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罠か助けか
しおりを挟む「マーク様、お水です」
「え、ああ…ありがとう」
水の入ったコップをどこからともなく調達したサリナが、戻ってきた。
私に声をかけた後にアンジェリカ王女の側に膝を折って、口元にコップを寄せる。
「お水をどうぞ。気持ちが落ち着きますよ」
「ああ…どうして親切になさるの」
「……」
どういう状況ですか?と目で訊ねてくるサリナに、私も知らない と首を横にふる。
アンジェリカ王女は、ポピー ザ パーフェクトには出てこない。
けれど、攻略キャラである王太子にそっくりな、なんとも勝気な美女だ。
癖のないサラッサラの絹糸のようなストレートのブロンド。
彫りの深さから、薄化粧なのにがっつりとアイシャドウをひいたかのような陰影のある、大きなグリーンアイ。
珊瑚の海を思わせるような透明感のある瞳から、大粒の涙がポロポロと落ちる。
コップ片手に殿下の背中を支えているサリナは、両手が塞がっていて、涙も拭ってあげられない。
仕方なく、私がハンカチを取り出して、頬をそっと拭ってやった。
「どうか泣かないでください。」
「私を…ファーマレストを憎んでいらっしゃるでしょう?」
わあああ!わからーん!ヒントちょうだい!
アンジェリカ殿下の言葉の意味はさっぱりわからないけれど、アンジェリカ殿下は私の瞳をまっすぐ見つめてくる。
目線を逸らしたり、サリナに視線で助けを求めそうになるのを堪え、貴族育ちで身につけた曖昧な微笑みでやり過ごすことにした。
「あなたを憎むだなんて、なぜそんな事を。
憎んでいたら、手助けなんていたしませんよ。
さあ、水を飲んで落ち着いてください。」
ようやくコップを受け取って口をつけたものの、ポツリと「ごめんなさい」と呟くアンジェリカ殿下。
その姿を見つめている内に、何故かハッと天啓のように気づいてしまった。
ファーマレストとイカレスが手を組んで、最初に攻め滅ぼすのは、ライヘンベルグなのでは!?
えっ、もしかして…もう滅ぼされた?
一ヶ月前まで、公爵家の庭園を一緒に歩いていたウィルド王子の姿や、何度かやり取りした手紙の内容なんかが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
走馬灯を見るべきは、私ではなくウィルド王子なんだろうけど、人はショックがでかいと似たようなものを見るのかもしれない。
いやいや、まだ亡くなったとは限らないし。
…だよね?まだ生きてるよね?
ていうか、私達って亡国の貴族を名乗ったかもしれないってこと?
やばいやばいやばい!!!
状況の不味さに、じわーっと額に汗が浮かびそうになる。
いざとなったら、サリナとダッシュで逃げよう。
こっそりと心に決めて、アンジェリカ王女の出方を伺っていたのだが。
アンジェリカ王女も、何やら色々と考えたらしい。
泣くのがぴたりと止まり、私とサリナをゆっくり交互に見つめた。
「私と一緒に、街へ行きませんこと?」
「…街、ですか?」
「はい。私の供に紛れれば、顔を改められることもなく、敷地の外へ出ることが出来るでしょう」
わー。
私達が招かれざる侵入者だって、確信を持たれてる。
やっぱりライヘンベルグとこの国は、敵国関係になっているんだろう。
当然、イカレスの公爵家にお呼ばれされているはずもなく、ここにいるのはスパイか暗殺か という物騒な目的の人間と思われてしまうだろう。
でもその上で、力になろうとしてくれている…?
いや、待て待て。
自分の生命を危険に晒さないで、お縄にするための罠かもしれない。
木の上から助けただけで、敵国の侵入者を逃すようなこと、するだろうか。
でも正直、渡りに船ではあった。
公爵家の敷地から外に出られれば、試してみたいことがあったのだ。
罠だろうがなんだろうが、乗ってみるのも手かもしれない。
いざとなれば、帰還スクロールがあるし。
ドキドキしながらスクロールの位置を再度確認し、いつでも逃げられるとの確信の上で頷いた。
「よろしいのですか?」
「私にはこれくらいしか、お返しすることが出来ません」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
感謝の気持ちを男の身で伝えるのって、どうするんだっけ?と頭をフル回転させて、アンジェリカ王女の手の甲にキスをした。
女性同士だったら色々と感情の伝え方があるんだけど、男性として振る舞おうとするとどうするのが正解かわからないものだ。
なんとなくぎこちなくなった気がするが、仕方ない。
ここで待っていて欲しいと言われ、アンジェリカ王女は足早に館に向かって戻って行った。
王女の姿が見えなくなった途端、すすっとサリナが側に来た。
「…ご説明いただけますか?」
そうだよね。ゲームの話なんてサリナは知らないし、全く状況がわからないよね。
「ライヘンベルグの貴族を名乗ったのは、大失敗だったわ。
どうやら、イカレスとファーマレストが手を組んで、ライヘンベルグと戦争やってるみたい」
「………!」
「スマホで外の情報を集めてから、設定を作ってくるべきだったわ。ごめんね。」
「いえ、気にしないでください。
反省すべき点は、そこではないので」
どういう意味?
