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6話同居人におやすみを
しおりを挟む帰宅して、ドアが閉まった瞬間。
悠人はようやく、大きく息を吐いた。
(……帰ってきたんだよな)
隣にはホルがいて、
ショッピングモールで服を選び、レジに並び、並んで帰ってきた。
ただそれだけなのに、どこを切り取っても「日常」なのに、
肝心な一点だけがどうしても噛み合わない。
サキュバスで。
今日から同居人で。
しかも、距離感がバグっているような……
現実離れした状況を、頭では理解しているのに、心が追いつかない。
ドキドキが、まだ収まらない。
一方で――。
「ねえ、見て見て!」
ホルは終始楽しそうだった。
買ってきた紙袋を床に並べ、ひとつひとつ開けては嬉しそうに眺めている。
「これね、さっきのより良くない!?」
「これ、色かわいいよね?」
その様子は、まるで初めて自分の服を持った子どもみたいで。
無邪気で、屈託がなくて。
(……悪気があるわけじゃないんだよなぁ)
俺は苦笑しつつ、
「……とりあえず、部屋着に着替えたらどうだ?」
と促した。
「うん!」
そして――問題は、ここからだった。
ホルはその場で、コートを脱ぎ、トップスの裾に手をかける。
「ちょ、ちょっと待て!」
悠人は慌てて声を上げた。
「ここで着替えるな!寝室に行け!」
「え?」
ホルは心底不思議そうに首を傾げた。
「だって、ここには悠人しかいないよ?」
「いや俺だから余計にダメなんだって!」
距離感バグの次は羞恥心バグか!?どうなってる!?
ホルは少し考えてから、えへっと笑う。
「そっか。じゃあ、着替えたら呼ぶね?」
そう言って、素直に寝室へ向かっていった。
……素直すぎるのも、問題だ。
⸻
しばらくしたら
「悠人ー!」
と寝室から声がした。
俺は一瞬ためらい、それでも覚悟を決めてドアを開けた。
「……どうした」
その瞬間、言葉を失った。
ベッドの上でホルは枕をぎゅっと抱え、嬉しそうに座っていた。
レースの縁取りに軽やかで薄い布地の淡い水色の寝巻き
ネグリジェ?というものらしいそれは……
(……こんなの、買った覚えないぞ)
明らかに、昼間選んだ「露出控えめ」の基準をすり抜けている。
どう見ても露出過多だし、どこを見ても目のやり場に困る。
「どう? かわいい?」
枕を置いて立ち上がり、自慢そうにくるりと一回転。
俺は驚きと戸惑いで一歩後ずさった。
「……どこから出てきた、それ」
「え?袋の底にあったよ?」
悪びれもせず、きょとんとした顔。
(底……?)
頭が追いつかない。
理性が……いや理解が……
ああ、もう、折角避けてきた服装なのになんだそれは
「ホル……それ、部屋着としては――」
「だめ?」
また、その言葉。
ホルは枕を抱えて座り直し、少しだけ身を寄せてきた。
視線が上目遣いになり
俺は、思わず顔を背けた。
「……だめじゃない。だめじゃないけど!」
声が上ずる。だんだん俺の方が恥ずかしくなってきた。
「もう少し、こう……普通のやつを選べ!」
「普通?」
「普通だ!」
軽く、叱るような口調になってしまう。
ホルは一瞬ぽかんとした後、くすっと笑った。
「悠人、顔赤いよ?」
「見んな!」
完全に動揺していた。
怒っているのか、それとも照れているのか、自分でもわからない。
ただ、これ以上この空間にいたら何かが崩れそうだ。
「……今日はもう寝る。ホルも、ちゃんと休め」
そう言い残し、悠人は足早に寝室を出ようとする。
背中に、くすくすと悪戯をするように笑いながら声がかかった。
「おやすみ、悠人」
振り返れなかった。
返事も出来なかった。
後ろ手でドアを閉めたあと、悠人は深く息を吐く。
(……これは、本当に非常にまずい)
非日常は、確実に日常の中へ侵食している。
悠人が出た後、寝室では――
ホルがベッドに身を沈め、枕を抱いたまま、くすくすと笑っていた。
ああ、楽しい。ああ、嬉しいと……
月明かりに照らされたその姿は、
まるで夢幻の中から抜け出してきたような存在そのものだった。
悠人は悩む。美しい存在感を放つ同居人のことを。
(あの人を、ホルをどうやって「現実」だと認識すればいいんだ……)
どこまでも掴みどころがなくて、どこまでも無邪気で、
それでいてどこか夢のような日常に――――
答えは、まだ出ない
10
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