あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍

文字の大きさ
6 / 45

6 無能な妃と呼ばれて

しおりを挟む
 ――また夢を見ていた。

『ザカリア様から、戻るよう命じられました』
『急だな』

 兵士を向かわせようとしていたルドヴィク様は、ジュストが自分から去ると言い出したことに驚いていた。
 デルフィーナは悔しそうにジュストを睨んでいる。
 ジュストが去った後、デルフィーナが呟く。

『セレーネの周りから、誰もいなくなったわ。お妃候補時代は、大勢の取り巻きがいたけど、今は一人。わたくしの気持ちが、これでわかったでしょう』

 ――取り巻き?

 心当たりがない。
 記憶にあるのは、侯爵家で受けた厳しいお妃教育だけ。
 
『あとは、わたくしを馬鹿にしていたセレーネの顔を醜い顔にしてやるだけだわ』

 デルフィーナは、私からすべて奪わなくては気が済まないのだ。
 危険だと、誰かが言った。
 その『誰』なのか、私には見えない。
 確認したいのに、目が覚めてしまった。

「最近、なんだか眠いわ」

 自分の命が危ないのに、眠いなんておかしい。
 体も重く感じる。 

「きっと疲れているのね……」

 夕暮れの光が部屋を照らす。
 今日、ジュストの手を借り、逃げ出す算段になっていた。
 けれど――
 
「ジュストなら来ないわよ」

 現れたのはデルフィーナだった。

 ――まさか、デルフィーナのお腹にいる子供が、ジュストの心を読んだ?

「そうよ」

 あっさり、私の心を読むデルフィーナ。

「王宮に入れず、困っているんじゃないかしら」

 逃げるための馬車や護衛を手配するため、ジュストは王宮からいったん出ていた。
 それを、デルフィーナは知っている。 
 デルフィーナは、兵士たちに目くばせした。
 さっきの夢を思い出す。
 私の顔を醜くすると言ってなかった――?

「セレーネが暴れたから、剣を抜いたと、ルドヴィク様には報告するわ」

 兵士の手が、剣の柄に触れた。
 デルフィーナは、私の顔に傷をつけるつもりだ。
 ジュストを最初から捕まえるつもりはなく、私の元へ来れないようにしているだけ。
 ザカリア様の息がかかるジュストを、罪人に仕立てるあげるのは難しい。
 ただ口実が欲しかっただけなのだ。
 私を傷つけるための――
 逃げなくてはいけないのはわかっている。
 けれど、逃げ場がない。
 
 ――誰か、助けて。

 壁際に追い詰められたその時。

「デルフィーナ王妃! こちらにいらしたのですか!」

 兵士たちが動きを止めた。
 デルフィーナは邪魔をした兵士を睨んだ。

「なにが起きたの」
「ザカリア王弟殿下が、王宮にいらっしゃいました」
「こんな時に!? ジュストを呼び戻すというのは、本当の話だったのかしら」
「ジュスト様が、領地へなかなか戻られなかったため、迎えに来たとおっしゃっていました」

 そう言われ、デルフィーナは慌てた。
 
「部屋へ戻るわよ。ザカリア様に怪しまれると面倒だわ。王宮の警備を緩めて。ただし、セレーネの部屋の周辺だけは警備を固めておくのよっ!」

 滅多に領地から出ないザカリア王弟殿下。
 ジュストが知らせてくれたのだろう。

「待って、デルフィーナ」

 去ろうとしたデルフィーナを呼び止めた。 

「私たちは確かに、お妃候補時代はライバルだったわ。でも、ここまで私を憎む理由がわからない。なぜ、私を憎むの?」

 これだけは聞いておきたかった。
 過去を思い出したのか、デルフィーナの顔が憎しみで歪んだ。

「無能と呼ばれたからよ」

 その言葉は、私が父や兄に言われていた言葉だった。

「今のあなたと同じ。妃になれなかった娘に、両親は冷たかった。もちろん、友人たちは離れていったわ」
「デルフィーナ……」
「でも、本当の無能はセレーネのほうだったわね。だって、王妃の地位を手に入れても、ルドヴィク様の心までつかめなかったもの」

 デルフィーナの言葉が、心に突き刺さった。
 たとえ、実家の家族から無能な娘と呼ばれても、夫のルドヴィク様さえ、私を必要としてくれたなら、それでよかった。
 妻として、王妃として、尽くし生きてきた。

 ――でも、ルドヴィク様はデルフィーナを愛していて、私を必要としていない。

 なにも言えなくなった私を見て、デルフィーナは満足そうに笑いながら、去っていった。
 
 ――ルドヴィク様とうまくいっていると思っていたのは、私の勘違いだったの?

 デルフィーナにルドヴィク様がなびいたのは、一時的なものだと思っていた。
 もしや、それ以前から、ルドヴィク様は私に対して、愛情を持っていなかったのだろうか。

「そんなはずは……」

 ない、と言い切れなかった。
 愛されていたと言える自信がなかった。
 だって、私は『無能』だから。
 涙がこぼれて止まらなかった。

「もう、このまま……ここで死んでしまったほうがいいのかしら……」

 その場から、立ち上がる気力もなく、泣きながら口にした言葉は、誰にも届かない。
 届かないと思っていた。
 けれど。

「それは困る。俺を領地から呼びつけておいて、死を選ぶとは、どういうことだ」

 うずくまっていた私にかけられた言葉は、優しいものではなかった。
 けれど、それは、私を助けるためにやってきたのだと、わかる言葉。

「あなたは……」

 プラチナブロンドと青い目、彫刻のように均整きんせいのとれた顔立ち――胸元に銀のペンダントが見えた。
 シルバーのペンダントトップは透かし彫り細工の紋章で、身分を示す。
 紋章の階級は公爵。
 つまり、この方は――

「ザカリア」

 王でもないのに、まるで王であるかのような 不遜ふそんな態度。
 彼は不機嫌そうな顔をして、私に名前を告げた。        
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

あなたの言うことが、すべて正しかったです

Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」  名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。  絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。  そして、運命の五年後。  リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。 *小説家になろうでも投稿中です

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...