下調べが甘い以外に反省すべき点?
サリナ、怒ってる?って聞きたいけど、今はそこを話し込んでいる時間はない。
「賭けにはなるけど、王女の案に乗っかってみようと思うの。
サリナに今から取得させるスキルを、公爵家の敷地の外で試したくて。」
「…わかりました」
「もし罠なら、即座に帰還スクロールを使いましょう。
手を繋いでいても一緒に移動出来ないようだし、合言葉を決めておいて、まずいと思ったらすぐに使用することにして」
合言葉は「おうちへ」に決めた。
うっかり間違って飛ばないように、合言葉は叫ぶことにした。
今のうちに と、スマホで「ファーマレスト ライヘンベルグ」とググると、早速「ファーマレスト、ライヘンベルグに宣戦布告」というタイトルの記事が出てくる。
ああ~…やはりそうだったか。
続けて、冒険ゲームにアクセス。
今のうちにスキルも取得させた。
ワープポータルとテレポートのスキル。
テレポートは「フィールド内をランダム移動」というテレポート水晶のカケラと同じ機能に、更に「単体で拠点に移動」が
ワープポータルは、拠点登録ができる。
更に、クリスタルを消費することで拠点へのワープゲートが開いて、スキル使用者以外も移動させることができるのだ。
恐らく公爵家の敷地が、一つのフィールドという括りになっている。
ということは、公爵家から出たところでサリナが拠点登録してくれれば、危険を犯さずに地下牢と外を行き来できる!…はず。
外のどこを拠点にするのかは、無事に出られてから考えよう。
「来ました」
というサリナの囁き声に顔をあげると、遠くから4~5人の男女がゾロゾロとやってきていた。
その中に王女の姿はない。
やはり罠かな と緊張したが、そうではなかった。
「殿下より、命を受けております。」
「失礼します」
と、テキパキと彼女たちと似た服を羽織らされ、あれよあれよと馬車に乗せられた。
外の様子を慎重に伺っていると、外から揉めているような喚き声が聞こえ、その内にすごい勢いで乗り込んでくる女性。
アンジェリカ王女だ。
私達と目が合うと、少しはにかんだように微笑んだ。
「お待たせしました。準備はよろしくて?」
「ええ、お願いします」
私達が頷くと、早速馬車を走らせ始める。
なんと…罠じゃなかった。
この世で信用できるのは、サリナだけ。
そう思い込んだ後になって、それを否定するかのように、私の死を惜しんでくれる人と話す機会があり、そして罠かと思うタイミングで手助けしてくれる人に出会った。
皮肉だな、と思う。
表向き死んでしまってから、もう一度この世界に期待を抱きたくなるなんて。
そう思わせてくれたアンジェリカ王女の、約束を違わない行動に、感謝する。
疑ってごめんね、王女様。
「殿下、貴女に出会えてよかった」
感謝の気持ちを乗せてそう伝えると、アンジェリカ王女はビクッと肩を揺らし、扇に顔を隠して俯いた。
扇で顔を隠すのは、見られたくない表情を隠す時だ。
あれ?やっぱり敷地から出て油断したところで、警備兵に囲まれるフラグですか?
ゾワっと背筋が逆立つ恐怖を覚えたが、しばらく扇を持つ手を震わせていたアンジェリカ王女は、ゆっくりとため息を漏らした。
「どうぞ、アンジェリカと」
「…アンジェリカ様」
「はい」
高位の立場ある人間が名前を呼ばせるのは、親しい間柄に限られる。
いや、本人がいいならいいけれど、一応敵国になってるんだよね?
いいの?と思いつつ恐る恐る呼びかけるが、アンジェリカ様はポッと頬を上気させて、綻ぶように笑った。
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