あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍

文字の大きさ
31 / 45

(閑話)七年後の王宮生活

しおりを挟む
 王宮で暮らしていたのは七年前のこととはいえ、お妃候補時代から過ごしていた場所だからか、王宮に戻ると懐かしく感じた。
 華やかな物に囲まれ、暮らしたいルドヴィク様らしい王宮のきらびやかさ。
 それは、ルチアノの興味を引いたようだった。

「お母様。ザカリア様のお城より、きらきらした物がたくさんあるね」

 今日もジュストを連れて、王宮内を探検していたルチアノ。
『きらきらした物』を運んでは、『これ売れますか?』と、買取りにやって来た商人に尋ねていた。
 お金のやり取りの勉強になっているようで、『ぼく、高値の物がわかるようになってきた!』と、得意顔だった。
 ルチアノはたくさん動いて疲れたらしく、眠そうに目をこすった。 
 
「ルチアノは、ここを好きになれるかしら?」
「わからない。でも、ずっと好きなのはザカリア様のお城だと思う」
「そうね」

 七年間、楽しかったのは私も同じ。
 あの暖かい場所にずっといられたら、と思った。

「お母様には、ぼくもザカリア様もいるから、平気だよ」
「ルチアノ……」

 ルチアノをぎゅっと抱き締めた。
 王宮に戻り、過去を思い出して不安になってしまうこともある。
 でも、ルチアノがいるから、私は頑張れる。
 それにザカリア様も――

「ザカリア様がいてくださって、本当に心強いわ」

 ザカリア様は住居として、王族が暮らす王宮内の一角を要求した。
 当然、デルフィーナは反発し、大騒ぎになった。
 けれど、ルドヴィク様は自分の子であるルチアノを狭い部屋に閉じ込めたくなかったのか、渋々了承したのだった。
 ザカリア様が連れてきた兵士たちの存在もあり、逆らえなかったというのもあるだろうけど……

「そうだっ!」

 もうすぐ眠るはずだったルチアノが、カッと目を見開いた。

「どこへ行くの? もう眠る時間でしょ!?」

 寝台からルチアノが、勢いよく飛び降りると、部屋の外へ走っていく。

「ルチアノ! 待って!」

 ガウンを羽織り、ルチアノの後を慌てて追いかけると、 ザカリア様の部屋へ飛び込んで行った。
 私の部屋とザカリア様の部屋は、中庭を挟んだ向こう側にある。
 部屋からは灯りがこぼれ、まだ起きていらっしゃる。
 昼間ならともかく、夜にザカリア様の部屋へ私が入れるわけがない。

「困るわ……。ルチアノ……」

 護衛のため、部屋の周辺を見回りしていたジュストの部下たちは、ザカリア様の部屋に許可なく入って行った可愛らしい侵入者の姿を見送り、微笑みを浮かべていた。
 止めてほしかったと思いながら、彼らに頼むしかなかった。
 
「ザカリア様の部屋に、ルチアノがお邪魔してしまって……。ルチアノを連れてきていただけないかしら……?」
「ルチアノ様は少し遊んで、満足されたら部屋から出てきますよ」
「でも、ご迷惑でしょう?」
「ご安心を。ザカリア様は、ルチアノ様を迷惑に思うことはありません。セレーネ様はお疲れでしょう。お部屋に戻り、お休みください」

 そう言って、慰めてくれたけど、私は気が気ではなかった。
 護衛たちによって、部屋に戻されたけど、ルチアノがザカリア様と遊んでいるのか、庭から楽し気な声が聞こえてきた。

「わかった。ちゃんと眠るって約束するよ!」
「本当だな? 部屋まで送ったら、おとなしく寝台に入って、朝まで眠るんだぞ」

 そんな会話をしながら、ルチアノが部屋のドアを元気よく開けた。

「ルチアノ。送るのは部屋の前までだと言っただろう」
「前じゃなくて、部屋までって約束したよっ!」
「普通に考えたら、前までだろ!?」

 ぐいぐいと、ルチアノはザカリア様の腕を引っ張る。
 乱暴にルチアノの手を振りほどけないザカリア様は、困った顔をしていた。

「すまない。セレーネ。これは……」
「お母様、ザカリア様を連れてきたよ」
「申し訳ありません。ルチアノが眠れず、部屋から飛び出して行ってしまって……」
「いや。俺も部屋に入るつもりではなかったが……悪かった」

 謝るのは、ザカリア様でなく私のほうなのに、気まずい空気の中、お互い謝った。

「お母様がね、怖いみたい。ザカリア様と一緒なら平気なんだって」
「そ、そ、そんなこと私、言ってたかしら?」
「言ってたよ! ザカリア様はがいてくれてよかったって言った!」

 それで、ルチアノはザカリア様を連れてきたというわけ……
 固まって動けない私に、ルチアノはにっこり微笑んだ。
 
「ぼく、偉いでしょ? ちゃんとザカリア様を連れてきたんだから」

 褒めるに褒められない。
 だって、これからどうしたらいいの?
 ザカリア様の顔を見れなかった。

「そうだな。ルチアノ、偉かったぞ」 

 ザカリア様がルチアノの頭をなでて、褒めた。

「セレーネになにかあった時は必ず、呼ぶ約束だからな。それじゃあ、もう平気だろう? 眠れるな?」
「うん!」
 
 褒められたルチアノは満足そうにうなずいて、やっとおとなしく横になってくれた。

「ザカリア様。お忙しいのに、わざわざ申し訳ありませんでした」
「構わない。王宮に戻り、落ち着かない気持ちもわかる」
「ええ、そうですね……」 
 
 私もザカリア様も、同じ方角を一瞬だけ見た。
 その方角には、私やザカリア様が閉じ込められた小さな部屋があった。
 辛かった日々――でも、あの場所を思い出す時、辛いだけではないことに気づいた。
 あの場所で、ザカリア様に初めて出会った。
 私を迎えに来たザカリア様を、今も思い出せる。
 隣にいるザカリア様のルチアノを見る目は優しく、七年前よりも、ずっと穏やかになった。

