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来客
しおりを挟むなんとなく気まずいまま、入浴を終えて、夕飯を食べた。こんな時は、美味しい物で気分を紛らわせたいところ。
夕飯は、私がリクエストした、ごま油と塩で和えたざく切りキャベツと、丸ごとニンジンステーキ。
とにかくニンジンが美味しいので、丸ごと煮たやつもいけるのでは?と思ったが、大正解。
柔らかく煮たニンジンにじっくり染みたコンソメのダシが、じゅわっと美味しい。
それに、ふんわりと香るオリーブオイルと、ドライハーブの相性がいい。
美味しいのだが…
調味料は豊富だが、足りないものも多い。
一般に冷蔵庫に入れている系の調味料や、乾物系がない。海苔にゴマ、ワカメに鰹節…欲しいものばかりだ。
油はある。サラダ油にごま油、米油、オリーブオイルやひまわり油はあるけれど、バターやラードはない。
オリーブオイルもいいけど、バターが欲しかったなあ。きっともっとコクが強くて、満足感が増えたはずだ。
食材も、とても美味しいが、種類が少ない。
必然的に、料理の幅が狭くなってしまう。
お庭で料理を作ると、クルトンとかドレッシングとか、ないものが自然発生することはあるが、しっかりした食材は適用されていない感じがする。
今のところはまだ飽きはきていないけれど、早くお肉が欲しいところだ。
パリパリのキャベツの歯触りを楽しみながら、うーん…と考えていると、サリナが気遣わしげに声をかけてきた。
「マーガレット様…先程は私のわきまえない態度で、ご不快な思いをさせてしまい…」
「違う違う、そうじゃないわ!
ちょっと悩んでることがあっただけ!」
「悩み、ですか?」
スマホのゲームのことを話したところで、サリナにはわからないのでは とも思ったが、話さないと自分のせいだと考えてしまいそうだ。
もう、サリナとは一蓮托生。
運命を共にしているのだ。
隠し事はない方が、話が早いだろう。
そう判断し、この牢の中を快適にしているのは、スマホの力であること。
条件をクリアしていくと、色々ともらえるものが増えていくことをざっくりと教た。
「今は、犬を助けるミニゲームが難しくて、詰んでるのよねえ…。
どうしても助けなきゃいけないわけじゃないし、諦めて冒険を続けようか迷ってて」
「助けましょう、お嬢様。
失われてよい命など、ありません。」
「いや、犬って言っても、あくまでゲームの話だし…お肉欲しいし…」
「ふふ。マーガレット様が、罪のない犬の命を見捨てる方ではないことを、サリナは知っておりますので」
「なんなの、犬好きなの!?」
ゲームの話をしているせいで、うっかり素が出てしまう。
しかし、この信頼の眼差し…。
余計なことを言ったばかりに、引くに引けなくなってしまった。
仕方がない。サリナが夕飯の後片付けをしている間に、再びミニゲームに取り組む。
「うぎいいい、腹立つ!寝返りをうつな!助けて欲しいのか、欲しくないのか、どっちなの!?」
一度、素を見せてしまうと、遠慮がない。
私はベッドに寝転がって、バタバタしながら負け続けていた。
水を欲しがって口を開けたのに、突然顔の方向を変える犬。
まるで私が犬に水をぶっかけたような状態になり、鼻水を垂らした犬が哀れな目でウルウルし、健康度が下がるのだ。
片付けを終えても、ギイギイ言いながらスマホと格闘している私を見て、サリナがエプロンで手を拭きながら寄ってくる。
私が何をしているか、ざっくり説明したせいで、興味が出たらしい。
「これが、すまほ というものなのですね…。
私も拝見していて、よろしいですか?」
「構わないわよ。
…というか、サリナもやってみる?」
「よいのですか!」
喜ぶサリナに操作方法を教えて、スマホを渡す。
「ほら、鼻水出てる!拭かないと息ができないよ」
「あ、そんなに慌てては、あっ…どうして、あっ…」
表情筋こそ動かないけれど、理不尽な犬の動きにあたふたしながら、サリナがゲームをやっている姿にホッコリする。
散々このゲームに振り回されたので、同じ気持ちを共有出来る人がいると、ちょっと嬉しい。
やり方がわかってくると、面白くなってきたのだろう。サリナはスマホに夢中になっている。
私は、サリナが用意していた白湯を飲んで、今のうちにとばかりにお手洗いに向かった。
戻ってきたら、何故かサリナが扉の前に立っている。
何かあったのかと思って、そっと近づくと、ボソボソと会話をしているようだった。
「食事の用意も要らないし、顔を見にきてもらう必要もないわ。
マーガレット様と私に関わらないでいてくれれば、それでいいの。」
「 」
「構わないって言ってるでしょう。
それを言うなら、私よりマーガレット様の方が、ずっと高貴な女性なのよ。」
相手の声は上手く聞き取れないが、どうやら男性のようだ。
少し気安い話し方になっているサリナに、サリナと交流があった使用人だろうとわかった。
仲良しとのヒソヒソ話なら、聞き耳を立てるのはよくないな と離れようとした時だった。
「なんですって?それは聞き捨てならないわ!
今すぐ取り消して!」
「 」
「それ以上言うなら、許さないわよ!」
なんだか不穏な雰囲気になってきたと思ったら、サリナが扉を開けて外の人物に掴み掛かっていった。
扉の外に居たのは、執事の息子のイアン。
サリナに襟元を掴み上げられて、ガクガク揺さぶられている。
流石に、物騒な展開だ。
止めに入ろうとしたが、一足遅かった。
扉の影になるところに人が潜んでいたらしい。
サリナの父のフレックスと、イアンの父である執事がパッと飛び出してきて、サリナを左右から抑え込みにかかった。
「お、お父様!?騙したのね、イアン!」
「輝かしい令嬢の人生を捨てて、こんな穴蔵みたいなところで暮らそうなんて、どう考えても今のお前は正気じゃないよ。」
「サリナ、お前なんて格好をしている!?頭を冷やす時間が必要だ!」
「私の頭に血を上らせてるのは、貴方達じゃないの!はなして!」
揉み合いながら連れていかれそうになるサリナに、私も夢中で牢を飛び出した。
「この無礼者達め!
サリナから、手を離しなさい!」
「マーガレット様ですか、貴女はそこから出てはいけない身でしょう…に…」
嘲るような表情を浮かべて、こちらを振り返った男3人の顔が、なぜかポカンとした表情に変わる。
その隙をついて、3人を突き飛ばし、サリナを引き戻した。
油断しきっていたのか、3人ともたやすく壁まで吹っ飛んで、へたり込む。
「そうね。私がここから出ないで済むように、2度と手出ししないでちょうだい。
取り戻すつもりだったんでしょうが、残念だったわね。サリナは一生、私のものよ」
牢の中に入ってしまえば、もう手出しは出来ない。
私はサリナを抱きかかえるようにして、素早く牢の中に戻り、扉を閉めたのだった。
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