現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう

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第21話 帰宅後と接近

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玄関のドアが閉まる音が、思った以上に大きく響いた。

「……ただいま」

靴を脱ぎながら、悠人がそう言うと、少し遅れてホルが続く。

「ただいま」

それだけで、胸の奥にあった緊張がほどけていくのを感じた。
イベント会場の喧騒とは違う、いつもの静けさ。
夜の気配が、部屋に満ちていた。

ホルはリビングに入るなり、抱えていた袋をテーブルの上にそっと置いた。

「……すごい量だね」

悠人の視線が、袋いっぱいのグッズに向く。

「買いすぎたかな」

少し困ったように言うと――

「ううん」

ホルはすぐに首を振った。

「全然」
「だって、どれもちゃんと欲しかったんだもん」

袋を抱え直して、嬉しそうに中を覗き込む。

「黄昏のこれも、あれも」
「実物で見ると、思ってたよりずっと良くて……」

それから、ちらっと悠人を見上げて、少し照れたように続ける。

「それに」
「悠人が一緒に選んでくれたでしょ」

ぎゅっと袋を胸に寄せる。

「だからね、これは“買いすぎ”じゃないよ」
「今日は全部、ちゃんと意味がある」

そう言って、満足そうに微笑んだ。

「ゆき、いい人だった」
「ちゃんと話してくれるし、好きなところも分かってくれて」

「そうだな」

会社の後輩――そう呼ぶには、
少しだけ距離が近い存在だった。

それでも、今日一日で分かったのは――
ホルを“特別視”せず、ちゃんと一人の人として接してくれた、ということだった。

「ね、聞いて」

ホルは少し身を乗り出して、目を輝かせた。

「ゆきと……フレンド、交換したんだ」
「さっき、その場で」

嬉しさを隠しきれないまま、言葉が続く。

「また一緒に遊べるんだよ」
「イベントだけじゃなくて、ちゃんと……これからも」

指先をきゅっと握りしめて、少しだけ照れたように笑う。

「同じゲーム、同じところで」
「ああいう話、またできるって思うと……すごく嬉しくて」

一拍置いて、ふわっと息を吐く。

「ね、悠人」
「私、こういうの……初めてかも」

そう言ってから、はにかむように続けた。

「だからさ……」
「今日は、本当に楽しかったんだ」

ホルの言葉が、部屋に静かに落ちた。

「……なあ、ホル」

少し低めの声に呼ばれて、ホルは顔を上げた。

「なに?」

「今日は、疲れただろ」

一瞬だけ考えてから、正直に答える。

「……ちょっと」

そう言った途端、自分でも可笑しくなったのか、照れたように笑う。

歩き回って、喋って、はしゃいで。
楽しかった分だけ、体の奥にじんわりと疲れが残っている。

「先に風呂、入っていいぞ」

その言葉に、ホルは目を瞬かせた。

「いいの?」

遠慮と期待が、半分ずつ混じった声。

「ああ」
「どうぞ」

短く、でも迷いのない返事。

ホルは一瞬だけ唇を噛んで、少し考える。
甘えていいのか、迷うみたいに。

それから、こくりと頷いた。

「じゃあ……」
「お言葉に、甘えるね」

立ち上がろうとした瞬間、
ふっと視界が揺れた。

「あ……」

自覚するより早く、体が傾く。

次の瞬間、腕に温かい感触が伝わった。

悠人の手が、迷いなくホルの腕を支えている。

「大丈夫か」

近い。
思ったより、ずっと。

ホルは一瞬、呼吸を忘れた。

「……うん」
「ありがとう」

支えられたまま、少しだけ体を預ける。
その距離が、妙に安心できてしまって。

「ほんとに、楽しかったから」
「ちょっと……頑張りすぎたかも」

そう小さく言うと、悠人の手が、ほんの一瞬だけ強くなった気がした。

「無理すんな」

「……うん」

名残惜しそうに体を離しながら、ホルは微笑む。

「じゃあ、行ってくるね」

その背中を見送りながら、
悠人は何も言わなかった。

けれど――
その短い時間だけで、十分すぎるほどだった。

シャワーの音が聞こえ始めると、部屋はまた静かになる。

悠人はソファに深く腰掛け、天井を見上げた。

(……無事、終わったな)

トラブルも、視線も、全部含めて。
それでも、今日はちゃんと“楽しい一日”だった。

テーブルの上に並んだグッズに、ふと目が留まる。

その中に、ひとつだけ――
黄昏のミニスタンドがあった。

「……これか」

ホルが一番長く迷っていたやつ。

手に取ると、意外とずっしりしている。
細かい造形。
キャラクターの表情は、どこか穏やかだった。

「……似てるな」

誰に、とは言わなかった。

やがて、浴室のドアが開く音。

「おまたせ」

ホルは部屋着に着替え、髪を少し湿らせたまま出てきた。
頬がほんのり赤い。

「次、どうぞ」

「ああ」

立ち上がりながら、二人はすれ違う。

その瞬間――
ホルの足が、ほんの少しだけ止まった。

すれ違いざま、囁くような声。

「……今日は、ありがとう」

悠人は思わず足を止める。

「連れてきてくれて」
「買ってくれて」
「……一緒にいてくれて」

一つひとつ、確かめるように言葉を重ねる声は、
柔らかくて、少しだけ熱を帯びていた。

振り返る前に、一瞬ためらう。
それでも――視線は、自然とそちらへ向いてしまった。


逃げもせず、照れ隠しもせず。
けれど、その視線には、安心と甘えが滲んでいた。

「俺は……」

悠人は、言葉を探す。

簡単に言えばいいはずなのに、
胸の奥に引っかかるものがあって、すぐに出てこない。

「一緒に楽しめたなら、それでいい」

ようやくそう言って、少し照れたように視線を逸らす。

その仕草を見て、
ホルは一瞬だけ目を細めた。

「……うん」

それから、ほんの一歩だけ近づく。

距離は、触れない程度。
でも、近い。

「でもね」

声が、少しだけ低くなる。

「私は……」
「悠人が一緒にいてくれたから、楽しかったよ」

指先が、そっと自分の胸元を押さえる。

「ここが、ずっと落ち着いてた」
「不思議だけど……本当」

言い終えてから、ふっと力を抜くように微笑んだ。

「だから……」
「今日は、ここにいてくれてありがとう」




それは感謝の言葉なのに、
どこか“引き留める”響きを含んでいた。

悠人は、何も言えなくなる。

――近づきすぎるな。
――でも、離れきれない。

その境界線の上で、ただ立ち尽くす。

「……風邪ひくなよ」

ようやく出た言葉は、それだけだった。

「ふふ」

ホルは小さく笑って、今度こそ一歩引く。

「悠人もね」

そう言って背を向ける、その足取りは軽い。

残された悠人は、しばらくその場から動けなかった。

(……ずるいな)

感謝の顔をして、
何もしていないのに、
心だけを揺らしていく。

それでも――
その存在が、今は嫌じゃなかった。
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