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お庭
しおりを挟む季節を無視して、たわわに実る果物の数々。
しっとり黒々とした土の畑が小さく区分けされて、それぞれ種類別に野菜がたっぷりと茂っている。
ネギ類、葉物野菜、こっちは芋類、果物類、夏野菜…この配列、見覚えしかない。
私がお庭ゲームで配置したやつだ。
ということは、ただの植栽みたいにみえるあれはチャノキのゾーンで、あそこは薔薇や金木犀のお花ゾーンか。
奥に行けば、イベントでもらったガゼボが設置されているだろうが、広すぎて見えない。
「…公爵家の庭より広いんじゃない?」
サリナが買った家の庭が、そんなに広いわけがない。
空間が歪んでいるのだろうか。
外からどう見えるのか確認することにしよう。
…私達に見えている景色と、他の人が見えるものが同じとは限らないのだけど。
恐る恐る玄関から外に回って庭のある方向に回ってみたが、視線より高い位置に壁があり、中が窺い知れない。
男性としても背が高い方の今の身体で、中が覗けないということは、普通はよじ登らないと中が見えないだろう。
「よっと」
試しに壁によじ登って、中を覗いてみる。
庭と言うには小さなスペースに、古ぼけた木製の椅子が一脚転がっていただけだった。
私の目から見ても、この家らしい庭である。
間違っても、公爵家顔負けの広大な農園ではないわけで…。
こっちから入ったら、本来の庭に入るのかな?
好奇心に負けて、壁を乗り越えてひょいと中に飛び込んでみた。
結果。
着地する時には、すでにギルドハウスの庭だった。
庭の端っこにあたるのだろう。
振り返ったら、先ほど見た白い壁がぐるりと庭を囲んでいるのがわかった。
庭を突っ切って家を目指すのと、一旦外に出て回るのだったら外に出た方が早い気がしたが、何度も壁をよじ登っていて人目につくのも困るので、大人しく庭の中を歩くことにする。
ぴよぴよ と上空から長閑な鳥の鳴き声。
時折、優しく吹き抜ける風が、気持ちいい。
動物用の柵の前を通り過ぎ、果樹園のように果物がたわわに実っているゾーンを過ぎて、ようやく家が見えてくる。
お茶受けの一つとして、適当にオレンジを2つもぎ取っていく。
顔に近づけると、柑橘類の爽やかな香りが鼻腔を満たし、口の中に涎が沸いた。
建物は庭から見ると、冒険ゲームで目にしたギルドハウスの見た目だ。
ドアの前に設置しておいたテーブルセットにお茶を並べたサリナが、ぼんやりと空を見上げていた。
歩いてくる私に気がついて、ふっとこちらを振り返る。
「マーガレット様の、魔法は…本当に…」
サリナは最後まで言わず、途中でピチュピチュとけたたましく鳴いて飛んでいく鳥を、目で追った。
「私は地獄にお供したつもりでしたのに。」
「すごい覚悟をありがとう。
オレンジ摘んできたわ。剥いてちょうだい。
一緒に食べましょう。」
向かい側の椅子に腰掛けて、私も再びぼんやりと空を見上げた。
もう二度と拝めないと思った空を、誰に見咎められる不安もなく見上げるのは、何か胸に込み上げるものがある。
「おそらく石牢と同じで、他人は侵入できない庭だと思うわ。」
「はい」
「平和だねえ…」
ひら と目の前を横切っていったモンシロチョウが、もう一匹と空の上で合流しては風に流れるように飛び去っていく。
コッペパンみたいな形の白い雲。
鮮やかな青が目に染みる。
さっき世界を巻き込む戦争の話を聞いたばかりだ。
けれど、あまりに此処が平和過ぎて、口に出さざるを得なかった。
翌日、無事に雌牛と雌鶏をゲットした。
レオンは動物の柵の周りをはしゃいで走り回っている。
「まだ若い雌牛ですし、子を孕んでいるわけでもありません。
乳を搾るのは、しばらく先のことになりそうですね。」
「ふふふ…」
私はスマホを取り出して、早速お庭ゲームにアクセスした。
お庭ゲームでは、子牛でなければ大抵、毎日牛乳が摂れるものなのだ。