「ザカリア様、お母様! 一緒に寝ようよ!」

 ルチアノは一人で眠っているのが嫌になったのか、一度は横になったのに起き出して、私とザカリア様の手を引いた。

「あのね、ザカリア様の領地にいた時、友達が言ってたんだ。お父様とお母様の真ん中で眠るんだって」

 ルチアノは穢れのないキラキラした目で、私とザカリア様を交互に見る。

「あ、あのね、ルチアノ。そ、それはさすがに……」
「わかった。でも、今日だけだぞ」
「ザカリア様っ!?」
「しかたない」

 ザカリア様は小声で言った。

「ルチアノが眠るまで、だ」
「そ、それなら……そうですよね」

 ザカリア様は落ち着いているのに、動揺しているのは、私だけのようで恥ずかしい。
 ルチアノを真ん中に眠ることになり、ルチアノは大満足だった。

「これでいいだろう? ちゃんと眠れよ?」
「はいっ!」

 ルチアノは満面の笑みで目を閉じた。
 子供は無邪気で羨ましい。
 ルチアノは嬉しそうな顔で、すやすやと眠りについた。
 平和な顔で眠るルチアノの顔を見ていたら、眠くなってきて、私も眠ってしまった。
 
◇◇◇◇◇

「ザカリア様! なにをなさっているんですか?」
「違う。これは、説明しよう、ジュスト!」

 朝日が部屋を照らした頃、目が覚めた。
 目覚めたのは、ジュストの大声とザカリア様の言い訳をする声が聞こえたからだった。

「どうして……? ここにジュストが……」
「うーん、まだねむいー」

 ルチアノはシーツの中に深く潜り込んだ。
 私もルチアノも、朝はあまり寝起きのいいほうではない。
 目を開けると、同じ寝台にザカリア様がいて、ジュストが護衛していた部下を叱っていた。

「えっ!? わ、私……そのっ……違うのです! ジュスト!」
「そうだ。勘違いだ!」
「結婚していない男女が、一夜を同じ寝台でともにするとは、ルチアノ様の教育上、よろしくない」

 ジュストの顔が怖い。
 乳母の息子だったジュストは、ザカリア様の手本として育ったからか、ルチアノの教育には私より厳しいところがある。

「ご、ごめんなさい」
「すまない」

 私とザカリア様は素直に謝った。
 誤解なのに……と思いながら、反論を許さず、ジュストは部下たちにも怒っていた。

「一夜を過ごしたいのであれば、けじめをつけなさい、けじめを!」
「だ、だから、それは違うの……」
「ジュスト、これはルチアノがな……」

 ぎろりとジュストはザカリア様を睨みつけた。
 普段はあんなに忠犬なのに、叱る時は容赦のないジュスト。

「ルチアノ様がお願いされたとでも?」
「そうだ!」
「そうですっ! ルチアノ、お願い。起きて!」

 ルチアノに説明してもらおうと、引っ張り出すも、無理やり起こされて機嫌が悪く、ぼんやりしていた。

「ルチアノ様がザカリア様を部屋へ招いたのですか?」
「んー……そうだったと思う……」
「思う?」

 ジュストはじろりとザカリア様を見る。

「ルチアノ! 起きろ!」
「起きてるー」
「ルチアノ。昨日の夜のこと、ジュストに説明して!」
「きのう……? お母様が寂しいって言うから、ザカリア様を連れてきたんだ。領地のみんなに会いたいんだって」

 ストレートすぎるルチアノの言葉に、眩暈がして、寝台の上にドサッと倒れた。
 
「それなら仕方ないですね」

 ジュストは恥ずかしそうに、顔を埋める私を見て、笑っていた。

「そうか。セレーネ。王宮が落ち着いたら、領地の皆に会いに行こう」

 誤解はとけたものの、ザカリア様とジュストから、子供と同じ扱いをされてしまった。
 でも、こんなふうに弱音を吐いて、優しくされるのは初めてだった。
 生まれ育った侯爵家でも、王宮でも、私は完璧を求められていたから――顔を上げると、ザカリア様とジュストがいて、ルチアノがいた。

「では、こちらの部屋に朝食を運ばせましょう。三人分でよろしいですね」
「やったぁ! ザカリア様と一緒に朝ごはん、食べられるんだね! ありがとう、ジュストっ!」
「でも、ザカリア様。ルチアノ様に免じて今日だけですよ。次はありませんからね?」
「わかった」

 三人で朝食が食べられると知って、ルチアノは飛び跳ねて喜んだ。
 喜ぶルチアノを、ジュストは笑顔を浮かべ、見つめる。
 結局――みんな、ルチアノに甘い。
 そして、私にも。

 優しい朝日が私たちを包み込み、いつもの日差しより暖かく感じた朝だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

【完結】ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

処理中です...