもより早足で歩き出した。



会社は、至っていつも通りだった。

エントランスを抜け、オフィスに入る。
冷房の効いた室内にキーボードの音、淡々と進む業務。
これぞ日常。なんの変哲もない日常だ。

(……落ち着くな)

昨日の非日常が、少し遠ざかる感覚。

オフィスに流れる空気。
規則正しい業務の流れ。

(落ち着く……)

そうして淡々と午前の仕事を終えた、休憩時間。
給湯室の前で、見覚えのある後ろ姿を見つける。

「ゆき」

振り返った彼女は、柔らかく微笑んだ。

「悠人さん。お疲れさまです」

後輩社員・ゆき。
落ち着いた雰囲気で、きちんとスーツを着こなしている。


――

――

「今日も忙しそうですね」

「まあ、いつも通り」

並んでコーヒーを入れる。
自然な距離感。

この会社では、研修期間を過ぎれば基本的に個人作業だ。
先輩後輩といっても、こうして休憩時間に話す程度。

「そういえば、昨日ゲームの告知見ました?」

ゆきの声が、少し弾む。

「ああ。次のイベントな。育成素材、地獄だろ」

「ですよね……でも報酬が良さそうで」

ゲームの話になると、ゆきの目がわずかに輝く。
静かな夜や甘い飲み物が似合いそうな、穏やかな空気。

(……普通だ)

この距離感。
この会話のテンポ。

安心できる、現実。

「悠人さん、今日ちょっと眠そうですね」

「まあ……寝不足で」

それ以上、踏み込まない。
気遣いはするが、詮索はしない。
心地よい距離感。

ホルの顔が、また頭をよぎる。

距離が近く、感情が先行して、
「一緒に寝よ?」と迷いなく言ってしまう存在。

(……真逆だな)

「無理しないでくださいね」

ゆきはそう言って、少し幼い笑顔を見せた。

悠人は小さく頷く

「ありがとう」



定時が近づくにつれ、悠人の意識は自然と家へ向かっていた。

今頃、ホルは何をしているだろうか。
本当に約束を守っているだろうか。

(……気にしすぎか)

それでも、足は自然と家路を急いでいた。

現実と非日常。
その境目に立ちながら、悠人は鍵を回す。

ドアの向こうには、
また一つ、選択を迫られる日常が待っている。
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