「ほーらね!やっぱりねー!」
表示されている牛をタップしたら、牛が鳴いてハートを飛ばし、ポンポンと2、3個程ミルクの缶のアイコンが飛び出してくる。
嬉しさのあまり飛び上がりながら、ゲームでゲットした牛乳をアイテムボックスから取り出した。
「でかっ!」
10ℓは入っていそうな巨大なブリキの缶には、デフォルメされた牛の顔が刻まれている。
その中に並々と、真っ白な牛乳。
通常なら、搾乳後に殺菌やらなんやらと工程があるだろうが、ゲーム産に限ってはそんな手間は要らない。
ガラスのコップに並々と注いで、サリナと私、それぞれの縁をカチンとあわせて乾杯だ。
「うまっ!冷えてる!」
「まあ、なんて美味しいんでしょう!」
搾りたての牛乳は、ほんのり甘い。
くさみが全然なくて、喉をするする通る。
思わず前世の素が出て、言葉遣いが乱れるほどだ。
たまらずコップの中を一気に飲み干して、プハー!と息をつく。
余韻にじんわりとミルクのコクが舌に残って、改めてしみじみ呟いた。
「ああー…美味しい…」
ピッチャーに牛乳をうつしてテーブルの上に置くと、サリナがいそいそとお互いのコップにおかわりを注ぐ。
サリナも気に入ったようだ。
私達だけで牛乳を楽しんでいると、レオンもすっ飛んでくる。
「はいはい、レオンもね。」
レオンの餌皿に牛乳とクリスタルを入れて出してやると、喜びが極まったのか跳ねながらぐるぐる回っていた。
アイテムボックスの欄には、牛乳が残り1という表示になっている。
1で10ℓということは…毎日20ℓくらい摂れる目算だ。
飲みきれないわー!と内心で嬉しい悲鳴をあげ、ふと牛乳の説明欄を見て、目を剥いた。
牛乳:品質⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎★
品質の低い牛乳。
もっと愛情込めてお世話をして、品質を上げていこう。
星1つ、だと?この味で!?
牛のお世話を頑張ったら、とのことで、牛を確認したら愛情と手入れの欄があった。
放牧やブラシがけ、搾乳や餌やりで数値が上がっていくようだ。
任せろ、どんどんお世話してやろう。
やる気を漲らせながら、まだ数値が最底辺のうちの家畜達を眺める。
あんなに美味しいのに、伸び代ばかりとは恐れ入る。
鶏から卵も収穫し、にまにまする。
これで食事の幅が爆増だ。
ただし、雌鶏は2羽しか飼わなかったので1人1日1個となれば、朝食に目玉焼きを作ればおしまいだ。
目玉焼きを乗せたホットケーキなんて、食べられないし、お菓子に回すだけのゆとりはないことになる。
「まあでも、その内に増やしていけばいいよね」
なんて。
呑気に言いながら、アイテムボックスから卵を取り出した私は、ポカンと口をあけた。
「卵のパックだ!」
「綺麗な容器ですね。透き通っています。」
「鶏は一気に10個も産まないよお!」
前世、小学校で鶏のお世話してたから知ってるんだぞ!
めちゃくちゃ頑張ってくれてても、毎日1個産むだけのはずなのに。
とはいえ、手の中の卵のパックはちゃんと10個綺麗に入っている。
汚れ一つついていない卵は、おそらく生食もいけるのだろう。
…うちの庭の鶏は、1日に卵を1パック産みます。ありがとう、スマホ。
「…毎日5個ずつ食べられるね」
「そんなに食べられるでしょうか。ひよこに孵してしまいますか?」
「それも悪くない!」
そしたら産出量が増えちゃうけどね。
アイテムボックスにしまってれば腐らないのだから、まあいいか。
そこからしばらくは、チーズを作成したり、ケーキを焼いたり、チョコレートを作成したりと、飽きずに庭ゲームばかりをいじる日々が続いた。
同時に毎日、庭に出て日向ぼっこをしながら、ご飯を食べる。
自分で意識する以上に、地下の生活は辛かったのだなあ。と、外で食べるご飯の美味しさをしみじみと噛み締めたのだった。
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